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坂本龍一“最後の3年半”を劇場で。「Ryuichi Sakamoto: Diaries」今日公開
2025年11月28日 08:00
世界的音楽家・坂本龍一の最後の3年半を記録したドキュメンタリー映画「Ryuichi Sakamoto: Diaries」(監督:大森健生)が、本日11月28日より、TOHOシネマズシャンテほか全国で公開されている。
2023年3月に逝去した坂本龍一が、病と共に過ごした日々をどのように受け止め、何を音として残そうとしたのかを描いた一作だ。
筆者は、一足先に試写会で本作を体験してきたのだが、氏の貴重な姿を目の当たりにできるのはもちろん、“音”そのものの演出も非常に印象的な作品だった。せっかくなので、劇場の音響でこそ格別な視聴体験が叶う映画として、見どころを紹介したい。
日記とプライベート映像が導く、最晩年の内側
本作は、2024年にNHKで放送された特別番組「Last Days 坂本龍一 最期の日々」をベースに、新たな未発表音源や未公開映像を追加して再構成した映画版である。YMO時代の盟友・高橋幸宏との知られざる交流や、最後の作品として残された未発表曲の制作過程も収められている。
ドキュメンタリーの核となるのは、癌に罹患した坂本龍一が、闘病生活の中で綴った日記の言葉だ。そこには弱々しい筆致もあれば、鋭い自問もある。「死刑宣告だ」と書いた日もあれば、「どんな運命も受け入れる準備がある」と静かに語るような一節もある。
そんな言葉の朗読を務めるのは、本人と生前に親交のあったダンサー・田中泯。その音声に合わせ、遺族提供による貴重なプライベート映像やポートレートなどのビジュアルが添えられ、本編は進行する。そこにはニューヨークの自宅、治療の合間の東京の仮住まい、病室、晩年のライブを収録したスタジオなどが映る。
なかでも「ピアノが自然に戻る様子の観察」として、NYの自宅の庭に置かれたグランドピアノの姿は印象的だ。風雨に晒され、徐々に朽ちていくそれは、坂本龍一の体が癌に侵食されていく様子とシンクロするかのよう。しかしそこに鳴る音楽は普遍的な響きを持っていて、映像と音のコントラストが効いている。
映画館の音響で体験してほしい、「音」と「音楽」
さて、冒頭でもお伝えしたが、さすが世界的音楽家の姿を映すドキュメンタリーだけあって、本作は音の演出も良い。作中には、大きく“2種類のサウンド”が存在する。
ひとつめのサウンドは、雨音や石が転がる響きなど、自然が持つ生の「音」。映像の中で坂本龍一は「体調が悪いときは、音楽ではなく“音”を聴いていた。音楽はエネルギッシュなものだから、聴く側にも体力がいる」という旨を語っており、自分で雨の音を録音していたりもした。氏いわく、「雨の音に助けられた」という。
本作では、こうした自然の音が5.1chサラウンドで鳴らされる。坂本龍一の「音」を聴く姿勢を、観客が追体験できる演出だ。なお、作中で使われている雨音は、実際に坂本龍一が録音した音源を使っている。本人が聴いていたのと同じ雨音に、サラウンドで包まれる感覚を味わっていただきたい。
そして作中で使われるもうひとつのサウンドは、坂本龍一が生み出した「音楽」である。これまでに創作された膨大な楽曲の中から、本人による晩年のピアノ演奏を中心に多数が使用されている。もちろん記録フィルムの中でも、それらの楽曲が持つ聴く者の感情を揺さぶる旋律の強さ・美しさは健在だ。
これら「音」と「音楽」の違いが表現されているのは、稀代の音楽家を描く映画として非常に本質的であるし、それを劇場ならではの音響効果で体験できるのが、本作の大きな醍醐味と言えよう。
これがテレビ放送だと、家庭によって音響環境にバラつきがあるので、視聴体験に差が生まれてしまうが、映画館ならそれがない。観客は皆一様に、高品位な音と音楽の体験が叶う。
最後に、坂本龍一が日記に綴っていた「残す音楽、残さない音楽」という言葉を取り上げながら、本記事を締めくくろう。これは本作のメインビジュアルにも使用されており、本編鑑賞後の観客に深い余韻をもたらすワードでもある。坂本龍一は、何を音として残そうとしたのか。本人が“残した音楽”の響きを、ぜひ劇場のリッチな音響で味わってほしい。








