藤本健のDigital Audio Laboratory

第540回:コルグはなぜ35年前のアナログシンセを復刻させた?

第540回:コルグはなぜ35年前のアナログシンセを復刻させた?

今の部品と新技術で誕生した「MS-20 mini」

MS-20 mini

 35年前にコルグから発売されたモノフォニックのアナログシンセサイザ、MS-20が4月にMS-20 miniとして復刻されて発売される。「アナログ回路をデジタルでモデリングする機材」というものはこれまでもいろいろとあったが、当時のアナログ回路を現在のアナログ部品でできる限り忠実に復刻するという例はこれまでにもあまり例がないのではないだろうか?

 しかも価格は定価で52,290円と手ごろであり、高値で売買されているビンテージシンセとは違って誰もが買えそうな値段である。でも、なぜ今、アナログなのか、実際に当時の回路を復元するということができるのか、先日コルグに行き、取材をしてきた。

 対応してくれたのは商品企画室の坂巻匡彦氏と開発部 技師の西島裕昭氏の2人。西島氏は、35年前のオリジナルのMS-20の開発者でもあるのだ(以下敬称略)。

インタビューはコルグで行なった
坂巻匡彦氏(左)と西島裕昭氏(右)

“アナログに近いデジタル”はアナログを超えられない

――今回のMS-20 miniの発表、驚きました。まさか今の時代にこんなアナログシンセが登場するとは思っていなかったし、こんな安い価格で売り出されるとは考えてもいませんでした。

坂巻匡彦氏

坂巻:monotron以来、ここ数年間アナログシンセを作ってきて、とにかく本当の楽器としてのアナログシンセを復活させたいという思いを強く持っていました。キーボードって便利な道具になってしまっていますよね。確かに高性能だし、キレイな音は出る。ピッチが狂う心配もなければ、プログラマブルで簡単にトータルリコールもできるけれど、それとは違う何か、“楽器性”といえばいいんでしょうか? そんなものを取り返したいと考えていたのです。

 個人的な思いかもしれませんが、アナログシンセってギターっぽい楽器だと思っています。単体ではエフェクトもなくシンプルな構成ですが、ここにエフェクトをつなぎ、アンプを繋ぎ、そのパラメータを調整して、はじめてその音が完成する。その点ではアナログシンセも同じであり、ギターっぽい粗野な感じがあるんですよね。不便なところはあるかもしれない、ちょっと不器用なんだけど、「使いたくなるいい音だよね」といわれる理屈を超えた楽器を作ってみたいという思いから企画しました。

――私は世代的に、学生時代はアナログシンセを使っていたというか、自作していた年代なんですが、最近ではアナログシンセを見たことがないという人も多いでしょうね。

坂巻:私は1978年生まれの35歳。実はMS-20と同じ年齢なんです。だからこそ、絶対に復活させたいという思いが強かったんですが、実は私自身も初めて出会ったのはPCMのデジタルシンセで、アナログシンセの存在を知ったのは、それこそ電気グルーヴなどを見てからなんですよ。そこで、「何だ、この太い音は! 」と感激した覚えがあります。でも今の若い子達は、そもそもソフトシンセから入っている人たちが多く、実際のアナログシンセの音を知りません。そんな人たちもが普通に買える、気軽に使える楽器として、今ようやくMS-20 miniを作りました。

――monotronのときも、「こんな楽しいオモチャを出すのか! 」と驚くとともに、すぐに購入しまして、結構ハマりました。が、その時からMS-20 miniは予定に入っていたのですか?

手前が35年前に発売されたオリジナルのMS-20、奥が今回復刻されて発売されるMS-20 mini
筆者の手元にあるmonotron

坂巻:はい、そのときから目標として定めていました。monotronはリボンコントローラ、それはそれで面白いのですが、鍵盤のついた楽器としてのアナログシンセを出したかったんです。

――そこは、坂巻さんの好き放題を会社が許してくれた、ということなんですか? (笑)

西島裕昭氏

西島:アナログをやろうというのは、会社としての方針なんですよ。そもそもは、亡くなった創業者の加藤孟会長(当時)から5~6年前に「いまの部品でアナログシンセを作れないか? miniKORG700Sを復刻してみてくれ」という特命があったのがスタートですね。それで実際私が作ってみたんですよ。確かにモノは作れたのですが、部品代などが非常に高く、発売するという点では現実的ではなかったのです。

坂巻:だったら、とことん安く作ってみようということでやってみたのがmonotronです。コルグが今やるのなら、市場を変えるようなアナログシンセの存在を打ち出さなくてはなりません。

――monotronも西島さんの設計なんですか?

西島:いいえ、あれはウチの高橋(高橋達也氏)の設計ですね。アナログ回路が大好きで入社してきた現在30歳というエンジニアで、彼の新しい感性があったからこそ、できた製品ですよ。最初、「5,000円でアナログシンセを作ってくれ」というオーダーが来て、「そんな仕様ではアナログシンセにならない」と断りましたから(笑)。もちろん、回路的な相談などは受けましたけどね。

――結果的にmonotronは大成功だったわけですよね。その後、バリエーションとしてmonotron Duo、monotron Delay、さらにはmonotribeというアナログリズムやステップシーケンサまで搭載した機材まで出されました。そして、今度はMS-20 miniと自らのビンテージ機材の復刻となったわけですが、なぜMS-20だったんでしょうか?

坂巻:いろいろな選択肢があったのですが、ソフトシンセのLegacy CollectionシリーズとしてMS-20を復刻していたり、iPad版のiMS-20をリリースしているなど、MS-20の知名度があるというのが大きなポイントでした。また、MS-20は現在でも音楽シーンで使われているビンテージ製品であり、中古市場でも値段が下がっていないんですよね。そうした背景からMS-20を作ろうとなったのです。

monotribe
ソフトシンセのLegacy CollectionでMS-20を復刻
iMS-20

――海外でもArturiaがMiniBruteを出すなど、最近アナログシンセが急にいろいろ出てきた印象がありますが、なぜアナログ時代から30年近くなった今、各社製品化しているんですかね?

坂巻:時代的な音楽の変化というのがあるのではないでしょうか? 80~90年代はデジタルシンセの時代、90~00年代はサンプリングの時代でしたが、最近は音数が少ない音楽が流行っています。DUBSTEPなんかが分かりやすい例ではないでしょうか? 技術的にも1bitオーディオと同じような原理を用い、PWMでCVを作る技術が確立されたことも後押ししていると思います。

――1bitオーディオでCV?? よく意味が分からないのですが……。

西島:当社でmonotribeを開発した際に採用した技術なのですが、PWM(パルス幅変調)を用いて電圧を作り出すというものです。もともとサーボモーターの回転数制御で用いられている技術で、CPUを使ってパルス波を作り、そのデューティー比を変えることで回転速度を制御するというもの。そのパルス波を平滑することで電圧を取り出すことができる。つまり、ローパスフィルターをかけて積分すれば直流になるわけですよ。この方法であれば、安定した電圧を作り出すことができるし、非常に安く作ることができます。

坂巻:細かくチェックしているわけではありませんが、最近の他社のアナログシンセもこの方法を採用しているようですね。

――なるほど、そうした技術的な革新がアナログシンセを今に復刻させるキッカケにもなっているわけですね。

西島:それともう一つ、私がかねてから思っていることがあるんです。ある意味、DSPモデリングの限界が見えたということですね。今のモデリング技術で、限りなくアナログに近づけていこうとはしているけれど、どんなに行ってもアナログを超えることはできません。またできる限り忠実に再現しようとすると、24bit/96kHz、さらには24bit/192kHzで処理していくことになるわけですが、そこまでやると非常に高い演算能力を求められます。フィルター1つを実現するのでも、厳密にやれば相当な演算量ですから、質を上げていくと、結果的に高価になり、アナログよりも高くついてしまうんですよ。

――Legacy CollectionやiMS-20、とってもアナログ的なサウンドだなと思っていたけれど、それではやはり物足りない、と。

西島:Legacy Collectionのときもそうでしたが、当時のCPUでできる範囲に演算を留めていたんですよね。僕らでCMT (Component Modeling Technology)という電子回路モデリング・テクノロジーを生み出し、アナログの音に近づけようと頑張ってはいたし、実際それを突き詰めたKingKORGというものを今回出しているわけですが、アナログのほうがコストダウンができるという側面もあったわけです。

オリジナルと同じオペアンプ。弾きやすいミニ鍵盤を採用

――今回、35年前のアナログシンセを再現されたわけですが、西島さんが当時のMS-20の開発にも携われたと伺いました……。

西島:はい、MS-20は私が新入社員として入社したときに開発した製品であり、初めて携わった製品開発なんです。実際には、現在監査役である三枝文夫に指導を受けながら一緒に開発したものだから、個人的にも非常に思い入れのある製品ですよ。

――それをご自身の手で復元するというのは、なかなか面白い仕事だと思いますが、当時の部品って手に入るものなのですか?

MS-20のころに使っていたと思われる部品。これは筆者が先日、秋葉原で購入したもの。左から電解コンデンサ、セラミックコンデンサ、抵抗、トランジスタ

西島:正直なところ、当時使った部品をそのまま入手するというのは無理です。抵抗、コンデンサ、トランジスタは大きさも形も特性も違ってしまっています。また、当時はトランジスタを大量に仕入れて、選別というのを行なっていました。個体によって特性がかなり異なるので、温度を一定にした上でチェッカーにかけて選別をし、部品の頭に色を付けていたんですよ。たとえば「2SC644のイエローがノイズの質感が一番いい」とかね。今はそんなことはできないし、そもそも3本足のトランジスタは国内メーカーでは作っていないですから……。

――そうなんですか…。私も中学、高校のころ、よくシンセやエフェクタなどの電子工作をしていましたが、2SC945とか2SC372ってもうないんですね。

西島:2SC945使ってましたか(笑)。確かに秋葉原に行けば、流通在庫がある程度は入手できるかもしれませんが、メーカーが量産のために仕入れるようなことはできないんですよ。また現在あるのは基板に表面実装する非常に小さいトランジスタとなっていますが、オリジナルのMS-20に使われていたトランジスタの型番のデータシートに近い部品を片っ端から集め、それをテストし、さらにVCOの回路とかに組み込んで音を出して、選定していきました。また三枝の得意技なのですが、データシートの外側の特性をあえて使った音作りをするんですよね。MS-20もそうした点が随所にあったため、MS-20 miniでも同じような使い方をしています。

――最近の部品、全然わかっていないのですが、抵抗やコンデンサなんかも違うのでしょうか?

内部の基板

西島:そうですね、昔使っていたのはカラーコードの付いた抵抗とかでしょ。今の製品に使うのはみんな表面実装の非常に小さい部品ですよ。この基板を見ると、R201とかR204のように頭にRが付いているのが抵抗、Cがコンデンサ、Qがトランジスタですね。コンデンサも抵抗も当時のものより品質はよくなっているし、バラツキも少ないので、選定についてはそんなに意識していませんね。またVCOに使うコンデンサは当時よりも性能のいいものが、より安く入手できたので、それを採用しています。結果的にオリジナルよりもVCOの安定度はよくなっています。それと、それぞれの部品が小さくなったので、全体のサイズも小さくなっています。とはいえ、部品点数自体は同じなんですよ。

――まさに現在の部品を使って、当時の回路をそのまま再現したわけですね。だからこそ、部品の点数自体が同じである、と。

西島:そうです。ただし、基板を細かくチェックすると、見た目上、部品が増えているところがあります。それがフィルタ部分なんですが、オリジナルのMS-20にはハイブリッドICという8本足の部品がローパス用に1つ、ハイパス用に1つ搭載されていました。実はこれ、トランジスタが4個とFET、それに抵抗で構成されたもので、当時、回路を隠すためにパッキングしていたんですよ。ただ、中身自体は特殊な部品は使っておらず、汎用部品で作っていたので、今回のMS-20 miniではすべてそれを展開する形で、基板に実装しているため、見かけ上の部品が増えているわけです。

オリジナルのMS-20に載っているハイブリッドIC
部品が小さくなったぶん、基板がよりコンパクトになっている

――もうひとつ、先日の発表会でちょっと伺った際、オペアンプは当時のものがあったとおっしゃっていましたよね。

西島:はい、JRC(新日本無線)のNJM4558ですね。ただし、これもまったく同じ部品というわけではありません。電気的特性、スペックは同じなのですが、チップサイズが小さくなっているんですよね。チップの開発者に聞いたところ、「オーディオ用途で見ると、チップとDIPでは配線長などに違いがあるため、まったく同じとはいえませんよ」と言われました。ハイエンドオーディオの世界だと、チップの線材までいろいろ言うみたいですが、シンセだとそこまでは言いませんから。手に入るものは極力同じものを使うという方針であり、オペアンプは入手できたわけです。

――ほかにどうしても手に入らなかった部品というのはありますか?

MS-20 miniに入れるのは9VのACアダプタだが、内部回路で昇圧して15Vを作り出している

西島:現状、絶対に無理というのが鍵盤ですね。ここだけはオリジナルと大きく違います。当時の鍵盤を今作れるところはないでしょう……。そこで、MS-20 miniではデジタル楽器で使っている鍵盤を用いており、このスイッチからの情報を元に先ほどお話したCPUへ信号を入れて電圧を作り出しているんです。

――昔のアナログシンセのモノフォニックの鍵盤って梯子型に抵抗を入れて両端に電圧をかける仕組みで、鍵盤を押すと電圧が取り出せるという仕組みになっていましたよね。

西島:そうですね。それが一般的なOct/V式の鍵盤でしたが、コルグではMS-20を含めほとんどのシンセでは、Hz/Vの方式をとっていました。というのも、Oct/Vで制御すると、アンチLogの回路を使う必要があり、どうしても安定性で劣ってしまいます。そこで鍵盤で電圧を発生させる時点で指数式に電圧が上がっていくHz/Vのものを採用していたのです。

――Hz/V式って、今一つ馴染みが薄かったのですが、そんな話があったのですね。

西島:それともう一つ、接点の問題もあるんです。当時の鍵盤は金属接点を使っていたのでスイッチを押すと、パンッとその数値の電圧が出たけれど、今のゴム接点では、フニャっと変わるので、再現できないんです。そこで、今のデジタル用の鍵盤を使い、CPUを使って電圧を作り出す方法を採用したわけです。

坂巻:そういう仕組みになっているから、USBでもMIDIでも信号を受けられるわけです。

――なるほど、USB、MIDI専用のCV/GATEのコンバータが内蔵されているわけではなく、キーボードと同じ仕組みで電圧を作り出していたわけですね。それともう1点、今回の鍵盤、最初のプレスリリースを見て、「ミニ鍵盤」とあったので、ちょっとガッカリしたのですが、写真を見ると従来のミニ鍵盤とはだいぶ違うし、実際弾いてみても、ずいぶん弾きやすい印象です。

坂巻:これは社長のアイディアなんです。鍵盤のピッチは従来のミニ鍵盤と同じなのですが、奥行きを伸ばしたことで、ずいぶん弾きやすいものになりました。MS-20用に作ったというわけではなく、今後当社製品でもいろいろ使っていく予定ですが、タイミングがよかったので、MS-20 miniで初採用となりました。

手前がMS-20 Controller、奥がMS-20 mini

――以前出したLegacy CollectionのMS-20 Controllerと比較して、大きさ的に近いですが、弾きやすさという点では圧倒的に向上していますよね。でも、せっかくなら、オリジナルとまったく同じ大きさにしようという考え方はなかったのですか?

坂巻:今回の新鍵盤の採用によって、オリジナルと完全に同じ縮尺にできたというのも一つのポイントです。MS-20 Controllerの場合、縮尺がちょっと違ったんですよね。それと同じサイズにしなかったのは、オリジナルへのリスペクトという意味もあるのです。まったく同じものを作るのは、ある意味オリジナルの冒涜になるのではないか、と。だから、中身は近づけつつも、違う大きさのもので再現しています。また小さいほうが利便性は高いし、カッコイイという面もあるじゃないですか。

サイズは小さくしたが、付属のマニュアルは当時のものをそのまま復刻している

――なるほど、いろいろなことを考えて作られているんですね。創業者の会長(当時)の発案から始まり、社長が鍵盤のアイディアを出し、三枝さんの協力もある中で西島さんが開発を担当した……まさに会社が一丸となって復刻したアナログシンセなんですね。

坂巻:はい、今年、コルグは創立50周年という節目ですから、それにふさわしい製品が作れたのではないか、と自負しています。

――ありがとうございました。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。EPUBマガジン「MAGon」で、「藤本健のDigital Audio Laboratory's Journal」を配信中。Twitterは@kenfujimoto