本田雅一のAVTrends

快適な”良い3D映像”のノウハウをグループ内で共有するソニー



 今年掲載した本連載を振り返ってみると、2月6日の米Pace 3D訪問記を皮切りに7回も3Dをテーマに取り上げていた(もっとも、そのうちの4本はニュース記事なので、純粋なコラムとしては3本になる)。理由の一つは昨年からのパナソニックにソニーが加わり、3D映像技術の訴求を強く行ない始めたからだ。

 しかし理由はそれだけではない。映画業界は完全に3D化の方向へと向かっている。もちろん、すべての映画が3D化するわけではないが、CGアニメーションの多くは3D製作となり、12月には初の本格的実写3D映画タイトル、ジェームズ・キャメロン監督の「アバター」が公開となる。

カリフォルニア州カルバーシティにあるソニーピクチャーズイメージワークス

 これに伴い北米での3D対応スクリーンは、施工業者のスケジュールがタイトになるほど急速に増えているという。リーガルやAMCといった大手が数年をかけて全スクリーンを3D対応デジタルシアターに切り替える他、各地域ごとの映画館チェーンでも3D対応が進んでいる。

 日本の場合、昨年まではほとんど3D上映の映画館がなかったが、今年に入ってSOHOシネマズやワーナーマイカルなどの大手を中心に3D上映を行なうスクリーンも増えてきた。

 「これからは3Dだ!」というと、どうしても“3Dテレビがもう来るのか?”という話に飛んでしまいがちだが、話には順番がある。まずは3D映画が増加し、そこで制作された良質の3D映像を家庭で楽しむために、テレビやBlu-rayプレーヤーに3D対応機能が組み込まれていくのである。

 この状況を俯瞰する切り口はいくつかあるが、ここでは「快適な3D映像」という切り口で、ソニー・ピクチャーズ・イメージワークスのバズ・フェイズ氏の話を交えながら話を進めたい。

 


■ 3D映像にまつわるいくつかの疑問

 3D映像技術は決して新しいものではない。左右の目に異なる視点からの映像を見せることができたなら、どんなシステムであれ立体映像を再生することは可能だ。青と赤のカラーフィルタを通して見るアナグリフも、3D映画館で使われる円偏光メガネによるRealD方式も、手法の根っこの部分は同じだ。

 しかし短い映像クリップならば愉しい3D映像だが、見辛かったり、脳が疲れる、といった感覚を覚えた人も多いのではないだろうか。筆者もどちらかと言えば、”3D疲れ”には弱い方だ。それに3D疲れはともかくとして、3D映像を見ていると不自然に感じる部分もいくつかある。

 たとえば3D映像は総じて、奥から手前までピントの合ったパンフォーカスで撮影(あるいは3Dレンダリングが)されている。観客が映像内のどの部分を見るか判らない。だから、特定の深度にピントを合わせるのではなく、どこを見てもハッキリと見えるように制作している。だが、現実の世界でそのように見えることはない。

 また円柱のように丸い物体が、楕円形に感じる(奥行きが少なく感じる)楕円効果と呼ばれる現象もある。計算上は正しい視差が付いているのに、なぜか奥行きが少なく見えるものがある一方、同じ場面の別の場所にある物体は正しい奥行きで見えたりする。

 もちろん、実際に映画を楽しむ際には、そのような事を考える必要はないが、”不自然さ”というものは、ボディブローのように効いてくるものだ。3D疲れのすべてとは言わないが、ある程度の部分は、こうした各種の”不自然さ”の蓄積によるものではないかと思う。

 


■ 快適な3D表現を求めて

ソニーピクチャーズイメージワークスのバズ・ヘイズ氏

 そんな漠然とした疑問を以前から持っていたのだが、その答えを用意してくれている人物がいた。それがソニー・ピクチャーズ・イメージワークスのシニア・ビジュアルエフェクト・プロデューサであるバズ・ヘイズ氏だ。

 ソニー・ピクチャーズ・イメージワークスはソニーピクチャーズ出資の子会社で、モーションキャプチャによるアニメーション技法や3D映像製作など、特殊な映像の制作を請け負う映像プロダクションスタジオである。たとえばワーナーブラザース制作で、顔の表情までを3Dセンサーでキャプチャし、CGキャラの動きに使った「ポーラスター」なども同社の制作。

 今後は多くのスタジオが3D映像を制作していくことになるだろうが、これまでもソニーピクチャーだけでなく、ディズニーやワーナー、20世紀フォックス、ユニバーサルなど、ほとんどの映画会社に対して3Dアニメーションを提供してきた。日本で公開された3D CG映画の多くは、実はソニー・ピクチャーズ・イメージワークスの制作である。

 その理由は3D CG映像製作の第一人者であるバズ・ヘイズ氏が所属しているからだ。ヘイズ氏に疑問をぶつけてみると、映像製作に使っているというSoftimageの3D映像製作ツールを用いて説明してくれた。

同氏が3D映像を制作担当したベオウルフを例に様々なテクニックなどを紹介してくれた

 快適な3D映像を作るため、長編映画では手前に映像が飛び出すような、派手な3Dの演出は極力控えているという。文章の中がエクスクラミネーションマーク(!)ばかりでは、どこが驚くポイントなのか焦点がボケてしまうように、3Dの演出もポイントを押さえて行わなければならない。そのため、昨今の長編映画では目の交差点を奥に取り、ここぞという時だけ、手前に飛び出す表現を用いているそうだ。

