鳥居一豊の「良作×良品」

第136回

Technics「EAH-AZ100」をAZ80ユーザーが聴く。小さくなって、中身は大進化! 磁性流体ドライバ搭載

テクニクス「EAH-AZ100」

年明け早々に発表され、大きな話題となっているテクニクスの完全ワイヤレスイヤフォン「EAH-AZ100」(実売価格39,600円前後)。有線タイプイヤフォンの高級モデルである「EAH-TZ700」と同じ「磁性流体ドライバー」を採用していることが大きな特徴だ。

2023年発売の「EAH-AZ80」が実力も高く、大きな人気となっていることもあり、上位機EAH-AZ100への注目度もかなり高い。そこで、EAH-AZ80を愛用するユーザーでもある筆者が、両者の比較を含めてEAH-AZ100を詳しく紹介していこう。

低歪みで低音再生能力も高める「磁性流体ドライバー」

先駆けて磁性流体ドライバーを採用していた、ハイエンド有線イヤフォン「EAH-TZ700」(2019年発売、12万円)

EAH-TZ700でも採用された「磁性流体ドライバー」は、磁性流体をボイスコイル周辺に配置し、振動板を支える部品として使われる。

一般的なイヤフォンなどのドライバーは、振動板周辺にあるエッジだけで振動板を支えており、エッジを厚く(硬く)すれば正確な振動板の動き(ピストンモーション)を再現できて低歪みとなるが、振動板の振幅範囲が狭くなるので低音再生能力に限界が出てしまう。要するにエッジの硬さの加減は、音質への影響も大きい要素なのだ。

EAH-AZ100の磁性流体ドライバー

磁性流体ドライバーは、エッジと磁性流体の両方で振動板を支えている。だから、エッジを極薄としても振動板の正確な動きに影響を与えない。薄く柔らかいエッジなので振動板の動きを阻害せず、振幅範囲も広い。このため、低歪みと低音再生能力の両方を高めることができるわけだ。

左が一般的なドライバー、右が磁性流体ドライバー
液体でありながら、砂鉄のように磁性を帯びた磁性流体

これに剛性の高いアルミニウム振動板を組み合わせることで、高域から低域まで幅広い範囲で正確な振幅動作を実現している。これが磁性流体ドライバーだ。なお、磁性流体自体は最新の技術というわけではなく、昔はツイーターの冷却用として使われていたこともある。

そのあたりを開発者に確認してみたが、イヤフォンの振動板(10mm口径となれば十分大口径)はスピーカーのツイーター(一般的なもので25mm、小さめでも19mm)に比べて小さい。出力される音圧も小さいし、入力される電力も小さいので、冷却の効果はほとんどないのだとか。

磁性流体の動き
磁性流体ドライバーの仕組み

同じ磁性流体ドライバー採用のEAH-TZ700は定価で12万円と高価で、およそ4万円の完全ワイヤレスイヤフォンにそのまま採用できるのか疑問にも感じるが、完全ワイヤレスイヤフォンのための再設計、特に薄型化などをしているが、磁性流体ドライバーそのものはほぼ同じだという。振動板も同じアルミで、口径10mmも同じだ。

実際、テクニクスの完全ワイヤレスイヤフォンはEAH-AZ80でアルミ振動板を採用。AZ100でようやく磁性流体ドライバー採用と、製品化にはかなり時間がかかっていた。コストの問題だけでなく、たくさんの課題を解決することが必要だったことがわかる。

磁性流体ドライバーだけがAZ100の特徴ではない。

すでに店頭などで確認している人も多いと思うが、一目でわかるのが、小さくなったことだ。特徴的なコンチャフィット形状を継承しながら、本体体積で-10%(4,570mm3→4,098mm3)、本体重量で-16%(7.0g→5.9g)の小型・軽量化を実現している。このあたりは数値で見るよりも実際に見た方があきらかに小さくなっていることがわかるだろう。

コンチャ(耳甲介)部の形状に合わせたふくらんだ部分が小さくなっていて、このため見た目の印象としてかなり小さくなっていることがわかる。コンパクト化で一番大きかったのは、ハウジング外側のTechnicsのロゴのある部分で、ノイズキャンセル用などに使われるマイクを納めた三角形の部分がなくなっている。この部分も見た目の変化としてかなり小さくなったと感じる部分だ
イヤフォン本体(R側)を横から見たところ。左がAZ80で、右がAZ100。イヤーピースのすぐ後ろのふくらんだ部分がかなり小さくなっている
ハウジングの外側から見たところ。スピン加工されたロゴマーク部分の面積も小さくなっているし、三角形の出っ張りがなくなったことでかなり小さく見える

