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iOSをコアに据えたアップルが目指す「次のジャンプ」

iPadはあえてPC競合、TVの未来はアプリ? iPhoneの本当の狙い

 iPad Pro、新Apple TV、そして、iPhone 6s/6s Plusが登場したアップル秋のプレスイベントの詳報をお伝えする。今年のイベントは、カバーする製品の領域が特に広いものになった印象を受ける。

アップルのティム・クックCEO

 だが一方で、今回の発表事物は「すべてOSコア技術がiOS」という共通項もある。腕時計からテレビまで、あらゆるスクリーンサイズに「アプリ」という軸で市場性を広げる、という戦略だ。すなわち、アップルにとっての価値は「iPhoneで集まったアプリ開発者と市場のコミュニティである」と、改めて宣言したに等しいイベントだった、と筆者には感じられたのだ。

発表会場である米サンフランシスコのビル・グラハム市民講堂。7,000人収容の巨大施設だ
会場にはこのようなロゴが。Siriを思わせるカラーで、今やアップルのアイデンティティーの一つだ

Apple Watchはアプリ対応で「本気」モードに

 イベントはまず、Apple Watchについて言及するところから始まった。

 ティム・クックCEOは、「Apple Watchは消費者の97%から満足を得ている」と説明し、不調説を一蹴したい、という意思が見える。実際、その満足度がどういう性質のものであり、どこまでの満足であったのか、ちょっと疑問な部分もある。ただどちらにしろ、発売からここまでのApple Watchが「ほんきだす」モードでなかった、というのもまた事実。

 アップルとしては、Apple WatchのOSである「watchOS」のバージョン2から、アプリが時計内でネイティブ動作するようになり、活用の幅が広がることを期待しているのだろう。実際、ハードウェアの活用も楽になり、機能を呼び出すまでの時間もグッと短くなる。「スマートウォッチの可能性」として発表前に語られていた可能性の多くは、ネイティブアプリの登場でようやく実現する。

Apple Watchではネイティブアプリケーションの動作が可能に。写真は、心電図などをリアルタイム転送して医師が確認出来る「AIRSTRIP」という医療用アプリ

 watchOS2の公開は9月16日。今のiPhoneの成功が、AppStoreを備えた「iPhone 3G」からだったとすれば、そのタイミングに当たる。

watchOS2は9月16日から無償アップデート開始

 そんなこともあり、当然、ハードウェアの中身に変化はない。製品ライフサイクルを考えても、おそらくそうそうこまめにアップデートはしないのでは、と予想できる。

 一方でアピールされたのが「デザイン性」の改善だ。エルメスとのコラボモデル「Apple Watch Hermesコレクション」を発表したり、ボディやバンドに新色を追加したりと、ある種の「季節変動」に近いものを感じる。要は、Apple Watchにおける新製品とはそういうものだ、ということなのだろう。今後も折に触れてデザインコラボやバンド追加があるだろうが、コアのハードウェアはすぐには変えない、という戦略だと筆者は分析している。

エルメスとのコラボレーションモデルが登場。写真は「ドゥブルトゥール」モデル。発売は10月を予定
Apple Watch:HERMES。「カフ」は42mmモデルのみ、「シンプルトゥール」は38mm・42mmの両方が用意される。Apple Watch:HERMESの「ドゥブルトゥール」。手に巻きつくような独特の形状。38mmモデルにのみ提供され、4色展開だ
iPodなどでも展開されている、アップルのチャリティ商品「PRODUCT:RED」がApple Watchにも
Apple Watch向けに、バンドの新色が多く登場する

 なお、新色のバンドのほとんどは単体購入できるが、Apple Watch Hermesコレクションのバンドは買えない。当然、オリジナルのケースも、オリジナルの「HERMESロゴ入り」ウォッチフェースも、追加提供はなし。コラボモデルとはそういう存在だ、ということなのだろう。

アップルは「PCとタブレットの境目」を自らあいまいにした

 次の話題は「iPad」だ。クックCEOは「これまでのiPadで最大のトピック」と語ったが、もちろんこれは、戦略上の変化とサイズのダブルミーニングである。

iPad Pro。12.9インチの大画面を生かしたニーズを開拓する

 すでにご存知の通り、今回発表されたのは12.9インチ/2,732×2,048ドットの液晶を採用した、より大きなiPadである。iPadの価値を「小ささ」に求めていた人から見ると、あまりに巨大すぎる製品に見えそうだ。

12.9インチが採用された理由は「9.7インチを縦にしてもぴったりと入る」からだとか
厚みや重量は、iPad Air以降のトレンドを反映、軽量・薄型に

 だが、ハンズオン(体験)会場で実際に筆者も使ってみたが、「パーソナルコンピューティングデバイス」としてみると、決して大きすぎるものではない。A4の紙よりまだ小さい領域しかカバーできていない。十分に薄く、それに比した軽さがあれば、道具としての存在価値は高い。ただし、電車の中でつり革につかまり、手に持って読むにはさすがに大きいが。

 アップルは2010年にiPadが発表されて以降、「新しいコンピューティングデバイス」としてiPadをアピールしてきた。消費者側は「コンテンツを消費するツール」と捉える人が多かったのだが、アップルは常にそれを否定したい、という姿勢を見せていた。タッチやカメラを生かしたアプリを使うと、想像以上に文書作成やデータ作成に使える機器であり、マウスとキーボードよりも広い使い方をする「用途に応じて姿を変えるシンプルなコンピュータ」(クックCEO)としたかったのだ。

 だが一方で、iPadが産み出したタブレットの形に、文書作成などのツールとして利用者が不満を抱えていた部分があるのは否めない。外付けキーボードやスタイラスが売れたのはそのためだ。ライバルであるマイクロソフトがPCアーキテクチャによるiPadのオルタナティブとして「Surface」を産み出したが、そこに「ペンとキーボード」の姿があったのも必然といえる。

 だから、iPad Proに別売オプションとして「Smart Keyboard」と「Apple Pencil」が用意されたのも必然だ。「アップルがマイクロソフトを真似るのか」と思う人もいるだろう。アップルは真似ない会社ではない。独自の改良点を加えて「真似したのではない」と主張する会社であり、企業とはそうしたものだ。

別売オプションとして「Smart Keyboard」を用意。タイプ感にこだわった構造になっている
iPad Pro専用のペン「Apple Pencil」。別売で99ドルと少々値が張るが、性能は良い

 実際、SurfaceのフォロワーとしてのiPad Proは、極めて良くできた製品だ。Surfaceの弱点だった「膝の上での使い心地」「タイプの快適さ」を改善した上で、ペンでの書き心地はより上位のWindowsタブレットに勝るとも劣らないものを用意したのだから。

 Androidにもキーボードやペンをセットにしたものは増えたが、どれもPCより使い勝手が悪く、いかにも「安価な代替品」という印象を受けた。だが、iPad Proはそうではなかった。特にApple Pencilについては、比較対象は「VAIO Z Canvas」や「Surface Pro 3」のような高級Windowsタブレットや、ワコムのペンタブレットなどになる。iPad向けにスタイラスを想定したアプリを作っていたメーカーや、Windowsのペンタブレット向けにアプリを作っていたメーカーなら、Apple Pencilの完成度に好感触を持つことだろう。しかもiPad Proは、それらより安い。

iPad ProとApple Pencilの利用例。かなり細い線も自由に、快適に描ける

 問題は「これがPC(もしくはMac)ではダメなのか」ということだ。アップルは、iPad Proに搭載される新プロセッサー「A9X」の性能は高く、「市場にあるポータブルPCの9割より高性能」という。実際、PCといえど低価格な製品は多いし、消費電力の低減に注力したインテルのCore MやAMDのAPUなど、今やコアあたりの性能は、A9Xのようなタブレットと大差ない。メモリーの搭載量などの違いはあれど、もはや、我々が思う以上にPCとタブレットの境目はない。そこからスマートフォンまではさらに地続きだが、サイズや利用シーンの観点では、やはり間に一線ある。iPadの伸び悩みに悩むアップルは、自ら積極的にPCとタブレットの境界をさらにあいまいなものにしてきた。

iPad ProのプロセッサーはA9X。微細化が進行し、パフォーマンスとメモリーバンド幅が向上した結果、動作速度の向上が見込める
アップルは「9割のポータブルPCより速い」としているが、その辺は割り引いて考えた方が良い
パフォーマンス向上の結果、3ストリームの4K動画を扱って編集できる

 PCかスマートデバイス向けOSを使うタブレットかの境目は、これまで「OSの持つ自由度」だった。PCの方がずっと自由度が高く、いざというときに無茶が効く。PC由来のOSを使うメリットはズバリそこだ。しかし、ペンやカメラやタッチを使う「アプリ」という観点でみれば、PC系タブレットは未だ成功できていない。iPadがそこで先行しており、iPad Proでその路線をさらに拡大しようとしている。

 別な言い方をすれば、クリエーションという作業を「タッチ+ペンから攻める」か、「キーボード+プログラマビリティ」から攻めるか、ということで考えることになる。おそらく今は後者を評価する人の方が多いだろうが、アプリの整備が進めば、前者の評価はよりわかりやすくなる。アップルがタッチ精度やApple Pencilの出来にこだわったのは、そこが「iPadというフレームワークで近道をして開発する」上でのアイデンティティのようなものだったからではないだろうか。

 なお、AV的な観点でいえば、ディスプレイの発色の良さや精細感は魅力だ。至近距離で見る264ppiのディスプレイはインパクトがある。会場は雑音が多く、きちんと確かめることができなかったが、4カ所のスピーカーによって縦でも横でもステレオサウンドになる、という要素もいい。この辺は、製品レビューの時期が来たら改めて確認したいところだ。

Apple TVは確実な進化、「テレビの未来はアプリ」路線は本物か

 次が「Apple TV」である。AV系メディア的には最も大きなトピックとも言える。

新Apple TV。少々大柄になり、リモコンはタッチパッドとマイク内蔵にリニューアルした

 今回のApple TVのメッセージは明確。クックCEOのいう「テレビの未来はアプリにある」という点だ。コアのOSも、CPUもiPhoneと共通性があったのに独立性の高い機器だったApple TVが、OSを「tvOS」にリニューアルし、アプリプラットフォームになった。

ティム・クックCEOは「テレビの未来はアプリにある」と明言
Apple TVはiOSベースの「tvOS」を使う機器へとリニューアル

 実際のところ、Apple TVの進化の方向性はこちらだろう、というのは長く予想されて来たもので、GoogleやAmazonなどが「スマートデバイスOS由来のアプリが動くSTB」を何度もトライしていることを思えば、ちょっと遅すぎたくらいのものだ。

 アプリプラットフォーム化、というとゲームの対応がすぐに思い浮かぶし、事実アップルもゲームを訴求している。しかし、実際すぐに役に立つ、そして影響力が強い部分は、おそらくゲームではあるまい。Apple TVの本丸である「VOD」だ。

Apple TVをゲーム機としても拡販。この数年「マイクロコンソール」と呼ばれていた市場にアップルも参入する

 iPhoneやiPadには多数のVODがある。これらをテレビに展開する場合でも、tvOSなら横展開が簡単だ。しかも、音声入力や横断検索などのAPIも整備されるので、tvOSの操作性を生かしたVODを展開しやすい。テレビ向けのVODは、大手以外は展開に苦慮している。しかしこのパターンなら敷居は低い。

Apple TVのインターフェース。音声入力でコンテンツを探し、付加情報も音声+タッチパッド操作で探す
MLBのtvOS対応アプリの例。選手やプレイの情報を同時に見れるのはもちろん、複数の選手や複数の試合の同時視聴も可能。MLBは伝統的に、この種の取り組みに積極的だ

 特に、VOD大国であるアメリカでは、この方向性は極めて正しい。テレビの中の機能を使わず、Apple TVに依存してしまうことも非現実的ではない。実際問題、放送+録画の国である日本では、結局はテレビの本丸というより、時々使う要素に近く、そこまでの爆発力はない。とはいえ、ご存知の通り、日本でもNetflixやdTV、HuluにAmazon Prime Videoと、SVODが本格的な競争時代を迎えようとしているし、各種見逃し配信も増えている。VODが本格普及の兆しを見せるタイミングで出てくることは、お互いにとってメリットが大きいはずだ。

 一方で、「テレビの未来はアプリ」という方向性の確実さについては、疑問もある。テレビメーカー各社、そしてGoogleは、VOD以外のアプリをテレビ向けに訴求する方向性について、かなり見方を変えつつある。ショッピングにしろ書籍にしろ、テレビでの可能性はありそうに見えたが、多くの人は「最適」とは思わなかった。ゲームにしても、モバイル向けに作られたものは結局モバイルで楽しむのが適切で、テレビ向けにはよりリッチなゲームの方がヒットしやすく、家庭用ゲーム機やPCが復権し、モバイルと共存する流れがある。別の言い方をすれば、テレビにおいては「VOD以上のアプリの価値が見つかっていない」のだ。

 テレビにおけるアプリの方向性は、もしかすると単に「他の存在の出来が悪すぎた」「訴求が小規模すぎた」からかもしれない。そこまで新Apple TVが革命的な出来だ、とは言わないし、実際違うと思うが、少なくともアップルは確実に本気であり、おっかなびっくりな部分があった他社との違いはそこにある。

 Apple TVの「テレビの未来はアプリ」シナリオに成功の目があるとすれば、アップルの本気度、そして「勝つまで止めない」度にある、というのが筆者の見立てだ。

3D Touchが最良の進化点。だが本当のは「ハードウェアのサブスクリプション化」か

 最後の大物はもちろん「iPhone」だ。

 iPhone 6sシリーズは、正直、見た目ではあまりインパクトがない。新色のローズゴールドは上品な桜色で、好ましく思う人は非常に多いのではないか、と感じる。

新iPhoneの名前は「iPhone 6s」シリーズ。カラーにローズゴールドが増え、2シリーズ8ラインナップ構成になる

 一方で、サイズもほぼ同じ、カメラが画素数が増え、4K対応になったからといって、そこにはインパクトはない。プロセッサーパワーの向上にしても、リニアな経年での進化の線の上にあるものだ。

カメラ機能は順当に進化。久々に解像度が上がった
動画は4K対応に。iPhone内で編集もできる。と言っても、他社ではすでに4Kは定着した方向性だ
iPhone 6sシリーズのスペック。ハイエンドらしく「今度のiPhoneが最高のiPhone」を地でいく

 もっとも大きな進化は、「マルチタッチ以来の変化」(フィル・シラー上級副社長)とアップルが呼ぶ「3D Touch」である。その使い勝手についてはハンズオン記事もご参照いただきたいが、簡単に言えば「画面遷移の量を減らす」ための仕組みである。内容を「チラっと見て元に戻る」という、スマートフォンではありがちな操作について、見たい項目を「ぐっと押す」ことで対応する。「戻る」ボタンをiPhoneにつけようとしないアップルの方針にも沿う、なかなかに技ありな機能である。

iPhone 6sシリーズ内蔵の「タプティックエンジン」。Apple WatchでもMacBookでも同一名の機構が使われている

 ただし問題は、この機能は「使うと便利」だが「言葉では分かりにくい」上に、そのために10万円近く払ってiPhoneを買い換えよう、というモチベーションにはつながりづらい、ということだ。

「今年のiPhoneは史上最高のiPhone」というキャッチフレーズに偽りはない、と思うのだが、それを理解して買い替えてくれる人は多くはなかろう。

 そこでアップルは、ビジネス的な飛び道具を用意していた。それがアメリカ市場向けの施作として発表された「iPhone Upgrade Program」だ。

「iPhone Upgrade Program」。アップルのビジネスモデルを占う意味で大きな価値を持つトライアルだ。まずはアメリカ市場からスタートする

 これは、毎月32ドル以上を支払うことで、「その時の最新のiPhone」を常に使うことができるプランだ。フィル・シラー上級副社長は、「各携帯電話事業者に割賦を払っている人もいるだろう」と話した上で、このプランを紹介している。携帯電話事業者は、回線を長期契約でバンドルした上で、24カ月の割引と割賦販売、そして「買い替え促進プラン」による割引を提供している。我々は今までも、実質的に「iPhoneを毎年変える」ことができた。ただし、通信事業者を固定して、だが。

 それを、立場を変えて実現したのが「iPhone Upgrade Program」である。このプランにおいてアップルは、iPhoneをソフトやサービスの「サブスクリプション」のように、ハードウェアの「サブスクリプクション」にしてしまう。しかも、契約先は携帯電話事業者ではなく「アップル」。通信事業者との力関係はすでに逆転しており、アップルは強気に出れる。

 技術が成熟し、大幅なジャンプアップが難しいことに対する、ある意味の回答が「サブスクリプション化」だ。アップルが「今年のiPhoneは史上最高のiPhone」という公約を守り、アプリなどでのエコシステムを維持する限り、ユーザーは「とりあえずこのプランについていく」パターンで良い。

 まずはアメリカからスタートするが、「準備ができれば世界で展開したい」とアップルはいう。もし成功すれば、家電のビジネスモデルにとって革命的なこと、かもしれない。そして、通信バンドルモデルという携帯電話の黄金のビジネスモデルに、ある種の楔を打ち込むことにもなるだろう。当面日本ではスタートしないだろうが、頭の隅に置いておきたい事象である。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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