西田宗千佳のRandomTracking
ソニー・UX/製品戦略担当者に聞く「One Sony」の効果
「“リビング”と“モバイル”は切り分けない」
(2013/1/15 10:55)
ソニーの平井一夫社長は、CESに際して開かれた記者向けラウンドテーブルの場で、ソニー復活のために必要なこととして、「結果(ヒット商品)を出す。これしかない」と明言した(別記事参照)。ではどの商品群でそれを実現するのか? 現状では見えづらい部分がある。
とはいえ、なにも行なわれていないわけではない。ソニー社内には、それを実現すべく、ソニー製品全体の価値をあげるための商品戦略プロジェクトがある。通称「UX」、すなわち「ユーザーエクスペリエンス」だ。このプロジェクトと部署の存在は外部に公開されていたものの、そこでなにが行なわれているか、ソニーがなにを行ななおうとしているかは見えにくかった。
今回は、同部署責任者の一人である、ソニー UX・商品戦略本部 副本部長の古海英之氏のインタビューをお届けする。ソニーが「商品連携」の点でなにをしようとしているのか、各商品群をどう位置づけて戦略を練っているのかを聞いた。
「リビング」、「モバイル」という切り分けはもう古い?!
ソニーとしては、2012年9月のIFA、そして今回のCESと、2つのイベントを重要なアピールの場としている。それぞれの時期で、「平井体制」で出てきた新しい要素をアピールする、という狙いがあった。では、具体的に商品として、戦略として、「2013年のCES」での狙いはどこにあったのだろうか。
古海氏(以下敬称略):IFAの時には、平井が社長就任後、それまでに仕込んできたことを表に出していこう、という話でした。業界のトレンドとしてはスマートフォンがホットトピックであるのは間違いないですから、ソニーとしてそこに色々なものを突っ込み出す。そうすればなにか出来るのではないか、メインポイントはまずそこでした。技術展示の4Kはやりましたけど、IFAの時は「ソニーも本気でモバイルをやっていきますよ」という話を軸に。その機器と周辺の機器の連携をポータブルの世界からやりますよ、というのがメッセージだったわけです。
今回のCESではそれに加えて、もう一つの柱であるリビングのエクスペリエンスということで、4Kの世界・4Kを作り出す世界を展開して「ベスト・オブ・リビングルーム」を打ち出しました。それに加え、BRAVIAの能力を激しくスマートフォンに注入していく、スマートフォンもかなりいい物を出します、ということです。リビングルームの真打ちを出します。そして、モバイルの世界をリビングルームに持っていくと、もっと面白いことができますよ、というのが、ストーリーラインです。
他方で、「テレビはもう軸ではない。個人にとってはモバイルこそが主戦場で、リビングをアピールするのは古い」という論調もある。だが、古海氏は、その見方を否定する。
古海:リビングとモバイルの切り分けに、若干無理というか、間違いがあると思っています。
我々にとってスマートフォンは、ソニーのベストを常に持ち歩いていただく、必ず手元にあるデバイス。それを「モバイル」と称するかというと、そうでもない。持ち歩いているからこそ、手元にあるからこそ、リビングでも闊歩するし、家の外にも出る。リビングルームはモバイルの範疇なんですよ。
ただし、リビングルームは座って使う、位置が固定された環境です。ならば画面はどんどん大きくなるでしょうし、今回の4Kのように「大きなテレビは離れてみないといけない」世界から、近づいて視野角を広げて見るような世界にも入っていきます。
今度はそういう環境で色々なことを考えると、色々なパターンが考えられます。忙しい時、大きなスクリーン側を「チラ見」してコンテンツを楽しむパターンもあれば、ソファに座り込んだ想定もあります。しかし、そこには必ず「スマートフォン」があるだろう、と。
テレビだとかスマートフォンだとか、モバイルだとかリビングだとか、カテゴリーについてのタグ付けをして考えようとはあまりしていない、という形で戦略を立てています。その辺、ちょっとわかりづらくて申し訳ないんですが。
テレビで、家族全員で同じ情報・番組を共有したいという時間は、24時間のうちでどのくらいあるだろう、と考えると、(テレビだけの戦略には)やっぱり無理があるんですよ。現実問題として、テレビがつけっぱなしになっていて、「見ながら」やっている。自分がコントロールできる情報は手元にあった方がいい。それで真剣にテレビを見るも良し、見ながらサッカーの情報は手元で得る、関連情報をブラウズするのでも良し。そういう使い方、そういう使い分けがあって、全部を称して「リビングルーム」だろう、と。
そうすると「テレビだからリビングルームだろう」ではなく、テレビの上でなにを見ていて、「テレビを見ていると称される人々」はなにをやっているんだろう、というところをちゃんと考えて、ユースケースを考えないといけないです。単独で考えている時代ではないです。
ですから連動性は重要ですし、「ながら見」では目が機器からすぐ離れるので、何かをするために必要なステップをなくしたい、と考えています。
そういう意味で「ステップレス」「連動性」の追求を、アプリケーションのレイヤーで高めていこうと思っています。そのためには、アプリケーションが、統合されていてメッセージ性がクリアーであることが重要です。OSは限定しません。AndroidであろうがWindowsであろうが他社製であろうが。なるべくそういう形で統一感をもってやろう、というアプローチをはじめていて、その一部が今回出せた、という風に理解していただければ。
その一つがセカンドスクリーンですが、将来に向かっては色々なことができるかと。また、テレビが高精細化すればするほど、画面の上にいろんな情報が載せられます。それを「載せている方がいい」場合と、そうでない場合があります。そこでのUIについても、それぞれ最適なものを考えたいです。
「One Sony」を代表する「Xperia Z」
一方で、ソニーが今回のCESでアピールしたのは「Xperia Z」でもある。「2013年のチャンピオン・モデル」(平井氏)として、CESのソニーブース全体で利用した。単なる家電連携展示であれば、本来すでに発売済みのXperiaでもいい。だから、いままでは「携帯の新製品」のところにだけ新製品が置いてあり、他は既存商品でカバー、という形だったし、それは他メーカーでも同様だ。だが今回は、「ソニーブースに置いてあるスマートフォンは徹底してXperia ZもしくはZL」に統一しており、どこを見ても新製品が目に付く形となっていた。
他方、現在市場のチャンピオンであるiPhoneも、そのライバルであるサムスンのGalaxyも、この場に新製品はない。サムスンだけでなく、ほどんとのメーカーは2月末のMobile World Congress狙いで、CESでは戦わない方針だった。皮肉な言い方をすれば、ソニーは「誰も上がらないリングで不戦勝してガッツポーズしている」状況ではある。だから、製品で確実に勝ったと言える段階ではない。だがこれもおそらく狙いで、あえて「他とかぶらず、日米にアピールしやすいCESを狙った」のだろう。これは、同社がCESでの「スマートフォンのアピール」に賭けた意気込みを示すものだ。
古海:ソニーモバイルのチームとサイバーショットのチームが、基本的には同じ会社になったわけですから、風通しはかなり良くなっているんですよ。
携帯にカメラを載せる時にも、ご存じのように3つの要素があります。センサー、レンズ、そして「画像処理の秘伝のたれ」のようなものです。いままでは、ソニー製のセンサーをコンポーネントレベルで入れることはできていたんですが、「秘伝のたれ」を入れるところまではいかなかった。でも今回のこの商品については、「秘伝のたれ」をだいぶ入れることができました。カメラの話をすると「画素数がどうこう」という話になりがちですが、今回はとにかく夜景などのクオリティが凄い。手前の車が流れてて奥の夜景は美しい、みたいな写真は、スマホのオートモードではなかなか撮れなかったんですが、Zでは大丈夫です。他の機能についてもそうですが、「よりソニーの他の製品がもっているクオリティ」に近づきました。
ソニーのテクノロジーをXperiaに入れましょう、という話はあるんですが、逆にアプリケーションのノウハウについては、スマートフォンやパソコンに一日の長があります。そのノウハウを使って、各デバイスに横展開しましょう、となっているんです。起点がカメラやテレビなどのものと、逆にスマートフォンからのものと、両方で横展開することになっています。
