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「スポーツの未来はネット配信」。スポーツライブ配信「DAZN」CEOに聞く“勝算”

 スポーツ専門の映像配信サービス「DAZN」が、8月23日から正式に日本国内でサービスを開始した。サービス内容については、同日開催された発表会の記事を参照してほしいが、簡単に言えば、F1から海外サッカー、日本のプロ野球にダーツまで多彩なスポーツを好きな時に好きなデバイスからみられる、月額料金制のサービスだ。Jリーグとは、2017年度以降、10年間のライセンス契約を結んでおり、来年のシーズンから、J1・J2・J3の試合がすべて見られる。

DAZN

 これまで日本ではまったく知名度がなかったサービスだが、JリーグやVリーグの権利を取得、広島カープ・横浜ベイスターズのホームゲームを配信するなど、最初から日本人にとってもメジャーなスポーツを揃えてきたことから、一気に注目が高まっている。筆者もサービスを試してみたが、とても完成度の高いサービスだと感じる。

 発表会に合わせて来日した、DAZNのCEOであるジェームズ・ラシュトン氏に、日本での勝算とサービスの狙いについて聞いた。

DAZNのジェームズ・ラシュトンCEO

Jリーグとの交渉は「オープンかつフェア」だった

--まず、日本でサービスを開始することにした理由を教えてください。他国に比べ、日本市場の魅力はなんですか?

ラシュトンCEO(以下敬称略):なにより、非常に人口の多い大きな市場である、ということです。そして、ネット接続率も非常に高い。人口の90%という値は非常に魅力的です。

 他国と比較した場合、日本のスポーツファンには明確な特徴があります。それは「複数のスポーツを愛している」ということです。野球とサッカー、F1を同じように愛している。他国の場合、どれか一つのスポーツに熱狂する傾向にあります。

 一方で、スポーツを人々に届ける状況については、日本の伝統的な放送などのシステムは、複数の競合相手によって細分化されており、ファンにスポーツが届きにくい状況です。それぞれの競合はとても大きなスポーツファンを抱えています。そこに、もっとアクセスが容易で、もっとお手頃な価格でスポーツを届けることができれば、日本の人々に受け入れていただけるだろう、と考えました。

なぜ日本?

--日本の権利者は閉鎖的だとも言われます。Jリーグをはじめとした権利者との交渉に難しさはありませんでしたか?

ラシュトン:いえ、私たちにとっては、日本のスポーツメディアは非常にオープンで、歓迎してくれたと感じます。心から感謝しています。Jリーグ放映権の獲得についても、とてもオープンかつフェアな方法で行なわれました。日本企業は、DAZNのような海外企業にもちゃんと機会を与えてくれました。他の業界がどうかはわかりませんが、少なくともスポーツメディアについては閉鎖的ではありませんでした。

--コンテンツについては、権利者から直接取得する形でしょうか? それとも他社からサブライセンス(国内配信権などのライセンスを得た事業者が、さらに別の事業者にライセンス供与すること)を得るのでしょうか? また、DAZNから他社にサブライセンスの形で提供する可能性はありますか?

ラシュトン:それは、どちらもイエスです。コンテンツの調達については、自社で直接権利を取得するものと、サブライセンスのコンビネーションで考えています。実際多くの素晴らしいコンテンツをサブライセンスで取得しています。しかし、基本はプレミアムなスポーツの権利を独占的に得て、スポーツファンに手頃な価格でコンテンツを届けることがビジネスの根幹です。

 DAZNから他社にコンテンツをサブライセンスする可能性はあります。その交渉も進んでいます。しかし、サブライセンスにより利益を得ることは、ビジネスプランの軸ではありません。

スポーツ配信の未来は「OTT」にある!

--権利者と交渉する上で重要なことはなんですか?

ラシュトン:どの市場でもそうなのですが、ライツホルダーに説明する場合には、まずビジョンを説明することにしています。どうしてOTT(Over the Top、インターネットを介した独立型の配信事業者のこと)が放送の未来であるかということ、長期的な投資を行なうこと、ファンを最優先にした、いままでにないような手頃で使いやすいサービスを作ろうとしていることなどを解説すると、ライツホルダーの皆さんは、このコンセプトに恋に落ちるんです。理解して受け入れてくれた上で、我々と同じ見方をしてくれて、「これは日本にとって、スポーツ業界にとって、ファンにとっていいものである」と理解してくれます。

--スポーツの見方はどう変わりますか?

ラシュトン:現在、デジタルコネクテッドワールドがどんどん広がっています。皆、今いる場所ですぐに見たい。DAZNがいつでもどこでも、地下鉄でもバーでも見れるよう、コンテンツを提供しているのです。もちろん、家ででもです。

スマートテレビからDAZN

 スポーツの見方は世代によって変わってきている、と思います。どういう見方に慣れているか、で変わってきます。

 私個人は、タブレットとスマートフォン、そしてゲーム機で見ることが多いです。スマホではオフィスや通勤中など、休憩している時に。自宅では大きな画面でゆったりと見ます。DAZNはいくつかのスマートTVにも対応しています。我々のオフィスには、19歳から21歳の若い世代もいますが、彼らはソファに座っていても、タブレットで見るのが好きなんだそうです。

スマートフォンからDAZN

 DAZNが狙うのは、すべてのメディアに対応した最適なコンテンツを、手頃な形で、幅広く提供することです。

--ということは、「テレビで見て欲しい」「スマホで見て欲しい」といった方向付けせず、バラエティの広さが重要、ということですね?

ラシュトン:その通りです! そう言った方がシンプルで良かったですね(笑)

マルチデバイス対応も特徴

「データの活用」でスポーツの見方が変わる

--日本市場には「日本語」というハードルもあります。コンテンツのローカライズコストもかかる。そうした部分を考えても、日本市場は魅力的だった、ということですか?

ラシュトン:我々はサービスをインターナショナルに作っています。ドイツ・オーストリア・スイスですでにサービスを始めており、日本がこれに加わります。日本でコンテンツを調達して作ることと、ドイツやオーストリアで調達し、ドイツ語・フランス語などのコンテンツを作ることも、あまり変わらないと思います。もちろん、ローカライズコストはかかります。コンテンツ制作はもちろん、現地での事業開発などにはコストがかかります。しかし、それをビジネスプランにきちんと取り込み、それぞれの地域のファンを最優先にする、というのが我々のメッセージですし、そうしたポリシーを誇りに思っています。

 なにより、今回とても誇りに感じているのは、東京・大門にある我々の制作施設であり、そこにいる制作スタッフです。人材や施設に投資することで、一番良いコンテンツ・一番面白いオリジナルコンテンツを狙っています。

 ここには解説が必要だろう。DAZNは大門にコンテンツ制作の拠点を作っており、調達したコンテンツについては、ここでローカライズを行なう。実況なども日本で、オリジナルのものとして制作する。人員は正社員100名、パートタイマーが50名の大所帯。実況収録用のブースはすでに10部屋用意されている、という。発表会では「2017年までに20億円をかけて整備する」(ラシュトンCEO)との計画が示された。

大門に20億円かけてスタジオを整備
ローカライズに力を入れる

ラシュトン:そして、これまでのリニア型のテレビがやってきていないようなことをやろうとしています。アメリカやヨーロッパから面白いアイデアを取り入れて、現地の優秀なスタッフの力を生かす形で、日本に提供していきます。

--日本のスポーツ番組は、深いデータ分析を伴った情報がまだ少ないようにも思います。野球やサッカーで統計的なデータは出てきますが、特に地上波の放送は、感覚的・感情的な解説が中心です。「統計的な分析を生かす」と発表会でコメントがありましたが……

ラシュトン:最初から、DAZNのフィロソフィーを考えるうえで、「データに基づいた分析」を生かすことにしています。これはすべての市場において、です。DAZNは英Perfome Group.に属しているのですが、Perfome Group.にはスポーツデータ分析に特化した企業もいます。それらのデータを生かして、今までの専門家の分析とは違った角度からスポーツをお届けできるのではないか、と考えています。

--今は映像だけを見ているのが中心ですが、分析データを一緒に見る、といった楽しみもあるはずです。インタラクティビティやVRなどの可能性もあります。ソーシャルメディアでの「実況」行為もある。そうしたサービスの可能性をどう見ていますか?

ラシュトン:おっしゃる通り、考えています。弊社の商品企画の人間から、なにかすでに話を聞いているんじゃないでしょうね?(笑)

 データのインテグレーションやオーバーレイ、例えばオフィシャルな情報や分析した結果、ソーシャルネットワークの情報などを重ねて表示することなど、色々なデータをスポーツ中継と同時に見られるようにすることを、これからサービスの中に取り入れていこうと検討しているところです。もうずっと長い間調査を続けているのですが、これをファンがどう受け入れてくれるのか、声を聞くことも大事だと考えています。

 リサーチの結果を受けて、最終的には導入する予定でいるのですけれど、どのような形がいいのか……。特に日本のファンは品質にこだわりますから、彼らがどのような形なら納得してくれるのか、色々考えています。そのうち発表したいと思いますので、楽しみにお待ちください。

 例を挙げましょう。ブンデスリーガ・ドルトムント対トリアーの試合で、昨夜(8月22日)、香川真司は2ゴールを挙げ、勝利しました。とてもエキサイティングなことですが、さらにエキサイティングな話があります。香川が前回ゴールした時には、ゴールまでに20回以上もボールタッチがありました。でもそのゲームで、ドルトムントは負けています。こういうデータが提示できることで、ファンはもっと深い分析と楽しみを得られるのです。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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