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映画『F1/エフワン』脅威の映像を撮影した、ソニーの“F1特別仕様カメラ”に迫る

『F1(R)/エフワン』
(C)2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

先月の27日に公開され、大きな話題となっているブラッド・ピット主演映画『F1(R)/エフワン』。最弱チームが一丸となってワールドチャンピオンを狙う“熱い”展開もさることながら、度肝を抜かれるのは、F1カーを本当に操縦しているかのようなスピード感のある映像。この撮影に、実はソニーが新たに開発した“F1特別仕様”のカメラが使われている事が明らかになった。

いったいどんなカメラで、どのように撮影したのか?その詳細に迫っていこう。

ソニーの“F1特別仕様”のカメラが生まれるまで

実は、映画『F1/エフワン』は、あの『トップガン マーヴェリック』を手掛けたジョセフ・コシンスキー監督がメガホンを執り、撮影監督も同じクラウディオ・ミランダ氏が担当している。

ジョセフ・コシンスキー監督
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トップガン・マーヴェリックの撮影では、ソニーのデジタルシネマカメラ「VENICE 2」や、6台ものIMAXカメラを戦闘機F/A-18のコクピットに搭載し、臨場感溢れる映像を撮影したコシンスキー監督とクラウディオ氏のコンビ。狭いコクピットにカメラを設置するため、VENICE 2のカメラ部分だけを本体から取り外し、ケーブルで接続するエクステンションシステムが使われた。この時から、ソニーとクラウディオ氏はタッグを組んでいたわけだ。

撮影監督のクラウディオ氏

その繋がりもあり、2022年、クラウディオ氏からソニーに「今度はF1映画を撮影するためのカメラを開発して欲しい」という依頼が舞い込む。

ソニーがクラウディオ氏の要望を聞くと、「棒の先にカメラのセンサーだけを取り付けて、F1カーを操縦している俳優を外側から撮影したい」のだという。簡単そうに聞こえるが、実際は真逆。なにしろ、取り付けるF1カーは時速200km以上で走る。凄まじい振動や加速度がカメラにかかるだけでなく、飛散した砂や石がまるで弾丸のようにカメラを襲う。超過酷な環境だ。

カメラ部はできるだけコンパクトにしなければならない。クラウディオ氏の要望を受け、開発に取り掛かったソニーのエンジニアたちは、ソニーのカムコーダー「FX6」をベースに、そのカメラブロックを本体から分離。延長ケーブルで接続できるようにしたモデルを作り出す。カメラ部自体はFX6のそれよりも小型化し、狭所に設置しやすくした。

さらに、レースカーの前方を映していたカメラが180度回転し、ワンカットのままドライバーの緊迫した表情を捉えるなど、カメラを遠隔操作する必要もある。そこで、カメラ設定や遠隔操作などに、音楽ライブの撮影などにも使われるリモートカメラ「FR7」の技術を投入。カメラヘッドの回転やフォーカスなどの部分では他社と協業。クラウディオ氏の依頼から、わずか4カ月で最初の試作機が完成したというから、ソニーのエンジニア達の技術力の高さに驚かされる。

その試作機をクラウディオ氏に触ってもらい、その意見もフィードバックさせ、要望から6カ月後に“F1特別仕様”のカメラが完成した。

極限まで小型化したカメラ部と、堅牢な本体をケーブルで接続

そのカメラの実機を見ていこう。

ソニーが新たに開発した“F1特別仕様”のカメラ

カムコーダーのFX6がベースになっているが、形状はもはや別物だ。カメラ部だけが切り出され、本体は堅牢な黒いケースに収納。そのケースとカメラ部が、ケーブルで接続されている。

注目はこのカメラヘッド部。カメラブロックとしては、FX6よりも小型化しており、写真を見るとわかるように、ほぼ、35mmフルサイズのEマウント“ギリギリ”の小ささ。2025年夏に発売予定の、「VENICEエクステンションシステムMini(CBK-3621XS)」のカメラ部分よりも、さらに小さく、奥行きも短いそうだ。これだけ小さくした事で、F1カーのコックピットまわりなど、狭い場所にも設置できたわけだ。

カメラ部の背面。奥行きが短いのも特徴だ
左が『トップガン マーヴェリック』の撮影で使われた、VENICEエクステンションシステム2。右は2025年夏に発売予定の「VENICEエクステンションシステムMini(CBK-3621XS)」のカメラ部。これらと比べても、上の“F1特別仕様”カメラ部がさらに小さいことがわかる
「VENICEエクステンションシステムMini(CBK-3621XS)」カメラヘッド部

この映画F1向けプロトタイプカメラを手掛けた、ソニー株式会社 技術センター 機構設計部門(メカ開発)の開発エンジニア、西駿次郎氏は、「8週間での設計から4カ月での試作、最終納品が6カ月という短期間での開発と、シネマラインで培ったシネマクオリティのLOOK(色調など)とOPERABILITY(操作性)を兼ね備えたカメラを、F1カーの車体という限られたスペースに収め、レーストラックのスピードや衝撃に耐えられる耐久性を持たせることが難しかったです。商品の開発の傍らで進める状況でしたが、可能な限り小さく設計を纏め上げ、堅牢性と小型のバランスを取るため0.05mm単位での削り上げを行ないました」と語る。

