鳥居一豊の「良作×良品」

ひたすら音に拘る最上級サウンドバー ソニー「HT-ST7」

「レ・ミゼラブル」が歌い上げる人々の迸る感情を体感

HT-ST7

 凄い製品が登場した。それは今回取り上げる良品であるソニーのサウンドバータイプのホームシアターシステム「HT-ST7」だ。ソニーのサウンドバータイプのスピーカーは、ここでも6月に「HT-CT660」を取り上げているが、ラインアップとしてはその最上位にあたるモデルだ。

 とはいえ、HT-CT660とHT-ST7を比べるようなことはしない。HT-CT660が実売でおよそ35,000円に対して、HT-ST7は実売で129,800円ともなる高価格な製品であり、両方を選べる現時点でも両者を比較して検討する人はあまりいないだろう。対象となる購買層がかなり違うので、比較の意味がないのだ。

 では、お手軽=身近な製品とされるカテゴリーであるサウンドバータイプのサラウンドシステムで、10万円を超える高価格の商品は何と比較するべきだろうか? もちろん、AVアンプやスピーカー、サブウーファーを組み合わせた単品システムによるリアル5.1chあるいは7.1chシステムだ。10万円ちょっとの予算があれば、単品コンポによるリアル7.1chシステムの購入もできるからだ。

 一般論で言えば、音質やサラウンド効果の再現性などを求めるならば、リアル7.1chだし、リアスピーカーの置き場所や機材が多くなることによる生活空間への影響からリアル7.1chを実現できないならばサウンドバータイプということになる。その代償としては、音質的な差が大きいこと。だから、リアル7.1chがムリならサラウンドそのものを諦めてしまう人も少なくない。その一般的な考えを打ち破る製品が、HT-ST7なのである。物理的にリアル7.1chを実現できない環境で手軽に使えるサウンドバータイプでありながら、音質やサラウンドの再現においてもリアル7.1chに迫る実力を持つという意味だ。

 これは、予算ではなく、生活環境の問題でリアル7.1chを断念していた人には朗報と言える。「本当にリアル7.1chに迫る実力ならば、その通りだね」、という声が聞こえてきそうだが、ならばそこのところを厳しくチェックしてみよう。

レ・ミゼラブル ブルーレイ(デジタル・コピー付/2枚組)(c)2012 Universal Studios.ALL RIGHTS RESERVED

 取り上げる良作は、この製品のために温存しておいたとさえ言えるミュージカルの傑作「レ・ミゼラブル」。フランス革命後の王政復古時代の抑圧された市民たちの怒りや哀しみをジャン・バルジャンの生涯を通して描いたヴィクトル・ユーゴーの大作を原作としたミュージカル作品を映画化したものだ。

 最初に言ってしまうと、本作は7.1ch収録作品ではあるが、冒頭に海水を全身に浴びる場面があるくらいで、わかりやすい音の移動や後方の音の定位のようなサラウンド効果があまり使われていない。「音質」という点においては、チェック用の素材として最適ではあるが、リアル7.1chサラウンドに迫るサラウンド効果が得られているかどうかを確認できるのだろうかと思う人もいるだろう。そのあたりについては、いつもどおりの長文になるが、最後までお読みいただければ納得してもらえると思う。

サウンドバータイプとしては、ちょっと大きめ。7個の大口径スピーカーが迫力。

 ではまず、HT-ST7から詳しく見ていこう。これまでの六角柱スタイルとは異なるものの、六角形フォルムは踏襲されたデザインで、このところのソニー製品が多く採用している、指輪の宝石のような多面体カットを意識したものだ。大きく異なるのは、本体部であるサウンドバー部分がちょっと大きめな点だろう。横幅は1,080mmで、高さが129mm、奥行きも130mmとなる。画面サイズ的には50〜60型クラスと同等。薄型テレビのスタンドが低めだと画面に重なってしまいかねないサイズだ。

 本機には、テレビ用リモコンの赤外線信号を受信し、背面からテレビの受信部に向けて再送信するIRリピーター機能があるので、テレビ操作の邪魔にはなりにくい。画面が重なって見えなくなるようであれば、ホームセンターなどで適当な高さ(厚さ)の木板を探してテレビスタンドの寸法と同じようにカットして購入し、テレビの高さを持ち上げるといいだろう。

サウンドバー部分の正面カット。付属のスピーカーグリルを装着した状態。両端が斜めにカットされているだけでなく、天面と底面の前側も斜めにカットされており、多面体形状となる
スピーカーグリルを外すと、大口径のスピーカーがずらりと並んだ迫力ある外観になる。開発者によれば、鑑賞時は外した状態で聴くのがお薦めとのこと
天面を俯瞰して見たところ。両端は絞り込まれた形状になっていることもわかる。奥行きも少々長めだ

 さらに特徴的なのは、その大きなボディにサウンドバータイプとしては大きめの65mmユニットが合計7個横並びに配置されている点だ。見た目の迫力という点でもなかなかのものだ。この7個のスピーカーは、ソニー独自の磁性流体スピーカー。振動板を動かすボイスコイルを磁性流体が磁気の力で支持するため、これまでのダンパーと呼ばれるメカ部品で支える構造と異なり、メカニカルな抵抗がなくよりスムーズな動きを実現できる。そのため音の歪みを低減でき、音圧も向上しているという。

 さらに、このスピーカーは、それぞれ独立した7chのパワーアンプで駆動される。現実的な動作は少々異なるのだが、7つのスピーカーと7chアンプをひとつにボディに収めてしまったと考えていい。

 両サイドにある2つがメインスピーカーとなり、ここには20mmのソフトドーム型ツィーターも追加されている。サラウンド再生の仕組みについては後で詳しく解説するが、中央の5つはサラウンド再生のためのもので、どれがセンターとかサラウンド、サラウンドバックというわけではない。

左側のメインスピーカー部。65mmのフルレンジユニット+20mmツィーターという構成
中央の5個のスピーカー部。いわゆるアレイスピーカー配置となる。理想的な波面を制御するため間隔や数も吟味して決定されたという
付属する角度調整用のフットを装着した状態。この有無によって、スピーカーユニットを正面向き/15度上向きに調整できる

 サブウーファーも比較的大きめだ。こちらはタテ長の立方体形状だが、天面には三角形を組み合わせたように見えるデザイン処理が施され、スタンドとなる下部を斜めにカットしている。ボディは樹脂製だが前面だけがサランネット張りとなっている。それは、ネットの奥に口径180mmのサブウーファーユニットが備わっているため。これに加えて、底面には200×300mmのパッシブラジエーターも備える。このクラスのサブウーファーとしては珍しい密閉型を採用している。これは、量感ある低音の再現では優れるものの、低音がもやもやと解像感が低くなりがちになるバスレフ型の弱点を嫌ったもの。

 映画では欠かせない低音の量感については、パッシブラジエーターで補っているわけだ。さらには、サブウーファーにはボディ内に独立したDSPを備えており、ユニットの歪みを検出しDSPで補正してユニットの振動をコントロールするフィードバック機能も持っている。このため、サブウーファーの音量の調整だけでなく、キレの良い低音(音楽向き)/標準/量感寄り(映画向き)の3つからサブウーファーの音色を調整する機能も持つ。サウンドバータイプのサブウーファーとしては、かなり凝った作りになっている。

サブウーファー部の外観。写真ではわかりにくいが、前面だけはサランネットでカバーされている。カバーの着脱はできない
逆台形形状のスタンド部分は中空に空間があり、底面にあるパッシブラジエーターの低音を四方に放射するようになっている。床面に接する部分は低音の振動を床に伝えないようにするもので、かなり厚みがある
底面にあるパッシブラジエーターを見たところ。パッシブラジエーターは電気による駆動はされないが、サブウーファーユニットの発する低音エネルギーと共振することで低音成分が補強される仕組みだ。楕円形状となっておりかなり大口径だ

 本体部の操作ボタン類は、天面の斜めにカットされた部分に配置される。ボタンは電源オン/オフ、Bluetoothのペアリングボタン、入力切り替え、ボリュームとシンプルだ。ここでざっとHT-ST7の機能について紹介しておこう。HDMI入力は3系統あり、4K信号(4K/30p)や3DやARCといった機能に対応。ドルビーTrueHDや、DTS-HD Master Audioなどのサラウンド音声にも対応する。

 スマートフォンなどでの音楽再生用として、Bluetoothにも対応。NFC機能も備えており、本体右側側面にNFCロゴがある。これを使ったワンタッチでのペアリングや接続/切断ができる。本体とサブウーファーの接続もワイヤレス接続となっており、サブウーファーを離れた場所に置く場合でも配線を引き回す必要がない。サウンドバーとして機能的にも充実しているとはいえ、機能という切り口ではHT-CT660とほぼ同じだ。にも関わらず価格が4倍近く違っているのは音質にこだわった作りのためだ。

操作ボタン部分。メタル製のボタンで質感が高い。金属感を主張する仕上げ加工など、見た目の点でも高級機らしい作りになっている
右側面のNFCロゴ。この部分にスマートフォンなどの対応機器をタッチする
本体前面にあるディスプレイ部。ボリュームやサラウンドモードなどを表示する

多少は大きく、重いが、設置そのものはスムーズで簡単。

設置イメージ。従来のサウンドバーと比較するとかなり大型なので設置可能かどうかは慎重に検討して欲しい

 では、さっそく設置してみよう。現在HT-ST7を長期借用中で、普段はリビングにある50型の薄型テレビと組み合わせている。これについてのインプレッションも最後に軽く紹介するが、試聴では専用のシアタールームに移動し、120インチのスクリーンと組み合わせて取材を行なった。比較対象はB&WのMatrix801 S3をメインスピーカーとする5.1chシステムだ。

 サウンドバー部分は、スクリーンの手前に薄型テレビ用の背の低いラックに置き、サブウーファーはそのラックの横に設置した。中央に置かなくても低音が設置場所で鳴っているような感じが少ないのは立派だ。これはサウンドバー部分のメインスピーカーが大口径ユニットのため、サブウーファーはその名の通りサブウーファーとしての帯域(音源位置がわかりにくい低音域)で動作するようになっているためだろう。だから、サブウーファーはテレビの近くではなく邪魔になりにくい場所に置いても問題は少なそうだ。ただし、壁際に置くと壁との反射で低音が増強され、低音がダブついたり、隣接する部屋へ低音の振動が伝わって迷惑になりやすいので注意。前後と左右の壁、床面の3つの面が接する部屋の隅に置く場合は要注意だ。

付属のリモコン。こちらも三角形を組み合わせた多面体風のデザイン。ボタン数も少なくシンプルに使える

 サウンドバーもサブウーファーも少し大きめなので、箱から出したり、置くべき場所に置いたりするのは少々大変だが、それでも2つの機材を運んで置くだけだから、たいした労働量ではない。あとは、サウンドバー部分にHDMIケーブルを使ってBDプレーヤーやディスプレイ機器と接続するだけだ。サブウーファーは電源コードを接続するだけで、自動的にワイヤレス接続される。

 梱包状態から設置まで、慣れた人なら30分もかからずに行なえるだろう。この手軽さはサウンドバータイプの最大のメリットだ。しかもワイヤレスなので、接続の手間も少ないし、ケーブルの引き回しを気にする心配もない。リアル5.1chや7.1chシステムだとこう簡単にはいかない。音が出るようになっても、設置位置の微調整などを追い込んでいくとなると、軽く1日がかりになるし、部屋中をケーブルが這い回ることになる。

あらゆる苦難に立ち向かう人々の姿が心に迫る「レ・ミゼラブル」

 「レ・ミゼラブル」を上映しよう。この映画は、ミュージカル映画が苦手という人でもあまり違和感なく楽しめると思うくらい魅力的な作品だ。僕もあまり得意な方ではないが、ほかのミュージカル作品と比べても台詞をのせた歌声に違和感がなく、スムーズに台詞として受け入れられる気がする。解説などをみてみれば疑問の余地はない。カメラが回っている撮影の現場で歌も収録するという手法で制作されているという。普通は撮影現場での歌は収録せず、後でアフレコした歌を合わせるわけだが、最近テレビ放送でちょっと話題になったように、どちらにもメリットとデメリットがあるが、生歌の方が文字通り生々しい歌を楽しめるのは間違いない。単純に口の動きと歌詞が揃っているというような話だけでなく、演技している現場での感情がそのまま歌にも表れているのだから、映像と音の一致感がより大きくなるし、歌声の説得力もストレートに伝わるのだろう。

 冒頭は、いきなり嵐で荒れた海の港湾から始まる。最初にちょっと言ったように、いきなりサラウンドで荒れ狂った海の波風が吹き荒れ、盛大に塩水をかぶる。まず、この四方八方から鳴り響く音に驚きを感じるところだが、それ以上に驚くのが難破しかけた大型船を数百人の囚人たちが人力でドックに引き上げるときの歌声だ。

 「下を向け、下を向け」と連呼するこの歌には、些細な罪(パンをひとつ盗んだ)で投獄され、脱獄罪も含めて20年の投獄をよぎなくされたジャン・バルジャン(ヒュー・ジャックマン)の怒りと恨みの感情が爆発している。フランス革命後、王政が再び復権し、民衆の多くが貧困にあえいでいる時代状況を考えると、その他の囚人たちの感情も少なからず同じようなものだろう。ときに罵倒するように、ときに吐き捨てるように、強く感情を叩きつけてくる。

 この歌声が、実に生々しく、本格的な表現力を持ったスピーカーならでは音で再現された。本格的な表現力とは、言葉で言えばダイナミックレンジや、周波数レンジの広さである。ダイナミックレンジの広さは、叩きつけるような大きな歌声から息継ぎの合間のわずかな吐息まで音量の大小の差をはっきりと再現できること。しかも、立ち上がりの俊敏でもたつくことがないので、爆発する感情がダイレクトに伝わる。そして、周波数レンジの広さは音の高低の広さ。人間の声は耳の感度がもっとも高い部分だから、小口径ユニットでも声は聴こえる。しかし、十分な口径を持つユニットによる再現だからこそ、喉から出た声ではなく、腹から出た声になる。特に囚人全員が船を引くロープを引っ張るときのかけ声を合唱する場面などは、腹の底から絞り出したような太さが出ている。これは立派なものだ。

 そんな囚人たちを厳しい視線で監視するのが、宿敵とも言えるジャベール(ラッセル・クロウ)。どちらかというと寡黙な男が似合う俳優だと思っていたが、この作品では歌う歌う。なかなかの美声で饒舌なまでに頑なな正義を主張する。ジャベールとジャン・バルジャンは何度となく激しく視線を交わすが、それぞれが向ける視線や歌に込めた感情の変化が本作の大きな見どころだろう。

「ああ、無情」。貧困にあえぐ人々は、見苦しく、醜く、それでも生きていく

 仮釈放(危険人物としての監視付きだが)となったジャン・ヴァルジャンは、糧を得るための職にもありつけず、民衆達にすら見放される過酷な人生を歩むことになるが、一人の司教との出会いがすべてを変えた。ここで、時間は経過し、今度はファンテーヌという町工場で働く女性にスポットが当たる。ここでの女工達の厭世的な哀歌もなかなか聞き物だ。工場長のお気に入り(セクハラの対象だっただけだが)というのが他の女工たちの気にくわなかったのだろうか、おそらくは妬みや嫉妬が原因のいたずらで、ファンテーヌに病気の子がいることを皆に知られてしまい、喧嘩沙汰になったところで誰の助けも得られずに工場を辞めさせられてしまう。

 そこからの転落ぶりが恐ろしい。原作に比べて3時間足らずの長さしかない映画では短くせざるを得ないのだろうが、まさに急転直下の展開で売春婦に身を落としてしまう。まともな(おそらく時代的には現在よりもっと貞淑な)道徳観を持った女性が売春婦として生きていくまでの転落を歌った曲は、せつなすぎるし、アン・ハサウェイの伸びのある高音域が哀しみを倍加させる。中高域の透明感のある再現も美しいし、音の立ち上がりのスピード感がよく、感情の起伏がよく伝わってくる。

 逆に、典型的な悪役として描かれる女工達の憎たらしさや逞しく生きているふてぶてしさもよく伝わる。この作品は、人間の醜い部分を露骨に描いているが、それでいてどことなくユーモラスでもある。ファンテーヌの娘コゼットを預かっているテナルディエ夫妻が好例だろう。現実には絶対に関わりたくない人ではあるが、時代に合わせて小狡く、小賢しく生きている小人物として、それはそれで欠かせない登場人物だ。

 序盤のクライマックスと言えるのが、そのファンテーヌが身体を壊し、ジャン・ヴァルジャンに救われるものの、娘と再会することなく死んでいく場面。「アイ・ドリームド・ア・ドリーム(夢やぶれて)」という名曲が歌われるが、美しい調べにのせて切々と歌う姿が悲しい。先ほどダイナミックレンジ(音の大小の幅)が広いと言ったが、大音量では元気よく鳴っても小音量だと途端に元気がなくなってしまうのはダイナミックレンジが狭い典型例だ。試聴取材ということもあり、それなりの音量で鳴らしているが、死にかけたファンテーヌが歌うのだから、この歌は音量的には話し声と変わらない音量で、弱々しく歌われる。そんな声を弱々しくも、明瞭に再現する。だから、最後の力を振り絞って歌い上げるときの力強さにいっそう胸を打たれる。

 話は少し横道に逸れるが、ステレオ再生にこだわっている人には、サラウンド収録の映画ですら自分のステレオ装置で聴いた方が良い音だと言う人がいる。位相特性の優れたスピーカーの場合、ダウンミックス2チャンネルでも案外サラウンド感がしっかりと再現できるので、それなりのサラウンド感も得られるのは事実。だが、問題はそんなことではなく、音質的なクオリティーの低い5.1chよりも、質の高い2chの方が肝心の歌声をきちんと聴けるというのが、ステレオ装置の方が良いという根拠だろう。これはきちんと筋の通った主張だ。サラウンドのためのシステムとはいえ、やはり肝心の音質がまず一番に重要になるというわけだ。

 話を戻そう。HT-ST7の基本的な音質の実力は、音楽再生やBluetoothでの再生などでも確認しているが、同価格の単品のステレオシステムと遜色のない実力を持っている。価格的な制約もあるが、これは今までのサウンドバータイプのスピーカーではなかなか望めなかったものだ。それなりにコストのかかるサラウンド再生技術や映画のための迫力ある音の方が得てして優先度が高くなってしまうことも理由にある。

 冒頭でHT-ST7を凄い製品だと評したのは、同じサウンドバータイプでありながら、アプローチがまったく逆になっているためだ。サラウンド再生をきちんと楽しめるのが第一で、できれば音楽再生も可能な範囲で良くする。ではなく、まずは音楽再生をしっかりと楽しめるスピーカーとしての基本的な実力を高めて、そのうえでサラウンド再生も行えるようにするという手法だ。理屈で言えば、こちらが王道だ。質の高いスピーカーなのだから、そのユニットをさらに追加してサラウンドをやれば良くなるに決まっている。実際のところ、サラウンド効果を高めるという点でも大口径で周波数レンジの広いスピーカーユニットの採用は大きく貢献しているという。

 最大の問題はコストが際限なくかかってしまう点だ。ピュア・オーディオと呼ばれる製品が良くも悪くも高価な製品が多いのは、一般向け製品に比べてコストの制約を緩めているからだし、そこまでして得られる音があるからだ。

映画をサラウンドで見る楽しみとは何だろうか?

 幼いコゼットをテナルディエ夫妻から取り戻したジャン・バルジャンは、身を潜めて生きていくことになる。コゼットが成長する頃には時代は再び闘争へと突き進んでおり、秘密結社ABCの友らが、市民たちを扇動するきな臭い空気が漂う。

 ここで再び、冒頭の「囚人の歌」が歌われる。歌うのは市民たち。「下を向け、下を向け」と連呼するのは同じだが、自らにではなく困難をすべて自分たちに押しつけて顧みようともしない上流階級の者どもに、自分たちを見ろと歌っている。この変容は時代の変化を象徴しており、状況描写として見事だ。歌っている市民の中には、たくしましく生きる少年もおり、牙を剥いた民衆の怒りが爆発寸前になっている様子がすぐにわかる。

 ここでは、コゼットは政治活動に身を置く青年マリウスと出会い、物語はクライマックスに向けて大きなうねりのように盛り上がっていく。どちらかというと、貧困にあえぐ市民たちの生活を生々しく描くのが中心だった展開から、町中やジャン・バルジャンらが隠れ住む小さなマンション、バリケードを張った市民の抵抗運動、ジャベールに追われたジャン・バルジャンが地下道や下水道を逃げ回るなど、場面も目まぐるしく展開していく。ストーリーのテンポの良さの理由でもあるが、このあたりの切り替えの速さは最新のアクション映画並みにスピーディーだ。それでいて、状況説明や肝心のエピソードは歌をまじえて語っていくのでストーリーはきちんと把握できる。この情報量が普通のセリフだったとしたら、まるでつまらない映画になっただろう。ミュージカルの良さをうまくいかしたテンポの良さだ。

 こうした場面の変化が続くと、サラウンド音声の効果がよくわかる。道幅の広い大通り、混雑した雑踏、室内などなど、その場面ごとに空間の広さが変化している。この作品は前方音場が主体で、雨が降るような場面でもないかぎり、ことさらにリア方向の音の再現を意識させることはない。極端に言えば、ステレオ再生でも十分にストーリーは追えるし、質の高いステレオ装置ならば数々の感動的な歌を存分に楽しめるだろう。

 しかし、空間再現はそうはいかない。前方音場主体とはいえ、比較的ヌケのよい響きの町中や、微妙なエコー感をともなう室内など、そういったその場にいる雰囲気には大きな違いがある。このあたりの再現については、リアル5.1chを実際に自分の家で楽しんでいる人ほど、HT-ST7の音を確かめてみて欲しいと思う。きっと、その音の実力に唸らされるはずだ。

 一言で言えば、空間のつながりが良い。HT-ST7のサラウンド方式について説明すると、基本となるのは従来からソニーが採用している「S-Force PRO フロントサラウンド」だ。これは、前方2本のスピーカーだけで後方の音も再現できるようにするバーチャルサラウンド技術。しかし、前方2本のスピーカーだけではどうしてもスイートスポットが狭くなり、ピンポイントに設定すれば目の前の一人だけどころか頭を動かしただけでサラウンド感が得られなくなる。逆にスイートスポットを広くしようとすると、なんとなく頭の周りで音が鳴っているだけの漠然としたサラウンド空間になる。

 この問題を解決するために、中央の5個のスピーカーがある。これらはメインとなる両サイドのスピーカーと連動し、センターやサラウンド、サラウンドバックの音を再現する。人間の耳はある場所から出た音を、右の耳と左の耳に聞こえるまでの時間差や位相差によって音源の位置を特定している。この仕組みを数値化したものがHRTF(頭部伝達関数)などであり、バーチャルサラウンド技術の核と言えるものだ。つまり、ある音に高精度の補正することで擬似的に右の耳と左の耳へ聞こえる時間差や位相差を作り出し、後方から音が聞こえているように感じさせるわけだ。これを1組のスピーカーだけでやろうとすると7.1chどころかもっと多くの信号を重畳させることになるため、理論通りの再現が難しくなる。そのために5個のスピーカーが遅れて届く音や位相がずれて届く音を個別に音を出し、理想的なサラウンド再生を可能にしている。

7chをS-Masterで独立駆動

 7個のスピーカーは独立したアンプを持つ個別のものでありながら、ひとつの空間を生み出す1組のスピーカーでもあるというわけだ。こうした各ユニットが連携して動くように制御するのが「波面制御技術」。DSPによる高精度な制御で複数のスピーカーが連携し、7.1chの音というよりも、それによって生み出されるサラウンド空間を再現する。もちろん、電気的な信号制御だけでなく、合計7個のスピーカーの配置やスピーカーごとの間隔でも再現性に影響があるようで、開発段階ではかなり試行錯誤をして決定されたようだ。このあたりは、かなり難しい話(数式なしで正確な表現ができない話)になるので、イメージによる解説とさせてもらったが、肝心なのは7.1chの音を再現することと、サラウンド空間を再現することの違いだ。

 スピーカーを7つ置けば、その7箇所から音が出る。サラウンドシステムで言えば「音が出ているだけの状態」だ。たいがいの場合、これで音がつながることはなく、ただ7箇所からバラバラに音が出ているだけになる。5.1chなり7.1chなりのシステムを家で使っている人は、ステレオ再生で2本のスピーカーの間にボーカルが浮かぶのと同じように、フロント右とサラウンド右の間に音像が浮かぶかどうかを確かめてみてほしい。音像が中央からずれていたり、音像がぼやけている場合は、チャンネルがつながっていない。セッティングなど、システムの見直しが必要だ。

 これは、ひどく大変な作業で、理想を言えばすべてのスピーカーを等距離、同じ半径の円周上に配置するという、生活空間を犠牲にするくらいきちんとアコースティックな環境を整える必要が出てくる。AVアンプには、周波数補正や位相補正などの支援機能もあるが、ある程度はアコースティックな環境の整備も欠かせない。これらを追い込んでいくとスピーカーがつながり、部屋のどこにでも音像が定位する再生が可能になる。映画の作り手の意図通りに、BGMは部屋全体に包み込むように広がり、銃撃の音は四方を明瞭な音像定位を持って移動する。そんな音場空間ができ上がる。ちなみに、映画館では(スイートスポットを広げる理由もあるが)同じ7.1chでも、横の壁には複数のサラウンドスピーカー、後ろの壁には複数のサラウンドバックスピーカーを置くことでこれを実現している。

 ところが、バーチャルサラウンドはそもそも1組のスピーカーしかない。HT-ST7もメインスピーカーとアシストするスピーカーですべてのチャンネルを擬似的に再現しているわけだから、基本は同じ。各スピーカーの同一性のために同じユニット、同じアンプを独立して搭載しているのは先に述べた通りだ。だから、各チャンネルがつながらないわけがない。面倒な調整や設置場所の吟味が必要ないという利便性が大きなアピールポイントではあるが、実はそれ以上にサラウンド空間としてつながりの良さについては、適当に置いたリアル7.1chサラウンドよりも優れていると言ってもいい。

 その空間表現が映画にとってどれほど重要かは、「レ・ミゼラブル」のような作品を見るとわかる。チャンネルがバラバラに鳴っていると、後ろで残響音が鳴っているのがわかる。それは空間に包まれているとは言いにくい。スピーカーに包まれているのだ。これが、7.1chの音を再現するのと、サラウンド空間を再現するということの違い。

 実は、この片鱗は、HT-CT660でも感じていた。僕は今も含めて以前からずっとチャンネルのつながりに悩まされていて、元は7.1ch揃っていたスピーカーをどんどん減らし、現在はセンターもない4.1chの最小単位に戻ってチャンネルのつながりを追求している。ところが、あの安価なHT-CT660は(視聴位置から身動きできないピンポイントさだが)しっかりと空間がつながっていた。そのあたりを強くアピールできなかったのは、スイートスポットの狭さと、絶対的な音質がそれなりの実力のあるスピーカーで構築したシステムに及んでいなかったからだ。

 HT-ST7は、まず絶対的な音質に力を注いだ。だから、醸成されたサラウンド空間も質的にかなり優れており、濃厚な音像定位があり、しかも音の厚みや力強さもしっかりと得られる満足感がある。これならば、奥様に嫌がられながら無理矢理に部屋にスピーカーを置いた7.1chと少なくとも同等の音質で、しかもサラウンド空間は同等かそれを上回る可能性がある。HT-ST7の凄さはここにある。付け加えるならば、合計7個のスピーカーを使ったこともあり、スイートスポットの広さもかなり良好。置き場所を気にせず、しかも家族揃って良い音で映画を楽しめる。

さあ、高らかに「民衆の歌」を歌おう!!

 激動の時代を舞台にした物語は、いよいよ終盤だ。過酷な人生を生き抜き、自分のためではなく、誰かのために生きたその生涯を終える最後は感動的だ。頑なな正義に縛られ続け、その矛盾さえ受け入れられず、誰も許さず自分もまた許さなかったジャベールの最後も哀しい。こうしたさまざまな人々の生き様をリアルな音で堪能すると、自分がいかに恵まれた時代に生きているかがわかるし、少々の苦労で嘆いていられないという気分にもなる。

 それはさておき、物語のラストは歴史通りに進み、街の中に民衆が集まり、高らかに「民衆の歌」を歌う。街の広場での広々とした空間で大勢に人間たちの歌声が響き渡る。よくよく聴いていると、この最後の合唱は、前方音場ではなく、見ている自分がその民衆の群れの中に居るように聴こえる。自分の周囲でさまざまな人の歌声がきちんと定位し、それらが一体となって合唱に包まれている気持ちになる。これは歌いたくなる!!

 英語はからきしだが、歌詞を覚えて歌いたい。ミュージカルなどでも使われた有名な曲だから、誰でもサビのメロディーには覚えがあるだろう。あの高揚感たっぷりの感動的な歌をみんなと一緒に歌いたい。

 この映画はコントラストの映画だ。映像的な明暗のコントラストという意味でもあるが、絶望的に過酷な現実の苦しみと、そこに手をさしのべてくれる人がいるという幸福のコントラストが素晴らしい。2時間を超える長い映画は本当に苦手なのだが、あっという間の時間だった。それはこの映画の主役である音楽と歌が、真に迫ったものだったことの証でもあるだろう。

小さめの音量もなかなかのもの。リビング用スピーカーとして最適なことを実感。

 最後に、16畳ほどのリビングで日常的に使っているときのインプレッションも触れておこう。こちらは防音などはほとんどしていない普通の部屋なので、音量はかなり絞って聴くことが多い。ここでは、主にテレビの音声やスマートフォンでの音楽を聴くことが多いが、小音量でも声がクリアで深夜などでも周囲に迷惑をかけず、気軽にアニメや映画を楽しめた。もちろん、本機の持ち味であるダイナミックレンジを生かすなら、それなりの音量の方が力強く、音の芯のある再現を楽しめるが、小音量でも音が痩せることがないので、使い勝手は良い。

 サブウーファの音量や音質調整は、小音量でこそ積極的に使いたい。深夜の小音量ではサブウーファの低音だけを増量することが多いが、逆に周囲への迷惑を考えるならサブウーファーだけ音量を絞るというのもアリだ。サブウーファーの音量は最小で0(ゼロ)にできるので、真夜中などでは有効だろう。サブウーファーの音質調整は、個人的な好みとしては、もっともタイトで解像感の高い音楽向きのTONE 1で、量感が不足するぶん、サブウーファー音量は大きめ、というものが一番感触が良かった。しかし、普通のフローリングの床では振動でビリビリと震える。この場合はTONE 3として量感を増やしそのぶん音量を下げるといいだろう。TONE 3でも極端に音量を上げなければボコボコの弛んだ低音にならないので、質の高い低音という範囲内で好みの差で使い分けられる。面倒でなければ、映画はTONE 3、音楽はTONE 1と使い分けるといいだろう。

 また、サラウンドモードは、サラウンド音源用の「サラウンド」、ステレオ再生となる「ピュア・ダイレクト」(中央の5個のスピーカーは音が出ない)、テレビ用の「TV VOICE」、ブラジルの大型スタジアムの音場を再現した「サッカー」(これはこれでなかなかに楽しい。サッカーや野球の中継向き)がある。「TV VOICE」はバーチャルサラウンドだが、あまり過度にサラウンド感を演出するのではなく、ステレオ的な広がりを高めつつ、声をしっかりと立たせるもので、テレビ番組を見るのに重宝している。このほか、声の再現性を高める機能には、「Voice」調整がある。これは声の帯域を持ち上げるEQ調整で、LEVEL 1は完全にフラット、LEVEL 2、LEVEL 3とするほどに強調量が増えていくものだ。このほか、音量によって感度が下がる低音域や高音域を最適に補正する「サウンド・オプティマイザー」もあるので、大音量再生は日曜日の昼間くらいしか望めない環境でも、現実的な音量で豊かな音質を楽しめる機能が充実している。

 正直なところ、ずっと借り続けていたいと思うくらい気に入っており、日課である就寝前の深夜アニメ鑑賞がより豊かなものになっている。サラウンド再生も十分以上の実力があり、しかもスピーカーを部屋の四方に置く必要もない便利さは、実にうれしい。

 本機の最大のお薦めユーザーは、リアル7.1chは物理的に難しいけれど、従来のサウンドバーでは音質が不十分だと考えるこだわり派だ。リアル7.1chを実現できる、実現したいという人はそれを選んだ方がいい。音のつながりは難問だが、それをクリアするためにいろいろ苦労するのがオーディオ&ビジュアルの醍醐味でもある。単品システムならば、スピーカーのチョイスで音質を自由に選べるし、質的により高いスピーカーも選べるなどの可能性は広がりる。

 その一方で、もうちょっと気軽に使えるものがあってもいいと思う人。家族の視線が怖い。奥様やお子様も使えるものでないと後ろめたいという人には、セカンドシステムとしてお薦めすることもできる。いずれにしても、音質のために10万円を超える価格を容認できるかどうかが本機を購入するときの検討事項になる(主要な機能はHT-CT660と同等)。だからこそ、その性能をまずは自分の耳で確かめてみてほしい。

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鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40〜60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。