藤本健のDigital Audio Laboratory

第641回:iPhoneでDSD 11.2MHz対応。コルグ「iAudioGate」が示すハイレゾ再生の形

第641回:iPhoneでDSD 11.2MHz対応。コルグ「iAudioGate」が示すハイレゾ再生の形

iOSアプリ「iAudioGate」

 既報のとおり、コルグがiPhone用のハイレゾ音楽再生アプリ「iAudioGate」を6月25日よりApp Storeでダウンロード販売開始した。この名称から分かる通り、iAudioGateはこれまでPC用として存在していたAudioGateのiPhone版で、AudioGateと同様にPCMだけでなくDSDのネイティブ再生にも対応しているのが特徴。しかもDSDは本家であるPC版AudioGateを上回る11.2MHzもサポートしている。

 とはいえ、DSDネイティブ再生ができるiPhoneアプリはiAudioGateが初というわけではない。オンキヨーのHF PlayerやradiusのNePLAYERをはじめ、すでにいくつかのプレーヤーアプリが存在しているため、iAudioGateは後発ともいえるものだ。しかもiOS上のアプリであることから、ASIOドライバなどを使うことができず、DoPを使っての再生となるため、DS-DAC-100やDS-DAC-100mなどコルグのUSB DACが利用できないという仕様になっているのだ。なぜ、コルグがこのタイミングでiAudioGateをリリースしたのか、後発として出して勝ち目があるのか、技術的な違いがあるのかなど、コルグの開発担当者に話を聞いてみた。

PC用のAudioGate

USB DAC接続で動作をチェック。コルグ製品は……

 5月16日、17日に行なわれた「春のヘッドフォン祭 2015」において、iAudioGateが参考出品という形でお披露目されていたので、期待して待っていたという方も少なくないと思うが、筆者も発売と同時に即ダウンロード購入してみた。AppStoreでの価格は本来2,400円(税込)だが、7月31日まではリリース記念セールとして半額の1,200円であったのも急いで購入してみた理由の一つだ。

 さっそく試してみたところ、わかりやすく、なかなか使いやすいプレーヤーという印象を得た。まず、パソコンのiTunesで管理している楽曲は、転送するとそのまま再生することができるし、ハイレゾの楽曲はiTunesで転送できるとともに、iCloud、Dropbox、GoogleDrive、OneDriveを介して転送できるほか、iPhoneのAirDrop機能での転送も可能になっている。できれば、HF Player用に転送したハイレゾデータにもアクセスできて、双方で共通に使えるとより便利だが、それはアプリ開発上の制限なのか、できないようだった。

iTunesで管理している楽曲を転送
iCloudやDropboxなどを介しても転送可能

 このハイレゾのデータを再生するにあたり、PCMデータでもDSDデータでも、iPhone本体で鳴らすことが可能。ご存じの通り、iPhone本体では44.1kHzおよび48kHzの再生しかできない。iAudioGateが自動的にサンプリングレートコンバートを行なったり、リアルタイムでのDSD-PCM変換を行なった上で再生できるようになっているのはPC版のAudioGateと同じだ。一方、DSD対応のUSB DACを接続することで、DSDネイティブ再生が可能になるということなので、これも試してみた。コルグによるとiAudioGateでのDSDネイティブ再生の動作検証ができているのはiFi-Audioのmicro iDSD/nano iDSDと、OPPO HA-2、それにソニーのPHA-2/3とのことだったが、先日の編集部の検証記事によればラトックのREX-KEB03でも使えるようだ。

 筆者が試してみたのは、まずはコルグのDS-DAC-100。これはそもそもiOS非対応だったとは思ったが、念のため試してみたところ、やはり動作しないとのメッセージが表示された。次に試したのはつい最近購入したばかりのティアックのDSD対応USB DAC、UD-301。これ自体はiOS対応とは記載されていない機材だが、ACの電源を使うタイプなので、動くはずと思ってLightning-USBカメラアダプタ経由で接続したところ、「消費電力が大きすぎます」との表示。仕方ないので、間にセルフパワー型のUSBハブを介したところ認識され、iAudioGateで使うことができた。

DS-DAC-100と接続した場合は、やはりエラーになった
Lightning-USBカメラアダプタ経由では動作しなかった
セルフパワー型のUSBハブを介して接続すると認識された

 PCM、DSD含め、UD-301の動作サンプリングレートを手動で設定できるので、たとえばDSDの5.6MHzを設定した上で、44.1kHzのサウンドを再生すれば、自動的にDSDへアップサンプリングされて再生される仕組みとなっている。また、動作サンプリングレートを自動にしておけば、オリジナルのデータと同じフォーマットでネイティブ再生される形になる。

アップサンプリングの設定

 なお、最初にDSDを選択すると「DoP再生の注意点」というアラートが表示され、サイレントモードもしくは機内モードで使うようにとの表示が出る。ただし、これをOKすると自動的に機内モードになるというわけではなく、手動で切り替える必要がある。また、実はそれをしなくても、特に問題なく再生はできてしまうようだった。

 そんな動作検証をしつつ、コルグのiAudioGate開発担当者に話を聞いてみた。対応してくれたのは、今回のiAudioGateやパソコン用のAudioGate、同社USB DACなどの開発を担当している石井紀義氏だ(以下、敬称略)。

DoP再生の注意点
開発者の石井紀義氏

こだわりは「使いやすさ」。DoP対応に向けた工夫とは

――今回リリースしたiAudioGate、名前からしてAudioGateのiPhone版という理解でいいのですよね?

石井:はい、これはPC版のAudioGateのエンジンを、そのままiOSに移植したプレーヤーです。ファイル変換などはせず、そのままネイティブで再生できるようになっており、そのクオリティーはPC版と同等となっています。ここでとくにこだわったのがデザイン、UIです。PC版とはまったく異なるデザインとなっていることがお分かりいただけると思います。やはりiPhoneユーザーにとっては使いやすさが重要なので、ここは徹底的に追求しました。

――確かにプレーヤーアプリにとって最大のライバルはiPhone標準のミュージックですから、これ以上に使いやすくないと結局は使わなくなってしまいます。

石井:そこが一番気にした点でもあり、見栄え、使い勝手にこだわったのです。「このアプリでないと困る」というくらいのものでないと、すぐに標準アプリに戻ってしまうので、そうならないようカッコよく、かつ使いやすくするとともに、とにかくサクサクと動くようにしました。もちろん、ファイル形式についても様々なものに対応したのでMP3再生でも「iAudioGateを使いたい」と思っていただけるように開発していきました。

――ここでやはりお伺いしたのは、使えるUSB DACに関してです。AudioGateでは基本的にKORG製品しか使えなかったと思いますが、iAudioGateでは他社製品が使える形になっていますよね?

石井:はい、iAudioGateではDoPに対応したので、他社製品でもDSD再生ができるようになっています。当社で動作確認ができているのはiFi-Audioのmicro iDSD/nano iDSDと、OPPO HA-2、ソニーのPHA-2/3となっており、このうちmicro iDSDだけは11.2MHzでの再生もできるようになっています。とはいえ、DoP対応なのでほかの製品でもその多くで使えると思います。

――PC版においては、途中でバツン、というノイズが乗る可能性を考慮して、DoPを避けてASIO 2.1を使っていましたよね。そのコルグがなぜ、iPhone版でDoPを採用することになったのでしょうか?

設定画面で、ドライバ名は「iOS Audio DSD」と表示されている

石井:MacにおいてはASIOがなかったので、独自の方法をとり、独自のドライバを提供していました。ただ、残念ながらiOSでは独自ドライバを開発することができません。そのため、CoreAudioを利用しつつ、DoPを採用する形にしました。PCMのフレームの中にDSDを入れるという形ですね。そのため、DoPに対応しているUSB DACであればDSDのネイティブ再生ができるわけです。もちろん、ノイズについては非常に問題となるところなので、とくに気にして開発し、切り替えノイズなどが起こらないよう、細心の注意を払ってつくっています。

――とはいえ、これまでのこだわりのように思えた「DoPは危険なので使わない」というコンセプトを捨てていいのかという点と、それよりなにより、DS-DAC-10、DS-DAC-100、DS-DAC-100mとあるコルグ製品が使えないアプリを開発するという点に疑問を感じます。コルグはそれでいいのか? と。

石井:「いいのか? それで!」とご意見は、ヘッドフォン祭にいらっしゃったお客様からも何人かから同じことを言われました。確かにそれはもっともですが、だからといって対応しないわけにはいきません。やはりモバイル系が主流になりつつある現在、そこに目をつぶっていては何も進みません。それならば、いかに使いやすいアプリとして特徴づけられるか、そして音質的にいいものを提供できるのか、という点で研究を重ね、満を持して製品投入したわけです。

他のDSD対応再生アプリとどう違う? 今後の展開も

――DSDネイティブ再生できるアプリは、オンキヨーのHF Playerなど、いくつかありますよね?

石井:はい、私が認識しているものとしては、HF Playerのほかに、NePLAYER、KaiserTone、Hibikiの4つの競合アプリが存在します。これらに対して、圧倒的に使い勝手がよく、音質もいい製品として後発ながら発売を開始しました。またわかりやすいところとしては、AppleWatchに対応させたというのも、競合4アプリに対するアドバンテージです。Apple Watchの仕様はあまり公開されていないのですが、コントローラ程度のものであれば作れるので、さっそく対応させて、曲の切り替えやEQ(イコライザ)のプリセットの切り替えなどをできるようにしています。

連携させたApple Watchでの画面

iPhoneアプリの曲やEQの切り替えなどの操作が可能

――そのEQはDSDに対してもかけられるのですか?

石井:それは、さすがにできないですね。やはりPCMに対してのみかけられる形です。ただし、DSDファイルを再生して、出力を96kHzとか192kHzなどのPCMへリアルタイム変換している場合は可能です。またこのEQも操作性を追求した結果、プリセットの用意だけでなく、一筆書きで操作できるようにしているのが特徴です。グラフィックEQって、プレーヤーアプリによく搭載されていますが、使いにくいという印象をもっていました。とくにiPhone用だとスライダーも小さくなるし、細かくて操作しにくいので、一筆書きで簡単に使えるようにしています。

EQのプリセット
一筆書きのように指でなぞってEQ設定することも

――では、再生する音質という面では、どうなのでしょうか? とくにオーディオ再生エンジン部分がどうなっているのかが気になるところです。

石井:PC版のAudioGateは2006年から開発を行なってきましたが、このiAudioGateにはPC版のエンジンをそのまま移植しており、ここで信号処理を端折って音質劣化させたというようなことは一切ありません。PC版で出せる音質をiPhoneでもまったく同じように出せるように開発しています。もちろん、iPhone本体で再生させる場合には96kHzや192kHz、DSDに対応していないため48kHzにダウンサンプリングさせますが、その変換処理についてはAudioGateで培ってきた技術をそのまま適用しています。当然、他社製品とも聴き比べを繰り返しながら、最高のものに仕上げています。もちろん44.1kHzの音を44.1kHzのまま再生する場合には、他社製品や標準アプリと違いはないと思いますが、変換があると明らかに違います。またUSB DACを接続してアップサンプリングして再生させれば、その違いがよりハッキリと分かるはずです。

――PC版では対応していなかった11.2MHzへも対応させていますよね。

石井:はい、ここには2つのメリットがあります。まずは11.2MHzのファイル再生が可能なことです。今は、まだ11.2MHzに対応したUSB DACの数は少ないですが、iAudioGateならこのファイルをダウンサンプリングして再生できるため、iPhone本体だけでも再生可能です。反対にmicro iDSDのような11.2MHz対応の機材があれば、ネイティブ再生ができるだけでなく、11.2MHzへアップサンプリングして高音質再生することも可能になるメリットがあるのです。ただし、11.2MHzのネイティブ再生ができるのはiPhone 6以上となっており、iPhone 4sなら2.8MHzまでなど、機種によって違いがあるので、その点はご注意ください。

――最後にiPhone以外への対応についても教えてください。またDS-DACシリーズのiOS対応というのはいかがでしょうか?

石井:Androidへの対応については、開発候補には上がっています。ただ、いますぐに開発を進めるという段階ではなく検討中ですね。またハードに関しては2年前にDS-DAC-10を開発した時点からモバイル向けの機器を作るべきだという意見は社内にあり、こちらについても検討していますが、まだ発表できるような段階ではありません。

――今後の発展についても期待しております。ありがとうございました。

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藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto