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「テレビを見てもらうため」のクラウド「TimeOn」

テレビを見ない世代のためにテレビができること

TimeOn開発チーム。左から東芝DS社 高尾氏、片岡氏、木塚氏、辻氏

 今年はテレビが売れていない。そこで積極的な投資をするのは難しいものだ。だが、その中であえて、今までにないテレビの姿を求め、積極的に新技術の投入を行なったのが東芝だ。

 同社の「REGZA Z7」、「REGZA J7」シリーズには、「TimeOn」と呼ばれるネットサービスが搭載されている。これは、東芝がここ数年試みてきた「次のテレビにはなにが必要か」「テレビをもっと楽しんでもらうにはなにが必要か」ということについての、一つの回答といえる。

 だが、すべての機能が搭載されて出荷されたわけではないこと、使ってみないと本質が見えにくいことなどから、機能と狙いの全容を把握している人は少数だ。東芝は、TimeOnでなにをやろうとしているのだろうか? そして、これまでやってきた「Appsコネクト」戦略とはどのような関係にあるのだろうか? 「TimeOn」開発陣に詳細を聞いた。

「コンテンツと人」のために「ウェブベース」で新しいテレビサービスを

TimeOn搭載のREGZA Z7「47Z7」

 そもそもの大前提として、TimeOnとはどんなものなのだろうか。機能としては、各種ネットサービスへの入り口であると同時に、カレンダー機能やメッセージ送信などができるようになっている。一見すると、テレビというよりスマホのサービスのようだ。

 実際、その印象は間違いではない。その本質は「テレビで使うウェブサービス」であり、開発の仕方もかなり「スマホ的」だ。テレビであるREGZAで動いているものだが、これまでのテレビ上の機能のように「テレビ内に組み込まれたソフトで動くもの」ではない。同じREGZAの中でも、全録機能のタイムシフトや番組表は、従来通りの組み込みソフトとして作られている。

 だが、TimeOnのベースになっているのは「ウェブ」だ。Z7/J7に組み込まれたWebKitベースのウェブブラウザ(ACCESSのNetFront NXをカスタマイズしたもの)を使い、東芝側が作ったウェブサービスが、まるでテレビの機能のようにふるまっている。これは、家電機器としては異例なほど大規模で新しいアプローチの機能実装といえる。

TimeOnのトップページとなる「クラウドメニュー」
マイページ

 それだけに、出荷初期には相当な苦労があったようだ。動作が重い、機能が予定通り実装されていないなど、スタンドアローンで動く家電としてはある意味であり得ない状況にあった。しかし、幾度かのアップデートを経て、動作も機能も落ち着きつつある。詳しくは後述するものの、その開発は困難を極めたようだ。

 そこまでして、大規模なウェブサービスとしてTimeOnをテレビに組み込んだ狙い・理由はどこにあるのだろうか? その軸はなんなのだろうか?

東芝 デジタルプロダクツ&サービス社プロダクト&ソーシャルインターフェース部 片岡秀夫氏

「この機能の軸、というと、それはもちろん『コンテンツと人』ですよ」

 TimeOnの企画と開発を統括する、東芝・デジタルプロダクツ&サービス社(以下DS社)プロダクト&ソーシャルインターフェース部の片岡秀夫氏は、この機能の狙いをそう説明する。本連載の読者のみなさんにはおなじみかと思うが、片岡氏はずっと東芝の中で「コンテンツと人」に関わる仕事をしてきた。DVDのメニューオーサリングの仕組みに始まり、2000年代を席巻したHDD内蔵DVDレコーダの開発といった形で世に問うてきた。

 現在彼が手がけているのは、テレビと録画機能(含むレコーダ)の連携。2010年秋以来手がけてきた、スマートフォン/タブレット向けのアプリ連携「Appsコネクト」もその一環であるし、TimeOnもAppsコネクトでやろうとした世界の延長線上にある。

「テレビなんて気にしない」世代のために、テレビができること

 TimeOnは、「テレビの上になにかウェブサービス的なことが組み込まれている」くらいの理解しかされておらず、そこでなにをしようとしているかが見えづらくなっている。しかし、片岡氏の語る「文脈」はストレートなものだ。

片岡:そもそもコンテンツはどんどん増えていくわけですよね。そして、人の好みも千差万別。でも一方でテレビって、ある種公共メディア的。もちろんチャンネル選びという面で好みはあるわけですが、限られたチャンネルの中で「ブロードキャスト」されてきたわけです。

 メディアとしての存在感を考えると、以前は「1:1」だったわけですよね。しかし、昨今のSNSやスマホ、ゲームをする時間など、生活時間の中で映像コンテンツに触れる時間としては、おおざっぱに言えば従来の10分の1になった……的なところがあるわけです。可処分時間が分割されて、テレビコンテンツの出会いのコンテキストが弱まっているわけです。

 もう一つはサイクル、習慣性です。テレビは同じ時間に繰り返し放送されて、それが習慣化して、みんな同じものを見るから話題になって、話題になるから「見てないとまずい」という話になり、みんなで会話の潤滑油になってきた。それで習慣化されて見るようになり、さらに定着して……というループがあったわけです。

 それが録画文化の拡大と可処分時間の分割によって細分化されたわけですよね。そうすると、皆「同じ時間に同じものを見ない」ようになったわけです。放送が終わった日に見ているわけではないし、ワンクールまとめ見したりと、効率化できるようになってきた。

 そうすると、テレビを見ない理由として「話題が合わない」ということが最大の理由になってくるんですよ。すなわち、人とコンテンツが繋がりにくくなっている。

 私の論理では、人とコンテンツがつながり、また人がつながる、としています。人と人との間にコンテンツがある。ある意味「かすがい」であり、正しい意味での「メディア」ですよね。それをもう一度活性化させないといけない。「テレビ離れ」というのは、「装置」としての「テレビ離れ」なんですよ。コンテンツとしてのテレビから離れているか、というと、そうではなくて。録ったんだけど見ない。見ないから録らない。だから、壊れたけれど見ないから買わない。もしくは、地デジなどに対応してももう買わない。

 40代から上ですと、テレビを習慣的に見るカルチャーが残っています。体にしみこんだルールがありますから広がっていくのですが、そこから下の世代の人々だと、どんどん濃度が薄まっていくわけです。おそらく、習慣が弱い人ほどテレビを見る必然性がなくなる。

 この辺りで良く引き合いに出されるのが「映画館と映画の予告編」の関係です。一回映画を見に行くと、予告編を見て「次にはあれを見たい」と思う。そして次にそれを見に来ると、また予告編を見て「次はあれを」と思う。よほどの話題作がない限り映画館へ行かない人には、こういう牽引力が働かないわけです。断ち切れてしまう。要は、この「断ち切れ」はテレビでも起きているわけです。テレビを見ているから「次回にこれをやる」とか「こんな特番がある」というのがわかるわけで。

 そういう風にどんどん(テレビを見る行為が)希薄になっていく中で、習慣的にテレビを見ない世代にとってはさらに希薄になる……という世界になっているわけです。これまでもいろいろやってきましたが、「そもそも見ないし」、「そもそも録画しないし」という層をなんとかしないと、この先には繋がらない。

 そうすると、世代毎にアプローチも変えねばなりません。実はTimeOnの機能のうち、「みどころシーン再生」と「タグリスト」は、まったく違う層に向けた機能なんです。

同じ機能でも向けた「世代」が異なる

 「みどころシーン再生」とは、録画番組に、内容に伴ったシーンのインデックスをつけ、好きなところから呼び出して見るための機能。ヤフーの「検索急上昇ワード」と連携していて、そこに現れたキーワードが含まれる番組を呼び出すことができる。

 タグリストは、2010年秋の「Appsコネクト」から導入されている機能。録画番組の好きな場所にユーザーが「タグ」をつけ、テレビ番組に「そのユーザーが考える名シーン」といった形のインデックスを作り、人に伝えられる、という機能である。

タグリスト
みどころシーン再生
みどころシーン再生で急上昇キーワードを検索

 これは、どちらも「録画番組の好きな場所を一発で呼び出す機能」である。そういう文脈でいえばかぶっているし、なぜ両方あるのか見えづらい。しかし、片岡氏のいう「コンテンツへの出会いに対する世代毎のアプローチ」という観点でいえば、両者はイコールの存在ではない。

片岡:「みどころシーン再生」というのは、「ウェブ検索世代」の人達向けのサービスなんです。あえていえば、我々の年代のような「テレビユーザー」向けのものではない。もちろん、あればうれしいですが。

 そうでない「うれしいもうれしくないも、テレビなんて関係ない」と思っていた世代に対し、テレビが検索できる道具になって、Google検索のように「調べる」というか「見る」ことができるようになっている。そういう文脈でないと、確実に増え続けている「(テレビが)装置としてもどうでもいい」世代には届かないんです。その人達にとっては、「番組から気になるものを検索可能にする」くらいしか解がないんです。

 これは別の言い方をすれば、「生活の中にスマホやPCはないと困るけれど、テレビはなくても困らない人々」をテレビに引き戻すにはどうするか、という考え方といえる。ネットであっても、そのコンテンツの多くはテレビ由来であったりする。それがネット経由で楽しまれている(映像としてだけでなく、「ネタ」としても)理由は、その世代には身近であり、検索などを経由して素早く手が届くからだ。そこに「テレビでも似た利便性を提供して、テレビ番組をテレビで見てもらう」アプローチといえる。

東芝 DS社プラットフォーム&ソリューション開発センター プラットフォーム・ソリューション開発第一部 第三担当の辻雅史氏

 「見どころシーン検索」関連の企画・開発を担当している、プラットフォーム&ソリューション開発センターの辻雅史氏は、その仕組みを次のように説明する。

辻:「みどころシーン再生」では、各シーンに含まれる情報のキーワードで好きに検索していただいて、録画されている番組全体から見たい部分を見つけていただく、ということもできますが、それと共に、ヤフーの「検索急上昇キーワード」もご提供いただき、それを手がかりに探すこともできるようになっています。このキーワードは時々刻々変わりますから、「これなんだろう」と興味をもったものを手がかりに、番組を見ていけるのです。

片岡:それに対して「タグリスト」は別で、どんどん録って見る人達のための文化です。いかに効率的に録った番組を消化するか、そのためのツールなんですね。録ることありきなので、客層が違うんです。

 タグリストには現在、「公式タグリスト」という機能がある。これは、「みどころシーン再生」に使われている番組内の詳細情報と同じものだ。データソースは、本連載でも採り上げたエムデータのものである。だが、どのようなユーザーに向けた機能か、という見せ方が違うので、まったく違うものになっている、というのが東芝側の考えだ。

 メタデータを番組につける、という考え方はアメリカなどにもある。だが、アメリカのメタデータは「映画やドラマ単位」が基本。そのため、どちらかといえば「他にどのような番組があるか」というレコメンデーションに近い使い方が主流だ。

 しかしそれに対し、バラエティや情報番組、CMまでも対象となる、「録画文化」を軸とした日本の番組メタデータの場合には、「どこでなにが出たか」という頭出しベースの考え方である方が使いやすい。エムデータのメタデータは「頭出し」ベースだし、東芝がやってきたタグリストも「頭出し」ベース。タグリストとして使う場合にも、新たな機能である「みどころシーン再生」としても目的にかなう。

「番組共有」のための「カレンダー」と「メッセージ」

片岡:ただし、これらではまだ見えにくい。検索したりできて便利な道具にはなったんですが、人と人がつながっていない。そこで必要になるのが「メッセージ」であったり「カレンダー」だったりするのです。別の言い方をすれば、これらの機能は「人とつなぐためのネタ」なのです。

 人と人をつなぐ「ネタ」としての機能、とはどういうことなのだろうか?

片岡:「カレンダー」というのは、現状、録画予約一覧を統合表示する機能としています。家の中にある録画機器、Z7やJ7はもちろん、Cell REGZAやRDシリーズも含むわけですが、それぞれにどんな録画予約がなされているかを統合する予約リストになっているわけです。「あれ、あの番組はどれに予約したっけ」というところがわかるようになって、今後は管理が楽になる、という方向性になっています。

 さらにカレンダーというのは、録画番組の「ログ」でもあります。録画した番組の情報がすべて残ります。録画予約一覧と違うのは、「過去こんな番組を録ったよね」ということを検索できるようにもなるだろう、ということです。まあ、今はまだできていないので、将来をお楽しみに、ということになるのですが。

 すなわち、カレンダーとは我々が思う「スケジュール関係」のカレンダーではなく、「録画番組の情報を、日時を手がかりに見つける、管理する」ための機能、ということになるわけだ。「テレビにカレンダー?」という印象があるが、この切り口なら理解できる。「メッセージ」もおなじような切り口だ。

カレンダー。予約状況を管理できる

片岡:今はできていないのですが、今後はここから、「他人になにを予約したのかを伝えられる機能」になる予定です。

東芝DS社プラットフォーム&ソリューション開発センター プラットフォーム・ソリューション開発第五部 第二担当 主務 高尾裕治氏

 面白い番組を録画することにこだわっている人は、友達の中に何人かはいます。「これ面白いよ」とか「これは一緒に見たい」と伝えてくるような人が。今だとそういうことはTwitterだとかFacebookベースで行なわれているのですが、でも、それを見て「ふーん」と思っても、そこからアクションを起こして録画・視聴に行く人はどれだけいるのでしょうか? そこから見るまでのストレスは大きいんです。検索して見ちゃうような世代にとっては。それは、それらの情報がテレビとつながっていないから。やりそうでいて、みんなやらない。10人いたら、1人、2人までしかやらない。だから、そのための確率をあげてやる道具、「発進基地」としてのカレンダーが必要なんです。

 カレンダーには「友達に伝える」というボタンが付きます。それを押すと、その番組のチャンネル、日時、番組名が、まるで添付ファイルのようにメッセージにくっついて飛んでいきます。それこそテレビであれ、コンパニオンアプリであるスマホやタブレットであれ。将来的にはスマホにそういうメッセージが飛んでいくようにしたいと考えています。そこから、本人が対応のテレビをもっていれば、視聴・録画につながります。ゆくゆくは、それ以外のこともやろうと考えているのですが、まずはここから、ということです。

 すなわち、「カレンダー」と「コミュニケーション」は、結局番組を人同士の媒介にするための仕組みである、という考え方だ。

片岡:さらには、「みどころシーン再生」で使ったようなシーン情報を、メッセージに添付して転送することになります。これはあくまで、録画データを渡すのでなく、録画した番組の情報とその番組の中の「位置」だけを渡します。そういうことがスマホやタブレットだけでできますか? という話なんです。これが添付され、テレビに入って、自動的に再生できるようになる、というのが重要なんです。「メッセージ」といってはいますが、本文なんて空でもいいんですよ。

クラウド化で「テレビの開発手法」「進化のさせ方」を変えろ!

 機能としてはなるほどごもっとも、だ。だが、ここに「TimeOnがクラウドサービスでないとならない理由」が出てくる。

片岡:そうやって録画番組を伝えようとすると、クラウドでなければダメなんですよ。なぜなら、各地域でチャンネルが違うからです。そこを、各テレビやレコーダが全国の百何十のチャンネル違いのEPGをもって、内部でマッピングしなおして……というのは無理ですよね。だからクラウドでやるんです。

 メッセージに録画情報を「添付」して送る、というアナロジーも、クラウドの中でやってあげる、という形になっているのです。

 番組のお勧め情報を「添付」して送るといっても、実際にHDDの中にある番組のインデックス情報は、機器毎に違うわけです。ですから、そこにクラウドが介在して、住んでいるところが違っても、機器が違っても同じように再生できるように、という形だからできるんです。

辻:シーン添付にしても、単にローカルで見れても面白くないですから、東京にいても地方にいても、同じ番組が見つかって頭出ししてシーンが表示できるように、チャンネルの違いなどをクラウド側で吸収して伝えている、ということです。

 先ほど挙げた「急上昇キーワード」にしても、単純に出しているわけではなく、過去数日間のデータをあらかじめ調べておいて、ヤフーの急上昇キーワードとマッチングし、「録画番組の中にあるもの」を提示するようにしているのです。地味な部分ではありますが、そういう風にしないと、キーワードがあっても「番組がありません」というメッセージが出て止まる、ということになりますので……。

片岡:全録があるREGZA Z7だけでなく、録画を指定して行なうZJの場合も含め、「あなたが持っている機器の中にどの番組があるか」を逐一確認して、検索結果を出している、ということです。

 そこは、先ほど言っていた「習慣性」の問題が出てくるわけですよ。番組やシーンが見つからずに切れてしまうと、それで使われなくなる確率が上がってしまい、もう使ってもらえなくなる。ですから、そういうことが起きないように、涙ぐましい努力を重ねているんです。

 問題は、ここまで複雑で巨大なクラウドをベースとしたサービスを作る、しかも、テレビの中に入る「本筋の機能」として作り込むことが大変だ、という点である。

片岡:アプリでやっていた時と違い、「試しにちょっと作ってみよう」では、もう済まない。テレビの中に組み込むことになりますから、多くの人が普通に使えるようにユーザーインターフェースも作らなければなりませんし、今後の機能のための「土台」も用意しないといけない。テレビのローカル開発とブラウザ開発を同時に行なわねばならず、さらには、テレビの中の機能をウェブブラウザ側から利用できるように、抽象化したAPIも整備しないといけない。ですので、まずは土台をしっかり作っていこう、ということで、技術陣ががんばってここまでやってくれたわけです。

東芝 DS社 プラットフォーム&ソリューション開発センター プラットフォーム・ソリューション 開発第五部 第二担当グループ長 木塚善久氏

 ブラウザベースでクラウドサービスを使い、テレビの中で普通の機能として動かす、という難題に取り組み、片岡氏が言うところの「土台」開発を指揮したのは、木塚善久氏だ。これは難題であると同時に、きわめて短い時間で開発することを命じられたプロジェクトであった。そもそも実際の作業時間は「3カ月もなかった」というのだ。

木塚:界面(ユーザーに触れるベースとなる面)が、この機能は「ブラウザ」なんです。ブラウザからテレビのネイティブな機能を呼び出す口が、将来的に片岡のビジョンを実現するためのボトルネックになる、と考えました。そこで、将来を見据えたインターフェースをまず作り、その上でサービスはアプリとしてサーバー側で構築する、ということにしました。すなわち、機能の多くは「サーバー側」です。

 そうしないと、今後毎回機能がアップするたびに、テレビ側のファームウエアを大幅にアップデートせねばならない、ということになるからです。それを避けるようにバージョンアップしていきたいと考えました。

 サービスはHTML5ベース、ブラウザはWebKitベースなわけですが、そこではHTML5キャッシュの仕組みなどをうまく活用し、快適に動作するよう、ブラウザ側にチューニングも加えています。

片岡:これができれば、今後はクラウド側の進化で改善していけるようになるんですよね。最初の土台作りは大変ですが。

 すなわち、片岡氏達の考える「人と人の間をつなぐコンテンツを呼び出す」ための継続的な進化を、テレビ本体のファームウエア更新を伴わず、ローコストに続けていくために、テレビの機能を「ウェブブラウザ経由で使えるサービスにする」という、大変な開発を行なうことになったわけだ。

 ここでは補足説明が必要だろう。

 テレビに組み込まれるファームウエアの開発は、非常に手間がかかる。問題なのは品質保証だ。アップデートを繰り返すと、大規模な人件費が必要な検証プロセスを、アップデートのたびに行なうことになる。そこを軽んじることはできないし、かといって無尽蔵に「売ってしまった製品」のためにコストを積み上げるのも難しい。機能開発が、実際には次の新製品に関連する重要なプロセスであったとしても、だ。

 だが、テレビ内のファームウエア開発から離れ、クラウド側で進化させられるようになれば、検証プロセスはシンプル化し、進化させやすくなる。売ってしまった機器に、継続的に価値を提供しやすくなるわけだ。

 例えば、TimeOnには出荷初期、機能操作系の機器内マニュアルが充実していなかった。だがそこはオンラインで供給されているので、機能に連携する形で、「ある日使っているとマニュアルページが増えている」という形になっていた。

 パフォーマンスについても、サーバー側のサービスをチューニングし、11月半ばに大幅な改善を実現したという。今後も、機能・パフォーマンスともに、サービス側での追加・改善が予定されている。

片岡:次世代向けにやりたいサービスの企画は進んでいます。しかしそれも、REGZA Z7/J7で、ほとんどがそのまま動いてしまうのです。クラウド側で実現する部分がほとんどですから。

 こういうアプローチは、やりたかったけれど、なかなかできなかった。なぜなら、組み込み機器向けのエンジニアがウェブサービスを使って仕上げる、というプロセスのやり方を描けなかったからです。そもそもそれはエンジニアがやることではなく、経営サイドの問題ですよね。「そこで使うサーバーの費用はどうするのですか」といった話にもなるわけで。上位から「なぜやるのか」「どうするのか」ストーリーを作り、エンジニアは「そうきたらどうするか」を考えないといけない。我々としても、そのような作り方をしたのは初体験でしたね。

 実はTimeOnの開発は、日本だけで行なわれているわけではない、という。4カ国以上のエンジニアが参加しており、そのコラボレーションの結果である。それぞれ国によって時間も違えば言葉も違う。そこの調整も「初めての経験」であった、という。

木塚:いままで、我々のチームの中に、サーバ関連の開発者がいっぱいた訳ではありません。それに、このような大規模なB2Cサービスの開発も初めてのことです。そのためのスキルも経験も、動かしながら身につけていった部分もあります。

 なによりいままでやったことがない手法であったので、社内情勢調整の嵐、という部分もありました。そこに開発面以外で、思ったよりも工数を取られた部分はあります。それに、品質の考え方もいままでと異なります。サービスを開発して動かしながら品質を上げていくわけですから。しかしあくまで、東芝DS社の製品の一環ですから、その側面で見ると求められる品質、というものがあります。そこはサービス型といえど、実現していきたいと思います。

 片岡氏は、「TimeOnはまだまだ拙い部分がありますし、始まったばかり」と言う。現状のUIや表示についても、大幅に改善が必要と筆者も考える。だが、あの部分は「ウェブ」であり、改変が容易だ。むしろ継続的に、スムーズに進化させていくことで、テレビに新しい価値を生み出せるだろう。

 テレビをもう一度売れる製品にするために、なにをすればいいのか。

 東芝は、機能とソフト開発手法の面で、今、産みの苦しみを味わっている。だがそれは、決して無駄ではなく、今後あり得べき方向性だと、筆者も考える。

 そういう冒険の先に、新しいテレビ、おそらくは「スマートテレビ」と言われるものの可能性があると考えるからだ。

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西田 宗千佳