 また3D映像編集で最も大切な点として、カット割りがあるという。たとえばあるシーンで近くに視点を持ってきている時、シーンチェンジ後に急に奥へと被写体が移動してしまうと、見る側はピント位置を大きく変えなければならない。これが繰り返されると目が疲れてしまう。このため、頻繁なカット割りでシーンを切り替える場合は、被写体の深度が等距離になるよう、あらかじめ計画しながら3D映像を制作している。

 また、楕円効果に対して適切な奥行き感を出すためのプラグインなども開発し、被写体に対して個々にエフェクトをかけられるよう工夫しているそうだ。

 こうした基本的なノウハウを基礎に、さらに快適な3D表現を行なうための工夫を、映画の演出の中にも取り入れているとヘイズ氏は話していた。

 


■ 「曇り時々ミートボール」に見る応用例

 ヘイズ氏と3D談義をしたのはカリフォルニア・カルバーシティにあるソニー・ピクチャーズ・イメージワークスのスタジオだったが、最近になってヘイズ氏が来日した時に再会することができた。ソニーグループ全体で3D技術とノウハウを共有するためにハリウッドに設立された3Dテクノロジセンターの活動の一環で、日本のソニー社員に対して3Dの基礎とノウハウを伝授するセミナーを開くために来日していた。

 全くの社内向けイベントとのことだったが、短時間ながらフェイズ氏と話し、彼の製作したソニーピクチャーズの最新映画「Cloudy With a Chance of Meatballs(くもりときどきミートボール。同名子供向け小説を元に作られたオリジナルストーリーの3D CGアニメ映画)」を例に、彼の持つノウハウの一部を説明してくれた。

 作品を見ていて気付いたのは、たとえばピントの合っていない場所までハッキリ見えてしまう被写界深度の問題への対処だ。映画の中で特定のアイテムに注目を集めるようにセリフや画面カットで誘導し、その被写体をギュン! と出っ張らせるという演出があった。この際、メインの被写体以外は深度に応じてボケを付けたレンダリングが行なわれている。

「見るべき被写体を明確にした映像演出を行なうことで、ボケを活かしながら3D感の強いシーンを作る事ができた」とヘイズ氏。長時間止まっている映像や、たくさんの被写体が同一画面に混在していると使えないテクニックだが、作中では意図的に上記のような見せ方をしていた。

 もうひとつ気付いたのはカット割りの工夫。カットが切り替わる前に、少しづつ被写体を動かしてフォーカスの深度を変えておいてから、パッとシーンを切り替える。被写体に動きを与え、その動きで深度をコントロール。目的の深度に近くなってからシーンチェンジし、必要ならばシーンチェンジ後にさらに次の被写体の深度を動かして、そのシーンに適したフォーカス位置へと誘導するという演出。

「深度位置が急激に変化すると、どこを見ていいのか判断するまでに時間がかかってしまい、頭がどんどん混乱してしまう。しかし、シーン毎に適した深度は違うものだ。クローズアップのシーンは手元に近いイメージだし、引きの風景では奥に展開するイメージになる。その間をどう繋ぐかは、シーンを切り替える際の演出で行うとスムース」(ヘイズ氏) 


■ ソニーグループ各社で3D映像のノウハウを共有

 ヘイズ氏も協力しているソニーグループ内の3Dテクノロジセンターを主宰しているのは、ソニーピクチャーズ本社のCTOであるクリストファー・クックソン氏である。同氏はBD対HD DVDの頃、ワーナーブラザースの技術担当上席副社長だったが、フォーマット戦争後にソニーピクチャーズに移籍していた。

 ワーナー時代にも話を伺ったことがあるのだが、その当時よりもずいぶん饒舌で、何より楽しそうに話をする。本人にそのことを尋ねてみると「当時は戦略的な話が多かったが、今は純粋に映像技術に関わる仕事が多い。断然、こちらの方が面白いよ」という答えが返ってきた。

「3Dの技術は今、大きく変わろうとしている。3Dは決して新しい技術じゃない。もうすっかり歳の私だって15歳の時に3D映像を初めて見たぐらいだ。だから最新3Dを未体験の人は、一様に3Dに対して否定的になる。ところが、そんな人たちに限って、最新の3D映像にすごくいい反応をしてくれる」とクックソン氏。

「3D映像と一言で言っても、良い3D、悪い3Dがある。悪い3Dを最初に見てしまうと、そのイメージを覆すのは大変なことだ。だから3D映画製作のノウハウから得られた良い3Dを、ソニーグループ内に拡げることが、3Dテクノロジセンターの役割となる(クックソン氏)」

 前出のヘイズ氏はCGアニメーションの世界で3D映像を制作しているが、ここでのノウハウが基本になる。CGアニメの場合、制作ツールの設定次第でいくらでも映像の演出をやり直すことが可能だ。ここで多くの3D映像を制作し、蓄積してきたノウハウは、今後の3Dアニメに活かしていくだけでなく、そのまま実写の3D映画にも活かすことができる。もちろん、3D対応ゲームにも応用は可能だ。

 どのようにカメラの位置を動かし、交差点を設定して見せるのがいいのか。ヘイズ氏が溜め込んだ知識は、今後、業務用の3Dカメラ開発や映像編集機材、3Dゲーム制作、ゲーム開発用グラフィックスライブラリ、実写映画製作など、様々なところに拡がっていく。

 最終的には民生用の3Dカムコーダや3Dスチルカメラにも、繋げていくことができるのではないか? とクックソン氏は考えているようだ。

(2009年 11月 18日)

本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]