藤本健のDigital Audio Laboratory
第640回:DSD波形編集対応で無料! 「TASCAM Hi-Res Editor」をAudioGateと比較
第640回:DSD波形編集対応で無料! 「TASCAM Hi-Res Editor」をAudioGateと比較
(2015/6/22 12:28)
既報の通り、ティアックが6月17日に「TASCAM Hi-Res Editor」というオーディオ波形編集ソフトを無料で公開した。これはPCMのみならDSDにも対応したエディターで、対応OSはWindows 7/8/8.1となっている。Macは非対応ながら同社製のハードウェアのユーザー以外もダウンロードして利用できるのが特徴だ。DSDが編集できるという意味ではコルグの再生/編集ソフト「AudioGate」にも近いものだが、AudioGateと比較して何がどう違うのだろうか? 実際に使って、その違いなどをチェックしてみた。
オーディオインターフェイスと接続して再生。サンプリングレート自動変換も
ティアックは、これまで数多くのDSD関連製品を出してきたメーカーだ。UD-301、UD-501、UD-503などのUSB DACやHA-P90SDのようなポータブルヘッドフォンアンプだけでなく、TASCAMブランドからはDSDによるマスターレコーダー、DA-3000を出したり、DSD対応のDAWであるSONAR Platinumなども出しているメーカーでもある。DSDレコーディングができる機材を出している国内メーカーとしては、コルグ、ソニーと並ぶ三大メーカーの一つであり、DSDに関してはかなり古くから取り組んでいる。
そのティアックが公開したTASCAM Hi-Res Editorは、無料ということもあり、発表当日からかなり話題になった。初期バージョンには少し不具合もあったようだが、すぐにバグフィックスした修正版もリリースされているので、すでに使ったという人も多いかもしれない。
一方の、コルグのAudioGateは当初、同社DSD製品を購入すると付属するユーティリティソフトだったが、その後、プレーヤー機能を強化するとともにTwitterと連携させると無料で使えるソフトとして公開したことから、広く普及していった。しかし、昨年AudioGate 3へとバージョンアップするタイミングで有償化(変換機能が48k、44.1kHzのPCMに限定されるAudioGate 3ライト版は無償)され、19,980円(税込)でダウンロード購入する形となった。もっともDS-DAC-100などコルグのDSD製品を持っているユーザーなら、従来通り無料でアクティベートされるのだが、非ユーザーにとっては、やや手を出しづらくなったのも事実。そうした中、今回登場したTASCAM Hi-Res Editorは、AudioGateの置き換えになるソフトなのだろうか?
さっそくダウンロードしてみたところ、PDFのマニュアルを含めたインストーラーのファイルサイズは32.0MBと非常にコンパクトなもの。Windows 8.1 64bitのマシンにインストールして起動してみると、「電源オプションを“高パフォーマンス”に設定するように」というアラートが表示される。やはりDSD処理は結構CPUパワーがかかるから、こうした表示がされるようだ。同時に、ASIOドライバを選択することを勧められる。
起動したらさっそくオーディオデバイスの設定を行なう必要がある。ここでは、TASCAMのUS-2x2、SteinbergのUR22、そしてコルグのDS-DAC-100の3つのデバイスのドライバを組み込んでいるが、まずはUS-2x2を使って音を鳴らしてみる。先ほどのアラートにもあったとおり、基本的にはASIOを選択するのがベストではあるが、WASAPIも選択できるようになっている。
とりあえず、準備は以上。さっそくオーディオファイルを開いて再生してみることにしよう。OPENボタンをクリックしてファイルを選択するか、Windowsのエクスプローラを用いてオーディオファイルをドラッグ&ドロップしてファイルを開く。対応しているのはWAV(.wav)、DSF(.dsf)、DSDIFF(.dff)の3種類。MP3やFLAC、ALAC(Apple Lossless)といったファイルには対応していないようだ。
試しに192kHz/24bitのWAVファイルを開いてみたところ、波形の描画に結構時間がかかる。Core i7 4770K 3.6GHzのCPUを搭載したマシンだが、7分51秒のWAVファイルのデータの表示にかかる時間は約10秒。とくにこの描画データを保存されるわけではないようで、再度読み込んでも同じだけの時間がかかる。ただ、表示し終えないと再生できないというわけではないようだ。読み込んですぐにプレイボタンをクリックしてみたところ、表示が進みつつ再生はスタートするので、それほど大きな問題ではなさそうだ。
ところでUS-2x2の場合、最高で96kHzまでのサポートで192kHzには対応していない。しかし、このデータを再生したところ、ふつうに音を出すことができてしまった。実はPlay Frequencyという設定において再生するサンプリングレートを変更できるが、AUTOにしておくと、もっとも最適なサンプリングレートが選択される。この場合、96kHzが設定されていたが、再生時に自動的にリサンプリングされて、96kHzで音が出ていたのだ。手動で、44.1kHzとか48kHzに設定すると、そのサンプリングレートで再生することができた。
対応USB DAC接続でDSDネイティブ再生。両ソフトの大きな違いは再生機能
では、DSDファイルを読み込んだ場合は、どうだろうか? 同じように5.6MHzの3分33秒のDSFファイルを開いてみたところ、表示させるのに21秒ほどかかった。またファイルを指定してから描画がスタートするまでにも約3秒の待ち時間があり、この間は再生することもできなかった。では、DSDに対応していないUS-2x2でDSDのファイルが再生できるのだろうか? サンプリングレートをAUTOにした状態でプレイボタンをクリックすると、あっさり再生することができた。つまりリアルタイムでDSD-PCM変換がされた上で、再生できるわけだ。
