“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”
第578回:テレビの表示を正しく調整する「Spyder4TV HD」
~本当にプロの職場に持ち込んで調整してみた~
■コンシューマ機はいつも問題
コンシューマ向けのテレビの発色は、各メーカーやシリーズごとにいろいろ特徴がある。新技術が導入されれば、そのメリットを生かした発色にカスタマイズされて出荷されるわけだし、そういった差を見せる事で、テレビはどんどん良くなっている、というイメージを打ち出すわけだ。
だがよく考えると、そうやって毎回世代ごとに少しずつ表示が違っているのであれば、世の中のテレビというのは見事にバラッバラの表示になっているという事である。バックライトなど物理的なデバイスの性能で違いが出るのは致し方ないところではあるが、複数台のモニターを並べたときに一体どれが正しいの? って話になったら、これはまた大変ややこしい事になる。
まあ一般の人なら「どれが一番いいか」を選ぶのもまた一つの楽しみなのだろうが、プロの現場においては見え方がバラバラだと大変困るのである。例えば撮影現場においても、技術者はマスターモニターを持ち込んで見ているが、立ち会いのクライアントには大型の民生用テレビで見て貰う、ということになる。
この時、「この色変なんだけど」とか「もうちょっと青っぽく」とか色の話になったときに面倒なことになる。マスターモニターではいい色になっていても、コンシューマ機の表示がズレている場合、「いやマスターの方が正確ですから」と言っても、じゃあなんで俺たちはこっちのテレビで見てんの? 視聴者が見るのはこっちの色味じゃないの? って話になって、もう収集がつかなくなる。
マスターモニターや業務用のラインモニターには、オートのキャリブレーターも付いているので、かなり正確に調整できる。またSMPTEカラーバーがあれば、Blue Only表示にすることでマニュアル調整も可能だ。Blue Onlyとは、ブラウン管時代から実装されている機能で、RGBのビームのうちB以外を切る。SMPTEカラーバーはその表示で、色位相やクロマ量が目視で調整できるように設計されているのだ。
ただ民生機の場合は、SMPTEカラーバーは表示できてもBlue Only機能がないので、マニュアル調整もままならない。結局マスターモニターを隣に置いて、見た目でそれに近くなるように合わせるしかないわけである。
もしこれが解決できるとしたらどうだろう。前置きが長くなったが、民生機のモニター設定をキャリブレーションするための機器が、今回取り上げる「Spyder4TV HD」である。これまでちゃんとやりようがなかった「民生機のテレビを調整する」という部分に攻め込んだ商品として、興味のあるところだ。価格は16,800円と、きちんとした効果が得られるのであれば高くはない。
どのような結果になるのだろうか。早速試してみよう。
■様々なスタイルに対応できるセンサー
内容物一覧 |
まず製品に含まれるものだが、テレビの表示具合を計測するセンサーがある。これをUSBでPCに接続し、専用ソフトで解析を行なうわけだ。さらにこのセンサーをテレビに貼り付けるためのカバーと、ゴム紐が2つ付属する。またフロントプロジェクタも測定できるので、センサーを三脚に付けられるホルダも付属している。
さらに、測定用テストパターンを収録したDVDとBlu-rayが1枚ずつ、あとは測定用ソフトウェアを収録したCD-ROMが1枚。ペーパーの基本操作ガイドも付属する。
計測センサー | 計測センサーの背面。網目部分にセンサーがある | センサーをテレビに取り付けるためのカバー |
ゴムひもを使ってテレビに固定する使用イメージ | センサーはPCと接続して利用する |
三脚に固定するためのホルダも付属している |
作業の流れとしては、測定用ソフトウェアの指示に従ってDVDまたはBlu-rayに収録されたテストパターンを表示し、それをセンサーで測定していく。測定ソフトウェアのほうで、コントラストを25まで上げろとか下げろとかいろいろ指示が出るので、テレビのリモコンを使って設定し、また測定するという作業の繰り返しである。
テストパターンを収録したDVDとBD | 測定用ソフトを収録したCD-ROM | 測定用ソフトウェア |
測定できる項目としては、色温度、明るさ、コントラスト、カラー(色の濃さ)、ティント(色あい)の5項目。テレビの調整項目も、メーカーによって呼び方がバラバラなので、対応の一覧表がWeb(※リンク先はPDF)に上がっている。これを参考にしながら、調整していく事になる。
では実際に調整していく前に、テレビの色温度について少し勉強しておこう。テレビの色温度は、国際標準では「D65」となっている。これは「6500ケルビン」という意味である。
ところが、日本の放送だけは、アナログ時代からもっと色温度の高い「D93(9300ケルビン)」を採用している。これは青白い感じの白で、未だ民生機の多くはD93が標準色温度に設定されているはずだ。もっとも、近年のARIBの規定(※リンク先はPDF)では、作業環境内で統一されていれば、どっちでもいいという風になっている。(ARIB TR-B9 8ページ)
一方「Spyder4TV HD」を作っているdatacolor社は米国ニュージャージーの会社なので、D65に合わせるという事しかできない。従って、テレビのデフォルトよりはやや黄色くセットアップされる(日本での販売はイメージビジョン)。
普通のテレビ番組を見るのならば向かないが、洋画を見たりする場合には、当然国際標準であるD65で見ないことには、正確な色味はわからないので、これをユーザーメモリーに入れておくことは意味がある。
■ガチのポスプロでテスト
テストにご協力いただいたTSP撮影センター |
今回テストにご協力いただいたのは、都内大手総合ポストプロダクション TSP(東京サウンドプロダクション)の撮影センターだ。ここの機材調整室をお借りして、東芝REGZA「32B3」と、ソニーの有機ELマスターモニター「BVM-E170」とを比較しながら、調整を行なってみた。32B3は、昨年11月の発売で、LEDバックライト採用モデルである。
まず最初に、TSPのVE(ビデオエンジニア)さんが目視でマスターモニターに合わせて調整した状況をご覧いただく。これは両方ともD93に合わせてあるので、国際標準よりは色温度が高い。
D93のマスターモニターに対して目視で合わせた状態。左がマスターモニター、右がREGZAの「32B3」 |
カラーバーの表示では、「32B3」のほうがやや明るいが、色味としてはほぼ同じに見える。さすが現役のVEさんの調整である。だが実際にカメラの映像で比較すると、32B3の方はやや赤みがあり、その違いがよく問題になるという。
続いてマスターモニターをD65に設定。B3の方は設定を標準に戻し、色温度は一番低く設定した。この状況では、B3は赤が強すぎるのと、緑と黄色が弱い。
D65基準の標準状態。右の32B3は一度標準に戻し、色温度を一番低く設定したところ |
パラメータの可変範囲を設定 |
では実際のキャリブレーションである。センサーを画面に固定したのち、ソフトウェアのウィザードに従って調整してゆく。最初はテレビ側のパラメータの可変範囲を設定してゆく。0~100なのか、-5~+50なのか、機種によって色々だと思うので、これを設定しておく事で調整時の混乱を無くすわけだ。
測定作業は、現在の状況を分析したのち、コントラスト、色温度、明るさ、カラー、ティントの順に行なう。
コントラスト調整を例にすると、まずパラメータの最大値と最小値、標準値(中心)を測定したのち、最適と思われる値が指示される。その指示通りの設定にしてもう一度測定、さらに最適と思われる数値が出るので、またそれに合わせて測定、というのを繰り返す。
パラメータの最大値と最小値を計測してゆく | かなり細かい設定の繰り返しが続く | 最適値は91であることが特定された |
トライアル結果はグラフで確認出来る |
モノにもよるのだろうが、コントラストは4回ほど調整と測定を繰り返したのち、最適値が決定された。このトライアルの過程は、最適値が決定した後グラフで確認する事ができる。
基本的には、このような調整を明るさ、カラー、ティントすべてに対して行なっていく。途中テストパターンを変えたりする必要があるので、手間は結構かかる。スムーズにいっても、全行程を終えるまで20分ぐらいかかる。
調整中は、1下げろとか1上げろとか、かなり細かい追い込みが行なわれる。目視では1ぐらい上げ下げしても、何も変わったようには見えないが、センサーには違いがわかるらしい。もうこの辺でいいや、と思っても、ソフトウェアがこれでよしと納得するまで次のパラメータには進めないので、根気よく付き合う必要がある。
■結果はまずまずだが…
さて、およそ20分かかった調整の結果は、このようになった。最後はすべてのパラメータ調整のトライアル履歴がグラフ化されてPDF(※リンク先はPDF)で出力できる。そのほかグラフ上には現われないが、シャープネスの調整も可能なテストパターンも収録されているので、搭載された機能は隅々まで利用したいところである。
調整されたテレビは、見た目ではあまり変わっていないように見えるが、黄色と緑の足りない部分はかなり修正されている。表示をカメラで撮影し、波形モニタで見たところ、標準プリセット状態よりも、バランスが改善されているのがわかる。
調整された結果。発色がしっかりしている |
調整前(左)と調整後(右)。黄色と緑の発色バランスがよくなっている |
カラーバー表示ではほぼ合っているように見えるが、実際の映像を見てみると、やはり民生機特有の発色のクセまで調整できるわけではないようだ。特に人物の肌などは、やはり民生機は色が濃く出る傾向がある。ただ、映像としてのバランスやラティチュードはかなり良好になっている。
ソニーの業務用カムコーダ「HDW-F900」を繋いで実写を投影してみた |
測定機ではなく、コンテンツを映す表示器として考えれば、民生機がそういうチューニングになるのは仕方のないことだ。一方、夕暮れの青みがかったシーンで見比べてみると、かなりマスターモニターと近い表示になっている。
肌色がないシーンでは、かなりトーンは近い |
そもそもテレビのクセまで補正するとなれば、RGBバランスやガンマまで踏み込まなければ無理である。そのあたりは各メーカーで、調整機能があったりなかったりなので、測定項目として入れるのは難しいのだろう。
もちろん、本機の目的はマスターモニターに合わせるためのものではなく、コンシューマ機なりに適正な表示にするというものであるので、マスターモニターの代わりに民生テレビが使えるようになるということではない。それでも、マスターモニターも何も用意できない環境で、色をちゃんと見るといった作業を行なう場合には、頼りになるだろう。
■総論
Spyder4TV HDは、客観的にテレビやモニタの状態を把握したいという人、あるいは機材のインストーラといった職業の人には便利なものである。“ちゃんと合った”という客観的データが手に入るからだ。
一方で、本当に映像を作っている現場のプロフェッショナルから見れば、あればあったで使うが、これだったら見た目で合わせちゃった方が早いという意見もあるだろう。マスターモニターがいくらでも周りにあるからだ。
そもそもプロの技術者ならば、この程度のパラメータなら、モニターにBlue Only機能があればカラーバーだけで調整できる。極端に言えば、青色のフィルターがあれば、それを目の前にかざせば調整できてしまう。最近はあまり見かけないが、昔はモニターのノベルティとして、そういうフィルターも出回っていたものだ。Blue Onlyが付いてないからという理由だけで、わざわざSpyder4TV HDを使うという事には、なかなかならないのではないかと思う。
色温度がD65しかないのも、日本では用途が限られる。映画のためのホームシアターならいいだろうが、普通にテレビを調整したら、おそらく多くの人は黄色いと思ってしまうだろう。
海外メーカーなので、機能をリクエストしてもなかなか聞いては貰えないだろうが、単純にD65に向かって合わせるのではなく、せっかく測定センサーがあるのだから、ある特定のモニタの発色を計測し、他のモニタをそれに合わせるといった機能もあると、撮影やイベントの現場でもっと役に立つだろう。
もっとも、ハードウェアのセンサーまで付いて16,800円というのは、モニタのキャリブレータとしてはかなり安いと思う。あとはソフトウェアでもっといろんなことができるようになっていくと、定番の製品になり得るだろう。
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Spyder4TV HD |