第529回:「Inter BEE」のDTM新製品をレポート

~Cubase7/SONAR X2など。BabyfaceはiPad対応 ~


 既報の通り、11月14日~16日の3日間、幕張メッセで「Inter BEE 2012」が開催された。例年同様、Inter BEE会場の一番奥は「プロオーディオ部門」となっており、レコーディング、放送関連のオーディオ機材が数多く展示された。

 誰に聞いても、「今年の主役はヤマハ」という声が返ってきたとおり、ヤマハブースにはSteinbergの最新DAW、Nuendo6とCubase7をコアにした製品群が展示され、まさに攻めの体制となっていた。一方、ローランドのブースにはCubase7対抗のDAW、CakewalkのSONAR X2が、エムアイセブンジャパンのブースにはStudioOne 2.5と新バージョンのDAWがお目見えし、DAWの激戦が繰り広げられていた。Inter BEEレポートとしては、かなり偏ったDTM視点ではあるが、プロオーディオ部門で見つけた製品について見ていこう。


幕張メッセのInter BEE会場


■ ヤマハ & Steinbergから「Nuendo6」と「Cubase7」が登場

 2010年のInter BEEではProTools 9が、2011年はProTools 10がその中心的な存在となっていたが、今年は少し様相が違うようだった。M-AudioやAIRなどのコンシューマオーディオ部門、Pinnacleなどのコンシューマビデオ部門とこの1年間で次々と売却しているAvidは、今年のブースはサンミューズとの共同となって縮小。TDMやRTASプラグインを捨てAAX1本に絞ること明言されているProTools 11は出てこなかった。

Nuage

 そうしたAvidの隙を突いて、大々的に攻め入ってきたのがヤマハとSteinbergの陣営。ポストプロダクションを見据えた業務用DAW、Nuendoの新バージョン「Nuendo6」を発表するとともに、Nuendo6を核にするシステムハードウェア、「Nuage」なるものを打ち出してきたのだ。Nuageのシステムは、コントロールサーフェスの「Nuage Master」および「Nuage Fader」、またオーディオインターフェースの「Nuage I/O」、ワークスペースユニットの「Nuage Workspace」などのコンポーネントから構成されている。Avidの「ICON」や「VENUE」などに完全にぶつけてきた製品群となっている。

 ヤマハの担当者によるとNuageはNuendo 6のコントロールサーフェイスというよりも、「Nuendoを直接触っている感覚」になるように設計した製品とのこと。確かにNuendoのUIをそのままハードウェア化しており、ボタン類、ノブなどの部品にはかなりこだわりを持って開発しているようだった。

 またEthernetケーブルを用いてオーディオをデジタル伝送するためのシステムであるAudinate社の「Dante」を全面的に採用した点もInter BEE会場では大きな話題となっていた。システム価格的には600~700万円程度となっており、Avidのシステムと比較しても決して高くないという。


DAWの切り替えスイッチを搭載

 ユニークだったのがDAWの切り替えスイッチが搭載されていること。前述の通り、Nuendoと完全に一体化したシステムではあるものの、ProToolsのコントロールサーフェイスとしても使えるようになっており、3つあるDAWスイッチのボタンで切り替えることにより、NuendoからProToolsへと画面もフェーダー、ボタンなどの割り当ても一瞬で切り替えられるようになっていたのも驚き。必要に応じて混在させることもできる。ProToolsとの互換性も持たせながら、なだらかにNuendoへ移行できるようなソリューションがとられているわけだ。

 もっともスタジオ業界は、ひどい不景気で、閉鎖とか倒産といった話ばかりだから、そう簡単にリプレイスが行なわれるというわけではないだろうが、Avidにとって、強敵の出現といっていいのではないだろうか?


Nuendo操作時ProTools操作時両方を混在させることも

 ところで、その中核であるNuendo6は、DTM系DAW、Cubase7の機能すべてを包括した上で、ラウドネスソリューション、13.1chにも対応したサラウンド機能などを新たに追加。またそのサラウンド環境における自然な音場生成ができるIOSONO製の「AnyMix Pro」なども搭載している。ソフトとしての発売は2013年2月になる予定だ。


ラウドネスソリューション13.1ch対応のサラウンド機能IOSONOのAnyMix Pro

 と、ハイエンドの話はこのくらいにして、DTM系に目を移すと、やはり目玉は、そのNuendo6の下位バージョンであるCubase7だ。つい先日、有償アップデート版であるCubase 6.5がリリースされたばかりという印象であったが、いつもよりも速いペースでのバージョンアップとなった。最大のポイントはコードトラックという新しいトラックを搭載したこと。「C、Am、D7、G……」といったようにコードを入力することができ、ガイダンスとしての伴奏を鳴らすことが可能になる。ただ、そのガイダンスとしての役割が主目的というわけではない。このコードがさまざまな方面に利用できるようになっているのだ。

Cubase7コードトラックを搭載

 端的な例がボーカルエディタであるVariAudio 2.0での活用だ。これはボーカルをピアノロール風に表示し、それをMIDIのような感覚でエディットできるようにするもの。従来からも3度上の音、5度下の音などを生成し、それをコーラスパートとして利用するという活用方法があった。しかし、単純に3度上とか5度下とった形だと、コード的に馴染まない部分が出てくるため、そこは手動で修正していく必要があった。しかし、コードトラックにコードの設定を行なっておけば、そうした調整を自動で行なうことが可能になり、コマンドひとつでコーラスパートが生成できるようになったのだ。

 またミキシングコンソールも長年慣れ親しんできたものから、まったく新しいものへと変わった。この大きな変化には抵抗を感じる人も少なくないと思うが、大型ディスプレイから小さいノートPCの画面用まで、カスタマイズによってさまざまな環境に対応できるようになったのがポイント。また巨大なプロジェクトの場合、目的のチャンネルをミキサーコンソールの中から見つけ出すのに苦労するが、左側に表示されるチャンネルの一覧から簡単に見つけ出せるほか、必要なものだけを固定して表示ができるようになるなど、より使いやすいものへと進化している。

VariAudio 2.0ミキシングコンソール



VST Connect SE

 またユニークなのが、インターネットを利用し、遠隔地にいる人の歌や演奏などをリアルタイムにレコーディングできる「VST Connect SE」という機能。都内のスタジオ間をつなぐといったことはもちろん、東京と大阪、さらには海外とでもリアルタイムに接続してレコーディングできるのだ。リアルタイムとはいえ、当然ここにはレイテンシーが発生する。とはいえセッションを行なうというのではなく、トラックにレコーディングをするという形であるため、遅延補正を自動的に行なうことで、時間的な問題はまったくなく、ピッタリのタイミングでのレコーディングが可能になっているという。

 ほかにもさまざまな新機能が追加されたCubase7だが、驚かされるのはその価格設定。従来のCubase6やCubase6.5が実売価格79,800円程度だったのに対し、Cubase7では2万円下げて59,800円となったのだ。昨今の円高によって内外価格差も大きく、輸入品を使う人が増えるという現象が起きていた。しかし、今回の価格改定によって、そうしたことも無くなりそうだし、ユーザーにとっては嬉しい限り。以前は10万円を超える価格だったのがここまで下がって採算が合うのか、やや心配にもなってしまうが、これが円高・デフレということなのだろう。



■ SONAR X2はR-MIXを搭載、大幅な値下げも

 Cubase7に真っ向からの勝負に挑むのは、ライバルのSONARだ。発売元であるローランドはすでに11月4日に秋葉原でSONARの新製品、SONAR X2のお披露目イベントを行なっていたが、その価格がこのInter BEE 2012会場で明らかになった。こちらもオープン価格ではあるが、最上位のSONAR X2 Producerが実売で59,800円前後と旧バージョンより大きく値下げされ、ちょうどCubase7と同じになった。まさに価格戦争といった様相を呈してきたわけだが、SONARもCubaseと同様に輸入ユーザーがかなりいたので、こうした状況がストップすることにはなるだろう。

ローランドブースSONAR



R-MIXを搭載

 では肝心のSONAR X2の新機能のほうだが、一番の目玉はR-MIX機能の搭載だ。R-MIXはオーディオを周波数と定位、そして音の強さの3つの軸でグラフィカルに表示させるとともに、任意の部分を抜き出したり、反対にその部分を消すことができるローランドオリジナルのV-Remastaringという技術を使ったソフト。それをプラグイン化して、各トラックで使えるようにしているのだ。R-MIX自体は、約2万円の単体製品として発売されており、楽曲からボーカルやギターなど任意のパートを抜き出したり、消したりできるツールとして人気を博していた。そのR-MIXが、プラグイン化したことにより、その応用範囲が大きく広がっている。

 まずは、ひとつの音色に対してフィルターとして使うという方法が生まれたこと。視覚的に自由に動かしながら音色をいじっていけるというのは、なかなか面白いし、処理エンジン自体はかなり軽いので、複数トラックでいっぱい使っても支障はでないようだ。一方、同じトラックにR-MIXを複数挿して使うのも面白い。単体ソフトのR-MIXでは範囲選択できるのは1箇所に限られていたが、直列で処理すれば、複数箇所を抜き出したり、消したりできるので、音作りの範囲も広がってくるわけだ。

 SONAR X2もコンソールを大きくいじってきている。こちらは、各チャンネルストリップにミキサーコンソールのエミュレーション機能を統合するというもの。SSL、NEVE、そしてTRIDENTのそれぞれでアナログコンソールの音が再現できるようになっているのだ。

 また、今回のInter BEE会場では展示されていなかったが、12月にはWindows 8対応のアップデータが登場することも公表されており、これによりSONAR X2は初のタッチディスプレイ対応DAWへと進化する。つまりこのミキサーコンソールのフェーダーを直接手で触ってコントロールすることなどが可能になり、ディスプレイがコントロールサーフェイスとしても機能するようになるわけだ。

同じトラックにR-MIXを複数使ったところSSL、NEVE、TRIDENTのそれぞれでアナログコンソールの音が再現できるWindows 8対応アップデートでタッチディスプレイ対応DAWに


■ 「StudioOne」最新版。BabyfaceがiPadとUSB接続対応に

 このInter BEE 2012の会場でもうひとつバージョンアップを表明したDAWがある。それがPreSonusのStudioOneだ。こちらはメジャーバージョンアップではなく、無償でのマイナーバージョンアップで、StudioOne 2からStudioOne 2.5へのアップグレードであり、そのアップデータは11月下旬から12月ごろに登場とのこと。このStudioOneは最上位のStudioOne Professionalから無料版のStudioOne Freeまで4つのグレードがあるが、そのすべてにおいてMIDIトラックのパラメータ表示を従来の0~127のほかにパーセント表示もできるようになる。MIDIに親しんでいる人には当たり前のパラメータだが、オーディオから入った人には馴染みにくいということで、このようにするとのこと。

MI7ブースのPreSonusコーナーMIDIトラックのパラメータ表示でパーセント表示も可能

 また、Professionalではマスタリング機能を強化している。もともとStudioOneは、1つの楽曲を作り上げるという機能のほかに、アルバムを制作するマスタリング機能を売りにしていたが、マスタリング時にスペクトラムグラフを表示させることで、全体をより視覚的に捉えられるようにしている。またラウドネス検出の機能が搭載されたのも大きなポイント。最近は「テレビ放送における音声レベル運用規準」というものが設けられたこともあり、納品時にラウドネス情報が必要になることも出てきているらしいが、このラウドネス検出を用いれば、楽曲のピーク値、平均値、DC値など必要事項を一発で解析し、表示させることができるので、便利に使えそうだ。なお、StudioOne 2.5のほうは、すでに10月末に価格改定が行なわれており、Professionalの実売価格が33,000円程度と、Cubase7やSONAR X2と比較してもかなり安くなっている。

マスタリング時にスペクトラムグラフを表示できるラウドネス検出機能を搭載

 以上、DAWの動きを見てきたが、最後にInter BEE 2012会場で見つけた面白い製品を2つほど紹介しておこう。一つ目はRMEのオーディオインターフェイス、Babyfaceについてだ。Babyface自体はすでに発売されて2年近くが経つ製品だが、11月下旬から12月上旬にかけて新たなファームウェアが登場し、それにアップデートするとこれまでのモードに加え、USBクラスコンプライアント2に対応するモードが追加されるとのこと。つまり、iPadとUSB接続が可能になるとともに、マルチチャンネル入力、マルチチャンネル出力に対応するようになるとのことだ。

 こうした抜本的な仕様変更が可能なのはBabyfaceの内部回路がFPGAでできているから。そう、単に内部のプログラムを書き換えるにとどまらず、回路自体を書き換えてしまうからこそできることなのだ。会場では48トラックが利用できる24bit/96kHz対応のDAW、Auriaと接続してのデモが行なわれていたが、こうしたアプリとの組み合わせでは威力を発揮しそうだ。ちなみに、とても便利そうに思えたのはBabyface付属のUSBケーブル。BabyfaceはUSBバス電源供給であるが、iPadのような機材からでは電源容量が足りずに駆動することができない。そこで、USBケーブルを分岐させてACアダプタへと接続し、ここから給電できるようにしているのだ。こうしたケーブルが単体で販売されているのを見たことがないが、このケーブルだけでも結構需要があるように思うのだが、どうだろうか?

BabyfaceとiPadBabyface付属のUSBケーブルでiPad接続と給電が可能

 もうひとつはFOSTEXが参考出品していたAR101というiPhone用のオーディオインターフェイス。オーディオインターフェイス部、そこに取り付ける小型のマイク×2、iPhoneを支えるホルダーそしてグリップの4点セットで13,000円程度で来春の発売を予定しているとのこと。左右チャンネルに分かれたLEDレベルメーターを搭載しているとともに、中央部にあるロータリーエンコーダで、レベル調整やパンの調整ができるようになっているほか、内部にはリミッタやローカットフィルタなどが搭載されており、アプリを使って設定できるようになっているとのこと。

 本体左右にはヘッドフォン出力とライン出力も装備されている。30PINのDOCKケーブルを使いiPhoneと直結できるようになっているが、AR101側の端子はUSBなので、PCとの接続も可能とのこと。またLightningケーブルの同梱も検討しているが、製品化までに間に合うかどうかはまだハッキリしないとのことだ。

 以上のとおり、DAWを中心に見て回ったInter BEE 2012だったが、また製品がリリースされたら個別に紹介していきたいと思っている。

AR101(写真は試作機)付属の小型マイク中央部のロータリーエンコーダでレベル/パン調整ができる

(2012年 11月 19日)

= 藤本健 = リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。EPUBマガジン「MAGon」で、「藤本健のDigital Audio Laboratory's Journal」を配信中。Twitterは@kenfujimoto

[Text by藤本健]