ドライバ画面で動作サンプリングレートを確認したところ88.2kHzとなっていたが、これが5.6MHzのDSDを再生する上での最適サンプリングレートということなのだろう。試しに、44.1kHzや96kHzを設定してみたところ、それに合わせたリアルタイム変換がされて、再生することができた。また192kHzにも対応しているUR22で試してみたところ、こちらの動作サンプリングレートは176.4kHzと、やはり最適な値が自動設定されるようだ。
気になるのは、DSDネイティブでの再生が可能なのか、という点について。ここで試してみたのがコルグのDS-DAC-100を使っての再生だ。DS-DAC-100の場合、ASIO 2.1によりDSDネイティブ再生がサポートされているわけだが、単純にDS-DAC-100を選んで再生してみると、あっさりとネイティブ再生できた。Play Frequencyのところを見ても2.8MHz、5.6MHzといったものもある。つまり、TASCAM Hi-Res Editorを使えば、DSD対応のデバイスであればDSDネイティブ再生ができ、非対応デバイスであれば、リアルタイムにPCM変換した上で最適なサンプリングレートで再生できるようになっているわけだ。
そうした点でいうと、コルグのAudioGateと同じだ。では、TASCAM Hi-Res EditorはAudioGateと同様の機能を持つ無料版と考えればいいのだろうか? ここまでの機能について、少し比較して考えみることにしよう。
まず対応フォーマットとして、AudioGate 3の場合、WAV、DSF、DSDIFFに加え、MP3、FLAC、AIFF、WMA、WSDなどに対応しており、ほとんどのファイルフォーマットが利用できる。また、読み込みおよび、波形表示時間は、ほぼ瞬間的なので、読み込みで待たされるということもない。ただしAudioGate 3で扱えるDSDは5.6MHzまでであるのに対し、TASCAM Hi-Res Editorは11.2MHzまで対応しているのは大きな違いといえるだろう。
一方、2つのソフトの性格という面での決定的な違いは、AudioGate 3は波形編集機能を持ちつつも基本的にはミュージックプレーヤーであるという点だ。数多くのファイルを読み込んで順に再生するなどの管理が可能なのに対し、TASCAM Hi-Res Editorは1つのファイルしか読み込むことができず、プレイリストといった機能はまったくない。1つのファイルを再生したいだけであれば、それほど大きな違いはないが、アルバム単位で曲を聴いたり、好みの曲を一括再生といったことはできないのが大きな違いなのだ。
変換/書き出しはどっちのソフトが速い?
では、編集機能のほうはどうだろうか? ご存じのとおり、DSDのデータはPCMデータのように自由な編集はできない。できることといえばカットするのとフェード処理がせいぜいだ。TASCAM Hi-Res EditorはPCMもDSDも扱えるソフトだが、PCMに特化した機能があるわけではないため、編集といってもカットがせいぜい。ただし、AudioGate 3とは少し使い方が異なる。TASCAM Hi-Res Editorの場合、INとOUTで切り出したい部分を選択した上で、EXPORT機能で別ファイルとして書き出す。それに対し、AudioGate 3の場合は指定した場所で分割させるという考え方。TASCAM Hi-Res EditorもAudioGate 3も元ファイルを破壊したり、上書きする心配はなく、新たにファイルが生成されるという点では共通だが、目的部分を切り出すという面では、TASCAM Hi-Res Editorが優っている。とはいえ、AudioGate 3は単に切るだけでなく、フェードイン、フェードアウト、ゲイン調整、左右バランス調整、DCカットといった機能も備えているので、できることの幅は広い。
TASCAM Hi-Res Editorには、カットだけでなく、結合=COMBINE機能も用意されている。これはCOMBINEボタンをクリックして開く画面で2つのファイルを指定すると、それを結合させるというもの。なお、結合機能はAudioGate 3にも搭載されており、Editモードのソングリスト上で同じファイルフォーマットのソングを選び、右クリックメニューから「結合」を選ぶことで行なえる。
【6月22日13時訂正】記事初出時、結合機能について「AudioGate 3にはない」としていましたが、実際は搭載されていますので訂正しました(編集部)
ここで1つ気になるのが、その処理スピードだ。TASCAM Hi-Res Editorは同じファイルフォーマットであるとしても、書き出すのに結構な時間がかかるのに対し、AudioGate 3での分割は一瞬。そうした点ではAudioGate 3のほうが扱いやすいことは確かだ。では、ファイルを書き出すのにかかる時間に、どれくらい差があるのだろうか? ここでは、前述の3分33秒の5.6MHzのDSFファイルを2.8MHzのDSFファイルおよび192kHz/24bitのWAVファイルそれぞれに書き出して、どのくらいの時間がかかるのかを比較してみた。結果は以下のとおりだ
- TASCAM Hi-Res Editor(2.8MHz/DSF):140秒
- AudioGate 3(2.8MHz/DSF):62秒
- TASCAM Hi-Res Editor(192kHz/WAV):35秒
- AudioGate 3(192kHz/WAV):24秒
総じて、AudioGate 3のほうが速いという結果になったが、どちらがいいのかを判断するのは、なかなか難しいところだ。確かに、スピード的にはAudioGate 3に軍配が上がるが、それぞれが同じデータに変換されたわけではない。各オーディオエンジンにより、異なる演算処理、フィルタを介してデータが生成されているため、音質に違いがあるからだ。ちょっと聴いて違いが分かるほど単純なものではないが、微妙な違いはありそうで、個人的にはTASCAM Hi-Res Editorのほうがいいように思えた。もっとも、これは好みの問題もありそうなので、機会があれば比較してみてはいかがだろうか?