ソニーが新たに開発した“F1特別仕様”のカメラ。カメラヘッドの回転やフォーカスなどの部分では他社と協業している

西氏によれば、ドライブする様子を真正面から撮影するために、ハンドル裏の、HALO(F1マシンのドライバー保護用バンパー)の支柱近傍にも取り付けたいという要望があったため、撮影用マシンのHALO形状に背面形状を合わせ込むなど、撮影チームと密に会話をしながら形状を作り上げていったという。

衝撃的なのは、次の写真だ。カメラ部の前面が、白くなっているが、実はこれ、F1カーに取り付けて時速200kmを超えるスピードで走行しながらの撮影が終わった後の状態。コース上で巻き上がられた砂や石が超高速でぶつかるため、塗装が剥がれてしまっている。どれだけ過酷な撮影状況だったのかが、伝わってくる。

西氏は「滑らかなトラックでも縁石に乗り上げる際などに強い振動があり、カメラを損傷する可能性のあるデブリが舞い上がることもあります。実際に、飛び石でレンズのプロテクターが砕けるシーンも目にしました」という。

撮影前はこの状態だが
撮影後はこんな状態に。砂や石が超高速でぶつかるため、塗装が剥がれてしまっている

さらに、「使うネジ1本から通常よりも太いものを選定したり、ドロップイン方式のNDフィルターを強固に固定できるようにしたりするなど、各所に強度剛性を向上する手法を取り入れました。基本的に業務用カメラはどの機種も高い堅牢性が求められるため、従来に近い設計で十分な堅牢性を持ち合わせたカメラを提供できました。加速度も、実際の撮影でかかるよりも遥かに強いGを掛け、性能や設計に問題ないことを確認しています」(西氏)。

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そのため、当然撮影現場でもカメラにトラブルはあったそうだが、渡米していたエンジニアが、現場で直接サポート。極限の撮影を成功へと導いた。「テスト撮影時、空冷ファンの排気口から走行中の強力な風が逆入し、ファンが停止してしまうトラブルが発生したことがありました。現場にあるものだけでトラブルに対応するため、撮影機材のテープで風の流れを工夫して防ぎ、撮影を続行しました。現場に帯同し、シルバーストンサーキット等のピットで不測の事態に対応しました」(西氏)。

西氏は開発を振り返り、「ソニーはボトムアップの文化が根強い会社で、私たちエンジニアも日ごろから温めているアイディアがありました。今回のようにクリエイターからの声を聞いた時にはすぐに形にすることができました」と語った。

Chinese Theatre

6月27日には、アメリカ・ロサンゼルスのChinese Theatreにて、ソニーの現地法人Sony Electronics Inc.が主催する映画F1のスクリーニングイベントが開催。ASC(American Society of Cinematography)のメンバーやその関係者、撮影監督、レンタルハウス関係者など900名ほどが参加。F1特別仕様カメラも披露。ソニーのエンジニアも同席し、来場者からの質問に答えたりクリエイターの声に耳を傾けていた。

作品の上映後、監督のジョー・コシンスキー氏(写真左)と、撮影監督のクラウディオ・ミランダ氏(オンライン参加)、ファーストカメラアシスタントのダン・ミン氏(写真右)によるQ&Aセッションも行なわれた
会場に設置されたプロトタイプカメラと遠隔回転システム
Cinema Line事業部門長の高橋氏(左)とプロトタイプカメラの開発エンジニアの西氏(中左)、森岡氏(右)、ファーストカメラアシスタントのダン・ミン氏(中右)の記念撮影

このF1特別仕様カメラで撮影された映像が、どんなものかのか。それはぜひ、劇場で確かめて欲しい。

Go Behind the Scenes: F1 the Movie

トップクリエイターの声から生まれた技術で、クリエイションの裾野を広げる

前述の通り、ソニーは2025年夏にシネマカメラの「VENICE 2」と組み合わせて使用する、「VENICEエクステンションシステムMini(CBK-3621XS)」を発売予定だが、このVENICEエクステンションシステムMiniに、“F1特別仕様”のカメラ開発で培った、カメラヘッドの超小型メカ設計や、ドロップインタイプのNDフィルタなどが活かされているという。

ドロップインタイプのNDフィルタなどが、VENICEエクステンションシステムMiniにも活かされている

クリエイターの声を聞き、その要望に寄り添って開発を行ない、今までになかった映像表現を可能する。さらに、そこで培った技術を次の製品に活かすというサイクルが生まれる。トップクリエイターの声を反映した技術は、シネマカメラだけでなく、一般のユーザーも手にするCinema Lineのカメラにも展開され、クリエイションの裾野を広げる事にも貢献している。

会場でクリエイターと対話するCinema Line事業部門長の高橋暢達氏

こうした取り組みにより、IMDbの調査によれば、デジタルシネマカメラで撮影されたアカデミー賞ノミネート作品における、“ソニーのカメラの採用率”は、2022年には10%未満だったが、2025年には50%にまで上昇。シネマ業界におけるソニーのカメラの使用率は着実に増加している。

また、ソニーはエンタテインメント・テクノロジー&サービス分野において、事業の軸足をコンテンツクリエイションにシフトしており、NCC(ニューコンテンツクリエーション)事業部を新たに設立。シネマラインの事業だけでなく、バーチャルプロダクションやXR部門なども同じ傘下に入っている。カメラ開発に留まらず、ソニーの持つ様々な技術を結集して、クリエイターの要望に応える体制を作ることで、さらに、我々の予想を超える映像や体験を生み出してくれそうだ。

『F1(R)/エフワン』
(C)2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.
山崎健太郎