第257回:[BD]ウォンテッド
スナップ効かせて撃つと弾道は曲がるらしい!?
凄く良い意味で「2008年最高のおバカ映画」
■ カッコよければそれでよし
ウォンテッド |
(C) 2008 Universal Studios and Ringerike GmbH & Co. Luftfahrtbeteiligungs KG. All Rights Reserved. |
価格:4,935円 |
映画には「面白い映画」と「面白くない映画」と「どちらでもない映画」がある。だが、銃器や兵器など、ミリタリー系が好きな人にはもう1つ、「沸き上がるミリタリー熱を解消するための鎮静剤的な映画」というジャンルが存在する。存在しないかもしれないが、たった今、存在することにしました。
サバイバルゲームで思うさまBB弾を撃ちたい衝動にかられる時があるが、そんな予定が無い場合、例えば「ブラックホークダウン」を観て鼓動を鎮めている。戦場再現ムービー的な同作品を大画面で観ていると、そこに参加しているような気分になってくるのだ。「プライベートライアン」のオマハビーチ上陸にも似たような効果があり、「スナイピングしたい熱」には「スターリングラード」や「山猫は眠らない」などがよく効く。
だが、そうした映画の中には、効果がありすぎて“余計にドンパチやりたくなる”魔性の魅力を秘めた作品が隠れている。銃器の描写や戦闘方法の“リアルさ”はそっちのけで“銃器や兵器の格好良さ”のみを追求したような映画に多い。
例えば、武術の“型(カタ)”とハンドガンによる射撃を組み合わせた「ガン=カタ」を生み出し、「直接殴れよ」とか「意味わからんけど最高にカッコイイ」などの絶賛を浴びたハンドガンアクション映画の聖典「リベリオン」。「ミラ・ジョヴォヴィッチに“ガン=カタ”やらせたかっただけでしょこの映画」でお馴染みの「ウルトラヴァイオレット」など。銃器の知識が無い人は「普通にカッコイイ映画」として楽しめ、マニアは「バカ過ぎる」と爆笑しながら画面に釘付けになるのがこの手の映画の特徴だ。
そんなジャンルなので、“面白い”とか“面白くない”とは別の尺度で評価したくなる。例えばブルース・ウィリスとリチャード・ギアが共演した映画「ジャッカル」('97年)。ぶっちゃけ物語は一切覚えておらず、特に面白かった記憶も無いが、大統領の命を狙う暗殺者・ジャッカル(ブルース・ウィリス)が、普通の自家用車の後部座席にリモコン制御のブローニングM2(50口径の重機関銃)を設置し、劣化ウラン弾を乱射するという無茶苦茶な「どこが“暗殺”だ」シーンだけで勝手に「名画」に分類している。最近の映画だと「ザ・シューター/極大射程」でバレットライフル(M82 対物ライフル)でヘリ打ち落とすシーンをリピート再生している人がいたら、私と同類のハズだ。
そんな病的な尺度で観た「2008年最高の映画」が、今回紹介する「ウォンテッド」。一見するとアンジェリーナ・ジョリーが主役の、ありがちなハリウッドアクション映画なのだが、実はかなりぶっ飛んだ作品。もちろんミリタリー趣味がカケラも無い人にもお勧めできる映画になっている。
■ 観ながら「そんなバカな」を連発
主人公のウェスリー(ジェームズ・マカヴォイ)はしがないサラリーマン。嫌味な女性上司や無神経な親友、口を開けば文句ばかりのガールフレンドに囲まれ、人世の全てにウンザリしている。おまけに、時折襲う急激な心拍数の上昇を薬で抑える日々……。だが、謎の男に突然襲われ、そのピンチを美女フォックス(アンジェリーナ・ジョリー)に救われたことで、そんな毎日は激変する。
実はウェスリーの父親は、太古の昔から歴史の裏で暗躍してきた暗殺組織“フラタニティ”のメンバーであり、組織の裏切り者に殺されたという。そしてその裏切り者が、今度は息子のウェスリーの命も狙っているという。フォックスに連れられ、フラタニティのアジトに足を踏み入れたウェスリーは、組織のリーダー、スローン(モーガン・フリーマン)から、自分自身にも暗殺者としての超人的な能力が潜在的に備わっていると教えられる。かくして最低な人世と決別するため、ウェスリーは暗殺者になるべく銃を手にするのだが……。
物語は極めてシンプルで、日常を飛び出した主人公が、暗殺者として修行を積み、父親の敵と対峙するという流れ。ありがちと言えばその通りだが、なかなかのドンデン返しが用意されており、物語として“浅い”という印象は無い。むしろ無駄や破綻が無く、非常に洗練されているので、鑑賞後は“スタイリッシュな作品”とすら感じる。
何はともあれ、凄いのはガンアクションだ。冒頭、ウェスリーの父親が殺害されるシーンから始まるのだが、その方法が凄い。作業員に扮したザコ敵が、高層ビルにいる父親を、隣のビルから銃撃。父親は彼らを倒すため、ビルの廊下をダッシュして窓ガラスを突き破って隣のビルへ大ジャンプ。ジャンプしながらザコ敵を二丁拳銃で瞬殺。一息つくが、その足下に“×印”が描かれており、次の瞬間、頭部に銃弾が炸裂して絶命する。そこで画面がストップし、時間が逆戻り。頭部から銃弾がスポッと抜け、カメラはその軌跡を逆に辿り、“銃弾がどこから飛んできたのか”を見せてくれる。
この演出でもうニヤニヤしてしまうのだが、その“戻っていく銃弾”が街の上空をおそらく5~10km(!)くらいは飛行し、わざわざ走行中の電車の連結部の隙間を抜けたりした後、暗殺者のスナイパーライフルの銃口に吸い込まれるあたりで爆笑。普通のスナイパーライフルの射程は2kmくらいなので「どんな倍率のスコープだよ」と画面を見ると、暗殺者はライフルのスコープは無視して(なら付けるな)、その脇に置いた天体望遠鏡で狙いを定めているというバカっぷり。「そんな長距離飛んだ弾丸にまともな威力が残ってるわけない」とか、「巡航ミサイル使えよ」とか色々言いたくなるが、ともかくアイデアと映像が斬新で面白すぎる。
暗殺者の世界に飛び込んだウェスリーに、組織が課す“試験”も素晴らしい。人間を2人縦に並ばせ、正面からハンドガンで撃ち「前の人に当てず、後の人にだけ当てろ」というもの。「トンチですか?」と言いたくなるが、正解は、銃を腰のあたりから、腕の振りと手首のスナップを効かせ、捻りを加えて発射。弾丸に回転を加え、弾道をカーブさせて1人目を迂回して背後に当てるというもの。
弾丸は通常、銃身の中に刻まれた螺旋状の溝(ライフリング)により高速回転しながら発射される。回転することで弾丸が安定し、真っ直ぐ飛ぶ工夫だが、映画では銃自体を回転させながら打つことで、特定方向にさらに回転を強め、弾道が曲がるという理論だ。野球のボールがカーブするのと同じであり、科学的におかしなところはまったくないって。そんなバカな。きっとこの映画を作った人達は、「ブーメラン投げるポーズで銃撃てば、弾丸が自分に戻ってきて自殺できんじゃね?」とかいう話を真顔でするタイプなのだろう。大好きです。
そんな技を極めた暗殺者同士のガンアクションなので、飛んできた弾丸を弾丸で撃ち落とすなんてのは朝飯前。カーアクション、トレインアクションもてんこ盛りで、中盤頃には「これ以上のアイデアはないだろ」と食傷気味になるが、ラストでそれらを上回る“長距離ダッシュガンアクション”が展開。観賞後に笑い疲れてグッタリしてしまった。
冷静に考えると、ここまで荒唐無稽なアクションを、“白け”させずに見せつけるのは凄いことだ。のけぞって弾丸を避ける「マトリックス」のような映画が量産される中、似たような事をやりながら“新しさ”を感じさせる手法も特筆に値する。この作品の監督は、以前このコーナーでも紹介した「ナイト・ウォッチ」シリーズを手掛ける、ロシアの奇才、ティムール・ベクマンベトフであり、彼がハリウッドのスタッフと手を組んで生み出した作品なのだ。
ナイト・ウォッチシリーズも、ハリウッド映画とは異なる、ロシア映画ならではの“独特の美意識”を表現していたが、その描写は「ウォンテッド」でも活かされている。スローモーションで飛ぶ弾丸1つとっても、描かれた模様や写り込んだ風景などの“美しさ”を描いており、「そんなバカな」と言いたくなる映像にも独特の説得力で黙らされる。逆に「ナイト・ウオッチ」にあったオドロオドロしい部分は削ぎ落とされており、不快感の少ない作品に仕上がった。ベクマンベトフ監督の個性を尊重しつつ、ハリウッド娯楽作の長所である“スカッと明快な雰囲気”も取り入れ、“新しくも親しみやすい”作品が生み出されたようだ。
■ 満足度の高い特典映像
映像は明暗のコントラストが強く、暖色系。発色が豊かで、派手な絵作りだ。飛び散る血の色も鮮烈で、グロテスクなシーンもあるが、誇張した色彩とテンポの速さでリアルさは薄れており、あまり気持ち悪いとは感じない。BGMのテンポとアクションを同期させ、ミュージッククリップのような疾走感のある映像に仕上がっている。
グレインは強めで、スーパーの店内など、明るいシーンではザラザラとした質感。だが、コントラストが強く、暗いシーンも多いため、全編を通すとノイジーだとは感じない。暗部は潰れがちで、CGを使ったシーンでも暗部を潔く切り捨てているような印象を受ける。
特典で語られる絵作りの解説では、「CGを使うと暗い室内と明るい外の両方に露出が合うなど、不自然な映像が作れてしまい、だからこそCGだとすぐにわかってしまう。人間は眼と脳を使って両方に露出を合わせられるが、それを映像でやると不自然になる。自然さを追求するため、空が白飛びしたり、室内が暗くなっても気にしない」のがコンセプトだという。従来の映画とは正反対の絵作りだというが、“CG臭さ”を感じなかった理由はこのあたりにあるのかもしれない。
サウンドデザインも余計な低音が少なく、清涼感のあるサラウンドが展開。銃の発射音や、打ち抜かれたガラスが砕ける高い音が猛々しく響く。BGMはドロドロとした陰鬱なイメージで、対比が面白い。欲を言えば銃器の発射音にもう少し低音の迫力が欲しかったところだ。
特典は豪華。ユニバーサル独自の「U-CONTROL」を備えており、本編鑑賞中にPinP(子画面表示)でスタッフの解説や、同シーンのメイキング、絵コンテなどを表示することができる。ガラスや銃弾が飛び交うような迫力のアクションシーンも、メイキングではガラスの破片を一生懸命撒いているスタッフの姿が引きのアングルで写され、一気に微笑ましい映像に変わる。終盤の長尺アクションシーンもメイキングになると貧相で、「エフェクトとCGの追加でこんなに映像の印象って変わるんだ」と改めて驚かされた。
通常の特典コンテンツで必見なのは「もう一つのオープニング」。暗殺組織「フラタニティ」が中世の時代に暗躍する様を描いたもので、壮大な王様のパレードが収録されている。かなり時間やお金がかかった映像で「これをカットしたのか!」と驚いたが、最後まで観ると映画のオチを連想させるほど情報量が多く、確かにカットして正解だったかもしれない。原作となったアメコミに音と動きを加えた“モーションコミック”もボリューム満点で必見だ。
残念なのは、あれだけ出てきた銃器に的を絞った特典が無いこと。本編を一時停止しながら「これはモーゼルミリタリーだろ、このフリントロックはなんだ?」と、モデル名をチェックしていたのだが、よくわからない物もあるので公式情報が欲しかったところ。“曲がる弾丸”については「物理、空力学、弾道学などを参考に、現実のように見える映像にした」と得意気に語るスタッフが面白かった。
なお、こうした特典映像を視聴していくと、「ゲーム版“ウォンテッド”で新しいアイテムが使えるようになる暗号」というのが表示される。「特典の中にゲームも含まれているのか」と表示されるたびに慌ててメモしていたのだが、いくら探してもゲームが無い。よく調べたらパッケージの中に「暗号が表示されるけど、2009年2月現在日本でゲーム版は発売されていません」という紙が1枚入っていた。
■ 「ハリウッド映画に新しい風を吹き込む存在」
ややグロテスクなバイオレンスシーンもあるが、映像の斬新さ、シナリオの完成度の高さから広くお勧めできる作品だ。特典も豊富でBlu-rayソフトとしての満足度も高い。とりわけ、ガンアクションが好きな人なら“必見”と言ってもいいだろう。唯一気になるのはジャケット写真。アンジェリーナ・ジョリー1人しか写っておらず、主人公のジェームズ・マカヴォイは裏面に小さく1枚載っているのみ。パッと見てこの映画の主人公が彼だとわかる人はいないだろう。ナイーブな演技とキレのあるアクションを両立させてくれているだけに、この扱いはちょっと可愛そう。もう少し本編の躍動感が伝わるジャケットでも良かったのではないかと思う。
特典映像全体で印象に残ったのは、ティムール・ベクマンベトフ監督の才能を絶賛するハリウッドスタッフや出演者の声だ。「センスが普通じゃない」(ジェームズ・マカヴォイ)、「ハリウッド映画に新しい風を吹き込む存在」(アンジェリーナ・ジョリー)、「この作品もきっと真似されるだろう」(モーガン・フリーマン)と、今までのハリウッド映画に無い映像を生み出したことが賞賛されている。
そんな監督は作品について「バイオレンス描写が多いので、ユーモアを取り入れることでキャラクターと観客を救ったつもり。人生は辛くて暗いものだからユーモアが存在する。せめて映画を観る2時間は楽しんで欲しいと思って映画を作った」と語っている。最近のハリウッド大作はスーパーヒーローが抱える闇を描いたような作品が多いが、ベクマンベトフ監督の映画は“闇の中に1筋の光”を描いているイメージがあり、単なる美意識の違いで新しい映像が生まれているのではなく、思想的な面の違いも大きく影響しているのではないかと感じた。
むろん、今回の「ウォンテッド」は監督の言葉通り、細かい事は考えず、「ムチャクチャだ」と笑いながら観賞するのが正しいスタイル。だが、その単純明快な中に、映画としての“新しさ”を感じさせてくれるのが、この映画最大の魅力ともいえるだろう。
●このBD DVDビデオについて |
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[AV Watch編集部山崎健太郎 ]