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ソニーのクラウドTVサービス「PlayStation Vue」の正体

SCEハウス社長に聞く、狙いと勝算

 ソニーのネットワークサービス部門であるソニー・ネットワークエンターテインメント(SNE)は、アメリカ市場向けに、クラウド型テレビサービス「PlayStation Vue」(PS Vue)を開発中だ。今年1月のCESで、ソニー・平井一夫社長が担当した基調講演内で「クラウドベースTV」として発表していたものだ。

 クラウド型のテレビサービスとはいったいどのようなものなのだろうか? そして、そこでソニーが狙うものはなんなのだろうか?

PlayStation Vueのメイン画面
SCE アンドリュー・ハウスCEO

 今回は、PS Vueの概要とその登場の背景について、SNEとソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)のトップであるアンドリュー・ハウス氏と、PS Vueの製品企画者であるSCE 戦略・商品企画部部長の西野秀明氏に聞いた。そこからは、「テレビ番組を届ける」ための環境がアメリカで激変している姿が見えてくる。

 なお、本記事内で紹介している映像および画面写真は、PS Vueのデモ用にSCEが公開しているものだ。取材時にはPlayStation 4と実際のサービスを使い、特別に日本国内から操作しながらご対応いただいた。しかし、その中で表示される番組の公開許諾の関係から、本記事ではデモについては文字でのみ説明する。

「快適な操作性」を武器にPlayStationをテレビに

 PS Vueは、PlayStation 4(PS4)とPS3向けにベータサービスをまもなく開始。ニューヨークを皮切りに、シカゴ、フィラデルフィア、ロサンゼルスの4都市で提供し、2015年の商用サービス開始を目指す。PS4/PS3のほか、iPadやその他のソニー製品ならびにソニー以外の製品にも対応予定という。

 まず、以下の動画をごらんいただきたい。これは、PS Vueのデモ映像である

PlayStation VueのUIデモ映像。ライブ放送と番組の見逃し視聴、自分で選んでの「録画」番組が一つのUIで同じように扱える(音声は元々ない)
PS Vueのメイン画面。番組はサムネイルで表示されるが、種別や放送局などで検索も可能。

 一見、ビデオ・オン・デマンド(VOD)的なネット配信のUIそのもののようだ。だが実際にはちょっと違う。「LIVE」と肩についていた映像は、電波やケーブルTVで流れている、文字通り「ライブでの」放送内容だ。CBS、Discovery Communications、Fox 、NBCUniversal、Scripps Networks Interactive、Viacomなどの放送局が参加する。

番組のアイコンの肩に「LIVE」とついているのが、実際に放送で流れているコンテンツそのものだ

 しかし、ライブ放送を単にIPで再送信しているわけではない。EPGを見ると、その辺がはっきりする。

 EPGは「番組表」だから、通常、現在よりも未来の情報のみが掲載される。だが、PS VueではEPGを過去にさかのぼれる。日本でいえば、「全録型レコーダ」と同じような感じである。ただし違うのは、日本のレコーダが、ローカルのハードディスクに録画した番組を呼び出すものであるのに対し、PS Vueはクラウドから呼び出す。要は、過去番組になると、「見逃し番組」を対象とした、見放題のVODになるわけだ。

 過去番組の見逃し視聴については、なにも指定しない場合、3日前までさかのぼれる。その他にも方法がある。自分が好きな番組に「Favorite Show」タグをつけておくと、その番組は「録画予約した」扱いになる。もちろん、映像をローカルのハードディスクやサーバーの上に「録画」するわけではない。VOD用のデータに「この人がお気に入りに入れた」というタグをつける。すると、この場合には28日間視聴可能になる。その間に番組が更新されたとしてもタグが消えてしまうことはなく、「そのシリーズがお気に入りである」という形で記録される。だから「Favorite Show」から呼び出すと、視聴可能なエピソードがすべてリストアップされる形になるわけだ。ハードディスクレコーダ的に言えば、エピソード毎に記録された番組がフォルダ分けされ、「お気に入り」に追加されているような感じだ。

Favorite Showとタグをつけたものは、自動的に分類して表示される。放送後だけでなく放送中の番組も対象なので、「LIVE」マークのある番組もあるところに注目

 録画との違いは、28日が経過すると消えてしまうので「永続的な記録」ではないこと、そしてライブ番組も同時に表示される、ということだ。「Favorite Show」さえ開けば、生視聴であろうがタイムシフト視聴であろうが、好きな番組を好きなタイミングで見られるのである。スタート当初、Favortite Showのタグは500番組までつけられる予定だが、「クラウド側のことなので、なるべく制限はなくしたい」とハウス社長は話す。

 番組視聴において、タグは縦横に活用される。EPGには放送局名の他、ジャンルなどのタグも埋め込まれている。そのため、絞り込み検索もシンプルに行える。検索や視聴、そして「Favorite Show」で使ったタグは、サービス内部で履歴管理される。

アンドリュー・ハウスCEO

ハウス社長(以下敬称略):プレイステーションならではの要素としては、ユーザーを「ひとつのコミュティ」として見ている、ということがあります。例えば、みなさんがなにを観ているのか、なにが人気なのかを把握してお知らせができます。

 例えばですが……。大切なスポーツイベントとか、グラミー賞のイベントがいつ何時からなのかを忘れていた、ということがよくありますね? 私も最近忘れがちなのですが(笑) そんな時にも、「みんながなにを観ているのか」がすぐにわかるので、そういった大事な番組を見逃しにくくなります。

 これはいわゆる「リコメンド」機能だが、ネット上に対象局のすべての番組があるからこそ、より有効に働く。録画の場合には事前に気付いていないと結局意味がない。それを解決するには全録するか自動録画が必要だ。だが、PS Vueのようなクラウド型の場合、後から気がついた場合には「見逃し視聴」を使えばいい。

 そもそも、SCE・SNEはなぜこのようなサービスを考えたのだろうか? そこには、アメリカのCATV利用者が抱えるジレンマがある。

ハウス:企画開発は数年前にスタートしました。その際、PlayStationユーザーが、ゲーム以外にどんなエンタテインメントを楽しんでいるか、という調査を掘り下げて調査をしていたんです。もちろんゲームは長時間プレイされているんですが、その他に、Netflixのようなストリーミングビデオサービスもかなり観られていたんです。1セッションの平均利用時間も2時間以上と、かなり使われていました。

 その上に、よくよく話を聞くと、PlayStationユーザーには、ストリーミングビデオだけでなく、ペイTV(筆者注:CATVや衛星放送などのこと)の高額パッケージを契約しておられる方々が多かったんです。

 その人達に話を聞くと、フラストレーションを感じるところ・問題と感じるところとして、「何百チャンネルのパッケージのために毎月何十ドルも払っているのに、なんで数チャンネルしか観ていないんだろうか」「面白いコンテンツはあるようなのに、なんでそれがすぐに見つけられないんだろうか」というコメントが多かった。これが我々にとって参考になりました。

 PS Vueは、そうしたリサーチを踏まえ、2つのユースケースを考えました。

 まずは「いかに特定の番組を素早く観られるか」ということ。いかに良いUIで、素早く、観たいと思っている番組を見つけて視聴できるか、という点にこだわりました。

 そしてもう一つは、「特に決まったものはないけれど、面白い番組が見つかること」です。賢くフィルターを使い、「ああ、こんな面白いものがあるんだ」ということを発見してもらうことです。

 すなわち、PS Vueは「テレビをUIで再構築するもの」であり、クラウドベースであるのは「再構築のためにそれが必要であるから」、ということになる。この考え方は、本連載の読者の皆さんには、非常によく分かる発想ではないだろうか。テレビ、特に多チャンネル放送の問題点は、洋の東西を問わず同じだ。面白い番組があっても、50年前から使われている紙の「番組表」では見つからない。それが現在、電子化されて「EPG」になったものの、まだ「紙がなくなってすぐ見られる」ことを越える便利さの開拓は始まったばかりだ。そうした問題を解決し、EPGの持つ可能性を生かして「番組とのストレスのない出会い」を実現するには、高速動作と快適な検索・抽出が必須である。

 日本ではこうした部分が、主にレコーダなどで追求されてきた。全録はその一例だし、SCE開発のソリューションとしては、「torne」「nasne」とそれに関連するアプリ・商品群の狙いは「快適さの追求」そのものだ。

 西野氏は「torneはとても良い、日本にあったソリューションであり、参考にした部分も多い」としつつも、「PS Vueは独立して開発されたもので、アメリカ市場を意識して作っている」と説明する。理由は、背景にアメリカ市場が抱える問題と、その解決という点からスタートした部分が大きいからだ。

戦略・商品企画部部長の西野秀明氏

西野:このビジネスは、「ソニー株式会社の役員としてのアンドリュー・ハウス」でやっているもので、東京側はほとんど関わっていません。SNE側で企画開発をしています。アメリカ側でVODやNetflixなどのSVODのアグリゲーションを進めて来たわけですが、それらを除外しても、「テレビ」というエリアの市場規模はまだ信じられないくらい大きいんです。そのうち数%でも手がけることができれば、我々としても大きいことができる、という考えからスタートしました。

ハウス:エンタテインメントとして考えた時、ゲームはもちろん、VODなどもとても重要で大きな市場です。しかし、日常的に「本当のマス」といえるほどの人々が利用しているものというと、ライブでのテレビ放送くらいしかありません。

 そこにより良い、幅広いUIによる体験を提供できれば、大きな価値になるはずです。企画を始めた頃は、PS4開発の最中でした。PS4はまずゲーム機として訴求する、という考え方で開発を進めていましたが、幅広いエンタテインメントを用意できれば「もうひとつの購入要因」としてアピールできるのではないか、と考えたのです。

 まず、PS3・PS4のコントローラーで快適なものを作り、PlayStationユーザーをターゲットに、ベストなものを作りたいと思います。

 ゲーム機における「快適なテレビ視聴」を訴求するやり方は、PS3が日本において、torneとの連携で売れ、認知度を高めていったやり方をまったく同じである。

 筆者の印象として、アメリカのCATVのSTBは、操作性がとても悪い。近年高度化し、動作が素早く表示がきれいなものも生まれているが、高性能なSTBはその分レンタル料も上がるため、全員が使うものではない。録画予約という「この先になにが放送されるかを知る」ための大きなモチベーションもないので、高度なSTBへ切り換える意思を持たない人も少なくない。

 近年は、タブレットを組み合わせて、そちらでEPGを見る「セカンドスクリーン」的なソリューションも増えた。CESなどでデモが行なわれると、来場者がそのスピードと快適さを高く評価する……という姿が多く見られた。そこから考えても、番組の「見逃し」対応と「検索」を快適なスピードで実現できれば、そこにはとても大きなニーズが生まれる可能性は高い。

ペイTVの国の「VODとは違うIP TV」とは

 ただし、日本とアメリカでは、「テレビ」を見るための環境がかなり異なる。

 もっとも大きな違いは、日本ではCMによる無料放送である地上波(現在は地上デジタル放送)が中心だが、アメリカではCATVや衛星放送経由による有料放送(ペイTV)の利用者が多い、ということだ。日本の場合、CSなどの有料放送利用者は全世帯の1割程度の400万人以下だが、アメリカでのペイTV利用者比率は、全世帯の8割(九千数百万人)と圧倒的に多い。一方で、多チャンネルによって大量に再放送が行なわれること、パッケージソフトやVODの価格が安いことなどもあり、「録画」は日本ほど普及していない。

 その中で現在、「コードカッター」と呼ばれる動きが広がっている。ペイTVを契約しているものの、見ている番組が少ないため、契約を見直す人が出ているのだ。アメリカの場合、月額料金制のSVODが広がっている。単にドラマや映画を見るなら、月額10ドル以下のSVODでもかまわない。だからこそCATVの契約を止めてしまう=ケーブルを「カット」してしまうという意味で、「ケーブルカッター」「コードカッター」などと呼ばれているわけだ。

 PS Vueはネット配信であるため、コードカッター向けのサービスであり、SVODと競合するもの……という見方もされる。だがハウス社長と西野氏は、その見方が「若干違う」と否定する。

ハウス:最初は、コードカッターの方々の手前を狙います。契約を止めてしまうのは、やはりリスクもあります。そこで不安を感じる方もいると思います。色々なユーザー体験を求める方々がいるので、PS Vueは良い「代替手段」になり得ます。

 NetflixのようなSVODとも直接競合しているわけではなく、補完的な役割だと考えています。PlayStationの上で、実際に多くの方が使っていますしね。

 CATVに対する不満として、複雑なプラン設定と長期契約があります。2年契約で100から150チャンネルをパックで契約しているのに、そのうち数チャンネルしか見ない。なにが放送されているのかわからない。

 今のユーザーのみなさんは「自由度とフレキシビリティ」を第一優先としています。我々はそれを理解して、いつでも契約できるし、いつでも止められる、中身もシンプルでわかりやすい、というプランを検討しています。我々のサブスクリプションサービスである「PlayStation Plus」も、いつでも始められていつでも止められる、というモデルにしていますが、考え方は同じです。もちろん、出来るだけ長く契約していただきたいのですが、「複雑なプランを作って、無理矢理義務のように」というのは、適切ではない、と思いますね。月額サービスについては、そうした「シンプル化」が時代の流れなのだと思います。

 PS Vueは映像配信そのものであり、VODとしての側面も持つ。UI構築やユーザープロファイル分析などには、SNE・SCEが運営しているVODである「Video Unlimited」の知見も生かされている。シェアは公開されていないが、同サービスはアメリカ国内のネットVODの中でも「まとまった利用者がおり、シェアも一定数を確保できている」(西野氏)ビジネスだ。だが、PS Vueの基本はあくまで「放送局が編成した番組を放送する」形。並んだ番組から好きなものを選ぶVODとは似ているようで違う。

 なにより違うのは、「ローカル局も配信に含まれる」こと、そして「CM」の存在だ。

 PS Vueは11月中にニューヨークでβサービスを開始し、シカゴ・フィラデルフィア・ロサンゼルスの4都市へと広げる。その理由は「その地域のローカルなテレビ局の番組も、配信準備が整ったところから始める」(ハウス社長)ためだ。VODは「ビデオレンタルを代替する」ものだが、PS Vueのようなサービスは、ローカルニュースやCMも含め、「テレビ放送」の価値をそのまま提供しつつも、操作性や自由度の点でVODの価値を組み込むことに意味がある。ハウス社長が「コードカッターになるのに不安を感じる人向け」という言い方をするのはこのためだ。

 ペイTVとはいえ、CMはビジネスモデル的にも、視聴者への情報提供という点でも重要だ。シンプルなVODでは、CMの入れ方はTV的ではなくなる。どう入るかは、YouTubeなどでみなさんもご存じのはずだ。ああいう形ではなく、「リビングでテレビを見ている時に自然に流れるような形」で、ペイTVに入っているものと同じようにCMを入れるには、やはりよりペイTVに近いものが必要になる。

 ここで、「テレビ的文化」「CM価値」に大きな意味をもってくるのが「視聴率」だ。視聴率は番組の人気のバロメーターであり、CMを挿入するために必要な広告価値の指針である。功罪もあるが、テレビというビジネスにおいて長く使われているもので、あらゆるところで必要とされるデータだ。VODは放送ではないので、単純に視聴回数が問題となるが、生視聴を含むIP TVとなると、一般的なペイTVと並列で比較するために、なんらかのレーティング・データが必要になる。このことは、PS Vueにおいて大きな意味をもっていた。

ハウス:PS3やPS4は、ニールセン(筆者注:アメリカでは視聴率系の調査は同社が担当している)のレーティングに対応しています。また、PS Vueは今後iOSにも対応予定ですが、これも、ニールセンレーティングが対応しているからです。

 ではAndroidは……? という話なのですが、できるだけ対応したいです。しかし、現在、Androidはニールセンレーティングに対応していないのです。なので、まだサポートしていません。今後状況が変わり次第、検討します。

 広告ビジネス・コンテンツビジネスという意味では、PS Vueのメインプラットフォームが「PlayStationである」ということが、また別の価値も持ってくる。

ハウス:PS Vueを使う人々は、コンテンツプロバイダーから見ると魅力的な人々です。中心的なプロファイルとしては、「ゲームに時間をかけている若い男性」です。彼らは、一般的なテレビCMでは捕まえづらいターゲットでもあります。PS Vueで彼らにリーチしやすくなれば、それだけ大きな価値があるのです。

 アメリカでは、IP TVに限らず、VODや音楽のサブスクリプションサービスも含め、「ネット系のサービス」の利用者のプロファイルを捕まえ、よりきちんとビジネスに反映する動きが活発化している。音楽においてはBillboardが11月20日から、ネットでのストリーミング配信やダウンロード販売の結果を、アルバムの販売ランキングに反映するよう、アルゴリズムを変更した。ニールセンがPS3やPS4、iOS機器をレーティングに含めているのも、そうした動きの一つである。

インフラパートナーは「MLB生まれ」、日本や欧州での展開は当面困難か

 PS Vueが今年登場することは、アメリカ市場での「IP TV化」の流れと無縁ではない。ハウス社長も「業界全体がそちらに流れている」と話す。日本でいえばWOWOWのような、プレミアムコンテンツ中心のペイTV事業者であるHBOは、コンテンツ提供だけでなく、独自のストリーミングサービスをスタートする。テレビ・ラジオネットワーク大手のCBSも、ストリーミング配信を手がけている。日常的に見られているCBS、CATV契約の決め手であり加入者が多いHBOがストリーミングに乗り出したことで、「テレビの視聴手段の多様化」は本格的になってきた。当然ソニーとしても、このタイミングを見据えた上でビジネス構築を進めてきた。

 そこで気になる点がある。映像を番組提供者から取得し、管理し、ユーザーに遅滞なく提供するには、非常に強固で大きなネットワークインフラが必要になる。SCE・SNEはゲームやVODのために「PlayStation Network」という大きなインフラを持っているが、PS Vueのようなサービスが始まると、さらに負担が高まる。そうなれば経営面にも大きな影響が出てくる。そこで、ハウス社長は少々意外な答えを返した。

ハウス:実は、PS Vueはソニー1社で構築しているサービスではなく、パートナーと組んでインフラを構築しています。コンテンツパートナーとのレベニューシェアも行ないつつ、権利面でも、IP TVの状況が変化していることから、ある程度有利な形で進められていますし、インフラについても、共同出資・共同開発で進めています。ビジネスのブレイクイーブンまでの目標を明かすのはご勘弁いただきたいのですが、想像していらっしゃるよりはずっと低い、それなりの契約者数でリクープできるモデルになっています。

 我々としては、クライアントサイドの使い勝手にこだわった開発に集中できています。

西野:実はインフラは、自分達でイチから全部作ったわけではなく、ハウスの説明するとおり、共同開発です。「MLBAM」という企業と共同で開発しています。この会社は、元々メジャーリーグ・ベースボールの「MLB」のスピンオフ企業。VODの「MLB.tv」を作っていた人々が、ホワイトレーベル的にIP TVに展開するために作った会社なんです。データセンターなどをすべて1から作るのではなく、「テレビをIPに変えて流す」という彼らのような基盤をうまく使いながら、我々として独自のテレビサービスができるのではないか……というのが、コンセプトとしてありました。

 MLBのような団体は、収益源として初期からVODやストリーミングに積極的だった。そこで得られた知見や投資を、急速なビジネス拡大が見込まれるIP TVに展開する、というモデルは、いかにもアメリカらしい発想だ。逆にいえば、そうしたソリューションプロバイダーが成立しはじめているほど、アメリカでは「放送のIP化」が本格化しているのである。

 なおこれは余談だが、9月頃から、PS4にはストリーミングサービスとして「MLB.tv」が用意されるようになった。ストリーミングサービスの展開がまだ少ない日本のPS4にも存在する。これが追加されたのは、MLBAMとの関係があってのことなのか……とも予想できる。

PS Vueの配信面でのインフラを、SNEと共同で開発しており「MLB Advanced Media(MLBAM)」。MLB.tvのノウハウを生かして作られたスピンオフ企業だ

 他方、パートナーと組んでビジネスを進めることになると、「PS Vueのようなサービス」を、まったく別の企業が作ることも可能になる。ソニー独自の価値ではなくなる可能性があるわけだ。その点は彼らも認める。しかし、他社とは大きく異なるビジネス環境が、PS Vueを独自の有利なポジションにしている。

西野:他社と異なるところは、PlayStationには大きなインストールベースがある、ということです。他社が同じ事をするには、STBを改めて普及させなくてはいけません。有効な契約者を集められるだけのSTBを配るのは非常に大きな負担になりますが、PS3やPS4はゲームのための機器として普及しています。

 2000年代前半、PS2が普及し始めた頃、家電業界ではPS2が「トロイの木馬」と言われた。強力な演算力がある機器が家庭に普及することで、様々なビジネスが展開可能になるからだ。しかし、ネットワーク接続が標準ではなく、家庭にブロードバンドネットワークも普及していなかった当時には、PS2はトロイの木馬にならなかった。その後、PS3でも似た戦略が採られたが、サービス面の構築が時期的に難しかったこと、ゲーム面でのアピールが弱く、目の前の「ゲーム機としての戦い」に厳しさもあったことから、やはり、トロイの木馬にはならなかった。

 しかし、PS4では状況が変わった。インフラもコンテンツも充実した。消費者は機器の中核機能であるゲーム機としての評価を軸に機器を選び、その後、サービスのことも考えてくれるようになった。「トロイの木馬論」と違うのは、ゲームそのものも「ビジネスの本道」であり、複合的なビジネスを目指せるようになった、ということだろう。

 最後に、日本のPSユーザーにとって気になる、一つの質問が残っている。PS Vueが日本で使える日は来るのか、ということだ。結論からいえば、その日はかなり遠いようだ。

ハウス:もちろんビジネスの観点では、世界中で展開したい、という意思があります。しかし、テレビの状況については、各国で状況が大きく違います。そうした点は我々のコントロールの外にあり、いくつもの壁になっています。

 欧州はそれぞれの国で放送事情が異なり、環境が複雑です。日本はこうしたビジネスに対する姿勢がコンサバなところが見られます。なにより、アメリカのように「ペイTVが中心」の文化の国以外では、違うモデルを考えなくてはいけない可能性があります。そうしたことも考えつつ、チャレンジしていきます。

 残念な部分だが、「テレビが本当にIP化するとなにが起きるのか」を確認し、日本の未来を想像するには、とても良いサンプルといえるのではないだろうか。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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臼田勤哉