藤本健のDigital Audio Laboratory

第684回 スマホで歌ってコラボ&シェアする「nana」。人気の理由と技術の裏側

スマホで歌ってコラボ&シェアする「nana」。人気の理由と技術の裏側

 ニコニコ動画の「歌ってみた」、「演奏してみた」は、一時期に比べると、やや元気がない印象がある。一方で、最近「nana」という音楽投稿/コミュニティサービスがものすごい盛り上がりを見せているのをご存知だろうか? 中高生を中心に、登録ユーザー数は200万人を超え、毎日5万曲以上が投稿されているという。

nana

 nanaは音楽を中心としたSNSとして広がってきたもので、2ch風な文化を持つニコニコ動画とはだいぶ趣向の異なるもの。既に数多くの作品がアップロードされているニコニコ動画に、クオリティの高い作品を上げようと思うと、PCノウハウや動画編集などそれなりのスキルが求められるため、ハードルが高いという面があるのに対し、nanaの場合、iPhoneやAndroidのスマホ1つあればOKで、そのマイクに向かって歌えば、すぐに投稿できるという手軽さ、気軽さも大きな特徴となっている。しかし、毎日5万曲もの作品が投稿されるというのは、やはり尋常ではない。いったい何が起こっているのだろうか? nanaを運営するnana musicの代表取締役社長CEOの文原明臣氏、取締役CTOの辻川隆志氏に話を聞いた(以下敬称略)。

nana musicの文原明臣氏(左)、辻川隆志氏(右)
nanaのロゴ
ユーザー数の推移

スマホだけで「We Are The World」実現へ

――まさに飛ぶ鳥を落とす勢いのnanaですが、そもそも始めたキッカケというのはどういうことだったのですか?

文原氏

文原:昔から歌うことが好きで、シンガーではスティービー・ワンダーが大好き。いつか彼のように歌えるようになるのが目標でした。別にプロとしてライブハウスに出ていた、というわけじゃないんですが、ポップスというよりもジャスの歌手なんかになれたらいいなと思っていました。

 そのスティービー・ワンダーが出ていたこともあって1985年のオリジナルの「We Are The World」が好きだったのですが、2010年のハイチ沖地震のとき、「We Are The World 25 For Haiti (YouTube Edition)」というのがアップロードされたのを見て衝撃を受けました。これは57人のアーティストが歌っているのを組み合わせたビデオなのですが、いまはこんなことができるのかと感激するとともに、本当に素晴らしかったんです。

 ここでは世界中の人たちが登場して歌っているんですが、アジア人は少なく、アフリカの人もいない。そして残念ながらその中に日本人はいませんでした。これを見て、自分でも何かできるのでは……と思ったのです。ちょうど、そのころiPhone 3GSを買ったばかりだったのですが、このマイクは結構性能がよく、自分でもボイスメモを使って録音してはハモったりしてたんですよね。

 このマイクで録音した音を世界に届けられたら、そして、このマイクでみんなで一緒に歌ったら、本当の意味でのWe Are The Worldが実現できるのではないか……そんな風に思ったのがnanaの原点なんです。パソコンは世界中のみんなが持っているものではないけれど、モバイルなら持てる、これならつながりあえるのではないか、って。

――なるほど、いまのnanaを見ると、まさにそれを実現できるシステムになってますよね。そのように思いついてから、どうしたんですか?

文原:自分はエンジニアでもないし、デザイナーでもない。だったら、作れる人を集めようと思って、TwitterなどのSNSで発信していったんですよ。僕は神戸出身なんですが、神戸では、なかなかそうした人を見つけることができず、2011年のゴールデンウィークに東京のTwitter友達を頼って泊りにきたのです。そこで銭湯を探そうとTwitterで呼びかけたところ、リプライしてくれたのがエンジニアだったので、それからすぐに会って話をしたんですよ。盛り上がって5~6時間、話をして面白いといってくれたのが、ウチのCTOである辻川なんですよ。

辻川氏

辻川:最初は何を言っているのか、さっぱりわからなくて、5分で「分かった、分かった」と話しを終わらせたんですが、その後、延々と文原が熱く語っていたんですよね(笑)。私も長い間フリーでエンジニアをしていて、昔はMacの音楽プレーヤーを作ったこともあったし、着うた/着メロの携帯サイトのサーバー側のシステムを作ったりしていました。その当時、自分でも音楽系のサービスをやってみたいなと考えていたんです。

 位置情報を使って、その場所に適したBGMを鳴らす「口説き落としシステム」なんてどうかな……って思っていたけれど、それよりは文原の言っているもののほうが面白そうだと思い、乗ったんですよ。作るとなると大変そうだし、まったくできる気はしなかったけれど、面白そうだなって。

――このお二人の出会いがまさにnana musicのスタートでもあるわけですね。

文原:そうですね。ただ、辻川もiPhoneアプリの経験はなかったし、デザイナーもいないので、さらにSNSなどを使いながら人集めをしていきました。これによって、デザイナーとiOSアプリケーションの開発エンジニアを集めることができ、その4人でスタートしました。まあ、当初はみんな持ち出しで、別に仕事を持ちながらやっていましたが、2011年の7月ごろにはペーパーモックができ、少しずつ開発を進めていきました。さらには2011年11月に孫泰蔵さんが代表を務めるファンドから出資を受けることが決まり、みんなここに集中して開発するようになり、翌年の春には、なんとなく動くようになってきました。

――nanaは、投稿されている楽曲に対して「コラボ」ボタンを押すと、ハモりを録音するなど、多重録音ができるようになってますよね。ここが最大の肝だと思いますが、タイミングなど、かなりシビアな開発が要求されると思います。その辺は難なく進んだのですか?

コラボボタンを押すと、重ねて録音することができる
レコーディング画面

辻川:実は、まさにその辺が当初大変で、暗礁に乗り上げそうになっていました。が、やはりTwitter経由で知り合った女性エンジニアが簡単に作ってくれて、それでシステムとして動くようになってきたんです。

文原:初期バージョンでは、より気持ちよく歌えるようにするために、歌った声に対してリバーブをかけてモニターするようにしていたんですが、この辺のレイテンシーの調整に苦労しましたね。結局、今はモニターにリバーブを返す機能はやめたのですが……。


――そしてnanaは2012年8月に正式にサービスをスタートさせたんですよね。

文原:ものすごい期待をもってサービススタートさせ、最初は技術系のメディアに取り上げられて、多少広まったのですが、その後は毎日10~20ダウンロード程度と、鳴かず飛ばず。新規投稿数も、全員分すぐに見れちゃう程度と足踏みしていました。ただ、初期に加入してくれたユーザーさんからは熱い思いも感じていました。「このサービスは本当にいい」、「ぜひ、ずっと続けて欲しいけれど、マネタイズはどうするんだ」なんて心配してくれる方がいたり、熱い思いから、ウチのWebエンジニアとして入ってくれる人もいたりして、明確に刺さっていることは実感できたし、自分たちの考えは間違っていないと確信はできました。

 その後、2013年1月に島村楽器と業務提携を共同プレスリリースしたあたりから、またメディアに露出するようになり、ダウンロード数も増えていきました。さらに、ニワンゴが運営していたスマホアプリのニコルソンが終了することになり、そのユーザーがどっとnanaに流れてくるとともに、それまでのJ-POP中心の投稿から、アニソンやVOCALOID曲などが増えていったんですよね。

 ただ、資金的に厳しくなって、ここでキャッシュアウト。また最初の創業メンバーも離れていきました。大変ではありましたが、そこから「nanaフェス」というリアルイベントなどにも力を入れていった結果、口コミを中心に広まっていき2013年末には、新規ダウンロード数が6倍へと急上昇していきました。女子高生などから広まっていったんですよ。

nanaフェスというリアルイベントを開催
nanaのユーザー層

“女子中学生がすぐアップロードできる”仕組み

――その後、nanaはどんどん勢いに乗ってきたわけですが、機能だけでいうと、似たようなシステムってありましたよね。ネットワーク越しに、みんなでセッションするツールという意味では、My Tracksなんか、とってもよく似ていると思います。ほかにも海外にも近いシステムがあったと思いますが、なぜnanaがこれだけ伸びたのでしょうか?

文原:たとえばサウンドシェア系でいえばTwitVoice、YiiP、Audiobooといったものがありましたが、声を共有するというもので、音楽的にはあまり向いていませんでした。また音楽シェアという意味ではSoundcloudがあるし、Bubblyというシンガポールのサービスがあり、さらに日本ではMy Tracksがありました。確かにMy Tracksは考え方としては近いのですが、自由度が高い分、とっても難しい。

 そうした中、僕が目指したのは10歳の子でも使える簡単なシステム。中学生の女の子が触ってすぐにアップロードできる分かりやすいシステムです。既存のものはダーク基調でツマミが金属色。まさに玄人向けで、素人を寄せ付けないものばかり。これでは意味がないと思ったんです。プロやDTMユーザーからすれば、マルチトラックは必須で、最低でも3つ、4つないとダメだろうし、自分で各パートのバランスもとりたいところでしょう。でも、ここでは直感的に使えることを一番の重要ポイントとして、あえて不自由な制限を付けたシステムにしたんです。

社内には楽器もいろいろあり、社内でセッションすることも

――確かに簡単です。が、正直なところ、だいぶ以前に触ったとき、マルチトラックじゃないし、重ねていくごとにピンポン録音となるので音質的に劣化しちゃうんだな……と思っていました。が、まさかここまで普及するとは思っていませんでした。実際、オーディオフォーマット的にはどうなっているのですか?

辻川:サーバー上で公開されているのはモノラルのm4aのファイルです。44.1kHz/16bitでレコーディングしたものをAACにエンコードしたものですね。コラボをする、という場合の流れでいうと、まずサーバーからクライアントへAACのファイルをダウンロードし、それをRAWデータに展開します。これを再生しながら、マイクからの入力をRAWでレコーディングし、ボリューム設定をすることで、この2つのRAWデータを端末上でミックスして新しいRAWデータを生成します。最後に、これをAACにエンコードして、アップロードする、というシステムになっています。

数々のコラボ作品が投稿されている

文原:サーバー側ではなく、あくまでもローカルでミックスまで行なうことで、ユーザーに分かりやすくなっています。確かに、コラボしたものをアップロードし、さらに別の人がそれを元にコラボすると、徐々に音質劣化することはシステム上仕方ないところではあります。分かりやすさ最優先にしたための限界といったところでしょうか。

――CDとして販売する作品を作るためのレコーディング、と考えると問題ですが、みんなで楽しむためのシステムという意味では、これで十分なのかもしれませんね。モノラルでOKと割り切っているのもいいですし、その結果、音質的にはステレオのAAC 128kbpsに相当するものとなっているわけだし。使ってみて、このエフェクトが秀逸だと思いました。


レコーディング後に7種類のエフェクトから選べるようになっている

文原:エフェクトも、パラメータなど一切なしで、選ぶだけとなっていますが、これはInstagramのエフェクトを参考にしたものです。これなら、エフェクトに関する知識がまったくなくても、女子中学生でも簡単にエフェクト操作ができます。

辻川:エフェクトをかけるところまで、RAWデータで処理し、それのミックスボリュームを設定した後にエンコードしているので、気に入ったエフェクトをいろいろと試すことができるのも大きなポイントになています。

nana musicの開発ルーム

――そう説明されると、いちいちよく設計されているなと感心してしまいます。当初はiPhone用からスタートしたクライアント側、いまはAndroidでも同様のことができるんですよね。

辻川:はい、2014年9月にAndroid対応させ基本的に同じことができるようになっています。ただし、Androidは端末によって、ハードウェアにいろいろな違いがあることから、動く機種、動かない機種が存在しているのも事実です。またiOSの場合、マイクから入った音をモニターできるようにしていますが、Androidではレイテンシーの問題から非対応としています。

――もう一つ面白いなと思ったのが、曲の制限時間を1分30秒としていること。ユーザーも、これに収まるように、いろいろと工夫しているようですね。

文原:最初からフル尺にはしない、という思いがありました。歌うほうは3分でも5分でもいいとは思いますが、聴くほうは5分も聴くか? 、と。だから最初は60秒という制限でスタートさせました。ところが、60秒だとサビしか歌ってなかったり、Aメロ、Bメロときてサビの途中で終わっちゃったり…。そこで後から90秒に変更したんです。90秒あればだいたい1番が丸ごと収まるし、テレビの主題歌などはみんな90秒ですから、スタートして半年後くらいに変更しました。

――nanaは海外ユーザーもいるという話を伺いました。

文原:現在200万のユーザーがいますが、そのうち3割が海外ですね。海外だと一番多いのがタイ、次がアメリカ、3位以降はほんといろいろです。先月投稿された曲を集計してみたところ、計113か国からの投稿がありました。もともとWE ARE THE WORLDが原点ですから、nanaとしてはまさに世界中で使えるシステムとして作ってきたわけですが、これだけ海外の方が使ってくれているということは、やっぱりコンセプトとして間違っていない、海外でも通じるものだったと思っています。

CD化でヒットも。今後の展開や収益モデルは?

――それにしても、これだけの曲が再生され、投稿されているとなると、サーバーの負荷もすごそうですよね。

辻川:これまでの投稿数は2,500万曲、再生数は累計で9億曲を超えました。毎日平均5万曲が投稿され、毎日200~250万曲が再生されているので、結構な負荷ですね。64kbpsで90秒ですからデータ量としては1曲あたり700KB程度。現在1カ月に1~2TB程度ずつ容量を増強しているところです。

――そうなってくると、やはり心配になるのが収益ですが、今のところあんまり収入はなさそうですよね?

文原:最近、動画広告を入れるようにしました。ユーザーが関心のあるエンタメ系やコンビニのお菓子などに絞って(出会い系などが入らないようにして)展開していますが、一定の結果はでてきています。今後は、お菓子の新商品のCMソングをテーマに、nanaで投稿を募り、そこでできた作品がテレビやラジオで流れるようにする、なんていうタイアップ企画案も考えてたりします。

「Rainy」は3,500以上のカバーがnanaに投稿されている

――確かに、nanaでの優秀作品がCMオンエアされるとなると、大きな関心を集めそうですよね。一方で、廣野ノブユキさんの「Rainy」はnanaのオリジナル曲として大ヒットし、CDが発売されたり、カラオケにも入ったんですよね。

文原:こうした現象が、次々と出てきてくれると嬉しいですね。収益という面では、10月ごろをメドに月額制のプレミアム会員制度をスタートさせたいと準備を行なっているところです。

――従来通り、基本的には無料で使える一方で、プレミアム会員を募っていくんですね。

文原:はい、まだ金額やサービス内容は検討中ですが、人気順でソートできるようにするとか、多くの人が見る自分のプロフィールをカスタマイズできるようにすることなどを考えています。

辻川:もう一つ、プレミアム会員向けとして、エフェクトを増やすことも検討しており、いま、新しいエフェクトのプログラムを開発しているところです。このエフェクトのプログラムはiOSでもAndroidでもまったく同じように使えるよう進めているところです。

プレミアム会員制度のスタートに向け、新エフェクトを開発中

――それだけ、いろいろな展開をすると、人も必要になっていそうですよね。

文原:現在、20人弱のメンバーでやっていますが、まだまだ人が足りない状況です。場所も手狭になってきたので、来月にはもう少し広いところに移転する予定なんですよ。

辻川:とくにエンジニアが足りないので、ぜひ興味のある方には来ていただきたいですね。iOSやAndroidのクライアント系のエンジニアも欲しいし、サーバー系の欲しいところ。ぜひみんなでnanaをさらに充実させたシステム、サービスにしていきたいですね。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto