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硬派なガンダムにはフリージャズが似合う。「ガンダム サンダーボルト」OST

 映画における音楽の役割は、場面のムードを盛り上げるなど、ジャンルを問わず欠かせないものがある。映画で使われた名曲を挙げだしたら枚挙に暇がないし、名作と言われる作品はほとんど例外なく、その作品の名を思い浮かべるだけで、使われたテーマ曲が頭の中に蘇るだろう。

 機動戦士ガンダムでも、これまでに制作された数々の名作、そしてそのテーマ曲(あるいは主題歌)が多くの人に愛されてきた。

「機動戦士ガンダム サンダーボルト ディセンバースカイ」は、数あるガンダム作品の中でも、ストーリーと音楽が濃厚に結びついた作品だ。音楽を担当したのは、日本のジャズの最先端を行く鬼才、菊地成孔。彼とライブ活動を行なうグループであるdCprGの面々、そして久しぶりの復帰作を発表した伝説的なジャズ・ピアニストの大西順子ら、豪華なメンバーが結集して作品の音楽を奏でている。しかも、テーマとも言えるオフェンシブなメロディーはフリージャズ。従来のジャズの理論やスタイルに従わず、自由な表現を目指したジャズのスタイルだ。今回はこのサウンドトラックを取り上げる。Blu-spec CD(VRCL30088)のほか、e-onkyo musicなどでハイレゾ配信も行なわれている。筆者が購入したのはこのハイレゾ版(96kHz/24bit FLAC)だ。

オリジナル・サウンドトラック「機動戦士ガンダムサンダーボルト」(e-onkyo musicで購入)

 ガンダムというタイトルは、それだけである程度のヒットが約束されている一方、多くの人が共感できる作りにならざるを得ないという不自由な面もある。太田垣康男によるコミックを原作とした外伝的な作品であるものの、熱心なファンも多い一年戦争を舞台とした内容でもあるので、そこにあまり馴染みのない音楽ジャンルであるフリージャズを導入したのは、それだけでかなり大胆な挑戦でもある。

 「機動戦士ガンダム サンダーボルト」は、一年戦争の末期を舞台とし、壊滅したコロニー群のひとつであるサイド4(ムーア)での地球連邦とジオンの戦いを、第1部として全4話でアニメ化。サイド4の壊滅で自らの住む場所を失ったムーア同胞団を中心とした地球連邦軍は、サイド4の残骸が数多く残るサンダーボルト宙域の奪還を目指し、占拠するジオン軍のリビングデッド師団と苛烈な戦いを繰り広げている。動画配信が先行展開され、それに新作シーンも加えて劇場公開作としたのが、「機動戦士ガンダム サンダーボルト ディセンバースカイ」だ。

 骨太なドラマで一年戦争を生々しく描いた物語も秀逸だが、そこで活躍するモビルスーツのデザインがそれまでのものとは異なる独特な解釈が加えられており、現実に存在する兵器の延長線上にあるかのような意匠を持つことが特徴。例えば、モビルスーツが背負うバックパックは、宇宙服や船外活動用のスラスター・ユニットのようだし、人間の両腕に当たるマニピュレーターのほかに、楯や支援火器などを装備するサブのマニピュレーターを複数備えた姿は、今までのガンダムではあまり見られなかったリアリティーがある。それでいて、登場するモビルスーツのデザインは、細部のディテールを除けばRX-78ガンダムから逸脱しない造形とフォルムになっており、ガンダムらしさとリアリティーを絶妙にバランスしたデザインだ。当然ながら、同作のガンプラも数多く商品化されている。

「機動戦士ガンダム サンダーボルト DECEMBER SKY」RONALD REAGAN OTHE SIDE/dCprG MV

 もうひとつのポイントが、原作においても連邦側の主人公であるイオ・フレミングが戦闘中にジャズを聴いていたり、ジオン側の主人公のダリル・ローレンツもポップスのラブソングを聴いている。現実の戦争でも兵士が携帯プレーヤーで音楽を聴いている様子をニュースで見かけたり、映画の中で描写されているが、そんな当たり前の兵士の姿を作品でも描いたものだろう。

 しかも、劇中でそれらの音楽が象徴的に使われることもあり、制作側も本格的なジャズの導入を決め、菊地成孔に音楽を依頼することになった。ここから先が面白いところで、菊地成孔からの提案で、その音楽はさらに大胆な使われ方をすることになった。

 筆者は以前、他誌で菊地成孔のインタビューをしたことがあるが、そこで印象的だった言葉がある。「映画の音楽は、視聴者のためのもので、作品の中の人物はその音を聴いていません。しかし、サンダーボルトでは登場人物たちが音楽を聴いている。だから、劇伴も彼らが聴いている音楽をそのまま使えばいいと思いました」。視聴者のための劇伴か、彼らが実際に聴いている音楽か、これは似ているようでいて大きく違う。

 その提案はすべて制作側に了承され、本作のサウンドトラックは、イオとダリルが聴いていた音楽(フリージャズ8曲、ポップス8曲、劇場版用テーマ1曲)となっている。こうした構成のサントラもあまり例がない(CDおよびハイレゾ音源が発売中)。原作ではスタンダードなジャズだったが、イオの攻撃的な荒っぽい性格や戦闘の緊迫感を伝えるならば、オフェンシブなフリージャズがいい。ダリルは表情も優しげだし、1950年代のオールディーズとすると、イオとの対比もより強調される。こうした選曲も菊地成孔の提案だという。

 こうした音楽の作り手からの提案が、アニメでの映像化にも大きな影響を及ぼしたことは作品を見ているとよくわかる。イオとダリルが出会うことになる最初の出撃では、出撃前にイオが海賊放送から録音したというフリージャズの曲を聴いているが、このときに彼はコクピットにもドラム・スティックを持ち込んで、リズムに合わせて軽快にスティックを叩いている。当然ながら流れている曲のパーカッションのリズムとスティックの動きは見事に一致している。まるで曲に合わせて彼が叩いたスティックの音が重なっているかのようだ。このあたりの演出で、流れている音楽は彼らが実際に聴いているものだとわかる。

 そして、戦闘中の場面では「戦場にはフリージャズが似合う」とまで言う。原作ではフリーとまでは言っていない。それにしても、音楽を演奏するメンバーがガチのバトルをしているかのように、音をぶつけあうような激しい演奏は、今までになく激しく、情熱的に戦いの場面を彩っていく。さらに、「戦場でジャズが聞こえたら俺が来た合図だ」というような挑発的な言葉を、終生のライバルとなる敵の兵士に告げる。アグレッシブな音楽と、それに負けないハードな描写で、序盤からぐいぐいと引き込まれてしまう。

 また、象徴的なのは、フルアーマーガンダムの初出撃の場面。ジオン側はガンダム一機に壊滅的な被害を被るが、その記録映像を見ていたダリルたちジオン側の兵士は、撃墜されるモビルスーツのモニターにガンダムの姿が迫っていく様子と、そのときにだんだん音量が上がってくるジャズのメロディーに気付く。当然ながら彼(イオ)だと気付くわけで、これは音が聞こえないコミックではなかなか表現できないアニメならではのエキサイティングな演出だ。このように、随所に音楽を絶妙に活かした演出があり、いわゆる骨太な戦争ドラマとしてのガンダムを、より生々しく熱量たっぷりに描いているのだ。

 対照的に、腕や脚を失った負傷兵たちで構成されるジオン側のリビングデッド師団は、戦争による代償を生々しく感じさせながら、それでいて平時は陽気で明るい。1950年代の陽気な時代の空気感を感じさせるオールディーズが実にマッチしているし、ちょっとした甘いロマンスも魅力的なラブソングが華を添えている。映画の中における音楽の役割の重要度がよくわかる作品だ。

 もちろん、ガンダム作品だからモビルスーツ戦の迫力も随一だ。クライマックスでのフルアーマーガンダムと、ザクII高速起動型をベースにしたサイコ・ザクとの一騎打ちは迫力ある映像と鬼気迫る音楽によって、強烈にスリリングだ。まずはこの激しい戦争と、戦争のネガティブな面を濃厚に抽出した苦みたっぷりのドラマを味わってほしい。繰り返してみるほどに、同じ戦闘場面でも音楽の音量が高いカットと、爆発音などの効果音が大音量で鳴り響くカットが巧みに交えられていることがわかる。

 イオの友人であるメカニックマンが「戦場で音楽を聴きたがる理由がわかった」と呟く場面があるが、死と隣り合わせの場所で逃げ出したくなる気持ち、異様に興奮して抑えが効かなくなる感情、そういった制御が難しい心を奮い立たせ、恐怖を克服して生き残ろうとするために欠かせないのが音楽なのだろう。こうした想いが自然に見る者にも伝わるような、緻密な音の演出は見事だ。

 本作を見るほどに、イマジネーションは膨らんでいく。ダリルは最終的に身体に大きな代償を払いながらも、元の肉体以上の運動能力を得る。大きな損失の一方で、自由を得た高揚を感じていることは劇中でも描かれている。これは、従来のジャズの理論や制約から解き放たれ、新たな可能性を求めたフリージャズと似ている。しかし、ダリルはそのフリージャズを敵性音楽として認識している。このあたりのアンビバレンツな感覚は、さらに推し進めていくと、ニュータイプの理想と限界を、現代においては一定の認知を得ているものの、登場初期は否定的にみられがちだったフリージャズがすでに予言しているようにも思う。

 筆者の個人的な洞察はさておき、本作はいわゆるガンダムとして秀逸なだけでなく、音楽の力、映画と音楽の関係性まで含めて、かなり奥深く楽しめる作品になっている。ガンダムファンはもちろんだが、それ以外の人も一見の価値のある傑作だ。

菊地成孔/機動戦士ガンダム サンダーボルト ディセンバースカイ

菊地成孔
機動戦士ガンダム サンダーボルト ディセンバースカイ
(e-onkyo musicで購入)

96kHz/24bit
WAV/FLAC
価格:3,200
レーベル:Sony Music Artists

01 サンダーボルト・メインテーマ用
02 戦闘中(激戦状態)用
03 SE 1 1950年代擬似(フル・アコースティック)
04 戦闘開始用
05 戦闘配置用
06 出撃用
07 SE 2 2050年代擬似(フル・エレクトリック)
08 白い部屋
09 あなたのお相手
10 イエスのガール
11 女の子に戻るとき
12 年寄りになれば
13 ただ泣くだけ
14 月のカクテル
15 ただ二人だけ
16 あたしのカントリー・ソング

Bonus Track RONALD REAGAN OTHER SIDE / dCprG

Amazonで購入
オリジナル・サウンドトラック
「機動戦士ガンダム サンダーボルト」

鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40~60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。