そしてさらに、「じゃあそれら横展開したデバイスがそれぞれあったら、どう連携して体験できるのですか? 」という話に繋がってきて、そこではNFCなどを活用して……、ということになっているんです。
NFC連携は「広がり」を重視
ソニーはIFA以降、NFCを利用した「簡単連携」をウリにした商品群をアピールしている。特にCESでは、携帯スピーカーからテレビ用サウンドバーまで、製品群により広がりが出たためか、プレスカンファレンス内でも強く推す形となっている。他方で、NFCをアピールするのはソニーだけではなく、LG電子やパナソニックなどもこの付加価値を狙っている。オープンスタンダード上での付加価値を、ソニーはどう構築しようとしているのだろうか。
古海:NFCによるタッチ連携については、テクノロジー的な切り口と、ユースケースの切り口があります。
テクノロジー的な切り口で言うと、NFCはオープンスタンダードですから、「うちの製品でなくてもつながりますよ」という点を確実に確保しておきながら、「うちの製品を使うとワンステップ少ないですよ」という差異化をしています。また、NFCは結局「簡単に認証する」仕組みですから、その裏にどういうプログラムを仕込むかはまた別の話。音楽なら、連携した後に音が鳴り始めるとか、映像なら、再生が始まるとか。そこで一番わかりやすくて使用頻度が高いシナリオを考えます。我々はいろんなデバイスを持っているからこそ、「簡単にできる」という世界を横に広げられます。ですから、我々こそがやっていかないといけない世界なのかな、と思っています。「ワンタッチで聞くところまでは行くけれど、その先はどうするんだ」という、深掘りの部分、そういうことをどうすすめるかが課題になります。それをどう伝えるか、ということも問題ですし……。
僕自身を「一消費者」とみた場合もそうですが、連携するとはいえ、一気にすべての商品を買うわけではない。「一斉に連携を展開する」ことは、売り上げとして一気に反映されるものではなく、すぐに結果が出る話でもない。信じた道は、少なくともUXやキー技術については、ある意味根気強く、継続的にやっていかなくてはならないと思います。まさに道半ばです。やっといい感じに始まってきた、ということかと思っています。
今、「ワンタッチ」はNFCでやっていますが、将来的には別の技術でできるかも知れません。キーになるのは、お客様に対してアピールしなくてはいけないフィーチャーを確実に確保するという意味では、「ユーザーエクスペリエンス」的な考え方があるからこそ、継続して提供できる、と思っています。始めたソリューションを止める、ということは、少なくとも、我々に見えている範囲では、まったく存在しないです。当然のことですが。
もっと理想的に言うと、「NFC」という言葉すら表面に出したくない。近づけばなにか起こる、くらいに。へんな言い方になりますけど「近づけなくてもなにか起こる」かもしれないです。NFCの裏に、BluetoothがあるのかWi-FiがあるのかDLNAがあるのか、テクノロジーのパスは色々あります。しかし、NFCも含め、そのパスを全部隠してしまいたい。それをやりたいんです。お客様にとってテクノロジーはどうでもよくて、それが簡単に確実にできるかどうかが重要なので。ユーザーエクスペリエンスという側面では、それをやりたいです。
NFCだからどうとか、それが差別化になるとは思っていないです。
そんな中、ユニークな製品としてアピールされていたのが、「パーソナルコンテンツステーション LLS-201」だ。これは、NFCでスマートフォンと連携する個人向けサーバーで、NFCでLLS-201にタッチすると、そのスマートフォン内のカメラで撮った写真などを、無線LAN経由で、自動的にまとめてバックアップしてくれる。設定も保存場所も保存するデータの選択も不要だ。LLS-201自身がDLNAサーバーなので、他の機器で視聴することもできるし、テレビにつないで直接映像を表示することもできる。ある種のインテリジェント化された個人用サーバーといえる。
他方で、この種の製品はソニー社内で何度も提案されてきたものでもある。ソニーは、総合力を感じる製品がなかなか出てこない一方、似たような製品を複数の部署が発売し混乱する、ということを繰り返してきた。「UX」のかけ声の元に統合する中で、そういう問題はもう生まれないのだろうか?
