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日本ヒューレット・パッカード株式会社(日本HP)は26日、パーソナル・ワークステーション新製品の発表会を開催。その中で、特別講演としてスタジオジブリの北川内氏が、最新作「ゲド戦記」の制作でも使用したという、スタジオジブリのアニメーション制作システムについて解説した。
スタジオジブリでは、'97年公開の「もののけ姫」の制作中からデジタルアニメーションへの移行を開始。'99年の「ホーホケキョ となりの山田くん」からフルデジタル制作環境で様々な作品を手掛けている。 現在の日本のアニメスタジオでは、ジブリ以外でもデジタル化が進んでおり、セルに色を塗って作り上げる、本当の意味でのセルアニメを作っているスタジオは少ない。これについてジブリの管理部システム管理室の北川内紀幸室長は「ジブリの場合、デジタルに移行した理由は、良質な国産のセルとセル用絵の具の入手が困難になったという致命的な原因があった」という。 そのうえで「単にデジタル化するだけではなく、さらなる映像表現を求めての移行でもあった。例えば安定した新色の供給環境や、クオリティの追及、光学撮影限界の突破、CGの活用などもその理由だ」という。
また、デジタル化にあたってはコストダウンや制作期間短縮が第一義ではなく、クオリティの向上をポリシーとして掲げた。さらに、セルで培ってきたこれまでの制作ワークフローをそのままデジタル化することで、スタッフへの負担を軽減することも重要な要素だったと語る。
北川内氏は「様々なパートの担当者が素材データを活用するため、データをファイルサーバーに一極集中する必要があった。そのためには安定かつ高速なサーバー環境やクライアント性能、管理のしやすさなどが重要であり、そうした要望に応えてくれるシステムとして日本HPの提案を選択した」とHPのシステムを評価した。 具体的には、ファイル/バックアップサーバーとして「rp5470」を3台、ストレージとして「XP128」(5TB)×1台、VA7410(6TB)×1台、テープストレージ「MSL5060」×2台、ファイバチャンネルスイッチ(2Gbps)「fc16b」×2台などを導入。「安定度が高く、ハードウェア的な障害で制作にダメージを与えたことは今までない。パフォーマンスも高いが、夏に向けてさらなる性能向上も目指している」と語る。 また、クライアントマシンとして、3世代前のマシンとなるがワークステーション「xw8000」を55台導入。スペックにはバラつきがあるがIntel Xeon 2.8GHz×2のデュアルマシンで、メモリは4GB。グラフィックスにはnVidia Quadro4 900XGL、HDDはUltra320 SCSI 72GBを2台、OSはWindows XP搭載が標準スペック。デバイスドライバのバージョンを全モデルで厳格に一致させるなど安定度の確保を行なっているほか、どのマシンもインターネットに接続させないなど、セキュリティ面にも気を配っているという。
続いて北川内氏は、アニメ制作作業を説明しながら、各段階でのデジタル技術の活用例を紹介。動画チェックの際に、原画をCCDカメラで取り込み、簡易的にアニメーションさせてキャラクターの演技をチェックする「QAR(Quick Action Recorder)」の利便性の高さや、そのソフトウェア開発に協力したことなどを紹介。 また、デジタルペイントや合成過程ではトータルで「TOONZ」というイタリアDigital Videoの統合型アプリを使用しているという。「これはセルアニメの制作工程をデジタル化するもので、普通のスタジオではAdobeのものが多いが、ジブリではラスタイメージのデータ、つまり線の太さや濃淡などが、一番求めるものに近かったのでTOONZを使っている」(北川内氏)。 線画をデジタル化する際はスキャンを行なうのだが、そこでオートシートフィーダは利用しない。手作業で行なうことで取り込み時のズレをあらかじめ防止できるほか、オートシートフィーダでは紙づまりが発生した際、原画を痛めることがあるからだという。
ほかにも、多数のコマでもまとめて色を変更できるため、色の指定の決定案を待たずに色塗りが開始でき、色が本決まりした段階で一気に指定した部分の色を塗り替える技法なども紹介。デジタル化によって実現した効率化の一例として紹介した。
また、美術スタッフが描いた背景を、スキャナではなく業務用のデジタルカメラで撮影してデジタル化するのもジブリならではのこだわり。巨大な背景でも分割せずに取り込める自由度の高さと、カメラのレンズを通して取り込むことで生まれる独特の空気感が大切だという。
こうした作られた素材は、デジタル合成され、16bitイメージで最終出力される。その際にも、専任プログラマが作成したジブリオリジナルツールを使い、「綺麗すぎるデジタルの映像に、フィルムの質感に似たものを与えるノイズ付加プラグインをかけて出力する。全コマに適用するため、膨大な時間がかかる処理。しかし、こだわりとして外せないところ」だという。
現在の問題点として北川内氏は、「4GBのメモリでは足りず、32bitアーキテクチャの限界を感じている。64bitアーキテクチャ/ネイティブアプリケーションの出揃いを待望している段階。海外の大規模映像プロダクションでは自社開発ツールを使って64bit化が進んでおり、羨ましいかぎり」とした。 また、各段階でチェックを行なうモニターとしてCRTモニタを利用しているが、その生産終了が相次いでおり、モニターの確保に苦心しているという。「最近の液晶は随分良くなったが、あくまで静止画の話。“動き”のチェックではCRTには及ばず、他のスタジオでもCRTモニターを求めて秋葉原やネットをさ迷っている人が多い」という。 さらに、デジタル化によって高クオリティが実現できたが、それを突き詰め過ぎる事への危険性にも言及。ジブリでは1コマを16bitイメージで、2,144×1,160ドットという、フルHD以上の解像度で制作している。この場合、1枚のデータ量は約14.2MBとなり、1本の映画で2.4TBもの容量になってしまう。制作段階ではさらなるデータ容量が必要になり、「ディスクスペース不足が問題」だという。 ほかにも、「他人が仕上げた絵にも簡単に手が入れられてしまう。例えば美術が仕上げた青空の絵も、監督が夕方にしたいと思ったら、デジタルでそれっぽく変更できてしまう。しかし、それはあくまで青空として描いたもの。そうした“他人の領分”を侵してしまうメンタル面の問題も出てくる。全員が自分の仕事を自覚し、何らかの歯止めをもっていくことも大切かもしれない」と語った。 北川内氏はこうしたシステムについて、「試行錯誤の結果生まれたもので、今後も改良していく。だが、これからもコンピュータに使われるのではなく、道具として人間が使いこなせるシステムを構築したい」とテーマを掲げ、ピクサーのジョン・ラセター監督の言葉「The Art challenges technology, and the technology inspires the art.」(芸術は技術に挑戦するものであり、技術は芸術を刺激するものである)という言葉を紹介した。
■HPの新ワークステーション
日本HPのワークスーション新モデルは「xw6400/CT Workstation」、「xw8400/CT Workstation」の2モデル。発売時期は7月下旬で、価格は6400が165,900円~、8400が202,650円~。どちらもデュアルコアのXeonプロセッサを搭載。消費電力を抑えながら、高いパフォーマンスを実現したという。
□日本HPのホームページ
(2006年6月26日) [AV Watch編集部/yamaza-k@impress.co.jp]
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