有機色素系BD-Rである「LTHタイプ」ディスクの販売が始まって、そろそろ1カ月が経過した。既存の「無機系BD-R」との価格差、そして互換性の問題など、様々な要素があり、まだまだよくわからない、という読者も少なくないのではないだろうか。 今回は、LTHを、CDやDVD同様に「That's」ブランドで積極的に商品化している太陽誘電 記録メディア事業部 技術部の藤井徹次長に、「LTHの真実」を聞いた。 ■ CD-R、DVD-Rに似た構造の「LTH」 細かな話をする前に、まず記録型BDの基本的な構造を解説しておこう。 すでに述べたように、LTHタイプのBD-Rとは、記録に有機色素を使ったBD-Rである。単純化すると、CD-RやDVD-Rに似た素材を使っていると思えばいい。レーザーにより有機色素を焼き、その変化でデータを記録する。それに対し既存のBD-Rは、各種金属を中心とした無機材料を利用している。レーザーの熱によって金属結晶の構造を変化させ、反射率を変えることでデータを記録する。こちらは、DVD-RAMやDVD-RWに近い。 ではなぜ有機色素を使ったメディアに「LTH」とついているのか? それは、データの「書き方」にある。 光ディスクでは、データを「光の反射率の高さ」で記録・再生する。無機材料を使ったBD-Rでは、レーザーをあてると反射率が下がり、その差で情報が記録できた。だが有機色素を使うLTHでは、逆にレーザーを当てた際、反射率が“上がる”ように作られている。低いところから高くなる、という意味で、「Low To High」。略して「LTH」なわけだ。 なぜ有機色素系ではLTHという構造を採ることとなったのか? 藤井氏は、「有機系メディアの場合、LTHの方が設計がしやすかったため」と話す。 「LTHの規格化は、2006年2月くらい本格的にスタートしました。規格化に向けた動きは3、4年前から始まっていたのですが、実際に終了したのは2007年の夏のことです」 規格化の際には、すでにある無機材料系BD-Rと互換性をとる形で進められた。記録が「High to Low」か「Low To High」であるかは、本来致命的な問題とはならない。なぜなら、信号の極性が逆であっても、データ自体は同じであり、読むことは問題がないはずなのである。藤井氏も、「BD 1.1/1.2の範囲は、規格上同じものとしていける、という設計なのですが……」と話す。 ■ 本来互換性は「問題なし」だった?! アップデートで多くの機種が対応 しかし実際には、互換性の問題が発生する。「ハードメーカーさんも慎重な設計をされているので、同じような特性でも、データにないメーカーのもので、新しい特性のディスクを読み込むと、“アンノウンメディアである”という認識をしてしまう。すると、“記録できない”、“読み取れない”としてはき出してしまうんです」。藤井氏はそう説明する。 このような形となった理由は、LTHタイプの製品化が遅れたためである。
「我々のBD-Rの商品化に向けた技術開発が、遅れ気味であったのは事実。我々も出来る限りの努力はしましたが、有機の場合、例えば熱干渉の問題の解決とか技術的なハードルが極めて高かったせいで、時間が掛かってしまったというのが実情です」と藤井氏は話す。 だがそれでも藤井氏は、「ギリギリのタイミングには間に合った」と評価する。そのギリギリとは、昨年末商戦のことだ。昨年末商戦以降に発売されたBDレコーダでは、ほとんどの機種でLTHタイプが問題なく動作する。本格的に普及が始まるこの時期に間に合わせることは、彼らにとって「至上命題」だったのである。 問題の互換性維持に関しても、ハードメーカーと共同で動作検証を行なっている。「出来る限りファームウエアのアップデートで対応できないか、ということで、ハードメーカーの方々にご検討いただいています。記録できる機器のプライオリティが高く、これから再生機器、という形になると思います」と現状を説明する。 実際、多くの機種でLTHへの対応が行なわれている。当初は2007年末以降に販売された機種のみが対応と思われていたが、松下は2006年末発売の製品でも対応、今週25日には、もっともシェアの大きなプレーヤーである「PLAYSTATION 3」も対応を完了した。
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藤井氏によれば、「LTH」という呼称そのものが、互換性に関する問題をわかりやすくするための策なのだという。 「後から出たメディアですので、はっきりとわかるように“LTHタイプ”というマークをつけたのです。また、英語の単語だけではお子様や高齢者の方にわかりづらいため、パッケージには必ず“色素”の文字を入れるようにしています。なにをやっても混乱してしまうかもしれませんが、出来る限りわかりやすくしたいと考え、メディアメーカーとハードメーカーの間で、歩調をあわせてあるのです」 DVDの時は、記録型だけでも様々な規格が乱立、さらにはデジタル放送向けのCPRM対応などもあり、「どのメディアを使っているのか」、「どのメディアを使えばいいのか」がわかりづらかった。BDでは、DVDでの問題を反省材料とし、出来る限りシンプルになるよう規格化が行なわれている。LTHもその原則を崩さぬよう配慮がなされたわけだ。 ただしそれでも、互換性の問題はマーケティング上マイナスだ。それでも同社がLTHを推進したのには、やはりそれなりの理由が存在する。 ■ 品質と価格のバランスが取りやすい有機メディア LTHに期待されていたものは、既存のCD-RやDVD-Rなどに近い製造設備や材料が利用できるという特徴を生かしたメディアの低価格化だ。 「有機メディアの累積生産量はCD-Rから通算して数百億枚になるんです。これまでの実績が示すとおり、有機メディアは今後も安定した品質をリーズナブルなコストで生産していけると思っています」と藤井氏は語る。例えば材料費。「無機系メディアの材料は市況に応じて価格が変化する金属材料です。金、銀や最近話題のレアメタルなど、世界の需要拡大によって無機系メディアの主要材料は高騰し続けているなど、将来のコストダウンにある程度の制約がある恐れもあります。一方で有機メディアの材料は化学合成材料であり、大量生産によって大きくコストダウンが出来る事は一般的な話としていえると思います」と藤井氏は説明する。 とはいえ、現在市場では、LTHはそこまで安くなく、先行する無機系BD-Rの方が安いくらいだ。3月11日の秋葉原店頭における調査では、無機系BD-R(2倍速対応、1層)が1枚平均1,000円強で売られているのに対し、LTHは1,100円を超えている。 藤井氏は、「必ずしも最初から無機系メディアより安くなければいけないか? というとそうではないのでは? とも思っています。まだ生産量が大きくないということもありますが、品質・信頼性を担保する為に費用を掛けている事など、ただ高いわけではない事をご理解いただければと思います」と話す。 太陽誘電は'88年に、世界ではじめて色素を使い、記録型CDである「CD-R」を製品化した企業でもある。それ以来一貫し、有機色素を使ったCD-RおよびDVD-Rの生産を行なっている。 「我々がCD-Rを作ろうと思った時、世界中から生産設備を探したのですが、まだないメディアですから、どこにもなかった。だから、我々で作るしかなかったんです。元々は必要に迫られて作った生産設備ですが、逆に自分達でやった方が、いいメディアが作れる設備が作れるようになったんです」。 では、「いい設備が作れる」理由はなんなのか? 「それは、メディアの規格にあわせた製造工程を設計できるからです」。藤井氏は断言する。 □関連記事 【3月11日】BD/HD DVDメディア価格調査【秋葉原】【2008年3月11日】 http://av.watch.impress.co.jp/docs/20080311/ps_disc.htm ■ 「地雷を踏まない」ノウハウが強み。製造ラインまで自社開発 「光メディアには、踏んじゃいけない“地雷”みたいな部分がある」と藤井氏は話す。 「例えば色素にしても、ディスクに固着する前の素材には、環境変化に弱いもの・強いものいろいろある。それを、部材メーカーに言われるままに流すだけでは、製造時にトラブルに“地雷”を踏み、不良品になる可能性があるんです。メディアの規格化・技術開発から一貫して手がけていると、そこを理解した上で、ちゃんと避けられる製造工程を作れるんです。重要なパラメータを厳密に制御して、“ここは厳しく、ここは比較的甘く”といったオーダーメード的な制御ができるわけです」 不良品が少ないということは、それだけ順調にラインを動かせるということであり、ディスク単価を下げる大きな要因となる。 このことは、なにもLTHタイプのBD-Rだけに限ったことではない。CD-RやDVD-Rについても同じことがいえる。現在記録型光ディスクを製造するメーカーには、「特別な技術ノウハウを持たず、出来合いの設備と材料をただアセンブルするだけというところもあるようです」と藤井氏は言う。 「そういった形でも、確かにスイッチさえ入れればディスクは製造できます。ですが、材料と設備の相性や、管理ポイント、メディアの性質を知らないので“地雷”を気づかずに踏んでしまうわけです」 問題は、メディアの耐久性に関しても関わってくる。良く、「低価格で粗悪なメディアはすぐにダメになる」と言われるが、藤井氏はその理由は「問題を評価できないから」と話す。 「BDも、耐久性に関する考え方はCDやDVDと同じ。劣化した際に出てくる現象も同じです。寿命と環境変化をいかに設計していくかは、CD/DVDの際の経験が生きています。さすがに10年では短すぎるでしょうから、開発段階では、一般論として100年くらい持つよう設計します。とはいえ、実際に100年経過したわけではないので断言はできません。少なくとも、ちゃんと保存しておけば20年から30年は持つはずです。しかし、単純にアセンブルしてきて作るだけでは、問題が起きた時に“なぜ持たなくなったか”を評価できないし、理解できないので、製造工程を修正できないわけですよ。残念ながら、DVDでもそういうメディアがあるし、BDでもそういうメディアが出る可能性は高い」という。 同社は、「日本製」ということで高いブランド力を持つ。「ブランドは品質の保証の代わりに、という部分があります。ですから、品質は絶対におろそかにはできません」と藤井氏は話す。 「有機色素系のメディアは、有機色素の上にコーティングを施すわけですが、そこで一部塗れていませんでした、といったことが起きると駄目になります。そうならないシステムを作るのが重要ですし、それが起こっても、そういうメディアを検査ではじく、といったシステムにすることが必要です。これが日本企業の優位性と一般的に語られている摺り合わせ技術や品質管理ノウハウです。ここにどれだけ力を入れているかで結果というか、製品の信頼性に大きな差が付いて来るんだと思います」(藤井氏) ■ 国内製造にはこだわり続ける 記録メディアは価格下落が激しく、日本メーカーの中でも海外生産に切り替えるところが出始めている。3月には日立マクセルが国内での自社生産から撤退、海外での生産委託に切り替えた。 だが藤井氏は、「変えていくつもりはありません。日本での製造には拘り続けます」と語る。理由はもちろん、これまで述べたような理由で、品質を保ちやすいからである。 「光メディアのように技術や製品の進化のスピードが速い分野では、開発と製造の連携が非常に大事になってくるんです。その意味でも、物理的な意味だけでなく開発拠点と製造拠点の距離が近いということが大きなメリットになってくるんです」(藤井氏) 「少なくとも日本市場では“日本製”の方が受けがいい。信頼していただけます。それに恥じない品質を保っていきたいです」。 さらに藤井氏は、また別の視点も示す。「人件費の高い日本で製造を続けていくためには、コスト抑制という意味でも自動化を出来る限り進める必要がでてきますよね。ところが実はこれが品質を保つ意味でも大きな意味を持つんです。製品の不良といわれるものの多くには、実は人の手が関わる部分において発生しやすいんです。人間はミスもしますし、クリーンルームに人がいっぱいいるとクリーン度も下がり、結果として品質に影響を与えてしまうんです」 人間は必ずミスを犯す。そのミスを最小限に抑え、製品の品質に反映されないようにすることが、工場ライン構築に関する最大のノウハウといっていい。太陽誘電では、メディア製造を可能な限り自動化し、ヒューマンエラーの入り込む余地を減らすことで品質を向上させているわけだ。 ■ 4倍速メディアは年末に登場。消費量増加にはPC需要も不可欠 となると次なる問題は、「いかにLTHのメリットを打ち出すか」という点になる。すでに述べたように、現在は無機系BD-Rに比べ、価格面でのメリットが出ていない。また、4倍速記録や2層対応といった点でも遅れをとっている。 「4倍速および8倍速記録については、現在規格を策定中。4倍速については、この夏にかけて規格を規格はフィックスされるのではないかと予測しています。年末には、4倍速のディスクが登場していることでしょう。2009年には、LTHと無機メディアが一線に並ぶのでは」と藤井氏は話す。 ただし2層ディスクについては4倍速記録より後の策定となり、まだはっきりとしたスケジュールができあがっていない。とはいうものの、技術的に不可能、というわけではないようだ。 「多層化については、ROMの場合は問題ないのですが、記録型の場合、工程が多くなり、無機のアドバンテージと言われていた部分が少なくなる、と言われているんです。そうなると、両者の差が小さくなるな、と見えてきています。ここからは、純技術的な競争になります。50GB、100GBといった大容量のディスクが低コストでできれば、新しいニーズがでてきます。不利を覆してもやる価値はあると思っています」(藤井氏) ただし、問題もある。DVDでは2層ディスクが商品化されたものの、単価が下がらずニーズが盛り上がっていない。BDも同様の結果となる可能性もある。 「2層のDVD-Rは工程が複雑で、その分高コストになりやすい、というのが技術的な課題です。BDについても、BDについても、今のところ同じ課題を抱えていると思います」とも話す。 なお、DVD-R DLについては、面白い見通しも語る。「オンデマンド形式の映像ダウンロードサービスを考えている企業からは、DVD-R DLの低価格化を要望されています。コンテンツベンダーさんも、ダウンロード版では広告をたくさん入れたい、と考えていて、一層では本編だけでも厳しくて、入らないんですよ。DVDについても、安価に製造する方法の検討を続けていきます」 藤井氏がDVDについて言及する理由は、BDがまだまだ量的に少なく、同社のビジネスとしては、依然DVDが堅調であるためだ。 「BDは生産量が、CDやDVDとは桁違いというのもはばかられるほど少ないので、まだまだこれからだと思います。効率をどんどん良くしていくのがこれからの課題です」 ただし、懸念材料もまだ存在する。それは、PC向けのニーズがまだ広がっていないことだ。「PCの需要も盛り上がってこないと、全体としては厳しいかもしれないですね。メディアを使ってもらえないですし。レコーダの需要は、世界レベルというと数が多くはないですから。今はまだDVDの初期と同様に、PCへのBDドライブの搭載が一部の高級機種に限られています。はやく普及機へBD搭載が進むことを期待しています」(藤井氏) 藤井氏は将来的な展望として、「高精細なラベル印刷ができるプリンタブルメディアや、プロ向けの超高品質版も開発、BDのバリエーションを広げていきたい」と語る。ただしそのためには、LTHの「量産効果」が生きてくるレベルまで、メディアの普及が進むことが前提条件だ。互換性問題もクリアされつつあることもあり、「メディアのさらなる低価格化」に期待したいところである。 □太陽誘電のホームページ (2008年3月28日)
[Reported by 西田宗千佳]
AV Watch編集部 |
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