古海:ありますし、ある意味でないとも言えます。「便利なことができるのでラインナップをどんどん拡充していきましょう」という話が、仮に混乱につながるのであれば、それはやらない方がいいだろう、と。同じような機能をもった製品があった場合、例えばパーソナルサーバーの場合にも、PCなどのようにパワーがある機器の方が良ければ、それらの機器「にも」機能を用意します。でも、インテリジェントサーバーのような機器のラインナップが複数必要かというと、それはいらない。徒に広げることなく、でも、色々なカテゴリーの中で「ソニーは一番お勧めできる商品を持っています」と言えることが大事なのかな、と個人的には思っています。
商品戦略云々の話も重要なのですが、現在、社内のアクティビティが他の部署からも見えるようになってきて、「こんないいもの、いい技術があるなら、我々も使おう」という話が活発になってきたんです。相互乗り入れの発想がどんどん増えてきています。各事業本部に、それぞれの強いところはあるんですけれど、それを結集した方が、基本的にはいい。そのカテゴリーの中で、一番ソニーらしいところを最初から狙った方がいいのでは、と。例えば商品企画でいうと、そういう部分に見識のある人間を集めて議論させると、「やっぱりこれ、あった方がいいよね」という話になるんです。「だったら全部入れようよ」と。
でも、全部入れることを目的にすると、結局いらない機能まで入ることになります。機能の取捨選択とか、お勧め機能はこれだけど、凝りたい人は裏に回るともっとプログラマブルになるとか、そういうことに気をつかいながらやる、という話ですかね。
そういう意味でも、各部署間で統合し、最適な商品群を生み出す調整は重要だ。また他方で、調整は重要だが「多くの人を引きつける商品」が出るまで時間がかかるようでも意味がない。古海氏の部署は、その交通整理をする部隊でもある。
古海:スマホであればCPUやOSの進化があるので、タイミングは決まってきますよね。その中で、実装までに時間がかかる。今、フィーチャーやテクノロジーの統一感・統合感が出てきたのは、開発のための判断そのものが、半年だとか1年だとか前にされていて、その結果が今出ている、ということです。平井の体制になってから、「One Sony」が加速した、ソニーモバイルが入ってきてさらに加速した、という話なんですが。そこで決めている成果が、ようやく商品のパイプラインに入って出てきた、ということかも知れません。
すなわちそれが、Xperia Zのような例である、ということなのだろう。
タブレット戦略は「タブレット」にこだわらず?!
古海氏は、UX担当であると同時に、ソニーの「タブレット事業」の責任者でもある。コンシューマ向け製品の主戦場はスマートフォンとタブレットだ、と言われるものの、タブレットは各社が苦戦し続けているジャンルでもある。ソニーも、2011年に「SONY Tablet」を発売、昨年にはブランドを「Xperia Tablet」に変えた新製品を投入した。しかし、ヒットには結びついていない。ソニーとして「タブレット」という製品群に、どう対処しようとしているのだろうか? 新製品の情報を明かす時期ではないものの、古海氏はヒントを語った。
古海:タブレット、と言った時に、イメージされる商品がおありになると思います。
もっと言うとですが……、(Xperia Zをもって)これはタブレットじゃないのか、これを6インチにしたらタブレットじゃないのか? VAIO Duo 11はタブレットじゃないのか?
タブレットにやらせたいこと、タブレットで体験したいことを考えると、変な言い方になりますが「なんでもいい」んですよ。
商品戦略としてのタブレットはやりますし、より、ソニーモバイルとの協業は強くします。しかし、その一方で、タブレット的なソリューションで本当にお客様にやってもらいたいことはなにか。「タブレット」という言葉があるけれど、我々はカテゴリーを限定するというよりは「ユースケース」を提供したいので、大きなスマートフォンであっても、タッチのVAIOであっても、なんでもいいんです。そこで、「タブレット」という製品にこだわっての、低価格モデルでの台数競争自身にはあまり……。我々の中でも、タブレットとそうでないものの境界がよくわからなくなっているんですよ。
ですから、「いわゆるタブレット」の製品と、タブレットに求められるものを「タブレットという形にこだわらずに、タブレットに求められるものを提供する」ことと、二本立てで見ている、とお考えいただければと思います。
古海氏の言う通り、2012年以降、ソニーから出る商品には変化が見える。だが、これまで10年近くに渡り、「総合力が必要」「一体になって」と言い続けていても、それが果たされることはなかった。しかも現在は、昔と違ってさらに素早い製品展開が求められる。
その上で、本当にソニーが「ひとつ」になれるのか。平井社長はそれを求めるし、古海氏もその下で「One Sony」を模索する。いま求められているのは、その成果、特に小粒なものではなく「巨大でわかりやすい成果」だろう。
古海氏の語る戦略・方針がどこまで明確に反映されるのか。注目していきたい。