シャープが「地産地消」の新ビジネスモデルで目指すもの
~21世紀コンビナートは、片山社長の幼少時代からの憧れ?~
シャープが4月8日に発表した新経営戦略は、同社のビジネスモデルの転換を示したものだった。
片山幹雄社長 |
もちろん、液晶パネル工場の再編や、堺の液晶パネル工場の稼働時期を当初予定の2010年3月から、2009年10月へと半年間も前倒しするといった点、2,000億円にのぼる経費削減策の発表も、大きなニュースであったことは間違いない。
だが、これらは、これまでのシャープの取り組みの延長線上の話である。新たな一歩を踏み出すという点では、ビジネスモデルの変革こそが、大きな発表だったといえるのだ。
「シャープ自身が大きく変わらなくてはいけない。そう思っている」と片山幹雄社長は、今回の会見で示したかった意図を語る。
■ シャープが取り組む「地産地消」
では、シャープは、どんなビジネスモデルの変革に挑むのか。
それは、「地産地消」、「従来の垂直統合モデルからの脱却」、そして、「プラントを利用したエンジニアリング事業」という言葉で示されるものだといっていいだろう。
地産地消とは、地元で生産された農産物などを、地元で消費することなどを指す言葉として使用されるケースが多い。同様の意味で、電機の世界で使われていた言葉には「消費地生産」がある。だが、シャープでは、これを、あえて「地産地消」に置き換えた。それは、「地産」から「地消」までの一貫した印象を強くもたせることに意味があるからだと推測できる。
液晶テレビを例にとれば、最先端技術を活用するパネル生産は、技術の流出を避けることもあり、日本国内での生産に限定してきた。これに対して、モジュール生産からテレビの組み立てまでは、日本に加えて、北米(メキシコ)、欧州(ポーランド、バルセロナ)、アジア(マレーシア)、中国(南京)での世界5極の生産体制を整え、最終工程段階では、消費地生産体制ができあがっていた。
プラントを利用したエンジニアリング事業で、地産地消の実現を図る |
今回の発表では、これをパネル生産の部分まで遡って行なうという姿勢の発表であり、前工程から後工程までの一貫生産体制を各地で整えることになる。
ブラウン管テレビ時代の盟主であったソニーが、その時代に行なっていたブラウン管生産からテレビ組立までの一貫生産による世界4極体制を、シャープは液晶テレビの世界において、先駆けて構築しようというわけだ。
「日本でパネルを生産し、それを全世界にばらまくという手法は、人件費の問題、国からの補助金の問題、為替の観点でハンディキャップがあった。それを、技術力だけで戦ってきた。これを同じ土俵で生産できるようになれば明らかに勝てる。だからこそ、パネル生産でも、自ら世界に出ていくことにする」(片山幹雄社長)。
これは、シャープのもうひとつの成長事業の柱である太陽電池でも同じだ。
これまでは、太陽電池セルは国内生産体制としていたが、すでに欧州において、イタリア最大の電力会社であるエネル社などとの合弁で、薄膜太陽電池のセルからモジュール生産を行なう工場の建設を発表している。まさに、地産地消体制をスタートしようとしているところだ。
■ 液晶パネルと太陽電池のスタンスの違い
だが、液晶パネルと太陽電池では、地産地消の踏み込み方に、いささか差が出ている。
というのも太陽電池におけるエネルなどとの生産体制の確立では、葛城工場で一部稼働し、堺工場での本格稼働を予定している第2世代と呼ばれる最新の薄膜太陽電池セルの生産ラインをそのまま技術移転することになる。つまり、最先端技術を海外に持ち出すことになる。
ところが、液晶パネルについては、どうもそうではないようだ。
今年10月に稼働すると発表した第10世代の生産ラインを海外に展開するといった具体的なプランはいまのところ提示されておらず、すでに稼働を停止している亀山第1工場の第6世代の整備を、プラントごと中国に移転するという動きが見込まれているというように、最先端技術の移転とは異なるからだ。
堺をマザー工場として、最先端技術は国内に保持する |
片山社長は「日本以外の4極にもパネルの生産拠点を作りたい」としながらも、「競争力を今後も維持していく上では、最先端技術については、引き続き日本国内に保持していく。最先端工場である堺をマザー工場とし、徹底的にモノづくりを極め、そこで培った技術を、地産地消の考え方のもとでグローバル展開する」と語る。
つまり最先端液晶パネル生産技術は国内に留めるという点で、太陽電池とのスタンスは異なる。
続けて、こうも語る。「例えば、ひとつの選択肢として、中国をあげるならば、2,000元以下の商品を対象にした家電下郷制度(補助金制度)が開始され、テレビに当てはめれば、26インチ以下のテレビがこの対象となる。それならば、亀山第1工場の第6世代の設備が生きてくる。これを移設することで、中国における競争力を高めることができる」。
このように、亀山第1工場の第6世代や、亀山第2工場の第8世代といったところが、まずは海外展開の対象となる可能性が高く、それ以降は、堺工場の技術がこなれた時点で、第10世代も対象となってくるものと想像できる。
とはいえ、大画面で戦うことになる北米市場へのパネル生産体制は、やはり第10世代が最適。第10世代の展開を待てば、北米へのパネル生産体制の構築は時間がかかることになる。それとも、市場の拡大や需要動向を考慮して、46インチなどでも競争力を発揮する第8世代で進出するのか。もちろん、最先端技術である第10世代を早期に持ち込む手もあるだろう。この点では、片山社長の決断のしどころだといえる。
■ “協業をベースにした垂直統合”へ
もうひとつの「従来の垂直統合モデルからの脱却」、「プラントを利用したエンジニアリング事業」という点も、シャープにとっては新たな一歩となる。
ここでは、シャープが単独で工場を建設する手法ではなく、パートナーとの連携による工場建設モデルを推進する姿勢を打ち出している。これは、すでにエネルとの太陽光セル/モジュールの工場建設において、実行に動きはじめているものだ。
従来型ビジネスモデルに比べ、初期投資を抑え高い収益が見込めるという |
シャープが、初期投資費用を抑えながら、世界に拠点展開を進める新たな手法なのだ。
「いままでのように、すべて自分の資金で工場を作り、それを世界に展開していたことが、シャープのいまの状態(今年度最終赤字見込みなどの業績悪化など)を引き起こした。それを乗り越えるためには、シャープ自身を変えなくてはならない」(片山社長)
新たに世界に進出する太陽電池工場、液晶パネル工場とも、独自に展開するのではなく、各国とのパートナーとの合弁によって、推進するというのが、これからのシャープの手法となる。
自前での垂直統合型モデルから、パートナーシップを前提とした垂直統合モデル構築への移行が、「従来の垂直統合モデルからの脱却」となり、パネルそのものや、テレビそのものといった製品技術、最終製品だけで差別化するのではなく、それを作り上げる「生産技術」を新たな差別化策として、ビジネスを推進していくことが「プラントを利用したエンジニアリング事業」の創出ということになるのだ。
「世界初の第6世代パネルを生産したのはシャープ。第8世代もやはり世界初。これらは、シャープと、設備メーカー、材料メーカーなどと一緒になり、共同開発契約まで行なったことで実現できたもの。言い換えれば、製造技術においては、世界で一番詳しい会社である。シャープのコアは、生産技術であるといってもいい。これをベースに、パートナーと一緒に展開できれば、それがシャープの新たな強みになる」と、片山社長は自信を見せる。
だが、これを成功させるには、パートナーとの協業において、より強いリーダーシップを、シャープが発揮する必要がある。
確かに、亀山工場の成功の裏には、材料メーカー、部品メーカーなどの関連企業が亀山へ同時に進出し、高品質のパネル生産体制を短期間で立ち上げた点が見逃せない。
堺工場では、亀山との協業成果をさらに一歩進め、亀山工場の4倍に当たる敷地のなかに、部材メーカー、装置メーカー、インフラ施設などの関連する企業を誘致。「業種、業態を越えた最大級の工場群を形成し、21世紀型コンビナートを誕生させる」(片山社長)とする。ここでも、パートナー戦略におけるシャープのリーダーシップによるものが大きい。
しかし、シャープがグローバルレベルで、異なる文化を持つ企業との協業において、リーダーシップを発揮できるかどうかは未知数だ。
すでに堺のパネル工場の稼働においては、提携を発表していたソニーとの合弁会社設立の契約が、現時点でも正式に結ばれておらず、「今年6月に契約し、2010年春には合弁会社を立ち上げる。そのため、今年10月の堺工場の立ち上げはシャープ単独で行なうことになる」(片山社長)という状況だ。
関係者の間からも、「これまで標準規格の策定などにおいて、シャープがリーダーシップをとって推進するといった例は極めて少ない。歴史的に、協業において、リーダーシップを取ることが得意な会社だとはいえない」という声が聞こえる。
現在は、太陽電池や液晶パネルの各部門ごとに設置している協業推進体制を、全社横断型組織として設置し、ノウハウを共有しながら推進する必要性が出てくるかもしれないだろう。まだ、こうした組織がないことも足下を不安なものにしている。
片山社長も、「自分のお金を使って、自分でやるには楽な点もある。確かに、文化の違う相手と一緒にやっていけるのかどうかは大きな課題である」とする。
液晶パネルの海外展開、太陽電池セルの工場展開においては、当然、材料メーカー、部品メーカー、現地のインフラ関連企業との連携が必須となる。それらの企業と工場群を形成する「コンビナート化」が前提となるのは明らかだ。
いずれにしろ、コンビナート化を、シャープがリーダーシップをとった形で推進できるかどうかが、このビジネスモデルの成否を左右するといってもいい。
■ 「21世紀型コンビナート」と呼ぶ理由
余談になるが、片山社長が、「コンビナート」という言葉を使う背景には、自らの幼少時代の体験がある。
岡山県倉敷市出身の片山社長は、すぐ近くに水島コンビナートを控え、「友人の父親がコンビナートに勤務しており、身近な存在だった」という。
「21世紀型コンビナート」に建設中の液晶パネル工場が10月より稼動する |
だからこそ、片山社長は、自然と「コンビナート」という言葉を使うのだろう。
実際、片山社長は、堺への進出発表を前にして、水島コンビナートをはじめ、コンビナートの構造について調査したことを明かしている。複数の企業が林立するコンビナートの仕組みを、堺に生かそうとしたのだ。
しかし、その一方でこうも語る。 「参考になる部分は極めて少なかった」。
堺で目指しているのは、施設や各種インフラ、そしてSCMまでを共有して、企業間がより密接に連携しあうというものだ。その点では、既存のコンビナートの連携よりも、何歩も進んだものだといえる。
「手本にするのではなく、新しいものを自ら作っていかなくてはならないことがわかった。だからこそ、21世紀型コンビナートと呼ぶことにした」。21世紀型コンビナートは、既存のコンビナートとはまったく違うものといえるのだ。
そして、今回の発表によって、その構想を世界へと展開していくことを明らかにした。目指しているのは、お互いの技術、ノウハウ、施設、インフラを共有するという、かなり踏み込んだ形での協業体制である。
子供の頃に身近に感じたコンビナートを、自らの手で21世紀型のコンビナートとして発展させ、これを世界に展開できるのかどうか。
片山社長にとっては、まさに大きな挑戦だといえ、そして強い思い入れを持った取り組みだといえよう。
(2009年 4月 13日)
[Reported by 大河原克行]