この小型化は、ユーザーからのニーズに応えたもので、AZ80も筆者のような一般的な男性なら実際に装着してしまうと耳の穴の周辺に大部分が収まってしまうので、それほど大きいとか張り出すといったことはなかった。

とはいえ、女性など頭や耳が小さい人にはよりコンパクトな方が都合がいいのも確かだ。男性にしても小さくなって困る人はあまりいないだろう(音質が犠牲になっていなければ)。

なお、テクニクスイヤフォンの基本である振動板の後ろ側の音響のための空間「アコースティックコントロールチャンバー」、そして振動板から音導管へと至る部分にあるハーモナイザーはきちんと備えている。

ではどうやってコンパクト化を果たしたのか? 部品配置の最適化などによるもののほか、ワイヤレス送受信のためのICが1チップ化された点が大きいとのこと。これによって数々の新機能も採用されているが、さらに大幅な省電力化にも貢献しており、イヤフォンのみで最大10時間再生という長寿命は新しいICチップの採用によるものが大きいという。小型化ばかりでなくバッテリーの長寿命化など、あらゆる面で進化を果たしているのだ。

コンパクト化のもうひとつのポイントとしては、ノイズキャンセルのフィードバック用マイクの配置がハウジング内ではなく、音導管部分へと変更されていること。このため、音導管は楕円形状になっている。音導管自体はD字状の穴となっている。これは、マイクの配置で音導管の断面積が狭くなるなかで、最大限の断面積を確保するための形状とのこと。

クリアモデルの写真。音導管部分にノイズキャンセルのフィードバック用マイクが配置されているのがわかる

これにともない、イヤーチップは専用部品となった。音導管の形状に合わせた楕円形で、しかもこれまでの外側の傘の部分と軸の部分の2層構造ではなく、軸の部分とその根元の部分の硬度を変えた3層構造になっている。これは根元の部分の硬度を高めることでわずかな空気漏れをなくし、特に低音の再生能力を高めるためのものだそうだ。

AZ80(左側)とAZ100(右側)の音導管形状とイヤーピースの違い。形状は大きく変わっている

新機能、アダプティブノイズキャンセリング

EAH-AZ100は、単なるAZ80の上位機というだけではなく、数々の新機能が採用されている。その代表例が「アダプティブノイズキャンセリング」。従来からの「デュアルハイブリッドノイズキャンセリング」とは異なる技術で、使用者の耳の形状やさまざまな使用状況に合わせてノイズキャンセル強度を最適化する技術だ。

特に低音域を主体とする暗騒音ノイズを大きく抑制し、感度が高い人間の声の帯域までも強力なノイズキャンセルを行なうという。また、アンビエントモードと呼ばれるいわゆる外音取り込みモードでは、風が強いときなどの聞き取りやすさを改善し、使いやすさを高めている。

実際、AZ100を試してみて、最初に気づくのがノイズキャンセル機能の進化だろう。AZ100に限らないがノイズキャンセル機能付きの完全ワイヤレスイヤフォンは初期設定でノイズキャンセルがONになっている場合が多いので、装着した瞬間にノイズキャンセル機能が働くが、そのときの騒音の消え方はかなり驚くレベルだった。

低音域の騒音が消えるだけでなく、周囲の話し声や店内や駅内でのアナウンスもすっと遠ざかる。それでいて、強力なノイズキャンセルにありがちな閉塞感や高音域のキーンとなるようなノイズ感もない。自分のいる場所が静かな図書館や美術館のような、静かな環境に移動したような自然な心地よい静けさが得られる。これはAZ80を使い慣れている筆者でも明らかに進化していると感じた部分で、あらゆる場所で快適性が向上している。

これにあわせて、通話品質を高める技術も「Voice Focus AI」となった。その名の通り、AIプロセッサーを搭載して、送話時(相手に伝わる自分の声)だけでなく、受話時(相手の声)のノイズ除去まで行なう。AIプロセッサーは8億件の音声データを学習しており、通話している相手と自分の声を正確に判別、それ以外の音をノイズとして低減する処理をする。だから通話中にそばにいる近くの人の話し声が混ざってしまうこともないし、耳につきやすい子供の声も的確に低減できるという。

