西田宗千佳のRandomTracking

第384回

YouTube TVをアメリカで試す。急速に薄れる放送と通信の境目

 現在アメリカでGoogleは「YouTube TV」というサービスを展開中だ。これは簡単に言えば、動画共有サービスであったYouTubeを「テレビ放送の代わり」にしてしまうものだ。

YouTube TV。アメリカで展開されているネット配信であり、インターネットでケーブルTV局やテレビ放送の代わりをすることを狙ったサービスだ

 YouTube TVは2017年4月に発表され、アメリカ国内でのサービス範囲をゆっくりと拡大してきた。当然、というか残念ながら、日本はサービスエリア外なので使えない。アメリカ出張のタイミングを見て使おうと思ってはきたのだが、2017年中はなかなかじっくり試用することができなかった。だが、1月に出張した際、ようやく自分でアカウントを作り、きちんと試してみることができた。

 そこで、日本の消費者向けに、どういうサービスなのかを紹介したいと思う。日本でのサービス展開の予定はないし、同じものをすぐにやることも難しい。だが、「条件が整うと、ネットと放送の形はこう変化できる」ということがよくわかるはずだ。

 なお、YouTube TVは、PCの他スマホ・タブレットのほか、ChomecastやApple TV、Android TV、サムスンやLGのテレビ、Xbox One、Rokuなどで視聴可能だが、今回はPCのウェブブラウザで視聴している。以下の記事で示す画面は、すべてPCのウェブブラウザによるものだ。

ケーブルTV網をネットに置き換えるYouTube TV

 YouTube TVは、その名の通り、YouTubeの有料オプションサービス、という扱いになっている。アドレスは「tv.youtube.com」。すでに述べたように、現状ではアメリカ国内向けのサービスになっている。アメリカ国内でYouTubeにアクセスすると、「サービスが利用できる」旨のポップアップが出ることがある。直接tv.youtube.comにアクセスしてもいい。実は日本からアクセスしても、排除されることはない。「この国ではライブ配信やビデオオンデマンドには対応していない」と表示が出る。

契約が終わっており、YouTube TVのサービスが可能な範囲で視聴していると、このような画面が。「テレビがすべてYouTubeになる」というイメージだ
日本からアクセスすると、この表示になる。ライブ配信やビデオオンデマンドへのアクセスはできない

 冒頭で述べたように、YouTube TVは「テレビ放送やケーブルTV局の代わりになることを狙ったサービス」だ。Netflixのように独立した映像配信ではない。

 そのため、料金は一般的なネット配信(月額10ドル前後)よりかなり高く、月額35ドルになっている。アメリカのケーブルTV局は、基本パックで月額数十ドル、プレミアムチャンネルやインターネット回線契約まですべて含めると、月額100ドルを超えることも多い。だから、その水準よりは安いのだが、相対的に、他のサービスよりは高めである。

 チャンネルやコンテンツは、アメリカのケーブルTVに提供されているチャンネルが「そのまま」提供されている。スポーツをはじめとした、契約に追加料金が必要なチャンネルもある。とはいえ、自前でネット配信もやっているプレミアム局(例えばHBO)など、サービスに参加していない局もあるので、「ケーブルTVで見れる局がすべてYouTube TVで見られる」わけではないようだ。とはいえ、数十のチャンネルがあり、チャンネルリストはなかなか壮観だ。

ケーブルTVで見られる多くのチャンネルがラインナップに上がっている
一部プレミアム局も追加可能。この場合、毎月追加料金がかかる

 契約時には、利用者が主に使う地域を指定する必要がある。これは、元になるケーブルTVのサービスで、地域毎に配信チャンネルが異なるからである。なので、視聴可能なチャンネルリストも異なる。また、番組の合間にはCMも挟まることがあるが、CMは登録地に合わせたものが流れる。一方で、基本的には「登録地」に合わせて配信されるため、アメリカ国内で登録地とは違う場所にいたとしても、配信内容は「登録地のもの」だ。ただし、現在いる場所に合わせて配信内容を一時的に切り換えることもできる。

 この辺は、広い国土の中で地域毎にケーブルTV網が発達したアメリカらしい構造である。そして、CM収入にとっては、「地域登録」が出来ることが意外と大きな要素になっているはずだ。

サービス利用には地域の指定が必要。チャンネル内容とCMの内容を決めるためだ

 ちなみに、YouTube TVでの視聴情報は、ニールセンによってマーケットデータとして利用される形になっている。いわゆる「視聴率」として使われるだけでなく、録画率なども計測されている。テレビ放送と同じ尺度で広告効果などを計測するために使われていると推察できる。もちろん、匿名化はされており、個人が特定出来る形では使われていない、と明記されている。

YouTube TVにおける「視聴データ」は、ニールセンがマーケティング情報として活用。いわゆる視聴率としての利用以外にも、より広汎な分析が行なわれている

 と、このあたりを見ると、「ネットでケーブルTVを契約しているようだ」と思える。まさに、配信媒体がケーブルTV網なのか、インターネットなのかが変わったのがYouTube TV、といっていいだろう。違うのは、圧倒的に「気軽」であることだ。なにしろ、アメリカに出張に来た人間が、ホテルから日本のクレジットカードを使い、5分で契約できるくらいなのだから。住宅設備と紐付くケーブルTVでは、こうはいかない。

 ちなみに、YouTube TVは初回7日間の無料試用期間があり、その後、月額で課金が始まる。今回はテストも兼ね、1カ月分あえて課金している。

YouTube風UIでケーブルTVが見られる

 では実際に使ってみよう。

 視聴画面は非常にシンプルだ。YouTube風のデザインだが、上の方に「LIBRARY」「HOME」「LIVE」という3つのタブがある。「HOME」はもっとも基本的なタブだ。利用者にお勧めの番組や、番組の各ジャンルが並んでいる。この時、放送チャンネルの区別はあまりわからない。「LIVE」と左下についているのはライブ配信中の番組で、そうでないものは過去に配信されたものだ。

HOME。あなたにお勧めの番組などが並ぶ
番組はジャンル毎に分類されており、スクロールしていくことで色々と出てくる。「LIVE」と赤い文字のあるものが、ライブ配信中のものだ

 余談だが、日本からYouTube TVにアクセスすると、契約中であってもすべてのコンテンツは視聴できない。だが「YouTubeで人気のコンテンツ」は出てくる。YouTube TVが「放送とYouTubeのコンテンツをまとめて見れる場所」として設計されているため、サービスが行われていない日本では、視聴可能な「YouTubeのコンテンツだけ」が見えているわけだ。

日本からはYouTubeのコンテンツだけが見える

 LIVEのタブは、今放送中の番組を「チャンネル毎」に並べたものである。HOMEを見ていると、ケーブルTVではなくYouTubeを見ているような気分になるが、YouTube TVで提供されているのはあくまで「ケーブルTVのチャンネルと、そのコンテンツ」である。だから、番組表と同じ考え方のリストも存在する。

LIVE。「チャンネル」を軸に、番組表感覚で現在放送中の番組をチェックできる。

 普通の番組表と違うのは、クリックすると再生されることであり、サムネイルの中でも再生が行なわれることだ。だからザッピング感覚で見ていける。サムネイルはすべて「その番組のもの」であり、非常にわかりやすい。特に映画などは、無味乾燥な文字の番組表より、こちらの方がずっといい。

サムネイルの中でも番組再生は可能。そして、映画などの場合、サムネイルはすべて「公式の画像」で、わかりやすい

 再生してみると、あまりにシンプルなことに驚く。スポーツのライブ配信なのにYouTubeで見ている感覚だ。ドラマにしても同様である。タイムシフトやチャプターもあって好きな場所から見られるし、再生速度も変えられる。解像度は最高1080pまで。ホテルのネット回線(下りで8Mbps程度、ただし乱高下)だと、「可もなく不可もなく、でもスポーツだと少し厳しいか」と感じるくらいだろうか。通信環境が安定していればもう少し画質は良くなるだろう。

スポーツをライブ再生中。シークバーの赤い部分が現在位置。後ろをクリックすれば、当然タイムシフトになる
ドラマを再生。もちろんフル画面再生も可能だが、操作の関係でUIを出した状態にしている
解像度は1080pまで。通常のYouTubeと同じく、回線速度に応じて自動的に切り換えられる。日本語化されているのは、YouTubeの再生モジュールがそのまま使われているからだ
ドラマを再生中。シークバーにある黄色い点がチャプターの切れ目。再生速度は0.25倍から2倍まで変更可能

ネットの上に番組を「CMまで録画」する

 なにより、YouTube TVの特質を表しているのが「LIBRARY」である。これは要は「録画」なのだが、YouTube TVはストリーミングサービスなので、実際にそのデータをローカルに「録画」するわけではない。

 ではなにをするかというと、YouTube TVのサービス上に「視聴可能」というフラグをつけた形での残すのである。配信された番組は、ビデオオンデマンドの形で残るので、のちのちそれを再生する、というわけだ。スポーツはもちろん、ドラマも映画もLIBRARYに残せる。特にドラマの場合には、自動的に過去・未来のエピソードまでLIBRARYに追加される。

LIBRARYに番組を追加。これは「録画」した扱いになるので、後から何度でも視聴可能だ。
LIBRARYに登録されたドラマ。過去のシーズンやこれから放送されるものも「録画」した扱いになる。ちなみに、関連するYouTubeコンテンツも検索可能

 ユニークなのは、視聴した時に番組に入っているCMも、そのまま残っている、ということだ。純粋なビデオオンデマンドではなく、あくまで「テレビ放送のタイムシフト視聴」なので、そういう扱いになるのである。だから、「録画」的なイメージではあるものの、当然、LIBRARYへの追加量に制限はない。どれだけ番組を追加してもいい。

 ただし、LIBRARYへの記録は永続的なものではない。YouTube TVのヘルプによれば、「会員である間は9カ月間視聴可能」となっている。9カ月が過ぎると消えていく。また、コンテンツの契約状況によっては、期間が異なる場合があるようだ。

5Gに向けて「放送と通信の融合」が本当に進む

 YouTube TVは想像以上に便利なサービスだった。とはいえ、この種のサービスは、YouTube TVが最初ではない。2015年にソニー・インタラクティブエンタテインメントが同一コンセプトの「PlayStation Vue」をスタートさせている。当初はPlaystationだけで使えるものだったが、現在はPCやタブレット、AmazonのFire TVにまで対応した、汎用的なサービスに進化している。ケーブルTV事業者であるDirecTVは、自ら「DirecTV Now」を提供している。どれも価格帯は月額35ドルから。要は、Googleは後発なのだ。

PlayStation Vueは「インターネットでケーブルTVを代替する」ものの草分け。初期にはPlayStationでのみ利用可能だったが、現在はマルチプラットフォームに進化している

 こうしたサービスを展開できるのは、なにより、コンテンツを提供する側が「経路を気にしても意味はない」という意識になっており、権利処理がスムーズにできるからだ。

 日本でも、スカパー!が「スカパー!ハイブリッド」をスタートするなど、事業者側での努力も進んでいる。一方で、これまでの慣習もあり、権利処理が一括でスムーズに終わる……というところまではいかない。また、PC的なUIで構築するアメリカ型と、テレビを優先にする日本型という違いもあるように思う。国も制度も違うのだから、一気には動かないものだ。

 一方で、アメリカにおいても、PlayStation VueやYouTube TVが一気にマスなサービスになっているか……というと、そうでもない。回線インフラの問題に加え、35ドルからという価格も影響していそうだ。「ケーブルTVより便利そうだが、この値段ならケーブルTVのままでいい」という人も多いようだ。もちろん、まだサービスの認知度が低い、ということもあるだろう。

 2020年に向けて、ネットの世界は5Gを軸に大きく変わる。回線速度や価格、使い方に関する常識は、5年ほどで今とはずいぶん違ったものになるはずだ。YouTube TVのようなサービスは、むしろその時代に大きくブレイクするだろう。各社がいまサービス整備を進めているのは、そうした先を見据えた部分が大きいのではないだろうか。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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