藤本健のDigital Audio Laboratory

第657回

超高域までノイズレス、エージングにも効果? 「Pure Hi-res」とは

 96kHz/24bitや192kHz/24bitなどの「ハイレゾ」。そのメリットの1つは高域の再生性能ではあるが、実際に周波数分析をしてみると、あまり効果的に活用できていないものも多い。そうした中、ハイレゾの特性を理論値のギリギリまで引き出して使ってみたらどんな作品ができるのだろうか、という研究をしている人がいる。ピアニストであり、レコーディングエンジニアとしても活動している高橋全(あきら)氏だ。

ピアニストで、レコーディングエンジニアとしても活動している高橋全氏

 高橋氏は非可聴周波数帯である超高域まで事実上ノイズレスの音源を作り出すとともに、それを「Pure Hi-res」と名付けている。そしてその「Pure Hi-res」が何に使え、どんな意味を持つのかを研究しているのだ。でも、そもそも「超高域までノイズレス」とはどういうことなのか、「Pure Hi-res」とは一体どんなものなのか、話をうかがったので紹介しよう。

 この連載「Digital Audio Laboratory」では、音楽データそのもの、圧縮したデータ、オーディオインターフェイスの録音性能と再生性能など、さまざまな観点から周波数特性については見てきた。いずれにおいても共通しているのは、高域の成分は、それほど豊富ではないということ。確かに44.1kHzや48kHzのサンプリングレートの周波数成分と比較すると高域に伸びてはいるものの、音量は微弱でしかなく、現実的にはノイズの中に埋もれる程度となってしまっているということだ。マイクだって、スピーカーだって、基本的には可聴域を中心に動作するようにできているので、当然といえば当然のことだが、なんとなくもったいない気もする。もっとも、実際の周波数分布もそのようになっているのだろうし、楽器の音や人間の声だって、そこまで豊かに高調波がたっぷりあるというわけでもないだろう。

ハイレゾ音源は、高域が伸びてはいるものの、音量としては微弱

 でも、もしもっともっと倍音成分をいっぱい含んだ楽器があって、ノイズゼロで音を作ることができたらどうなんだろうか……? そんな変わった発想でサウンドづくりをしているのが高橋氏なのだ。高橋氏が目を付けたのはソフトウェア音源。しかもサンプリング音源ではなく、物理モデリングによって作り出す音を使って音楽を作るという手法なのだ。つまり完全に計算によって音を作り出すのであれば、ノイズがまったくなく、思い通りの倍音を含むサウンドを作り出すことができる。ハイレゾというと、「いかに生音をキレイに記録するか」という意味合いで活用されることが多いように思うが、まったく反対にハイレゾに最適化した理想的バーチャル空間を作り上げてしまおうという逆転の発想だ。

可聴帯域外までノイズレスを実現した方法

――Pure Hi-resの話に入る前に、まずは高橋さんがハイレゾに関わるようなったのが、いつごろからだったのかを教えてもらえますか?

高橋:まだ、ハイレゾなんて呼び方がない昔。たぶん1993年ごろだったと思いますが、パイオニアのD-07というDATを使って録ったのが最初でした。音やシステムへの関心が高かったのでいち早く導入したのです。これは16bit/96kHzの機材でしたが、当時周辺機器がまだしっかりしていなかったこともあり、96kHzの特性をあまり生かせなかったような気がしますね。それよりも、その後に登場したTASCAMのDA-45HRというDATを使ったときのほうが、すごいという印象を持ちました。これは24bitレコーディングできたので、ダイナミクスが明らかに違うと感じられたからです。その後、PCでのレコーディングになっていくと、自然と24bit/96kHzを使うようになっていきました。

――Pure Hi-resという世界に至った経緯というのは、どういうことだったのでしょうか?

高橋:いつの間にか、世間でもハイレゾ、ハイレゾというようになってきましたが、たまたま、ハイレゾ音源をAdobe Auditionで周波数分析してみたところ、「ハイレゾといったって、30kHz以上はノイズしかないんじゃないの!?」というのが見えました。もちろん、そのノイズの中に音楽的に動いている波形もあるのですが、もし、これが可聴域だとしたら、「ザー」というノイズの中で、かすかに音楽が鳴っているのに過ぎないという感じです。それでも、ハイレゾのサウンドは、空気感は豊かなので、意義があることは間違いないのですが、もしそのノイズ成分がなかったらどうなんだろうか? と思ったのがキッカケのひとつですね。一方で、私は打ち込みが好きで、ソフトシンセも昔からいろいろと使ってきました。中でもフィジカルモデリングの音源が好きで、いろいろと使っていたのですが、ふと、このフィジカルモデリングの音を周波数分析したらどうなるんだろう? と思い、Adobe Auditionで確認してみたんですよ。そうしたら、いわゆるハイレゾ音源とはまったく違い、30kHzで落ちてしまうことはなく、90kHzまで可聴域と同じようにしっかりした波形があるんです。もちろん、演算で作り出した音でレコーディングしたものではないから、ノイズはゼロ。バーチャルな世界ではあるけれど、まさに理想的なサウンドを実現しているわけです。

ハイレゾ音源の周波数分析
フィジカルモデリングの音を周波数分析すると、90kHzまでしっかりした波形が出た

――フィジカルモデリング音源って、例えばどんなものですか?

高橋:いろいろですよ。たとえばLogicのEFM1というアナログモデリング音源もそうですし、AASのChromaphoneなんていうのも、すごく優秀な音源ですよ。ほかにもNative InsturmentsのFM8なんかも上までキレイに出ますよ。AASに連絡をとって、理想的な倍音構成にするにはどうすればいいのか、なんてやりとりもしましたよ。一方、同じソフトウェア音源を使っても、DAWによって、うまくいくものとうまくいかないものがあるがあることも分かりました。DAWのミキサーまで、ハイサンプリングな状態のまま音が届かないケースがあったんですよね。まあ、最近は、そうした問題もほとんどなくなってきたようではありますが。

Logic「EFM1」
AAS「Chromaphone」
Native Insturments「FM8」

――DAW、ソフトウェア音源環境で作った音を周波数分析してみた、というわけですね。

高橋:はい、Adobe Audionでチェックしていみたところ、一般のハイレゾ音源とはまったく異なる特性であることがはっきりとわかりました。一般のハイレゾ音源だと、ダラ下がりというか、30kHz以上はごく小さいレベルの音になってしまうのに対し、フィジカルモデリング音源で作ったものだと、本当に上までキレイに出るんです。だからいいとか、悪いとかという話ではなく、明らかに違うものだ、と。まさに理論だけで作り出した音ですからね。試しにこの違いを動画にしてみたので、ご覧いただくと分かりやすいと思います。このビデオの前半はPCM192kHzの音楽です。

通常のハイレゾとフィジカルモデリング音源との違い(映像のみで音声無し)

 これを見ても分かるとおり、実際の音楽的な要素は25kHzくらいまでで、そこから上はほとんどノイズになっています。後半はDSD録音をPCMに変換したものですが、こちらはDSD特有のディザ・ノイズが山形に発生しているのが分かります。こちらも音楽的な要素は30kHzくらいまでがメインになっています。どちらの例においても音楽と関係ないところで、ノイズが発生しているところが特徴になっています。

DSD音源をPCMに変換したもの。ディザ・ノイズが山形に発生している

――これはよく見る画像ですね。

高橋:それに対し、こちらがPure Hi-resを再生した際のものです(下記のYouTube動画)。ご覧のように90kHzを超える所まで倍音が伸び切っていて、しかも可聴周波数帯域のものとほとんど変わらないくらいの音量レベルが出ています。

Pure Hi-resファイルの例(バッハ)

周波数解析結果

また音源の音以外のノイズは一切ないのも特徴です。もうひとつ別のソフトウェア音源を用いたものも用意しました。こちらは95kHzまでなだらかに減衰していくキレイな倍音列が実現していいるのが分かると思います。

なだらかな倍音を実現した音源

周波数解析結果

――これは、確かに違いがハッキリと分かって面白いですね。

高橋:ぜひ、読者のみなさんにも、実際の音を体感していただくために、このYouTubeの動画で使っているバッハの音源の一部を提供しようと思います。192kHzのものと96kHzのものを用意しましたので、環境に応じて試していただければと思います。ただ、この音源について、何人かの方に見てもらったところ「気を付けたほうがいいですよ」なんていう人もいるんです。

――それはどういうことですか?

高橋:この音は明らかに自然界にある音ではなく、人工的、科学的に作り出したサウンドですから、もしかして脳や体に悪影響を及ぼすかもしれない、という意味です。ただ、反対にいい影響を与える可能性もありますが、現時点においては何もよく分かりません。では90kHzまで出ている音が心地いい音なのかというと、それもよく分からないのですが、私自身は体感的に、頭がスッキリするような気がします。でも、それはプラシーボ効果かもしれませんから、何とも言えませんね。私自身、職業柄、本当に長時間音楽を聴き続けるのですが、圧縮オーディオでの音楽を聴き続けると、かなり疲れてくるとか、頭が痛くなるという実感がある一方で、このPure Hi-resの音では、少なくともそうしたことはありませんね。

――なるほど、医学的には、しっかり検証する価値はあるかもしれませんね。

高橋:そうですね。私はチェンバロを弾くんですが、チェンバロを弾いていると犬が嫌がって逃げ出すんです。ピアノだと気にしないのにチェンバロだと嫌がる。ハッキリは分かりませんが、高域まで聴こえる犬にとってはキツイ音なのかもしれません。人に対してもさまざまな検証が必要にはなりそうです。私はヒーリング系の音楽を作ることが多いんですが、その中で選択する音色というのはやはり特徴があります。その音を波形で見てみると、あんまり高域まで出ている音ではなく、ダラ下がりのものがいいように思いますが、それと何か関係があるのかもしれませんね。一方で、理論的、計算的に音を出すソフトウェア音源の場合、高域だけでなく低域も理論的な周波数が出せるのも面白いところです。実際4Hzなんて音まで出せますから。この辺も今後の研究テーマにはなりそうです。

音声サンプル
PureHiResBach96.wav(96kHz/38MB)
PureHiResBach192.wav(192kHz/76.1MB)
※編集部注:編集部ではファイル再生に関する保証はいたしません。
再生時はボリュームを控えめにしてください
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ヘッドフォンやスピーカーのエージングにも効果?

――体や脳にとってPure Hi-resがどうなのかも気になる一方、オーディオ機器にとっても大丈夫な音源なのか、という点でも関心があります。ローパスフィルターを使わないままのDSD音源を再生したら、ディザ・ノイズによる高域のエネルギーが大きすぎて、ツイータが壊れた……なんて話も以前何度か聞いたことがありますからね。

高橋:そうですね。ただ、DSDのように、高域に大きな山ができているわけではないので、そもまでの危険性はないはずだと見ていますが、あまり莫大な音量での再生はしないほうがいいかもしれません。一方で、このPure Hi-resを再生していたら、体とか頭がというよりも、スピーカーがだんだんよくなっていくことに気づいたんですよ。しばらくPure Hi-resを聴いていたシステムで、まったく別の普通のオーケストラの曲を再生したら、それまでと違う、ものすごくいい音で聴こえたんです。まったく意図していたことではないのですが、Pure Hi-resがすごくいいエージングツールになるのかもしれない、と。

――それは、またずいぶんと意外な展開ですね!

高橋:私自身、エージングというのには以前からすごく興味があり、ヘッドフォンに対してもスピーカーに対しても、いろいろと試していました。これまでだとピンクノイズを鳴らしたり、スウィープ信号を鳴らしたりしていましたが、それらと比較しても、断然効果があるんですよ。何人かの人にも試してもらいましたが、総じて好評でした。また理論値で音が作り出せるソフトウェア音源なので、超低域まで出せるのも面白いところです。現実の楽器だとパイプオルガンで一番下のCを弾くと16Hzを出せるのはよく知られていますが、ソフトウェア音源だと4Hzなんて音まで作れます。もちろん、ここまでいくとオーディオインターフェイスやスピーカーでしっかり出せるのかという問題も出てきてしまいますが。そんな実験をしているので、このPure Hi-resについてはリスニング用を考える一方で、エージング用も研究するとともに、リスニング用、エージング用のロゴなんかも作ってみようかと思っているところです。もしかしたらハイのエクストリーム用とかローのエクストリーム用なんてロゴマークがあると便利かもしれませんね。

――気になるのは、そのPure Hi-resの入手方法です。すでに、どこかで購入する手段はあるのですか?

高橋:今年12月上旬オープンを目標に、インディーズミュージシャンによる「産地直送」型のハイレゾ配信サイトの立ち上げを予定しており、ここでPure Hi-res作品も販売したいと考えています。DSD、PCMが混在している市場の中で、無編集・無変換のネイティブDSD、ネイティブPCMにもこだわっていきたいと考えています。また公共のスペース、店舗、美術館などでハイレゾの音源と音響を普及させていく事業も計画しているところです。それに伴い都内でハイレゾ、サラウンドを体験できるイベント、試聴スペースの構築も計画しているところです。

――それは、Pure Hi-resに限らず、ハイレゾ全般の話ですよね。

高橋:はい、その通りです。こうした動きは一過性のものでなく、ある程度中・長期的に続けていけるものにしたいと思っています。今の日本はあまりにもオーディオ小国になってしまって、スピーカーで良い音を聴くという文化そのものが消えてしまったかのようです。ハイレゾの世界はスペック争い的で違いが分かりにくい側面もありますが、やはり良い装置を使い、スピーカーで聴いた時の「空気感」は誰でも納得できるクオリティが体感できます。

 特にマルチチャンネルのサラウンドと合わせると圧倒的なものがあります。ピンクフロイドの名盤「狂気」のサラウンド盤や、オーケストラ、ロックコンサートのBlu-rayディスクなど会場全体に包み込まれるような音響をぜひ多くの人に体感してもらいたいのです。Youtubeや圧縮音源を聴くことが多い若い世代に聴いてもらいたいですし、リスナー層に良い音を知ってもらわないと、日本のオーディオ界の将来は暗澹たるものになってしまいますからね。その意味でもメーカーさんにもぜひご協力いただければ、と思っています。こうした動きの中で、Pure Hi-resでも何か仕掛けていければと考えているところです。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto