本田雅一のAVTrends

超鮮明映像のソニー新HMD「HMZ-T1」を体験

有機ELで「クロストークゼロの3D」




HMZ-T1

 今年1月に米ラスベガスで開催されたInternational CESで試作機が展示されていた、有機ELパネルを用いた3Dヘッドマウントディスプレイ。市販を検討しているとの噂は以前より流れていたが、このほど正式に発表された。

 製品となったHMZ-T1は、ややフィッティングに問題のあった試作品とはうって代わり、大幅に装着感を改良し、より多くの利用者に適した装着が行なえるよう工夫されている。CESに展示されていた試作機は、有機ELパネルを用いた鮮烈な映像、原理的にクロストークがないクリアな3D映像に驚かされたが、フィッティングや音質に問題を抱えていた。


CESで展示された3D HMD試作機1

 しかし製品版では、画質面でもチューニングと光学系のブラッシュアップが行なわれ、さらにはバーチャルサラウンド機能を持つヘッドフォン部の音質も改善されていた。どうせ価格は10万円を超えるのだろうと想像していたら、実売価格6万円程度に抑えられるという。この価格設定と品質ならば、興味をそそられる読者も多いのではないだろうか。

 ただし、目の幅やレンズと目の距離をきちんと合わせていないと、クリアな視野を得られない。フィッティングのクセや装着感を含め、ファーストインプレッションをお届けしたい。



■ 映像は超鮮明。想像以上の映像エンターテイメント体験

「HMZ-T1」を装着したところ

 意外な低価格に驚いたものの、やや心配されたのが画質。ヘッドマウントディスプレイにおける光学系の質は、映像の品位を決める大きな要素だ。しかし、フルガラスレンズで構成する光学回路を搭載し、全面で歪曲の少ないクリアな映像を実現していた。光学系の解像度は一目見て十分に高く、質のよい双眼鏡を覗き込んでいるような感覚だ。

 この高解像度、高コントラストの光学系を通し、暗い視野に浮かび上がる720p解像度の有機ELパネルはあまりに鮮明で、ひとつひとつの画素を視認できるほど。フィッティングで視度差も吸収できるよう設計されており、画素の一つ一つが浮かび上がるように見える感触に違和感を覚えたほどだ。

 「オペラ座の怪人」で主人公クリスティーナが初めて歌うシーンを見たが、映画らしい落ち着いた色彩と丁寧な肌の描写、同社製のハイエンドプロジェクタを思わせるが、大きく異なる点がある。有り余るほど高い有機ELパネルのコントラストがあるため、スポットライトの輝きなど、白ピークでの眩しさと黒の沈みといった描き分けがより明瞭。諧調表現も黒側がなめらかに描かれ、しっとりと映画的表現と、明瞭な現代的の映像表現の両方を獲得している。

HD有機ELパネル

 ヘッドマウントディスプレイは完全に閉じた空間で、外的要因に左右されずに映像演出を行なえる。前述したように画素が明瞭に見え、よく見ると画素間のメッシュまで認識できるため、映像全体の情報量という面では、必ずしも多くはないのだが、絵作りや輪郭の明瞭さといった映像全体の質は驚くほど高い。

 3D映像は720pとなって、素材ごとに異なる細かな3Dならではのディテール感が喪失することを懸念した。おそらくは、実際に左右映像の位相差は(解像度変換のために)表現できていない部分はあるだろう。しかし、パネルコントラストの高さと、原理的に全クロストークが発生しない左右独立の光学回路がもたらすクリアな3D映像は、なかなか愉快なものだ。クロストークによる脳内の混乱がないためか、3D映像を見ているときの負担も少なく、見ていて疲れない。

 ヘッドマウントディスプレイにありがちな、小さな画面を近くで見ている感覚も'90年代にあったヘッドマウントディスプレイに比べると軽微で、商品企画の意図通りに没入感の高い映像空間を提供してくれる。


ヘッドマウントユニットとプロセッサヘッドマウントユニット新開発の光学レンズ

■ ややシビアなフィッティング

ヘッドマウントユニットの側面上部にあるボタンで、バンド部分の長さ調節

 ただし、良好な映像を楽しむには、正しいフィッティングを行なわなければならない。

 本機を支えるヘッドバンドは、途中から二股に別れ、額に当てるパッドとの三点で頭に留める。ヘッドバンドは左右、本体との接合部にロック機構があり、カリカリッと締め込めばぴったりと頭に合うようになっており、装着そのものは簡単だ。

 ただし、目の幅とレンズとの距離、左右の位置をきちんと合わせ込まないとクリアな像とはならない。目幅は本体下部のスライドスイッチを動かすことで簡単に調整できるが、最適な位置でも右目の左側だけ、あるいは左目の右側だけ、左右それぞれの一部など、ところどころが不鮮明に(ピントのズレた)見えることがある。


視力に合わせてレンズ位置を調節する

 その場合は額パッドの厚みを変えて目とレンズの距離を合わせると、スイートスポットとも言うべき、心地良い見え味のポイントを探し当てることができる。初めての装着では戸惑うこともあるだろうが、慣れてしまえばどういうということはない。基本は左右レンズの幅を変えることで合わせ、微妙な調整が必要な場合だけ額のパッドを変更するという手順だ。合わせるのは慣れればいいのだが、スイートスポットの範囲は狭い印象だった。

 また軽量化には相当努力したと思われ、720pの左右映像と音声を伝送するケーブルやコネクタ、ディスプレイ本体の回路などを縮小はしている。だが、高画質を担保している重いガラスレンズは、どうしても目の前側に位置せざるを得ず、重量バランスの悪さを体感する。頭を少し振るとズレそうな感覚だ。

 ゲーム用に本機を使う場合、思わず興奮して体が動いてしまうと、そのたびにスイートスポットを外れ気味なることはあるかもしれないが、キツめにヘッドバンドを締めておけば、像が揺れる程度で済むはずだ。

 椅子に座って正面を向いているよりも、リクライニング角度を大きくして上方向を見るつもりで、額パッドへ荷重が集まるようにすると、バランスの悪さを感じなくなる。筆者の場合は着け始めは違和感があったものの、徐々に違和感はなくなっていった。

 おそらく、本機を使いこなす上でもっとも重要なポイントがフィッティングだろう。気持よく楽しめるポジションや姿勢を見つけられなければ、長時間の映画も楽しめない。

 また、本体内側は黒いプラスティックでできているが、起毛加工やつや消し塗装など、光の反射を抑える加工は行なわれていない。このため、部屋を明るくしていると暗い視野のいちばん外側に本体のフレームや、フレームにうっすら映り込む頬の肌色が確認できてしまう。しかし、本機を使っているときは、部屋の周りを見ることはないので、明かりを落としてしまえば問題はない。また、外光の侵入を抑えるライトシールドというパーツも同梱している。


■ 低音の迫力は求められないが、良好なサラウンドイメージ

スピーカーも装備している

 本機の音声機能についても記しておこう。

 機能的には各種サラウンド音声のデコードと、バーチャルサラウンド処理をプロセッサ部で行なっている。本機の音響特性に合わせて設計されているのはもちろんだが、得られる映像の視野角が大きいことを意識して、シミュレーションするサラウンド音場もかなり広く作っているのが特徴だ。

 広めの音声でバーチャルサラウンドを作っていると言うと、少し前なら不自然な風呂桶効果を想像したかもしれないが、今やDSPの処理能力は大きく向上している。まるで本物のサラウンドのように……とは言わないが、不自然さを意識させずに気持ちの良い音を聞かせてくれた。

 ソニーによれば、32bit浮動小数点対応DSPでのロスレス演算を行ない、リニアPCMの24bit 5.1チャンネル音声を情報喪失なく処理できるとしている。演算結果は24bitを超え、32ビット浮動小数点になるが、これを24bitにたたみ込むSuperBit Mapping(CDの録音技術などで使われているオーディオデータの高精細化処理)が施されているという。

 ソニーはドルビーサラウンドなどの技術をライセンスするのではなく、当初より独自に開発してきた歴史がある。独自のバーチャルサラウンド技術、Virtual phone Technologyは世代を重ねるごとに良くなってきた。その成果が、ここで発揮された形だ。

 音楽ソフト向けには、音楽用のバーチャルサラウンド設定も用意されているので、過度に演出された音場ではなく、ヴォーカルや各楽器の音像をぼかさない透明感や解像度を重視したモードも用意されている。サラウンドモードはスタンダード、シネマ、ゲーム、ミュージックがあり、それぞれ適切な初期設定になっている。

 ただし低域の量感は上手に演出されているが、絶対的な量があるわけではない。軽量化やメカ的なスペース上の都合で、ドライバ径に制限があったためだ。オープンエアの一般的なヘッドフォン形式で、ドライバ位置の決定自由度が高いため簡単にフィッティングできるはずだが、側圧が弱く耳の上に載せる感覚なので、耳全体をカバーする密閉型ヘッドフォンのような低域を求めてはいけない。とはいえ、多くの場合、贅沢を言わなければ不満を漏らす声はないと思う。

 贅沢な要望をひとつだけ言うならば、ヘッドフォン出力をひとつ設けてはどうだっただろうか。本機の上にヘッドフォンをかぶることはできないが、カナル型イヤホンならば装着できる。耳載せ式のため本機は盛大な音漏れをさせるが、カナル型イヤホンを使えるようにすれば、それも気にする必要がなくなる。

 これまでヘッドマウントディスプレイは、何度か話題になりながらも、市場には定着してこなかった。ソニー自身、過去にグラストロンというヘッドマウントディスプレイを発売していたことがある。装着感、画質、価格など、様々な面でヘッドマウントディスプレイの技術的ハードルは意外に高く、筆者自身はこれまで数度のヘッドマウントディスプレイの小ブームにも、あまり気乗りしなかった方だ。

 しかし、今回の製品は面白い。「クロストークゼロの3D」、「有機ELパネル」の2つのキーワードから久々に商品化された本機だが、過去のヘッドマウントディスプレイの実績から「良くなると言っても、たぶんこのぐらいだろう」という期待値は超えている。

 本誌でも後日詳細なレビューを掲載予定とのこと。ソファーでくつろぎながら、やや上方向を向き、本機を装着して頬を緩ませている姿を想像すると、自分でも少し滑稽に見えるのでは? と心配になってくるが、装着して楽しんでいる間は、全くそんなことは気にならない。

 自分だけのエンターテイメント空間を手に入れたいという読者にとって、6万円という価格は個人的に安いと感じた。まずは店頭で、その独特の世界を楽しんでみてはいかがだろう。

(2011年 8月 31日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]