プレイバック2016

Bluetoothで“ワイヤレス演奏”できる「BLE-MIDI」への期待と課題 by 藤本健

 2001年スタートから足かけ16年、連載も700回を超えた「Digital Audio Laboratory」。2016年に書いた記事を改めて振り返ってみると、ネタはかなりバラバラで特別な傾向が見つかったわけではないが、自分が購入した機材の山を見てみると、一つ明らかな動きがあった。それがBLE-MIDI対応機材がいろいろと増えたことだ。

手元にあったBLE-MIDI対応機材

 BLE-MIDIを正確にいうとMIDI over Bluetooth LEであり、Bluetooth LEを使いワイヤレスでMIDIを飛ばす技術のこと。MIDI規格自体は1981年の誕生だから、もう35年も現役で使われているデジタルの通信プロトコル。そんな長く現役を続けているデジタル規格なんてCDとMIDIくらいではないかと思うが、MIDIのほうはまだまだ進化をしていて、ついにケーブル不要で使えるようになってきた。

写真はBLE-MIDI搭載のRoland「A-01K」

 もっともBLE-MIDI自体は数年前から製品は出つつあったが、ちょうど1年前にアメリカのMMA(The MIDI Association/MIDI規格協議会)および、日本のAMEI(一般社団法人音楽電子事業協会)において、規格として制定されたことから、コルグ、ローランド、ヤマハと大手各社からも搭載製品が続々と登場しているのだ。その辺の事情については、連載の第669回記事「Bluetooth MIDI伝送で何ができる? 対応5製品とiPad連携などを試す」でも書いており、個人的にも非常に気に入っているが、世間的な認知は今一つ進んでいないようにも思う。

 あらためて、BLE-MIDIのメリットとデメリットを整理してみよう。まず最大のメリットはもちろんワイヤレスでMIDIを飛ばせるため、配線が不要で簡単に使えるということ。結果としてどこにでも機材を置けるし、ステージ上で動きながら演奏するといったことも可能になる。

 また、PCとの接続を考えた際、MIDIインターフェイスが不要なのも一つのメリットだろう。最近はUSB接続でMIDI情報をやり取りするケースが大半になってきているので、その場合はUSBケーブル1本でOKだが、やはり特殊なMIDIケーブルというものを使わず汎用的なBluetooth 4.0で飛ばせてしまうというのは便利だ。

 ではデメリットはというと、現状においてはMacやiOS、Windowsなどホストマシンとの接続が基本となっていて、MIDI機器同士の接続ができないこと。もともとMIDIという規格は電子楽器同士を接続するための通信手段として登場し、発展してきたものだったが、そこが欠けてしまっている。またMacとiOSでは標準サポートされたのに対し、Windowsでは表向き非対応なので、コルグが出しているドライバが必要になるし、その場合は機器によって使えるものと使えないものがあるというのもネック。

iOSアプリ内にBLE-MIDI機器と接続する機能が搭載。写真はコルグの「KORGModule」

 実は最新のWindows 10 Anniversary UpdateではBLE-MIDIに対応している。ただし、現状はそのWindows 10搭載のドライバがUWPフレームワーク対応のみになっており、そのままではMMEから見えないのでDAWなどから使うことができない。この辺はきっと2017年にはDAW開発メーカーなどが対処してくれるはずと期待したいところだ。

 そしてもう一つデメリットと言われているのがレイテンシーだろう。ご存じのとおりMIDIのプロトコルでの通信速度は31.25kbpsと前近代的な速度なので、いまの通信技術からすればなんら気にすることのないものだが、MIDIと互換性のある確実な通信を行なうために冗長性を持たせているために、どうしてもある程度の遅延が出てしまうのが実情。MIDIではデータを送ればいいというのではなく、データの届く時間にそのものに大きな意味があり、その届いた時間に音がすぐに鳴ることで演奏するという特殊なプロトコルであるため、難しい面があるようだ。とはいえ、当初のBLE-MIDI機器と比較すると大きく改善されているし、もっと改善余地はありそうなので、そこには期待したいところ。

 そのため、ローランドなどではリアルタイム性が絡まないところから実用化を進めている。具体的には同社の電子ピアノにBLE-MIDIを搭載するとともに、iPadに譜面を表示して、その伴奏を送信して自動演奏するといった使い方。これならBLE-MIDIのメリットのみを享受できるというわけだ。

 おそらく2017年には、もっともっとBLE-MIDIに対応した機材やソフト、アプリが登場してくるはずだ。大手メーカーがそうした製品を出してくる一方、小さなメーカーからも数多くの製品が出てくるのでは……と期待しているところでもある。というのも2016年、MIDIを管理する日本のAMEIおよびアメリカのMMAが、これまでクローズドで管理していたMIDIの仕様をネット上で完全公開するとともにGitHubの運用なども開始したため、よりオープンなものへと進化してきたからだ。

 もともとのMIDIの仕様自体はMIDI規格書という形で販売はされていたから誰でも入手は可能あった。しかしRP(Recommended Practice)という追加で作られた仕様・応用例は、AMEIやMMAの会員にしか公開されていなかったので、一般ユーザーには把握しにくかったが、BLE-MIDIを含め、これらの仕様が完全に公開されたのだ。そのことで、ハードウェア、ソフトウェアを含め、いろいろと便利な製品が出てきてくれるだろうと楽しみにしている。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto