本田雅一のAVTrends
superMHLが8K時代の標準映像インターフェイスに?
なぜHDMIではなくsuperMHLなのか
(2015/1/13 00:00)
本誌でも伝えているように、MHLコンソーシアムが2015 International CESでsuperMHLを発表したが、この規格は、HDMIが長年守ってきた“映像伝送用デジタルインターフェイスの業界標準”という座を奪う存在になるかもしれない。
このように書き始めると「また新しい規格乱立で混乱するのか」と思うかもしれないが、むしろ今後の持続的な発展性や使いやすさなどを考えれば、消費者にも利益がありそうな進化がsuperMHLにはありそうだ。既報の通り、サムスンが8K対応ディスプレイでsuperMHLを採用したほか、LGも採用予定。
さらに今後、日本で行われる8K試験放送に向けて、ソニー、東芝、シャープなどがsuperMHL採用に向けて動くようだ。ソニーと東芝は、superMHL規格そのものを策定するグループにも参加している。主要な日本メーカーでsuperMHL規格に参加していないのはパナソニックのみ。
superMHLの利点や発展性、既存技術であるHDMIとの関係性、それに普及や製品への普及シナリオなどについて取材をしてみた。
モバイル向けから8Kテレビまでカバーするスケーラビリティ
superMHLはモバイル機器向けに開発された「MHL」の名称を名乗っている。ご存知の通り、MHLはHDMIとの変換互換性があるTMDS伝送の映像伝送システムで、リモートコントロールの手順や映像ソース側への給電(主にモバイル機器の充電用)機能などが特徴となっている。
これまではHDMIやmicroUSBといった既存コネクタを活用した上で、別の使い方ができるよう工夫。モバイル機器(主にスマートフォン)で使いやすいものに仕上げていた。最新のMHL3では4K/30pまでの映像をサポートしている。
しかし、superMHLでは適応範囲が大きく拡げられる。新たにUSB Type Cコネクタをサポートし、給電機能を40Wまで拡大するなどモバイル機器向けサポートを強化しているが、同時にハイエンドの映像スペックをまでをカバーするスケーラビリティが持たされた。
シリアル伝送に使うTMDSリンクを複数レーン(シリアル伝送では送信用リンクを複数並べ、それぞれを“レーン”と呼ぶ)用意することで、細いケーブルとコンパクトなコネクタという、従来のMHLの延長線にある使い方から、最大6レーンで8K/120p、画素あたり48bit(最大深度16bit)という8K映像仕様のフルスペックでの伝送をサポートする。
現時点におけるPHY(物理層)の仕様ではレーンあたり6Gbps、これを6レーン伝送した場合に36Gbpsの伝送を、新たに定義した裏表リバーシブルの32ピンコネクタで実現する。
36Gbpsでは8K/60pまでのベースバンド映像を伝送可能だが、毎秒120フレームでは圧縮が必要となる。そこでDSC(Display Stream Compression)という方式で映像を約1/3にロスレス圧縮して8K/120p/48bitの映像を伝送する。
DSCはVideo Electronics Standards Association(VESA)および、モバイル機器のディスプレイインターフェイスの規格策定を行なうMIPI Alliance(MIPI)が共同で提案している映像圧縮規格で昨年4月に発表されていたものだ。圧縮に伴う表示遅延は発生しない。
また、PHYの仕様は将来のバージョンで、10Gbpsまで増速されるとのことだ。こうなると60Gbpsとなり、8K/120pのベースバンド映像も(画素フォーマットによっては)非圧縮で送ることができる。
MHLを提案し、開発主体となっているシリコンイメージによると、superMHL向けに策定されたリバーシブル型32ピンコネクタとケーブルは、それぞれ最大15GbpsまでのTMDS伝送を想定した設計が行なわれているとのこと。つまり、現時点での技術的な見通しでも15×6=90Gbpsまでは伝送可能ということになる。
なお、現時点で明らかになっている(あるいは使われることが将来的に予想される)映像、音声フォーマットに関しては、すべて盛り込まれている。ハイレゾオーディオはもちろん、Dolby AtmosやDTS-UHDなどのオブジェクトオーディオ、それにHDR映像フォーマット(Open HDR、Dolby Visionなど検討されているHDRカーブはすべて)などが含まれ、電気的な複製防止技術に関しても最新のHDCP 2.2が採用された。1本のケーブルに8つの異なる映像を通すこともできる。
コネクタに関しても、試作用コネクタはHDMIのものよりも剛性が高く、またリバーシブルのためケーブルの重みで片側の端子圧力が取れないといった問題が起きないように見受けられた。将来、同一ケーブル仕様のままで増速していけるよう設計されている点は、ユーザー側からみた時の利点となろう。
なぜHDMIではなくsuperMHLなのか
HDMIの仕様策定で主要な役割を果たしてきた企業は、パナソニックを除いてほぼ全社がsuperMHLにも参加している。なぜHDMIの拡張ではなく、モバイル向けにシリコンイメージが開発したsuperMHLに向かっているのか疑問に思う向きもあるだろう。
その理由について、superMHLに関わるメーカーは「製品化可能なタイミングの問題」と話してくれた。
HDMI 2.0に関しては、近くHDRをサポートするためのアップデートが行なわれる。これは次世代ブルーレイの仕様発表とほぼ同時となる見込みだが、HDMI 2.0の仕様を拡張で8K映像を送る技術拡張に関しては、最も早いタイミングでも9月まで技術仕様がまとまらない見込みだ。また、レーン数が少ないHDMIの場合、ケーブルを2本用いなければ8Kをサポートできないという。
2016年には8Kテレビ放送が試験的に開始されることになっているが、そのタイミングに8K表示可能なテレビを出荷しようとすると、今年1月時点で技術仕様が固まっていなければならない。ところが、HDMIの8Kサポートは9月まで決まらない。
また、HDMI 2.0策定時には、2012年後半の規格化が予定されていたものの、最終的に仕様が正式に決まったのは2013年の9月。リリース予定から9カ月も遅れてしまった。こうした遅れの原因は技術的なものも含まれていたが、むしろHDMIの標準化グループが肥大化したことにも理由があったようだ。'15年9月の8K対応HDMI策定はさらに遅れる可能性もある。
今回、MHLというシリコンイメージが独自開発してきた伝送仕様を拡張する形で8K向け拡張が行なわれ、さらにそこに多くのメーカーが追従している理由は、8K伝送用インターフェイス仕様でこれ以上遅れられないという理由がある。
このため、HDMIとは別規格で将来の拡張性を見越し、さらに扱いやすさなども高めたインターフェイスとしてsuperMHLの採用、仕様への賛同が集まったようだ。
superMHLの登場は消費者を混乱させる?
HDMIに代わる存在としてsuperMHLの採用が進むとしたら、現在あるHDMIのインフラはどうなるのか? もしかすると、これまでのAV機器への投資が無題になるのでは? と心配する向きもあるだろう。
しかし、その心配は無用だ。superMHLは8Kテレビ向けのインターフェイス仕様であって、4K世代までは現在のHDMI 2.0が業界標準としてすでに存在しており、これが“置き換えられる”わけではないからだ。プラスα、さらに安定して高速リンクが可能なインターフェイスとしてsuperMHL端子が(4Kテレビにも)追加される可能性はあるが、かといってHDMIがなくなるわけではない。つまり、次世代ブルーレイやHDR対応4Kテレビなどに対応するだけならば、近く発表されるHDMI 2.0のアップデート仕様に対応していれば良い。
superMHLに対応するインターフェイス回路は、現時点では独立したLSIで提供されているが、今後は他社に対する設計データの提供が行なわれる。それらは各社システムLSIに統合されていくことになるだろう。
その次の段階として、LSIに統合されているsuperMHLを端子としてテレビに搭載するか否かという議論になってくるが、消費者にとって大きな混乱となる要素はないと思う。また一度、superMHLの実装が進んでしまえば、将来への発展性があるためケーブルやコネクタ仕様はそのまま固定できる。
まだ4Kの商用放送が始まるという段階で8Kテレビの議論は少々早すぎるものの、視点を変えれば充分に長い準備期間を経た上でのソフトランディングが可能であり、またHDMIとsuperMHLの共存も容易であることから、この動きに際しての消費者の不利益はないと見られる。
SiBEAMのsnapも別軸で面白い
さて、MHLを推進するシリコンイメージの「snap(スナップ)」という技術にも簡単に触れておきたい。これはWireless HDの技術を持つSiBEAM(シリコンイメージが買収。現在はいちブランドとなっている)の技術を用い、60GHz帯の電波を用いて1cm以下の距離で高速データ通信を行なうというものだ。帯域は上り/下りともに6Gbpsで、合計12Gbpsの同時通信が可能。
写真の実装例にはmicroUSB端子が見られるが、これはsnapがUSBで接続されるインターフェイスをもっているため。これによりMicro USB端子(あるいはUSB type C)を廃止し、完全なシールドケースでスマートフォンなどのモバイル端末を開発できる。
その分、給電を行なうことができないが、電磁誘導あるいは磁気共鳴といったワイヤレス充電技術との組み合わせでの利用でカバーできるだろう。また「超近接」でしか通信しないという点が他技術に対する差異化要因にもなる。特定の機器と「くっつけて」使うときだけの繋がるからだ。
たとえば物理的な端子が故障の原因になりがちなスマホ/タブレット向けワイヤレスキーボードなどの周辺デバイス向けに使いやすい。ワイヤレス充電のトレンドと共に普及すると面白い存在になるだろう。