藤本健のDigital Audio Laboratory

第704回

曲の音圧アップが思いのまま!? 「音圧爆上げくん」と「DeeMax」を使ってみる

 音楽を作る多くの人が関心を寄せている「音圧」。音圧を上げることにより、同じボリュームレベルであっても、聴感上の音量が大きくなり、インパクトが強くなるというメリットがある。その一方で、上げるすぎるとあまりにも大きい音になるため、驚かせたり、聴覚障害を引き起こす可能性があったり、実質的なダイナミックレンジ(最大音と最小音の差)が狭くなって音質が落ちるといったデメリットもある。そうした中、日本発で、音圧を上げるためのツールがいくつか登場している。Webサービスの「音圧爆上げくん」とプラグインの「DeeMax」というもの。どちらも、素人でも簡単に手持ちの楽曲の音圧を上げられるツールなので、どんな効果があるのか、実験しながら紹介しよう。

今回試した「音圧爆上げくん」

音圧を上げるとはどういうことか

 音圧は、言葉で細かく説明してもなかなか分かりづらいが、基本的には文字通り「音の圧力」のことであり、大気圧に対してどのくらい音による影響で圧力を受けるかを表すもの。そして、音圧が大きいと人は大きい音であると感じるのだ。

 ここでちょっと波形を見ながら、解説してみることにしよう。まず1つめの波形をご覧いただきたい。これはドラムサウンドをSteinbergのWaveLab Pro 9で表示させたものであり、そのドラムの音を波形で見せたものだが、かなり小さめな音なので、波形自体も細く、こぢんまりしているのがわかる。

【音声サンプル】 小さめな音のドラム音
wave.wav(3.53MB)

波形も細い

 ここでノーマライズという処理をかけてたものが次の波形のものだ。音量が大きくなり、波形が拡大されているのが分かるだろう。

【音声サンプル】 ノーマライズした後の音
wave_normalize.wav(3.53MB)

ノーマライズした後の波形

 ここで行なったのは、このドラムの音の中で、最大のレベルとなっているところがデジタルオーディオとしての限界値である0dBになるように全体をそのまま持ち上げたものなので、ちょうど波形をルーペで見たような具合だ。実際に音を鳴らせば大きくなるし、音質、音のニュアンスも原音がそのまま生かされている。

ノーマライザーの設定

 まずは「コンプレッサ」というものを使って音圧を持ち上げてみた。この波形を「魚の骨」に見立てて表現すると、背骨部分が少し太くなっているのがわかるはずで、音を聴くとさらに大きく感じる。

【音声サンプル】 コンプレッサで音圧を上げた音(ノーマライズ済み)
wave_comp_normalize.wav(3.53MB)

“背骨”が太くなった

 しかし、コンプレッサとは、直訳すれば圧縮機であり、本来は音を圧縮するもので、あるレベルを超えたところから、一定の比率で音を抑える操作をしている。

音圧を上げ、一定のレベルを超えた部分を抑える

 実は先ほどノーマライズした音の上下に伸びた細い骨の尖ったあたりだけをまず叩いて潰すということを行なっている。あまり極端な潰し方をしなければ、聴感上はそれほど変わらないのだ。その後、この潰したものをノーマライズすることで、先ほどのように全体を大きくすることができ、結果として魚の背骨が太くなって、聴感上も大きくなる。

【音声サンプル】 コンプレッサをかけた後の状態
wave_comp.wav(3.53MB)

コンプレッサをかけた後の波形

 さらに「マキシマイザー」というものを用いて、やや極端に大きな音圧にしてみる。最近のCDなどは、こんな波形になったものが多く、よく「海苔」などと揶揄されることがある。実際に聴いてみると、極端すぎる操作をしたために音も歪んでいるが、すごい音量になっているのが確認できるだろう。

「マキシマイザー」で極端に音圧を上げてみた

 ちなみに、マキシマイザーもコンプレッサ、リミッターも基本的には似たようなものであり、使い方の違いで、どう呼ぶかが変わる。ただソフトウェアとしてのマキシマイザーではやや独特な手法がとられているのが一般的。それはコンプレッサとは大きく異なり、“ゼロクロスポイント”と呼ばれる瞬間的に音量がゼロになるところで、細かく波形を刻んだ上で、その刻んだ素材それぞれをノーマライズして最大レベルを0dBに持ち上げるというもの。あまり難しい話まで知らなくても大丈夫だが、マキシマイザーとはそういうツールだ。

 ここまでが音圧に関する基本。ここからはその音圧を簡単に上げてしまうというツールと、実際例の紹介をしていく。

Webブラウザから使える「音圧爆上げくん」

 先ほどのドラムだけだと単調なので、ベースやシンセなどの音が入ったもうちょっと音数の多いサウンドを作ってみたので、これを例に2つの日本製マキシマイザーを試してみたいと思う。先ほどと同様24bit/44.1kHzのWAVファイルで、WaveLabで波形を見ても、そこそこのレベルになっていることはわかるだろう。

【音声サンプル】 今回作ったオリジナルの音源
dal704_demo.wav(6.63MB)

WaveLabで波形表示

 これを「音圧爆上げくん」で加工するのだが、操作はこれ以上ないというほど簡単。まず音圧爆上げくんのサイトにアクセスの上、ここに用意したWAVファイルをドラッグ&ドロップするだけ。オプションとして「自動マスタリングを行なう」というのがあるが、これを利用することで音質面などの調整も行なわれるようだが、ここではチェックボタンは押さずにそのまま。すると、データのアップロードが行なわれ、40秒程度の処理時間を経て完成。

 ラウドネス、RMS、ピーク、ダイナミックレンジといった値について元の音源のもの、爆上げ後のものが比較表示されるようになる。またスペクトラムや音圧ヒストグラムといったものもグラフで表示される。そして画面下にあるプレイボタンをクリックすれば再生でき、ここでも元の音源と爆上げ後を切り替えながら聴くことができるのも面白いところだ。

オリジナルの音源と比較表示
スペクトラムや音圧ヒストグラム表示
画面上で再生できる

 そして処理後のデータは「爆上げ後の音源ダウンロード」というボタンを押すとダウンロードできるようになっている。その結果をWaveLabに読み込んで波形表示させてみた。海苔のよう、とまではいかないものの、かなり膨らんでいるのが分かるはずだ。実際に音で聴いても、先ほどのオリジナルより明らかに大きな音になっているのが実感できるだろう。ただし、アップロードしたのは24bit/44.1kHzだったが、ダウンロードした結果は16bit/44.1kHzとなっていた。

【音声サンプル】 「音圧爆上げくん」で加工した音声
baku_dal704_demo.wav(4.42MB)

爆上げ後の音源をWaveLabに読み込んで波形表示

 とはいえ、これだけのことが、無料で、インストールが不要で、DAWも不要というブラウザとインターネットがあるだけの環境で体験できてしまうというのは、かなり便利だ。「音圧爆上げくん」サイトには「今のところ無料」とあるので、今後は有料化される可能性もあるというわけだ。

現時点では無料公開されている

 なお、ここで変換のためにアップロード、ダウンロードするデータは公開されたりすることはなく、あくまでも自分だけで処理できるので、未公開音源が流出する心配はなさそうだ。

 この音圧爆上げくんのサイトでは、ほかにも3つのWindows用VSTプラグインが無料公開されている。一つは音圧爆上げくんの中でも使われているというコンプレッサのBasicComp、それに音質を劣化させずにパンニングすることに特化したITDPanner、それに帯域ごとにダイナミックレンジを分析できるDRAnalyzer。ここで詳細は触れないが、いずれもフリーのVSTプラグインとして配布しているので、興味ある方は試してみるといいだろう。

BasicComp
ITDPanner
DRAnalyzer

DAWと組み合わせる高機能な「DeeMax」

 もう一つ、今回取り上げるのは彗星のように登場し、1~2か月に1本の割合で数多くの有用プラグインをリリースしているDotec-Audioの中心的プロダクト「DeeMax」だ。

DeeMax

 現在のところDotec-Audioが出しているプラグインはコンプレッサのDeeCompやイコライザのDeeEQ、パンニングツールのDeePanpot、音を太くするためのDeeFat、ノイズゲートのDeeGateなど、いずれもダイナミクス系のエフェクトでWindowsおよびMacのVSTおよびAudioUnits環境で動作する。そして、そのほとんどが1ノブで使える超簡単操作でありながらも、単に1つのパラメータを調整しているのではなく、音をソフトが分析しながら、数多くの内部パラメータを動かしていい具合に仕上げてくれるというのが特徴。

DeeComp
DeeEQ
DeePanpot
DeeFat
DeeGate

 それぞれの詳細についてはここでは割愛するが、どれもプロの現場で使えることを前提に開発されたものであり、ほかにはあまりなさそうなユニークなUIとなっているのもポイントだ。

 その中で、今回取り上げるDeeMaxはレバーをグイッと持ち上げれば音圧が上がるという、笑ってしまうほどシンプルなUIでありながら、非常に強烈な威力を持っている。さっそく、グイッと100の目盛りまで上げて試した結果がこちら。これは、もう“海苔”といってもいいほどの状態で、音を聴いてもやや歪んでいるのでは……というほどのレベル。

【音声サンプル】 レバーを100まで上げた結果
deemax_dal704_demo.wav(6.63MB)

まさに“海苔”状態

 実は、DeeMaxではあえてサチュレーションがかかるところまで持ち上げる仕掛けとなっているので、入力したソースがある程度の音圧を持っていると、やや音が歪んでしまうケースがあるのだ。しかもTURBOボタンを押すと、さらにもう1ランク音圧を上げる仕掛けになっているのだので、その一方で、safeスイッチというものも用意されており、これをオンにすれば、歪む前のところで留めてくれるから安心。

画面下にあるのがsafeスイッチ

 せっかくなので先ほど同様レバーを最大の100まで待ちあげ、TURBOボタンはオン、safeスイッチもオンの状態でマキシマイズした結果が下の音声だ。先ほどの海苔状態のものと比較するとだいぶ控えめになっているのが分かるだろう。どのくらいの音圧にするかは自分で音を聴きながらレバーをつかって決めていけばいいのだ。

【音声サンプル】 safeスイッチを入れた状態でマキシマイズ
deemax_dal704_safe.wav(6.63MB)

波形でも、控えめになっているのが分かる

 このDeeMaxは、とりあえず無料でダウンロードしたものをDAWなどに組み込めば、連続再生時間にはある程度の制限はあるものの、それ以外はフル機能使えるようになっている。気に入って購入する場合は49ドルという価格になっている。

 以上、2つのマキシマイザーについて紹介してみたがいかがだっただろうか? 音圧を上げると、その分実質的なダイナミックレンジは狭くなるので、音圧と音質はある意味トレードオフの関係にある。あまり音圧を上げすぎるのはお勧めできないが、従来はプロにしか扱えなかった音圧調整が誰でも簡単にできるようになったというのは楽しい。一度音圧が変わるとどうなるのか、自分で試してみるとその面白さを実感できるはずだ。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto