藤本健のDigital Audio Laboratory

第1040回

HRTF測定ナシ&誰でもサラウンドが楽しめる技術!? InterBEEの注目オーディオ

このDigital Audio Laboratoryは第1000回を超えてから、第2・第4月曜日という連載になったこともあり、ニュース記事とは言えないのんびりなテンポ感になっているが、今回は11月19日~21日に幕張メッセで行なわれた「Inter BEE 2025」をレポートする。

もちろん、AV WatchでもInter BEEに関する記事はUPされていたが、筆者の独断と偏見により個人的に面白かったもの、スゴイと感じられたものをいくつかピックアップしてみたい。

なお、会期中に行なわれたコンファレンスなど一部コンテンツは、今月19日までアーカイブ配信でも視聴可能になっている。

HRTF測定ナシ&誰でも立体的なサウンドを得られる技術

広い会場の中で筆者が主に回っていたのは、オーディオ・サウンド関連のブース。

その中でも、個人的にダントツのナンバーワンと思えたのが、ネオスとnextSoundという2つの会社が共同で出展していた“8Way Audio”に関するブースだ。

ブース自体は、とても地味で、ほとんどの人はまったく気が付かず通り過ぎたのでは……とも思うのだが、その中では今後世界を大きく変えるのではないか? という技術デモが行なわれていた。

8Way Audioに関しては、以前「ステレオ音源を空間オーディオ化する技術」として紹介したことがあったが、今回、初お披露目ということでデモしていたのは、8Way Audioをベースにさらに発展させた“Crosstalk Control Technology”という新技術。これには筆者自身、衝撃を受けた。

デモの内容を簡単に説明すると、天井は空いているけれど、ある程度音が仕切られた部屋にGenelecの5chのスピーカーが配置されており、その真ん中に座ると、環境音や音楽を交えた5chの立体的なサウンドが流れる。当然前からも後ろからも音が聴こえてくるし、音の動きも感じられるものとなっている。

1分程度サウンドを聴いたのち、「では、次にステレオの2chだけで再生しますね」と言われ、同じサウンドが流れる。が、その音は前にある2chのスピーカーでのみ出力されているのに、明らかに5chで聴いたのと同じように、横からも、後ろからも聴こえてくるのだ。

いや、騙されているだろうと、後ろの2chのスピーカーに触ってみたけれど、音は出ていない。

今までいろいろなバーチャルサラウンドを体験してきたけれど、ここまでリアルに後ろの音を再現したものは初めてだ。HRTFの測定をしたわけではなく、誰もが同じ体験をできる不思議な技術となっている。

開発したのは、筆者もこれまでいろいろとお付き合いのあるレコーディングエンジニア・ミックスエンジニアの飛澤正人氏。いま特許取得に向けて準備を進めているとのことだが、飛んでもない技術を作り上げてしまったようなのだ。

飛澤正人氏

「ここではスピーカーを使ってデモを行ないましたが、ヘッドフォンでもHRTFを測定することなく誰でも立体的なサウンドを得られるものができました」と飛澤氏。従来のバイノーラルサウンドと比較して、ケタ違いにリアルで立体的なのだ。

聞けば、まずは基本技術が出来上がったところで、それを急いでデモできるところまで持ってきたそう。今後さまざまなところで応用できるように発展させていく、という。

飛澤氏が編み出した技術であるが、その処理自体は主にディレイを使って位相をいじってフィルタリングしているだけなので、DSPパワーやCPUパワーを喰うわけではなく軽い処理で実装可能なのだとか。

ぜひ、また詳細をレポートしてみたいと思っているが、今後世界を大きく変える技術になるのでは、と期待しているところだ。

特定の音を分離&消せるAudioshakeの技術

続いて紹介するのは、アメリカ・カリフォルニア州にあるAudioshakeという会社による音源分離技術だ。

これもStudio-J Consultingというスタートアップ企業による小さなブースでのデモだったのだが、AIを使った音源分離分離技術のデモを行なっており、かなり画期的なものとなっていた。内容としては以下のYouTubeを見るのが分かりやすいだろう。

AudioShake Demo September 2025

お分かりいただけただろうか?

これは自分でソフトウェアをインストールして使うものではなく、WAVファイルなどの音源データをクラウドにアップすることで、自動的に分離してくれるものだ。

上記のビデオにもあるとおり、様々なパターンがあるのだが、例えば音楽をボーカル、ベース、ドラムなどにキレイに分離することができる。

まあ、これは最近のDAWなどにも搭載されてきているので、よくあるものといえるが、かなり有用となるのが、ポストプロダクションでの活用だ。

例えば、ある映像シーンのバックに音楽が入っていたとしよう。街頭で収録した場合なども、周りのお店から音楽が入ってきてしまうケースも少なくないが、それを抜き出したり、消したりすることができる。つまり、音楽が入ってしまうと著作権上使用できない、もしくは大きな著作権使用料が発生してしまうケースが少なくないが、それを防止することができるのだ。

また、2人がしゃべっている際に話者認識をして、片方の人の声だけを抜き出すことも可能になっている。こうすることで、収録したのちに、音量調整をするといったことも可能になるのだ。

すでにAudioshakeの新世代エンジンもほぼ完成しているとのこと。この新しいエンジンを使うと、最大50人の話者認識が可能となるらしいので、それが実現できたらさらに活用の幅は大きく広がりそうだ。

なお、Audioshakeはユーザー登録した上で、WAVファイルをUPして試聴するまでは無料でできる。その後、必要であれば1分間1ドルでダウンロード可能な設定となっており、気軽に使うことができそうだ。

Steinbergの無料ソフトウェアミキサー「MixKey」

オーディオインターフェイスとしてここ10年近く国内トップシェアをとってきたSteinbergブランド製品が、先日ヤマハブランドに変更になったことはDTMの界隈では大きな話題になった。

もっとも、Steinbergはもともとヤマハの100%子会社だ。そのため、今回は単なるブランドの整理であって、買収だとか資本変更といった特別大きな動きがあったわけではない。

そのブランド整理において、Steinbergはソフトウェアに特化するということになったようだが、その動きの中でちょっと面白いソフトが発表され、Inter BEEでお披露目されていた。

それが、WindowsおよびMacで利用できる「MixKey」なるソフトウェア。現在β版という位置づけであることもあって、無料で誰でも利用できるアプリケーション兼ドライバとなっている。

簡単に言ってしまうと、WindowsやMacに接続されている様々なオーディオインターフェイス、また起動している様々なソフトウェア間を自由自在にルーティングして、その音量バランスを自由に調整したり、録音もできるというソフトウェアミキサーなのだ。

いうならば「Voicemeeter Banana」のSteinberg版。より扱いやすくなっていると同時に、WindowsだけでなくMacでも利用でき、ソフトウェア間でのやりとりも可能など、自由度を高めたもの、といえそうだ。

配信において、ゲームの音とマイクからの実況音を自由にミックスするとか、DAWの音とマイクからの音のバランスをとってオンラインミーティングソフトに送り出すなど、アイディア次第でさまざまな使い方ができそう。

ヤマハの担当者によると、現時点において0.9.4というバージョンでβ版ではあるが、現時点でこれを製品化して販売するという予定はない、とのこと。

当面は無料で利用できる形で提供し、ユーザーからのフィードバックをもらいながらソフトウェア機能の向上を図っていくそうだ。便利なソフトとして今後広まっていきそうに感じた。

米国生まれの“ビーム”スピーカー「AUDIO SPOT LIGHT」

エムアイセブンからFenderの取り扱いに変わり、今回はFender内のブースで出展されていたPreSonus。

ブース内では、新製品のAVBネットワークスイッチである「SW5E」やミキサー製品などが展示されていた。そんな中、このPreSonusブースで、妙な音を感じたのだ。そう、明らかに片耳だけに強烈に届く音があり、違和感を覚えたのだ。

SW5E

その原因は、PreSonusとはまったく関係ないところにあった。PreSonusブースの向かいにあったアートボックスクリエイトという会社から、音がビームのように飛んできていたのだ。

「音がビームのように飛ぶってどういうこと?」と不思議に思う人もいると思うが、筆者はふと「これはパラメトリックスピーカーか?」と思ったら、その通りだった。

パラメトリックスピーカーについては、5年前にこの連載で実験したことがあったが、まさにレーザービームのように音を一直線に飛ばすことができる特殊なアナログのスピーカーである。

パラメトリックスピーカーの詳細については以前の記事に譲るが、あまり市販されているものではないなか、アメリカ・ボストンにあるHOLOSONICSというメーカーの「AUDIO SPOT LIGHT」という製品が3種類展示・デモされていたのだ。

大きさ、出力によって3種類があり、バランスおよびアンバランスのオーディオ入力端子からの信号を出力できるほか、microSDプレーヤーも搭載しており、microSDカードから再生することも可能になっていた。

大きさ、出力によって3種類あるようだ
microSDカードから再生もできる

価格は一番小さいもので315,000円と、結構なお値段ではある。モーションセンサー付きなので、たとえば博物館の展示などにおいて、展示品の目の人が来たら説明の再生がスタートし、その前にいるときだけ、聴こえる……といった利用法などが考えられそうだ。

1m×9mサイズの布状スピーカー「NWON」

そして5つめ、最後に紹介するのもアナログのスピーカーなのだが、1×9mというサイズの布状のスピーカーだ。これは名古屋に本社がある創業75年という化学系専門商社・槌屋が開発中の「NWON」(ニューオン)という極めてフレキシブルな静電式布状スピーカーである。

布上スピーカー「NWON」

Inter BEEの会場では幅約2m、長さ9mという通路の両サイドに、この長い布状のスピーカーが設置されていて、ここでお化け屋敷? のようなサウンドが流れていた。この通路を歩いて行っても声が追いかけてくるというか逃げられない不思議な空間となっていた。

大音量というわけではないのだが、従来にない不思議な没入感が得られるユニークなスピーカーである。担当者によると、まだすぐに発売するというわけではないようだが、このInter BEEに続き、海外でも展示を行なってニーズを模索していくそうだ。

以上、ほかでは大きく取り上げられていなかったのでは……? という音に関する技術、デバイスを取り上げてみたがいかがだっただろうか。

今後、機会があれば、これらをもう少し深堀して紹介してみたいと思っている。

藤本健

リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto