藤本健のDigital Audio Laboratory
第588回:WASAPIに対応したiTunesの音質を検証。“究極のイコライザ”は本当?
第588回:WASAPIに対応したiTunesの音質を検証。“究極のイコライザ”は本当?
(2014/4/7 12:30)
WindowsのiTunes 64bit版の再生環境設定を確認したら、以前とちょっぴり変わっていた。使ったのは11.1.5.5というバージョンで、そのことに気づいたのは、つい昨日のこと。調べてみると実は1年以上前にiTunes 11がリリースされたときから変わっていたようなのだが、普段iTunesで音楽を聴いていないだけに、まったく気付いていなかったのだ。
何が変わったのかというと、64bit版でもWASAPIが利用できるようになっていたのだ。聴いた感じでは、何が変わったのか全然分からなかったのだが、ネットを検索してみると、「音がスッと抜けるようになった」、「いい音になった」なんて声もあるようだが、もしかしたら、大きな改善があったのかもしれない。以前、「『Windowsオーディオエンジンで音質劣化』を検証」という記事を書いたことがあったが、改めてiTunesをWASAPIで使って検証してみるとともに、Macではどうなのかも調べてみることにしよう。
64bit版のiTunesでもWASAPIが利用可能
WindowsでPCオーディオを楽しんでいる人は多いと思うが、オーディオエンジン(旧カーネルミキサー)で音が劣化するという問題を回避するために、これをバイパスするASIO、WASAPIを使っているという人も少なくないだろう。ただASIOやWASAPIに対応したプレイヤーソフトは選択肢が少ないため、foober2000やHQ Playerなどいくつかのものに限られる。でも、もしiTunesでWASAPIが利用できて、いい音で再生できるというのなら、かなり便利になってくると思うのだが、実際しっかり対応しているのだろうか?
iTunesのWASAPI対応というのは、実はiTunes 11で突然サポートされたというわけではない。iTunes 9のときからサポートされており、これを使うことができた。ただし、ここにはいくつかの問題もあったのだ。まずは32bit版のiTunesのみの対応であり、64bit版のiTunesでは利用できなかったこと。また、iTunes自体が対応していたわけではなく、QuickTimeの機能として対応していたため、実際の設定はQuickTimeで行なう必要があった。具体的にはQuickTimeの設定画面において、オーディオデバイスを「Windows Audio Session」とすることでWASAPIからの出力が可能になっていた。
しかし、何より最大の問題はWASAPIの排他モードではなく、共有モードになっていたため、オーディオエンジンをバイパスすることができず、結局MMEドライバ、DirectSoundドライバで出すのと変わらない結果となっていたのだ。
しかし、1年前にiTunes 11がリリースされた際にWindows用64bit版iTunesでもWASAPIが利用できるようになっていたのだ。iTunesの再生環境設定画面を開くと、以前はなかった「オーディオの再生方法」という項目があり、デフォルト設定の「Direct Sound」のほかに「Windows Audio Session」というものがある。これが正にWASAPIのことであり、QuickTimeをインストールすることなく、設定できるようになったのだ。これが、共有モードではなく排他モードであれば期待はできるのだが、どうだろうか?
試しに、iTunesで再生しながら、別のソフトで音を鳴らしてみたら、あっさりと鳴ってしまった。なんのことはない、従来の32bit版と同様に共有モードのようなのだ。ただ、もしかしたらオーディオにこだわりのあるAppleのことだから、うまい方法をとっているのではないか……との期待を持ちながら、以前行なったのと同じ実験をしてみることにしたのだ。
具体的にはiTunesで再生した音を波形編集ソフトであるSoundForgeを用いてキャプチャし、それの位相を反転させたものとオリジナル音と重ね合わせて差分を見るという方法だ。詳しい手順は過去の記事をご覧いただきたのだが、今回も以前と同様にRolandのQUAD-CAPTUREを利用して操作を行なっている。
結論はというと、残念ながら期待通りとはいかなかった。オーディオエンジンを経由するためにピークリミッタが強制的に掛かってしまい、音が変質してしまうのだ。やはりこの問題を回避するためには、foober2000やHQ Playerなどを使わざるをえないようである。
では、Macではどうなのか? 以前の実験でもWindowsで試すばかりでMac環境を検証していなかったため「Macでもチェックして欲しい」という声が挙がっていた。せっかくの機会なので、こちらも検証してみよう。
方法はWindowsとまったく同じ。最新版のiTunes 11.1.5を用い、オーディオインターフェイスにQUAD-CAPTUREを使って再生。これをMac版のSoundForge Pro2を用いてキャプチャするのだ。そして、位相を反転させたものを重ね合わせてみた。その結果が下のキャプチャ画面だ。縦軸を最大に拡大しても、何ひとつ現れないことを見ると、これは完全に一致していると見なしてよさそうで、いわゆるビットパーフェクトを達成している。まあ、このことはMacが標準でCoreAudioというドライバを使っていることから、予想されたことではあったが、同じ実験によって証明することができたわけだ。
“究極のイコライザ”は本当に“いい音”か
ところで、iTunesの実験をするのであれば、もう一つ試しておきたいネタがあった。それは昨年あたりから何度かFacebookやTwitterなどを介してやってきていたiTunesの究極のイコライザ設定というもの。(編注:2004年ごろから[Perfect]という設定が出回っていた模様)。筆者自身は、基本的に音楽を再生させる際にイコライザは使わないようにしている。やはりレコーディングエンジニアやマスタリングエンジニアが「最高の音に」とこだわってEQ調整や音圧調整をした作品を勝手に変更するのはよろしくないだろう、という思いからそうしているのだが、もちろん、どんな音で聴くかはユーザーの好みの問題だから、あまりとやかくいうことではないのかもしれないが……。
そんな中、よくこの究極の設定情報が流れてくるので、先日ちょっぴり試してみた。が、それは想像を超えるものだった。ハッキリ言って、聴くに堪えない音。というのも、音が完全に割れていて、音質どころの話ではないからだ。どうして、これが究極なんだ?と。Facebook上では知人の何人かのミュージシャンが「音が割れてダメだ……」といった発言をしていたのはもっとものことだ。さすがに、これを「好みの問題」としてだけで片付けてしまうのもよくないので、客観的に判断のできる実験をしてみた。
というわけで、その究極の設定とやらをイコライザに設定して音楽を再生し、それを先ほどと同じようにSoundForgeでキャプチャしてみた。見るからに上が潰れてしまっているが、サンプル単位のところまで拡大しても、完全アウトだ。まあ、それもそのはず、低域も中域も高域も、程度の差はあれど、全部持ち上げているのだから、レベルがオーバーフローしてしまうのは当たり前。完全に間違ったEQの使い方と言わざるを得ないだろう。
では、この状態で、iTunesの出力レベルを下げてみたらどうなのか? その結果が下の図だ。結果的には先ほどの割れた音のまま音量が下がったという、どうしようもない状態であり、まったく改善されていない。そこで試してみたのが、ボリュームは最大に戻した上で、イコライザのプリアンプ設定を下げるという方法。試しに11dBほど下げてみると今度は、まともになった。一応低域、高域を持ち上げたいというイコライザ利用のための意図は残した上で、音が歪んでしまう現象は避けることができたわけだ。
現在の音楽作品のほとんどは、音圧を上げて、最大音量である0dB付近ギリギリになっているのだから、バランスを変えたければ、全体を下げて均衡をとらなくてはならない。iTunesの場合はプリアンプの設定を下げることが必須なのだ。ここで、iTunesのプリセットを見てみると、なんとAppleが作ったプリセットも、プリアンプ設定が0dBのまま、バランスを調整しているので、絞っているものはともかく、ブースト系のプリセットでは音が割れてしまうのは必至。これらプリセットを使うのは厳禁といわざるを得ない状況だ。使うのであれば、やはりプリアンプを調整する必要がある。
ここでちょっと思ったのは、このイコライザはWindows側の問題であって、Macなら問題が生じないのでは……、ということ。そこで、同じことをMacでも試してみた結果がこちら。これに関してはWindowsと同じで、まったくダメだった。「低域はブーストしたいけど、なんか音が悪い」……などと感じている方は、ぜひプリアンプ設定を引き下げてみてほしい。これによってかなり音は改善するはずだ。