藤本健のDigital Audio Laboratory

第618回

音楽ハッカソンから生まれる音楽制作の新たな可能性

ミュージシャンやプログラマが共同制作

 1カ月以上前のことになるが、昨年11月29日、30日の2日間、ちょっと面白いハッカソンが東京・お台場の「お台場 the SOHO」というビルの中で行なわれた。

お台場 the SOHO

 「Musician’s Hackathon」という名称で行なわれたこのハッカソンは、その名のとおり、ミュージシャンがプログラマと組んで自分たちのオリジナルなソフトウェア、システム、作品をその場で開発しようという発想のものだ。ここには、計15名のプロミュージシャン、プロデューサが参加するとともに、プログラマやデザイナが参加し、その場でお見合いのような形でチームを作ると同時に、開発をスタート。

15名の即席チームで開発スタート

 2日目にはシステム作品を完成させて、発表するというユニークな内容のものだった。「日本最大規模かつ、世界初のミュージシャンとプログラマーがタッグを組んで行なうハッカソン・イベント」として行なわれたこのイベントの初日を取材してみたので、どんなものだったのかを紹介してみよう。

音とハッカソンの関係

 最近、音楽関連のハッカソンが各所で開催されている。筆者もWeb MusicハッカソンやPlay-a-thonなど、いくつかのハッカソンに参加して取材してみたが、やはり音楽とハッカソンというのは非常に相性のいい組み合わせだな、と思っていた。ハッカソンとは異なるが、自作機材を発表するMaker Faireにおける音楽ジャンルも非常に盛り上がっているが、ソフトウェア、ハードウェアの開発において、「音」、「音楽」は非常に大きなテーマだからだろう。

 こうしたハッカソンでは、通常、時間内で開発を終えると発表の場へと移るのだが、そこで重要になるのがプレゼンテーション能力だ。せっかくいいものができても、発表の場で上手く見せることができないといい評価は得られない一方、それほどすごいシステムでなくても、うまく演奏して、いい音楽を届けられると高得点へとつながる。当然といえば当然のことだが、音系プログラマのみんなが、高い演奏スキル、音楽能力を備えているわけではないので、なかなか難しいところではあった。

「Musician’s Hackathon」に参加したプロミュージシャン、音楽プロデューサー

 そこで、そのハッカソンにミュージシャンもいっしょに参加し、プレゼンテーションを行なうのはもちろんのこと、ソフトウェア、ハードウェアの企画・開発段階からミュージシャンも参加して、「ミュージシャン×プログラマ=作品」という形で開発・発表していこうというのが、今回のイベントなのだ。

 実際、今回の「Musician’s Hackathon」に参加したプロミュージシャン、音楽プロデューサーは、浅田祐介、松武秀樹、RAM RIDER、 渡部高士、 浅岡雄也、Yun*Chi、ミト (クラムボン)、松岡英明、岩田アッチュ(EX.ニルギリス)、藤井丈司、島野聡、今井大介、Neat's、1980YEN (ICHIQUPPA)、藤戸じゅにあの計15名(敬称略)。そうそうたるメンバーだ。

山口哲一氏

 元々このMusican's Hackathonを企画したのは音楽プロデューサーの山口哲一さん。「世の中がデジタル化している中、デジタルの世界で活躍できなければ産業が衰退するのは当たり前。現在の日本の音楽産業はデジタルの世界への取り組みがまったくできていません。SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト:音楽、映画やインタラクティブなどのテック系のフェスティバルなどを組み合わせたイベント)などを見てもわかる通り、欧米との差はあまりにも大きい。何か、場作りから始めなくてはいけないという危機感を持っていました」と山口さんは企画したキッカケを語る。

 山口さんはベンチャー企業・個人によるエンターテインメントに関するビジネスアイディアを支援する目的で開催しているSTART ME UP AWARDの実行委員長も務めているが、このハッカソンはそのSTART ME UP AWARD併催のイベントという位置づけ。「日本の音楽産業は危機的状況ではありますが、JPOPは人気であり、活況を呈しています。これは日本のクリエイティブの高さを意味するものであり、残していくべき大切なものです。ミュージシャンやサウンドプロデューサーの中にも、デジタル世界への対応の遅れを危機感・問題意識として持っている人たちも数多くいます。一方でエンジニアの方々にも音や音楽に対して明るい人たちもいろいろあるので、こういう人たちと連携していくことで新しいことができるのでは、と企画したのです」と山口さん。

浅田祐介氏

 その山口さんからハッカソンのキャプテンとして任命されたのがサウンドプロデューサーの浅田祐介さんだ。今回参加したミュージシャンや音楽プロデューサーも浅田さんが集めてきた人たち。

「普通プロデューサーもミュージシャンも個人プレイですが、TwitterやFacebookなどのSNSの登場によって、横のつながりができ、いつも一緒にいるような気がして、声がかけやすいという環境ができていました。そうした中、山口さんからハッカソンをやりたいという相談を持ち掛けられ、これは面白いと思って声をかけたんですよ。『このままでは日本の音楽業界も終わりなのではないか』という思いを持っている人や、デジタルの世界に敏感な人やデジタルの世界からの刺激を受けたい人などに、年齢に関係なく連絡してみたところ、多くの人たちが賛同してくれたんですよ」と浅田さんは語る。

 その浅田さん自身も「元祖コンピュータ少年だった」というデジタル育ちの人物。小学校4年生のころから当時の8bitコンピュータを使うようになり、AppleIIやTK-80、TRS-80、Lkit-16、Basic Masetr Level2といったマシンでプログラムをしてゲームを作り、中学生のころには作ったゲームを売っていたという筋金入り。ずっとコンピュータのエンジニアになると思っていたが、気づいたら音楽の世界にいたという浅田さんが、小・中学校の当時、一緒にプログラムを作っていた幼馴染というユニークな関係にあるのが、今回ミュージシャン側として参加していたサウンドエンジニア・レコーディングエンジニアの渡部高士さんでもあるのだ。松武秀樹さんや藤井丈司さんなどYMOのサウンドを支えてきた大御所にも一緒に声をかけ、ハッカソンに参加してもらっているのも面白いところだ。「松武さんなんて、完全に勝ちに来ていますからね(笑)。すごく面白いハッカソンになりそうですよ」と浅田さんは話していた。

 このハッカソン開催におけるもう一人のキーマンが、PLASTICSの元マネージャーで、デビッドワッツというコンサルティング会社の社長を務める竹川潤一さん。今回のイベントでは事務局を務めていた竹川さんは「これまでアーティストとプログラマが出会う機会というのはなかなかなかったと思います。でも音楽も現在はITに頼るケースが多くなってきており、ITが音楽作品の一役を担うことは少なくありません。ハッカソンを行なうことで、従来まったく別のレイヤーとして存在していたアーティストとプログラマが一緒に存在できるようになると、何か大きく変わる可能性を感じているんです。今後はバンドメンバーの一人にプログラマがいるみたいな世界に変わってくるかもしれないなって」と話す。従来からバンドメンバーというかスタッフとしてマニピュレータがいるケースは数多くあったが、プログラマ、開発エンジニアが入ってくると、音楽作品の概念も大きく変わってきて面白そうだ。

アイデアを元にその場でチーム編成

 そうした考え方の元、行なわれたMusican's Hackathonには前述の15人のミュージシャンに加え、40人強のプログラマやデザイナーなどが集まり、総勢60人ほどの人たちが会場に集まっていた。ここでは、まず事務局側からの説明があった後、このハッカソンのために企業から提供されるAPIに関する紹介があった。

SpotifyなどがAPIについて説明

 実際に参加した企業は、エイベックス・デジタル、エクシング、Gracenote、シンクパワー、Spotify、ゼンリンデータコム、T-MEDIAホールディングスT-SITE事業本部 、トヨタIT開発センター、日本マイクロソフトの各社。たとえばスウェーデン発の音楽ストリーミングサービスであるSpotifyからはArtist API、Song APIの2つが提供され、アーティストやアルバム、楽曲などの検索ができ、検索結果を元に楽曲のプレイバックができるといった具合。エクシングによるJOYSOUNDのシステム、capi APIでは曲のジャンルと年代、性別を与えるとプレイリストを作り出すといったことができるなど、いろいろ。2日間の中で、これらのAPIが活用できるようになったのだが、とくにこのAPIを使わなくてはいけない、という縛りがあるわけではなく、あくまでもミュージシャンとプログラマの自由な発想で開発できるのだ。

 その後、非常に不思議な光景に思えたのは、まずミュージシャンもプログラマもデザインナーもそれぞれが自由な発想で各自が思い描くシステムのアイディアを手元の用紙に書き、プラカードのようにして、その場で発表しあったのだ。

 アイディアシートを見てみると、本当にいろいろ。「外貨相場の変動を音に変換する、FXSOUND」、「口ずさんだ歌声を元に演奏する、妄想オーケストラ」、「どこでもリアルタイムでプロジェクションマッピングをする、どこでもVJ」、「自分の曲にテキストやビデオ、エフェクトを貼り付けると動画作品が完成する、Liryc Video Editor & Sequencer」、「自動販売機のUIでさまざまなものが購入できる、パーソナル自動販売機」、「音楽データを活用する、名刺交換サービス」、「MIDIから映像をジェネレートする、ギターシンセでPV作成」……と数多くのアイディアが出てきた。これをお互いに見ながら、アイディアを集約させ、4、5人で一組のチームを作っていくのだ。

 似たアイディアから、即チームができるケースもあれば、自分のアイディアは捨てて、人のアイディアに協力する形でチームができるケース、いくつかのアイディアを合わせて新しいアイディアを構成するチームなど、次々とできていき、30分ほどで計17のチームが出来上がったのだ。

 中には複数チームを掛け持ちするミュージシャンもいて、みんなテンションが上がっていった。とはいえ、チームメンバー同士はほとんどが初対面。まずは、全体会場から作業を行なう部屋へ移動してから各チームごとに自己紹介。その後、アイディアを整理しつつ、担当わけを行ない、開発へと進んでいったのだ。

 たった2日間で、システムを開発するので、時間的な余裕もなく、人によっては泊まり込んでの作業となったわけだが、それを想定して、深夜まで使えるスパ、シャワー、フィットネスなども完備されていた。

スパやフィットネスなども完備

 さらに、それらとは別にレコーディングスタジオが開放されていたのも面白いところ。普通のハッカソンにレコーディングスタジオは、なさそうだが、そのスタジオでさっそくレコーディングを行なっていたのは、浅岡雄也さん。浅岡さんのアイディア「自分の声をボカロにする、ゆやっぽいど」制作のための声のレコーディングをここで行なっていたのだ。もっとも、VOCALOIDはヤマハのシステムであって、開放されていないので、使ったのはフリーのシステム、UTAU。いわゆるシステム開発とはちょっと違ったが、2日で録音から編集、そして発表用のBGM付の楽曲制作まで行なったので、最後のプレゼンテーションの場はかなり盛り上がっていたようだ。

レコーディング・スタジオも開放
浅岡雄也さん

最終審査。ダンスから音を生成など

 さて、このようにして2日間の開発が終了した後、17チームからのプレゼンテーションが行なわれ、最終的な審査が行なわれた。

 ここで最優秀賞に選ばれたのは、渡部高士さん、岩田アッチュさんの2名のミュージシャンメンバーが参加し、片岡ハルカさん、Takehiro Iwasakaさんの4人で開発を行なった、「Music Dance」という作品。これは風営法によってダンスに規制がかけられている現状に反発するために開発したというシステムで、「ダンスをすると、その動きに併せて音が鳴る!」というもの。通常は音楽に合わせて踊るのに対し、踊りに対して音楽が鳴るのだから風営法には引っかからない、と。また当然DJは不要であり、踊りたいテンションで音楽がチョイスできるから、ボディージョッキーともいうべきものとなっている。動きを落とせば、ダブステップにもなるし、速くなればドラムンにもなる。BPM120~140で踊れば、テクノ。腰を揺らせばハウス。手を上げて激しく踊ればトランスになるそうだ。

Music Dance

 でも、どうやって、踊りから音楽を作り出しているのだろうか? ここではKinectを使って動きのリズムを測定している。Processing上でKinectでスケルトンを取得して、膝とおしりの上下の動きからスピードを割り出してBPMに変換。そしてライブラリに入っている音楽の中から、近いBPMの曲をマッチングして音楽を鳴らす仕組みとなっているのだ。プレゼンテーションにおいては、渡部さん、岩田さんがこのハッカソン期間中に制作した異なるジャンルの5曲が演奏されるように仕込むと同時に、岩田さんたちが踊って音を鳴らしたのだ。

 松武秀樹さん発案で、Katsumi Ishidaさん、山菅昇一さん、香川光彦さんのチームで開発したのは脳波や体の動きをもとに音楽を作るための道具、「ZenMusic + TaoMusic」というシステムだ。これは2つのシステムから成り立っており、ZenMusicのほうは事前にある程度作っていた脳波を測定するセンサー機材を利用し、ここから取り出した信号をWebブラウザへ送信。この脳波信号を利用してWeb Audio APIで音楽を奏でようというシステム。もう一方のTaoMusic両手に持った2代のiPhone上のアプリから加速度センサーの情報をPCのブラウザ上に送り、やはりWeb Audio APIで音楽を奏でるという仕組みになっている。音楽に詳しくない人も、簡単に作曲したり演奏したりできるものを目指しているというが、なかなか斬新なシステムといえそうだ。

ZenMusic + TaoMusic

 数多くの音モノのハッカソンで受賞しているプログラマのMasakazu Watanabeさんと、シンガーソングラーターの新津由衣さんのソロプロジェクト、Neat'sが組んで発表したのはVJのシステムだ。音や演奏から映像をリアルタイムにジェネレートするVJアプリとNeat'sによるライブパフォーマンスをコラボさせるというもので、音だけでなく、映像までも演奏するかのように、すべての映像を新津さんがコントロールするのがポイント。今回のハッカソンではMUSICIAN’S HACKATHON実行委員会賞を受賞していた。

VJアプリとNeat'sによるライブパフォーマンスをコラボさせるシステム

 ほかにも動画に最適な音楽を提案してくれるサービス、誰でも手軽にクリックビデオをWebで作成しアップ出来るツール、体験型DJラジオステーション、奇妙だけど愛らしいぬいぐるみベースのデバイス「うなづきん」とアーティストとリスナーによる対話式番組生成サービス、バイノーラル録音で彼女のささやきまでリアルに再現するシステムなどが受賞していたが、よくこの短時間でさまざまなアイディアが形になったものだと感心するばかりだ。

 前出の竹川さんによると「朝日新聞メディアラボが協力してくれることになったため、ここでみんなが集まれる場を作りラボ活動を継続できるようにしたいと考えています。また、運営の仕方などについては再検討しつつも、5月くらいにはMusican's Hackathonの第2弾を実現できればと企画しているところです」とのこと。2日間で開発したものが、即商品とするのは無理としても、この延長線上にヒット商品、ヒットサービスが生まれてくるかもしれない。また、アーティストとエンジニアが協力しあって新しい作品を作り上げていくというスタイルは、今後の一つのトレンドにもなってくるのでは、と期待しているところだ。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。EPUBマガジン「MAGon」で、「藤本健のDigital Audio Laboratory's Journal」を配信中。Twitterは@kenfujimoto