第402回:ヤマハの新PCMレコーダ「POCKETRAK W24/C24」

~ 24bit/96kHz対応。W24は新回路で機能向上 ~


 既報のとおり、ヤマハからPOCKETRAK CXの後継となるリニアPCMレコーダ「POCKETRAK W24」と、「POCKETRAK C24」の2機種が発表された。いずれもオープンプライスで実売予想価格が30,000円前後、20,000円前後と低価格な設定。1月30日に発売される。

「POCKETRAK W24」「POCKETRAK C24」

 プレスリリース後ではあったが、1月20日にこのPOCKETRAK 2機種を含め、アメリカのNAMM SHOWに出展した新製品の発表会があり、2機種とも借りることができたので、実際に試してみた。

1月20日に行なわれた新製品発表会の様子

■ 24bit/96kHz対応、価格を抑えた新「POCKETRAK」

前機種のPOCKETRAK CX

 前機種のPOCKETRAK CXが発売されたのは2008年8月。Digital Audio Laboratoryでも取り上げて、音質テストなども行なった。マイクがなかなか高性能だったこともあり、音としては優れていたが、他社製品が24bit/96kzが主流となっている中、POCKETRAK CXは16bit/48kHzという仕様であったため、見劣りしたことも確かだ。

 48kHzなのはともかく、量子化ビット数が24bitでなく16bitというのは、やはり扱いにくく感じられた点だ。また、実売価格的にも当時40,000円程度に設定されていたため、どうしても割高感もあった。

 それから1年半。そうした不満点を解消するとともに、より強力になったPOCKETRAKが2製品登場したわけだ。見た目からもわかるとおり、POCKETRAK CXの直接の後継機種となるのは、POCKETRAK W24。形、大きさともにまったく同じであり、このPOCKETRAK W24の登場にともないPOCKETRAK CXは生産終了となる。性能を大幅に向上させる一方で、価格を1万円も下げるという意味では、やはり競争の激しさを感じさせる。レコーディングや電子楽器の世界でもデフレが起きているのかもしれない……。

 一方のPOCKETRAK C24も同じ24bit/96kHz対応でありながら20,000円とより低価格な製品。POCKETRAK W24もほかのリニアPCMレコーダと比較すると圧倒的に小さいが、それよりもさらに一回り小さい機材となっている。ヤマハの担当者によると、POCKETRAK C24は24bit/96kHzのリニアPCMレコーダとしては現時点で世界最小・最軽量とのことで、iPod touchと並べると、確かに小さいことがわかる。

ほかのレコーダより、一回り小さいiPod touch(右)との比較

■ 新回路で機能向上の「W24」。無線リモコンによる操作も

 では、それぞれの機材を順に見ていこう。まずはW24からだ。前述のとおり、前モデルPOCKETRAK CXと形や大きさはまったく同じだが、中身の回路はまったく異なる新開発のものとのこと。そういえば、前機種は三洋電機のリニアPCMレコーダ「ICR-PS1000M」とほぼ同じ製品であったが、現在このICR-PS1000Mを含め三洋電機からは、同じ形の製品は出ていない。また先日ICR-XPS01シリーズICR-XPS03シリーズが発表されたが、いずれも16bit/44.1kHz対応であるため、今回の2製品とも完全にヤマハのオリジナル製品となっているようだ。

 新開発の回路が搭載されたとはいえ、製品としての重量も前機種とまったく同じで、電池を含めて92gとなっている。その状況を見ると、「実は16bit/44.1kHzに抑えられていた制限をはずして24bit/96kHzに修正しただけで、まったく同じなのでは……」なんて勘ぐりたくなるが、実際には中枢となるチップから変わっているそうで、前機種ではできなかった機能もふんだんに取り込んでいる。 

単3電池1本で駆動。スタミナも向上

 重量はそのままに24bit/96kHz対応の新規DSPを搭載し、シーンメモリー機能をはじめ、便利な機能をいろいろ追加した一方で、優先度の低いエネループ充電機能などは削られている。使用電池自体は、従来同様に単3電池を1本の設計だが、その持ち時間は伸びている。POCKETRAK CXではアルカリ電池を使用した際、MP3では約50時間、PCMでは約22時間30分の録音が可能となっていたのに対し、POCKETRAK W24ではMP3で約56時間、16bit/44.1kHzのPCMでは約38時間となっている。24bit/96kHzでの持続時間の記載はないが、これは結構短そうではあった。

 後述するとおり、野鳥の声を録るのに、今回は4、5時間かかったのだが、録音のスタート、ストップを繰り返すといった操作をしているうちに、バッテリ残量がフルの状態から0にまで下がっていったので、何十時間も持つわけではなさそうだ。

 記憶メディアも前機種同様microSD/SDHCを用いるのだが、そのほかに内蔵メモリが2GB搭載されたのも従来との大きな違いだ。従来はmicroSDメディアがバンドルされていたのに対し、今回これはバンドルされないが、その分内蔵メモリがあるというわけだ。

 どこに記録するかはFOLDERボタンを押すことで切り替えることが可能。A~DのフォルダがあるほかにL、ゴミ箱、Mなどがあるが、通常はA~Dを選択する。ちなみにLはライン入力用、ゴミ箱は削除したファイルが一時的に置かれる場所、そしてMはミュージック用フォルダとのことだ。

記録メディアはmicroSD/SDHC記録先をFOLDERボタンで選択可能

 

ずREC MENUのREC MODEで音質設定ができる

 メニューを使った各種設定など操作性自体は従来機とほぼ同じで、とくにマニュアルを読まずとも簡単に使えるようになっている。まずREC MENUのREC MODEでPCMやMP3の量子化ビット数、サンプリングレート、ビットレートなどの設定をする。

 またハイパスフィルター(ローカット)、リミッタなどの機能があるので、この設定を行なったら、いざレコーディングだ。右サイドにある端子に外部マイクやラインを接続してのレコーディングも可能だが、今回はあくまでもX-Y型の内蔵マイクで行なった。


HPFやリミッタなどの設定後、録音へ
外部マイク入力端子を搭載内蔵のステレオマイク

 このマイク自体は前機種とまったく同じだが、24bit/96kHz用にチューニング調整は行なっているという。感度は左サイドのスイッチでHIGHとLOWに設定できるとともに、入力レベルを0~40の範囲で行なえる。

 なお、前機種にもあったが、ヤマハのPOCKETRAK独特の機能ともいえるのが、録音時に使えるEQ。これは再生用EQとは独立した形で存在する、掛け録りするためのもので8つのプリセットのほか、5バンドのグラフィックEQをユーザーが自由に設定することも可能となっている。

感度はHIGH/LOWの2種類。左側面のスイッチで切替えEQも使える

 W24の最大の目玉ともいえる機能がリモコンだ。W24のWはWirelessのWとのことで、操作ボタンの下に赤外線の受光部が取り付けられている。リモコン自体はちょっと大きめなものとなっているため、操作はしやすい。これでトランスポート操作とともに、再生音量、録音レベルの調整が可能だ。

 ためしに10mほど離れた位置から操作してみたところ、リモコンの方向さえ、しっかり本体に向けていれば問題なく操作できた。もちろん、本体側の設定でリモコンのオン、オフなどもできるようになっている。

ワイヤレスリモコンを付属する操作ボタンの下に赤外線の受光部本体側の設定でリモコンのオン/オフなども可能

 もうひとつ、新たな機能として搭載されたのがクロマチックチューナとメトロノーム機能。チューナーは内蔵マイクなどで入力された音を音程として表示させるもので、基準周波数を430~450Hzの範囲で調整可能になっている。

 また、メトロノームはテンポ、ビートの設定ができるほか、録音のオン/オフという設定も用意されている。これをオンにしておくと、録音時にメトロノームを鳴らすことができるのだ。この際はヘッドフォンから音が出て、メトロノームの音は録音されないようになっている。

チューナ機能メトロノーム機能

■ “世界最小、最軽量”の「C24」

 このように進化したW24に対し、C24は、ほぼ機能をそのままに小型化したというもの。最大の違いがマイク部で、90度のX-Yマイクではなく、外側の左右に向けたものが採用されている。また使用するバッテリは単3ではなく単4となって小型化が図られている。

C24のマイク部電源は単4電池となる

 スペックを見ると、アルカリ電池を使用した際、MP3で約26時間、16bit/44.1KHzのPCMでは約16時間と、単3を使うW24のそれよりは短くなっている。構造を見て面白いと思ったのが、ヘッドフォンとマイク/ライン兼用の端子。いずれもステレオミニ端子で、左サイド、右サイドに置かれているという面ではW24と同じだが、軽量化のためか、この端子が内部でつながっており、横から見ると、穴が開いている形になっているのだ。どうでもいい話ではあるが、このような積み重ねで世界最小、最軽量というものを実現しているのだろう。

 小さくしているため、ボタン類の数が少なく、たとえばマイク感度の設定が左サイドのスイッチではなく、メニュー画面で行なうといった違いはあるが、チューナーやメトロノームなども含め機能的にはほぼ同様となっている。機能面での違いはリモコンの有無くらいだ。

 まさにボイスレコーダといった大きさだが、便利なのは、USB端子がスライド式で内部に収納されており、これを外に出せば、ケーブルなしで直接PCに接続できること。また飛び出たUSB端子を利用するクリップが同梱されており、これを使えば、譜面台をはじめ、さまざまな場所に取り付けることが可能となっている。

ヘッドフォンとマイク/ライン兼用の端子が内部で繋がっており、横から見ると穴が開いている形にスライド式のUSB端子を備える

■ 音質をチェック

 というわけで、この2台それぞれを24bit/96kHzのリニアPCMに設定した上で、いつものように鳥の鳴き声を録りに、屋外に持って出た。ともにマイク感度はHIGHに、とりあえず録音レベルは36に設定した。

同梱のウィンドスクリーンを装着

 音量的にはほぼ同じ程度で録れるのだが、風に対してはW24は圧倒的に吹かれ弱い。微弱な風でもすぐにやられてPEAKを超えてしまう。その対策用にウィンドスクリーンが同梱されているので、今回はそれを使用した。

 また、せっかくなので、2機種での音の違いがわかるよう、同時に録音スイッチを押して録るようにしたのだが、どうにも鳥たちが鳴いてくれない。晴れていて、風もあまりなく、絶好の天候で、遠くでは鳴いているし、目の前にやってくるのに、鳴いてくれないのだ。すぐそこにヒヨ、ムクドリ、シジュウカラ、キジバト、メジロ、ジョウビタキ、ムクドリ、スズメ、カラス……こんなにいっぱいの野鳥がいるのかと驚くほどだったが、小さな声でしか鳴かない。結局朝8時から夕方4時ごろまで追ってみたものの、-20dB程度の小さなレベルで捉えるのが精いっぱいだった。

 それらの中で、比較的まともなものをノーマライズ処理したのが、この2つだ。大きく増幅しているので、周りの騒音もかなり大きくなってしまっているが、いずれも遠くにいる鳥の鳴き声をしっかりと捉えているのがわかる。マイクは異なるものの両機種とも、音の傾向は似ている。ただ、やはりW24のほうがステレオ感はハッキリしている。またC24はウィンドスクリーンをつけていないため、17秒あたりで、左のマイクが少し風に吹かれてしまっている。

録音サンプル
(鳥の泣き声などを収録)

W24サンプル
w24_bird.wav(16.9MB)

C24サンプル
c24_bird.wav(16.8MB)

編集部注:録音ファイルは、24bit/96kHzに設定して録音したWAVEファイルです。編集部では再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい。

 では、音楽のほうはどうだろうか? これもいつもと同じように、TINGARAのJupiterをCDで鳴らしたものを、24bit/96kHzで録音してみた。両機種とも同じ環境で試してみたが、やはり音の傾向は似ている。ただ聴いた感じでは、W24のほうが、音が厚く感じられ、波形を比較してみてもW24のほうが、高域がよりしっかり出ているようだ。

録音サンプル:楽曲(Jupiter)
W24 サンプル
w24_music1644.wav(7MB)
C24 サンプル
c24_music1644.wav(7MB)
楽曲データ提供:TINGARA
編集部注:録音ファイルは、いずれも24bit/96kHzで録音した音声を編集し16bit/44.1kHzフォーマットで保存したWAVEファイルです。編集部では再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい。

 ただし、ソニーやローランド、ズームなどのレコーダで録った音と比較すると、やや違った傾向の音に感じられる。好き嫌いの問題はあるだろうが、だからこそ掛け録り可能なEQが搭載されているわけで、興味のある方はバックナンバーを参考にしながら、聴き比べてみると面白いだろう。

 なお、両機種とも付属ソフトとしてCubase AI 5が付属している。といっても、本当に付属しているだけで、AIファンクションを使って何かできるというわけではないので、まさにDAWがひとつオマケで付いているという感じだ。

 DAWに興味のある人であれば、非常に価値の高いソフトではあるが、そうでない人にとってはインストールしても、何をどう使っていいか戸惑ってしまうだろう。もちろん、これをキッカケにマルチトラックレコーディングをはじめてみるのも面白いとは思うが、万人向けのソフトではないので、あまり無理をしないほうがいいかもしれない。逆にいうと、音楽のレコーディング用として考えている人にとっては、Cubase AI 5とセットで考えると非常にコストパフォーマンスの高い製品といえるだろう。


(2010年 1月 25日)

= 藤本健 =リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。また、アサヒコムでオーディオステーションの連載。All Aboutでは、DTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。

[Text by藤本健]