藤本健のDigital Audio Laboratory

第702回 2つのVOCALOID歌声を自由にコラボ。強化された「クロスシンセシス」を試す

2つのVOCALOID歌声を自由にコラボ。強化された「クロスシンセシス」を試す

 最近のヒットソングを見ると、VOCALOID楽曲は一時期の大ヒット状況からはやや落ち着いた感じにはなってきているが、それでも数多くの楽曲が日々生まれてきているし、DTMにおいて無くてはならないツールになったことは間違いない。そのVOCALOIDは、ヤマハの研究開発が生み出したシステムとして、まだまだ進化を続けているようだ。次のバージョンになる前に、また一つ新たな機能が追加された。それが異なるVOCALOID歌声ライブラリ間での「クロスシンセシス」機能。

VOCALOID4 Editor

 新機能というよりも“機能制限解除”といったほうが正しいようにも思えるが、これまでのVOCALOIDでは絶対にできなかった面白い歌わせ方が可能になったので、実際の音を交えながら紹介しよう。

2つのライブラリの歌声を“ブレンド”する機能

 VOCALOID4がリリースされて2年が経過した。その間、「初音ミク」、「がくっぽいど」、「結月ゆかり」、「Sachiko」、「氷山キヨテル」、「Megpoid」……とさまざまな日本語歌声ライブラリが登場。さらに、英語ライブラリとしても、初音ミクや巡音ルカに加え、「DEX」、「DIANA」、「CYBER SONGMAN」といったものがリリースされ、さらには中国語ライブラリとして「Stardust」という製品が出るなど、かなり充実してきている。

初音ミクV4X

 そのVOCALOID4の大きな特徴が、“がなり声”が出せるグロウル機能と、2つの歌声間をモーフィング(少しずつ変化させて移行)できるクロスシンセシス機能だった。こうした機能については以前、VOCALOID4がリリースされた時点でも記事にしていたが、10月25日にリリースされた「VOCALOID4 Editor」および「VOCALOID4 Editor for Cubase」のいずれもVer.4.3.0において、異なるVOCALOID歌声ライブラリ間でのクロスシンセシスが可能になったのだ。

VOCALOID4 Editor
VOCALOID4 Editor for Cubase

 この機能は、普通にできるはずだと思っていたが、以前は制限がかけられて使えなかったものが、利用可能になったようだ。改めて、クロスシンセシスとは何なのかを説明すると、たとえば「Megpoid V4 Native」と「Megpoid V4 Adult」という少し違ったトーンの歌声ライブラリをブレンドして中間的な歌声を作り出すという機能なのだ。

 XSY(クロスシンセシス)というパラメータを用いて、2つの歌声ライブラリ間を自由に行き来することを可能にしており、ブレンドという言い方よりも、モーフィングと呼んだほうが分かりやすいかもしれない。使い方としては、曲の進行、盛り上がり具合などによって徐々に変化させていくという方法もあるし、中間的な歌声が好きなら、常にそれを利用して一般にはない自分だけのライブラリを作って使うという方法もある。

クロスシンセシスのパラメータで、2つの歌声を行き来できる

 ちなみにこのクロスシンセシスでは下側の歌声に、オリジナルライブラリであるプライマリーシンガーを、上側に変化した先のセカンダリーシンガーを設定する。ただし、セカンダリーシンガーが100%になった場合でも、そのライブラリそのものの歌声とは、微妙に違う。実は、プライマリーシンガーを元にして、VOCALOIDの内部パラメータをいろいろいろと調整しセカンダリーシンガーに最大限近づけた歌声だからだ。

 クロスシンセシスは、ヤマハのVOCALOIDサイトの説明にもある通り、従来は同じシンガー間でのみ利用できるというものだった。つまり「初音ミク SOFT」と「初音ミク SOLID」のように同じ初音ミクシリーズ同士であったり、「結月ゆかり 純」と「結月ゆかり 穏」のように、結月ゆかりシリーズ同士でのクロスシンセシスに限られていたのだ。確かに、このシリーズ間でのつなぎであれば、違和感なくモーフィングして変化させられるし、中間的な歌声を作っても思った通りの声を出しやすい。

従来は、同じシンガーの異なるバージョンの歌声のみ、クロスシンセシス可能だった

 さらに、最新版のVOCALOID4のVer4.3.0では、従来の枠を取り払い、違うシンガー間でのモーフィングができるようになった。極端な話、男性ボーカルから女性ボーカルへ変化させることも可能になり、これまでにない幅広い歌声を作り出すことが可能になったわけだ。

VOCALOID4 Ver4.3.0で、異なるシンガーとのクロスシンセシスに対応

VOCALOIDのシンガーに対応と非対応がある点に注意

 実際にどんな歌声が出せるのか試してみよう。もっとも、筆者の手元にすべてのVOCALOID4歌声ライブラリがあるわけではないが、いくつかをインストールした上で、例えば初音ミクの歌声からFukaseの歌声へとクロスシンセシスできるのか試そうとした。

Fukase

 ところが、どうもうまくいかない。クロスシンセシスを使うには、まずシンガーエディターを用いて、プライマリーシンガーとセカンダリーシンガーを設定する必要があるが、プライマリーシンガーに「初音ミクV4X Original」を設定してみたとき、セカンダリーに何も設定することができないのだ。

プライマリーシンガーとセカンダリーシンガーの設定
初音ミクV4X Originalで、セカンダリーに何も設定できなかった

 HDD節約のため、数多くある初音ミク歌声ライブラリの中で、このOriginalのみを入れていたため、ほかの初音ミクシリーズが出てこないのは当然なのだが、間違いなくVer4.3.0にアップデートしたのになぜうまくいかないのだろうか。VOCALOID4 Editorで試してみてもVOCALOID4 Editor for Cubaseで試してみても同様だった。

 改めてアップデータのリリースノートを読んでみると「クロスシンセシスグループ『AHS』,『INTERNET』の追加」とある。そして、「クロスシンセシス可能グループ一覧」というのをクリックしてみてみると、確かに「AHS」と「INTERNET」というのが追加されており、この中に、インストールしたシンガーが入っている。つまり、何でもOKというわけではなく、まだ縛りが設けられているようなのだ。

クロスシンセシス可能グループ一覧に、「AHS」と「INTERNET」がある

 確かに「大切に作り上げてきた自社のVOCALOID歌声ライブラリを想定外の歌声に変えて使われたら困る」と考えるメーカーがいても不思議ではなく、結果的に現在のところOKしているのがAHSとインターネットの2社であったということなのかもしれない。VOCALOIDには、アーティスト絡みの歌声ライブラリも多く、簡単には許諾できないということだろうか。

 またAHSの製品同士なら何でもOKというわけでもないらしい。例えば「歌愛ユキ」などはVOCALOID2をそのままVOCALOID4に移植したものであるためか、クロスシンセシスグループ「AHS」の中に含まれないのだ。

 とはいえ、いくつか使えることが確認できたので、さっそくいろいろと試してみよう。まずはクロスシンセシスを掛けず、固定の状態での歌声を確認してみよう。まずは「結月ゆかり 穏」(独特な吐息成分を活かしたウィスパーボイス版)と、「猫村いろは Natural」(力強い声の特徴を活かした追加収録版)の歌声をそれぞれ聴いてみてほしい。改めて聴いてみると、どちらもなかなかいい感じの歌声であるが、より気持ちよく聴こえるようにするために、Cubase上で軽くリバーブを掛けている。

結月ゆかり 穏
猫村いろは Natural

【音声サンプル】
結月ゆかり 穏(1.35MB)
猫村いろは Natural(1.35MB)

 次に、結月ゆかりから猫村いろはへ、少しずつ変化させてみた。

結月ゆかりから猫村いろはへ変化させた

【音声サンプル】
結月ゆかり→猫村いろは(1.35MB)

 聴いてみると、確かに滑らかに変化はしているが、完全に猫村いろはに変わるわけではなく、結月ゆかりのニュアンスがかなり残ったままになっているのは気になる。結月ゆかり 穏の場合、ちょっとかすれた声であるため、それが残ってしまっているようなのだ。反対に、プライマリーシンガーを猫村いろはにして、セカンダリーを結月ゆかり 穏にすると、まただいぶニュアンスが変わってくる。この辺が、まったく違う歌声間でのモーフィングの限界なのかもしれない。

プライマリーシンガーを猫村いろは、セカンダリーを結月ゆかりにした場合

【音声サンプル】
猫村いろは→結月ゆかり(1.35MB)

Iroha_Yukari.wav

 続いて、「氷山キヨテル Rock」(パワフルなサウンドに相性の良いバージョン)の歌声を、まず聞いてほしい

氷山キヨテル Rock

【音声サンプル】
氷山キヨテル Rock(1.35MB)

 やはり男性の歌声なので1オクターブ下げた音となっている。この状態でキヨテルからいろはへと変化させてみた。

【音声サンプル】
氷山キヨテル→猫村いろは(1.35MB)

そもそも、猫村いろはが、やや男性っぽい歌声であるだけに、いい感じでマッチしているようにも思えるが、元の1オクターブ上の歌声で試してみた。こうすることで雰囲気が少し変わり、こちらのほうが、いろはであることがハッキリと認識できる。いずれにせよ、男性ボイスと女性ボイスをモーフィングさせても、思っていたほどの破たんはなく、結構普通に使えそうだ。

【音声サンプル】
氷山キヨテル→猫村いろは(1オクターブ上げたバージョン)(1.35MB)

Megpoidなど、インターネット製品も対応

 続いて、株式会社インターネットの歌声ライブラリも見てみることにしよう。手元にあったインターネットのVOCALOID4歌声ライブラリが「Megpoid」だけだったが、VOCALOID4 EditorではVOCALOID3の歌声ライブラリも、そのまま読み込めるようになっている。VOCALOID3の歌声ライブラリの場合、グロウルは使えないが、クロスシンセシスは利用できたはずなので、ここで、「kokone」を読み込んだ結果、うまくクロスシンセシスで使うことができた。

Megpoid
kokone

 個別の歌声と、クロスシンセシスの結果を掲載する。決して似た声質なわけではないが、キレイにモーフィングしているし、途中の歌声で固定させても、いい感じに利用できそうだ。

【音声サンプル】
Megpoid(1.35MB)
kokone(1.35MB)
kokone→Megpoid(1.35MB)

 このように、VOCALOID4 EditorのVer4.3.0では、制限はあるものの、異なる歌声ライブラリ間のクロスシンセシスが可能になったことで、従来にはない歌わせ方ができるようになった。VOCALOIDのエディターとしては、クリプトン・フューチャー・メディアからも「Piapro Studio」というソフトが出ているが、こちらは現在のところ対応していない模様。今後、Piapro Studioがこの機能に対応するかとともに、初音ミクなどの歌声ライブラリが、異なるシンガー間のクロスシンセシスに対応させるかも気になるところ。

 今後、ユーザーがこれを利用した作品を積極的に使っていくのか、この機能が多くのユーザーに受け入れられるのかといった点にも注目していきたい。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto