新REGZAが目指した「テレビサウンド」の進化とは

-55X1を継承した“普通”のアプローチが音質を高める


REGZA Z1の音質面の開発を指揮した桑原光孝氏

6月上旬より順次発売

標準価格:オープンプライス


 東芝は4月に発表したREGZA Z1/RE1/HE1シリーズは、LEDバックライトの採用や最新の映像処理回路「レグザエンジン」を搭載。“LED”をキーメッセージに、画質や録画機能などをアピールした。

 REGZAの大きな特徴のひとつである録画機能の強化に、2010年の一大トレンドであるLEDバックライトを中核製品で全面展開。RE1シリーズの一部はすでに発売開始されているが、Z1シリーズも当初予定よりやや早く5月下旬から順次発売される。

「LED REGZA」を謳い登場した新REGZAシリーズ55Z1

 ただし、今回のREGZAの重点強化点はそれだけではない。カタログスペックからはわかりにくいが、「サウンド」も重視したという。REGZAのサウンド強化といえば、CELL REGZA「55X1」で、総合60Wのマルチアンプ構成や独立型のアルミエンクロージャ、リニアフェイズチャンネルデバイダなど、テレビの付属スピーカーとは思えない物量を投入して、音質強化した点は記憶に新しい。

 今回の新REGZAでも55X1で培ったノウハウを投入しながら、「テレビサウンド」の強化を図っているという。上位シリーズ「Z1」の音質を担当したのは、デジタル機器開発技術担当第二チームチームマネージャー DVD映像・音声マイスタの桑原光孝氏だ。高級DVDプレーヤー「SD-9500」をはじめ、RDシリーズやVARDIAでも画質、音質設計を担当したスペシャリストだ。

 55X1のサウンド強化も桑原氏が担当していたが、そのノウハウを“普通の”REGZAに継承すべく、今回REGZA Z1シリーズの音質設計に取り組んだという。その狙いを桑原氏に聞いた。 


■ 画質の進化に遅れをとったテレビの“音質”強化を狙い

 薄型テレビの普及が進む近年、ブラウン管時代に比較して、大画面化や高解像度化、デジタル映像処理技術などで、“画”にまつわるクオリティアップは明らかだ。だが、“音”については、必ずしも順調に進化してきた、とは言いがたい。

 大画面化とともに差がわかりやすい画質に注力していたという点もあろうが、デザイン上の都合で、画面の大きさを優先してベゼル幅を極小化したり、それに伴うユニットの小口径化などが伴ってきた。あるいはユニットの下に向けて拡散するなど、さまざまなアプローチがとられていた。

 これらは薄型テレビにおけるサウンド面の“進歩”ではあるのだが、いずれも“デザイン”を優先するための工夫。小ささ、薄さを実現するためのもので、“音質向上のため”、というわけではなかった。

 また、2008年ごろからは、スピーカーの存在を極力意識させないデザインとして、「インビジブルスピーカー」というキーワードもデザイントレンドとして各社のテレビで流行した。デザイン性は高め、画面の没入感を訴求したものだが、“音の出所を見えなくする”というアプローチで各社工夫をこらしたものの、音質への悪影響無しに実現できるかというと、難しいといわざるを得ない。

 だが、ここへきて、東芝だけでなく、シャープや三菱電機などもスピーカーの改善に取り組みアピールしている。ある意味、こうした“サウンド軽視”のトレンドからの揺り戻しが始まった、ともいえるのかもしれない。

 では、東芝はなぜ、今回“テレビの音”にこだわったのだろうか? 桑原氏は、まずはCELL REGZAの経験を挙げる。

桑原氏(以下敬称略)CELL REGZAで“オーディオをしっかりやる”というチャレンジをした。これは成功したと思います。『映像がいいのは予想していたけれど、音がここまで変わるのか』という意見をかなりいただきました。社内の技術陣も『映像は予想していたけれど、実は音に一番驚いた』と。

CELL REGZA「55X1」CELL REGZAのオーディオシステム概要

 「ただし、あれだけ、お金とエンジニアをかければ、当たり前でしょ? 」といわれてしまいます。確かにそうなんですが(笑)。それで終わってしまうと、CELL REGZAでいろいろなテクノロジを開発した意味がなくなってしまう。それをプロパー(普通の)REGZAに持ってきて、“薄型テレビの音のベースアップを図ろうじゃないか”ということになりました

 また、『薄型テレビになって音が悪くなった』という声も多く、業界としても音を良くしていくことは必要なんじゃないかと思います。REGZAについても「“画質”では高い評価をいただいてきましたが、音については正直、画質ほどの評価は得ていないと思います。

 もちろん、「テレビで音を出さなくても、AVアンプやスピーカーシステムを用意すればいい」という声もある。しかし、生粋オーディオマニアでもある桑原氏ですら、こう語る。

桑原:私なんかでも、やはりテレビの放送はテレビのスピーカーで見ます。そうするとテレビで完結したなかでいい音がするに越したことはない。いい音がすればテレビがこんなに楽しいんだと思ってもらえる。私自身、CELL REGZAで感じ入る部分がありました。『じゃあ、どのテレビでもそう思えたほうがいいでしょう』ということですね。

 


■ 「画面に寄り添う音」を目指した、「普通のアプローチ」

 今回のREGZA Z1/HE1/RE1では、エッジライト式のLEDバックライトの採用などで、デザイン上の“薄さ”もひとつの訴求ポイントになっている。つまり、デザイン上は、キャビネットの容量などの要因を考えれば、必ずしも音質にはプラスになる方向でもない。

REGZA Z1のスピーカー

 では、どういったアプローチで音質向上を図ったのだろうか? 桑原氏は「実は、なにも変わったことはしていない」という。重視したのは、「構造的にユニットを正面を向ける」、そして「薄型のキャビネットにあわせた新しいスピーカーユニット」というシンプルなアプローチなのだという。

 桑原:新しいキャビネットを採用したこともあり、基本的なところから手を入れました。「脱インビジブル」を掲げたので、まずは、スピーカーをしっかり前に向ける。最初のデザインの段階から、音を意識して協力してきましたので、デザインなどほかの要素をスポイルせずに、音質の強化をやれるのではないかと考えました。

 新しいユニットは、Z1シリーズだけでなく、RE1、HE1シリーズでも採用されている。もともとフルレンジユニットとして開発しているが、Z1シリーズの55/47型では2ウェイ構成とし、同ユニットをウーファとして採用している。

新開発のフルレンジユニット。55/47Z1ではウーファとして利用するCCAWボイスコイルを採用55/47Z1用のツィータ

桑原:アルミ(CCAW)のボイスコイルの採用などで、最低共振周波数をより低くすることができました。これで低域のレスポンスに優れたユニットになりました。これができたので、Z1の音のレベルはかなりのものになるな、確信しました。低域さえ出れば、高域はユニットサイズにそれほど依存しませんので。ただ、高域も素直に出るユニットなので、20kHzぐらいまでは十分カバーできます。

 結局、「いい構造とユニット」に尽きます。CELL REGZAで培ったのもそういうことですね。最初から機構部、デザインと一緒になって、“こういう風にやりたい”ということで進められたので、すんなりと決まりました。

 ただし、上位機には差別化のためのこだわりも当然仕込んでいる。Z1シリーズの55型と47型は、ネオジウムマグネット搭載のソフトドームツィータを追加している。さらにこれをウーファとツィータをそれぞれマルチアンプで駆動している。桑原氏は「一体型のシステムでマルチアンプはありえないと思うんですけど」と笑う。

 幅の制約などから42型以下のサイズでは入っていないため、47型以上のプレミアム機能として訴求。2ウェイモデルのネットワークには、リンクウィッツ・ライリー型のフィルタを採用する。「シンプルな設計でも遮断特性が高い」とのことで、実はCELL REGZAのユニット選定時に試していたので、経験を積んでいたのだという。こうした点でもCELL REGZAのノウハウ、開発経験が生かされている。

 最後の仕上げの要素が「音響パワーイコライジング」。Real Sound Labの「CONEQ」を利用したもので、これはZ1シリーズのみの搭載となる。

桑原:従来の音響測定イコライザは、リスニングポイントにマイクを置いて、そこでの音をフラットにするものです。ただポイントが変わるとまるで違う特性になってします。CONEQのいいところは、スピーカーの正面の“ある特定領域”だけをフラットにするんですね。“部屋の響きを極力排除して、スピーカーから出る直接音だけをきちっと補正する”という考え。ある空間に理想的な音を放射するスピーカーを設置するという考えですね。私はこれが理にかなっていると思っています。また、位相特性もしっかり補正されるため、テレビには非常にいいシステムだと思っています。

 もちろん、特性をフラットにすればいいだけではなく、そこからの音作りに、じっくり時間をかけています。CONEQで単にフラットにしただけの状態とは、大きな違いがでているはずです。

 なお、CONEQはOFFにもできるが、「個人的には(ON/OFF切替は)つけたくなかったのですが(笑)。試して違いはわかるというぐらいですね。出荷時でもONなので、そのまま使ってください」とのこと。

 では、桑原氏が、Z1シリーズで目指した音とは、どんな音なのだろうか?

桑原:「コンテンツのよさを普通に出す」ということですね。テレビはハイファイ過ぎる必要はないとは思います。スーパークオリティで、音が画を壊すようなものではいけない。表現したかったのは「画面に寄り添う音」ですね。ある意味、音だけを“際立たせない”というところが、CELL REGZAとは違う考え方が入ったところかもしれません。「あるべきテレビの音」を出したい。具体的には、滑舌とか、雰囲気とかですね。

 滑舌が良くするために、低音を切って聞きやすさを増す。もしくは音質を重視しすぎると、滑舌が悪くなってしまうなど、テレビの音作りには困難も多い。こうした問題について、しっかりバランスをとってまとめることが、「画面に寄り添う音」ということのようだ。 


■ 確実にわかるテレビサウンドの進化

 実際に「55Z1」と「47Z1」を視聴してみた。視聴したのは、定番ともいえる音楽ソフトの「クリス・ボッティ/ライブ・イン・ボストン」(北米版 BD)だ。

 55Z1では、まずベースの深みなど、低域に耳を奪われる。ちょうど、シアターラックシステムの上に55Z1を設置している環境で視聴していたため、ラックから音が出ているのかと思ったほどだ。

 キャサリン・マクフィーの歌声も芯を感じさせ、ボッティのトランペットも艶やかかつ、高域まで伸びやかだ。印象的なのは、ホールの広がりや響き。MCパートでは、豊かなホールの響きの中に、きちんとボッティの声が立体的に立ち上がり、聞き取りやすい。さらに、観客の拍手の広がりもテレビのスピーカーとは思えないほどで、満場の拍手の中、ボッティのMCが入るところでは、どちらのサウンドも濁すことなく、MCがきちんと聞き取れる。このあたりは、テレビの下の小さなスピーカーの音とはちょっと思えない。

 フルレンジユニットのみの「42Z1」に切り替えると、沈み込むような低域の迫力はやや薄れる。ただし、センターにきっちりと音像が描かれるキャサリン・マクフィーの歌声や、すっきりとした中域、滑舌の良さなどは、55型よりも好ましく感じることも。絶対的なダイナミックレンジでは、2ウェイの55型には及ばないし、ホールの響きや微妙なトーンは、55Z1のアドバンテージを感じるが、バランスのよさが印象的だ。「42Z1が一番すっきり音が決まった」という桑原氏のコメントも納得の、まとまりのいい「テレビサウンド」と感じた。

 前モデルの「55ZX9000」と比較してみると、低域の物足りなさは明白。55ZX9000もかなり奮った仕様ではあるのだが、低域や全体のバランス、拍手の中のMCの聞きやすさなど、あらゆる面で新モデルが上回っていると感じる。42型の「42Z9000」と比べると、低域を中心にさらに差が顕著に感じられてしまう。ともに、ほんの半年前の新製品と考えるとちょっと変わりすぎ、とも思ってしまうが……

 


 

■ 「テレビサウンド」がテレビの新しい競争軸に

 他社も力を入れ始め、確実に変化の兆しを見せる「テレビサウンド」。当然REGZAでのさらなる進歩にも期待したいところ。桑原氏は、「このレベルまできたので、満足度は高いですね。テレビにこのグレードの音を与えられて、画質、機能とともに、満足いく“テレビ”をパッケージにできました」とZ1シリーズへの自信を語る。

 当面、今回開発した新しいキャビネットやユニット上での改善は続けていくようだが、いくつかの“仕込み”は行なっているようだ。「画質」、録画などの「機能」などわかりやすい競争軸に比べると、音質はカタログや店頭では伝わりにくいかもしれない。ただし、音質の改善がテレビ体験、楽しさを向上させていくれるということは間違いない。

 REGZAでは、Z1のような上位モデルだけでなく、ベーシックモデルでも同ユニットを搭載し、幅広く音質をアピールしていくという。REGZAの進化とともに、各社を巻き込んだ音質競争が、テレビライフの向上につながることを期待したい。


(2010年 5月 28日)

[AV Watch編集部 臼田勤哉]