これらにより、音質、ノイズキャンセリング、通話品質という完全ワイヤレスイヤフォンに求められる性能を大きく向上。小型化により装着感なども改善した。

さらには、Dolby Atmos対応でさまざまなサービスでの立体音響や空間オーディオに対応。頭の向きによって音場感が変化するヘッドトラッキングにも対応している。Bluetoothの新規格「LE Audio」に対応し、LC3コーデックへの対応やAuracastにも対応可能となっている。最新の完全ワイヤレスイヤフォンが備えるべき機能をきちんと装備している。

このほかにも、充電ケースはより薄型としてポケットなどにも収納しやすくなるなど、使い勝手の改善などが細かく行なわれた。

「Technics Audio Connect」の空間オーディオ設定画面。Dolby Atmos対応であることが明示されている
空間オーディオを楽しむには、アプリの設定で切り替えをする必要がある
左がAZ80用で、右がAZ100の充電ケース。似通った形状だが、より薄型にしてコンパクト化をしている
横倒しにしたところ。左がAZ80、右がAZ100。薄型になっているだけでなく、上部周辺の丸みを大きくして持ちやすい形状としている。また、上面のアルミパネルもヘアライン処理やロゴの印字色を変更し、より質感を高めている

AZ80のバランスのよい聞きやすさとは異なる、よりHiFiへ寄せた音

ではいよいよ、音質について紹介していこう。AZ80の比較試聴に加え、手持ちのEAH-TZ700とも、参考のため聴き比べた。使用したプレーヤーはAstell&Kernの「A&futura SE300」。どちらのモデルも最初の起動時にスマホ用アプリの「Technics Audio Connect」を使用してファームウェアをアップデート、音声モードはイコライザーによる音質劣化を抑える「ダイレクトモード」に切り替えて行なっている。

音声コーデックは基本的にLDACを使用。確実にLDACコーデックが使用されるされるように、ペアリングモードはシングルペアリングとし、iPhoneで接続して「Technics Audio Connect」で各種設定を確認した後、SE300で再接続して音を聴くようにしている。

この理由は、「Technics Audio Connect」でイコライザー設定を変更すると、その後に別の機種で接続しても設定内容がそのまま維持されるので、イコライザー設定が低音増強や高音強調などのモードに切り替わっている場合があるため。これは店頭の試聴などでも、自分が試聴する前に使ったユーザーの設定に変わっていることがあるので、よく注意したい。

「Technics Audio Connect」のトップ画面。イコライザーの設定(画面ではダイレクト)はトップ画面で確認できるようになっている
サウンドモードの切り替えでは、ダイレクトのほか、バスハンサーなど5つのプリセットが選べる。このほか、8バンドの調整ができるカスタムモードが3つある

もうひとつは、空間オーディオやDolby Atmosを試した後の製品を使う場合。Technics Audio Connectの設定でDolby Atmosを有効にする必要があるのだが、これを行なうとLDACが使えなくなる。

これはLDACの転送レートが高いなどが理由だろう。それ自体は問題ないが、その後接続するとLDACはOFFのままになっているので、再度設定からLDACを有効にする操作が必要になる。この点も店頭の試聴などではLDACがOFFのままということも十分あり得るので注意したい。

DAPによっては、接続時のオーディオコーデックを確認することができるが、それができない機種もある。LDACのつもりが実はAACやSBCで接続されていたような失敗も十分にある。使い始めて、まだ細かい操作や設定まではよく把握できていない場合は注意するといいだろう。

なお、Dolby AtmosとLDACの排他利用については、そのためのON/OFF操作で再接続も行なわれるので、少々煩雑だとも感じる。せめて自動切り替えなどに対応してもらえるとありがたい。

「Technics Audio Connect」の設定画面。接続モードや空間オーディオなどの設定が細かく用意されている
空間オーディオを有効にすると、LDACがオフになることを知らせる画面が表示される
再びLDACを使用する場合は、再度接続モードからLDACを有効にする必要がある

まずはAZ80から聴いた。装着感としてはAZ100を見た後では少し大きいと感じるが、装着してしまえばあまり気にならない。フィット感の良さは相変わらずだ。

ノイズキャンセルの効果も不満のないレベル。完全な無音を追求するよりは聞き心地というか、快適な静けさを提供するタイプで、低周波の暗騒音はきちんと抑えるし人の声も遠のく。AZ80は販売も継続されるし、現在でも十分に優秀な実力があると改めて思う。

音質については、バランスの良さが優れていると感じる。低音や高音といった周波数的なバランスもフラットというよりは聴き心地のよいバランスだ。だから、高域も少しソフトな感触だし全体的に穏やかな鳴り方と感じる。

それでいて、クラシックのオーケストラ曲をじっくり聴くと、各楽器の音色をきちんと描き分けるし、細やかな音も丁寧に鳴らす。低音も十分に出ていて単独で聴いていても不満は感じない。どちらかというと聴きやすい音のタイプではあるが、HiFiとしての実力も十分にあり、このあたりの味付けも含めてバランスが良い。

では、AZ100に変えてみる。

ノイズキャンセルの効果がさらに高いことがすぐにわかる。テレビの音を出していて、AZ80はノイズキャンセルが入ったままでも番組の内容やアナウンスはなんとか聞こえるが、AZ100だと音量とあげないと聞き取りづらいと感じる。

それでいて不自然な無音の感じも少なく、静けさが強調されすぎる違和感や閉塞感もあまりない。こうした快適さを維持したままノイズキャンセル性能だけを向上しているのは立派だ。

クラシックのオーケストラ曲を聴くと、低音がしっかりと出ていることがわかる。アタックは少し穏やかなのだが、芯の通った力強さが出るのでエネルギー感もあるし、オーケストラの迫力もしっかりと出る。

小澤征爾/サイトウ・キネン・オーケストラによるベルリオーズの幻想交響曲では、大太鼓がかなりパワフルで太鼓の膜がビリビリと震える感じまで収録されているのだが、その感じが力強く再現される。音域も伸びているし、適度な量感もあり、充実感のある低音の鳴りだ。

現代的なジャズ曲のわりと激しくパーカッションを鳴らすような曲でも、キビキビとしたリズムをよどみなく鳴らすし、パーカッションによる鳴り方の違いも描き分ける。単に低音が鳴るというだけでなく、解像感もある質の高い低音になっている。このくらいになると、カナル型のイヤフォン特有の低音がタイトで線が細い感じはなくなる。オーバーヘッド型には及ばないものの、それに通じる堂々とした低音になる。

そしてボーカル。話題沸騰中と言ってもいい米津玄師の「Plazma」をQobuzで聴いたが、声がパワフルになり、エネルギーたっぷりの声が出る。この実体感のあるボーカルの再現は立派だ。ヨルシカの「アポリア」も、声はより自然でしなやかになるし、サビでのコーラスが重なる部分での和声もきれいだ。音の粒立ちや空間の広がり感も十分に優秀。

かなりべた褒めになっているが、実際、すぐにでも買いたいと思っているくらい気に入った。待望の磁性流体ドライバーを使って、テクニクスの目指す音楽そのものを描くありのままの音をしっかりと追求した音になっている。この点でAZ80とは目指す音の方向性が違っているとも感じる。

AZ80は基本的な音質の良さはきちんと高いレベルにあるが、その上で聴き心地の良さや音楽を楽しむ方向に仕上げている。しかもそのまとまりの良さが絶品と言っていい。それに対してAZ100は、AZ80の聴き心地の良さを踏襲しながらも、少しだけ高音質の方向に舵を取ったように感じる。

具体的に言えば、個々の楽器の音色はよりきめ細かくなった。微少音の再現など情報量も全般的に増えている。その一方で、音のひとつひとつがきれいに分離したような高解像感や、切れ味鋭いと感じるほどの輪郭が立った感じはない。

ボーカルとコーラスの関係で言えば、実体感は十分にあるが孤立してしまうほどではなく、ボーカルとコーラスの調和(音の溶け合い)をしっかりと再現するので、高精細という感じはないのに近いのかもしれない。

音場感にしても、ホールの響きまでしっかりと再現できるので、個々の音の粒立ちよりもホール全体の響きがまさるバランスになる。そういう意味では明瞭ではあるが整然とした見通しの良さを求めると不足を感じるかもしれない。AZ80はその点でホールの微妙なひびきの違いまでは再現できていないが、明瞭度は十分でバランスも良いので見通しが良いと感じる。

高音質という言葉も人によって解釈が異なるので、個々の音の再現性をとるか、オーケストラ全体の調和をとるかで重視するポイントが変わるので微妙なニュアンスの違いを伝えるのが難しい。テクニクスの目指す高音質の方向は据え置きのコンポーネントにおいても、おおまかに言えば高解像度よりもホール全体の雰囲気や楽曲としての調和を重視したものだと感じているので、そちらに近づいたとも思う。

その点で象徴的なのがキャッチコピーで使われている「生音質」という言葉だ。音楽信号の処理で加熱処理をしていないってどういうこと? とか、言葉の意味を意地悪く深掘りすると疑問もある言葉ではある。

ただし、生放送とか生演奏、生音という言葉のような、“録音して収録するのではなく、その場の音をほぼそのままお届けしていますよ”というニュアンスならば理解できる。音の鮮度を重視しているのだろう。録音の方法で言えば、オーケストラの各楽器のひとつひとつマイクを立てて収録して、ミキサーで全体のバランスをとるのではなく、1ポイントマイクで会場の響きごと収録するタイプの録音に近いかもしれない。

だから、AZ80よりも情報量が増えて低音の再生能力も高まっていて、より本格的なHi-Fiの音に近づいているのに、他の優れたイヤフォンと比べると、解像感や精細さが足りないと感じるのかもしれない。そのあたりをうまくまとめたAZ80の完成度に高さに比べると、AZ100はそのバランスを崩した結果Hi-Fiというには物足りなさが募るのかもしれない。

だが、前述した生音質というニュアンスがしっくりくる人、スタジオで緻密に録音されたものよりもライブレコーディングの生き生きとした感じを好む人にはAZ100の良さがよくわかると思う。このあたりは好みの差でもある。筆者としても、最近注目しているのは、精密なディテールや質感よりも、トランジェントや過渡特性の良さ、出音の勢いとか楽曲の流れの中での柔軟な変化を反応よく再現できることを求めるので、AZ100の目指した音は素直に好みに合う。

AZ80のバランスの良さは認めるが、アタックが穏やかでテンポがゆるやかに感じやすいし、細かな情報をつぶさに聞き取るタイプではない。AZ100はアタックの速さやテンポ感も俊敏に反応するし、音の明瞭度も高い。その上で、まさにライブ感とかグルーヴ感のような高揚を感じる音になっている。そうした良さが目立ったぶん、そのほかのディテールや精細さが不足と感じるかもしれない。ともかく、そういう意味で、AZ80とAZ100ははっきりと音の傾向が違う。

同じ磁性流体ドライバー搭載TZ700との差は? Dolby Atmosや空間オーディオも聴く

EAH-TZ700

最後に有線タイプで磁性流体ドライバーを採用したEAH-TZ700のインプレッションも参考程度に紹介しよう。

一言で言えば比較の対象にならない。ドライバーというと振動板の素材や口径が重視されがちだが、それを動かすための磁気回路も重要な要素だ。磁気回路を含めた駆動系は海外ではエンジンと呼ばれることもあるが、AZ100とTZ700は同じ磁性流体ドライバーを使っているが“駆動するエンジンが違う”と表現すると納得がいく人も少なくないかと思う。

TZ700は有線タイプで伝送のための不要な変換などがなく、音質的なロスがないという有線タイプのメリットもあるだろうが、情報量も違うし音場感にしても空間まで描写するような精密さは別格だ。

情報量というか、高解像度に全振りしたようなタイプとは違って、音楽全体の動きや調和を重視した鳴り方はテクニクスの音なので共通する部分はあるが、格が違う。AZ100でここまでの音が出るならば良いが、さすがにそこには技術的にもコスト的にも無理だろう。

ただし、TZ700の音をAZ100と比較しながら聴いていくと、低音の馬力はたいしたものだが、バランスとしては量感過多で迫力ばかりになりがち。AZ100の方が低域の解像感とか質感のわかる鳴り方をするなど、馬力こそ及ばないところはあるが現代的に洗練された点も感じる。

これは、中高域の明瞭度や反応の良さでも感じる。こうした細かな良さはあるのだが、基本的な実力の差が桁違いなのでTZ700が圧勝してしまうというのが比較した印象だ。

Dolby Atmosへの対応や空間オーディオも試してみた。今や音楽配信サービスでは、多くの楽曲がステレオ音声と空間オーディオの両方が用意されることが増えるなど、音楽における立体音響も着実に普及している。

ヘッドフォンやイヤフォンでは原理的にスピーカー再生のようなマルチチャンネル再生は難しいので、基本的には2つのスピーカーで電気的にチャンネル数を拡張するアップミックス再生になる。それでも、ヘッドフォン特有の頭内定位がなくなり、スピーカー再生に近い音場の再現が可能になるなど、メリットは多い。

実際、現在のアップミックス再生とかバーチャルサラウンド技術はかなり進化していて、ヘッドフォン再生でもきちんと上とか後ろから音が出ていると感じる。音楽でそのようなトリッキーな録音はアクセント的にちょっとした音を後ろから鳴らすような演出はあるが、それほど大胆な録音は(実験的なものを除けば)あまりないし、その必要もあまりないだろう。

とはいえ、面白いのは事実だし、立体音響の作り方がある程度こなれてきている映画などのDolby Atmos音声などを映画館に近い音場で楽しめるのは、コストやそのための部屋の準備などを考えるとメリットは大きい。前述したようにDolby AtmosとLDACが排他利用になるなど、音質や音楽再生との併用を考えると面倒くさいところもあるが、大きな魅力のある機能ではある。

Apple MusicやAmzon Musicで「空間オーディオ」の楽曲をいくつか聴いてみたが、ステレオ再生とは異なる包囲感のある再生が楽しめる。真後ろの音が曖昧な感じになるなど、若干の違いはあるが、なかなかDolby Atmosらしい空間が再現できている。

そして、ステレオ再生でも単に音場が広いのとは違う、空間の響きや空気感の出る音なので、音に包まれる感じや移動感もなかなか臨場感のある再現となる。パソコンやスマホ以外でもBlutoothオーディオ出力に対応している機器は多いので、それらがDolby Atmosに対応していればより手軽にサラウンドを楽しむことができるはずだ。

Amazon Musicのアプリ側のDolby Atmos選択画面。出力までDolby Atmosになっていることが確認できる

面白いのがヘッドトラッキングで、頭の向きを変えても音場の配置が変化しない。

例えば、ボーカルが中央に居る楽曲で左を向くとボーカルの位置はそのまま、左側にいる感じで再生される。この機能は音楽用というよりもイベント用で、例えばバスなどのガイドで「右手の方をご覧ください」というと、右を向いたら、その方向から何らかの音が出るという形で使われるもの。これはLE Audioの機能であるAURACASTでの多言語同時配信のような機能を生かして現地でのガイドとして使われるようなものだろうが、イヤフォンの機能としてはなかなか面白い。

これらを含めて、機能的にもかなり充実しており、進化点は多い。完全ワイヤレスイヤフォンは、音楽再生専用のアイテムというだけでなく、通話用を含めてかなり活躍の場は広い。TZ100のように高価な部類に入るモデルとなれば、こうした機能性や総合的な実力の高さも重視されると思うが、その点でもTZ100はほぼ万全の備えとなっている。

AZ80からの買い換えは悩ましい。NC性能の進化や音の好みで判断しよう

「AZ80の上位モデルが出るらしい」と話を聞いた時、筆者は“今度のは幾らぐらいになるんだろう”と思っていた。完全ワイヤレスイヤフォンは内蔵するバッテリー寿命の問題などもあるので、高価でも一生使えるというわけではない。そのため、たとえ音質がよくてもあまりにも高価なモデルにはあまり興味がない。そこのところをテクニクスもよくわかっていて、なんとか4万円を切る価格にしたのは立派だ。

もちろん、それでも高価な部類だし、高価なわりには見た目は普通という意見もあるが、個人的には機能性や音質を考えるとぜひ購入したいモデルと言いたい。

問題はAZ80からの買い換えだ。AZ100はAZ80の発展形というわけではなく、技術的にも新しいものが豊富に採用されていて今後のテクニクスイヤフォンのベースになる新しいモデルと言える。

だが、AZ80も音の点ではバランスの良さもあって、実力的に大きく見劣りを感じるものでもない。ノイズキャンセル機能やその他の機能性でもまだまだ十分に優秀なので、AZ100の音、あるいはノイズキャンセル機能を試してすぐに買い換えを決意するくらいの人でなければ、無理に買い換えをする必要はないだろう。

完全ワイヤレスイヤフォンも、音質を追求していくと好みによって評価が分かれるようになるのは、ほかのオーディオ機器と一緒だ。それなりの価格のモデルなのだから、好みに合う人とそうでない人に分かれるぐらいでないと没個性な凡庸なモデルで終わってしまうと思う。

その点で、AZ100はテクニクスの目指す音に踏み込んだ第一歩と言えるモデルだ。購入時に試聴が必要なことはどんなオーディオ機器でも同じだが、迷っている人は試聴を含めてじっくり検討するといいだろう。

鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40~60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。