小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」

本稿はメールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」からの転載です。金曜ランチビュッフェの購読はこちら(協力:夜間飛行)

開発者会議で感じた「AWS」という企業の本質

11月26日から一週間、米ラスベガスに出張していた。Amazon Web Service(AWS)の開発者イベント「re:Invent 2017」の取材のためだ。筆者はコーポレート系事業は専門ではないため、このイベントにはこれまで足を運んでいなかったのだが、ディープラーニングやAlexaとの関係もあり、今回取材機会を得て、初めて参加した。

re:Invent 2017会場。メイン会場である高級ホテルThe Venetianを中心に、5つのホテルを使って開催された

一言でいえば、規模に圧倒された。昨年比42%アップの成長を、この時期に続けているAWSの勢いが、そのままイベントの規模感につながっていた。累計4万3000人以上の開発者が、ラスベガスの5つの巨大ホテルに分かれて、1000以上の技術セッションを聞いているのだ。それが1社の開発者会議だ、というのだから、なんとも恐れ入る。

会場はとにかく規模が大きい。朝食会場ですら見渡す限りの広さ。ここが瞬く間に埋まる

AWSはインフラの会社なので、そこで語られる話はディープラーニングやAIの話が中心ではない。むしろ「いかにインフラを安定させるか」「世界規模のサービスを安価に構築するには」といった話題の方がメインである。

とはいえ、ディープラーニングの活用が、AWSにとっても大きなトピックであったことに違いはない。そもそも、現在ディープラーニングを道具として使っている開発者の中には、AWSからクラウド上の計算資源を借りて実現している……という例が非常に多い。そういう意味では、古典的な「サーバー貸し」のレベルでも、AWSはディープラーニングに必須の存在なのである。だが、それではなかなか活用が進まない。「いかに開発者に、ディープラーニングを簡単な道具として使ってもらうか」が、AWSのようなインフラ事業者にとっては極めて重要なことになっていた。

その力の入れようを象徴していたのが、「AWS DeepLens」というハードウエアの発表だ。これは、ディープラーニングを使った画像認識を簡単に開発できるハードウエアキットで、「箱をあけて10分で開発ができる」のがウリの製品である。

「AWS DeepLens」。249ドルで2018年に発売。すでに米Amazonでは予約が開始されている

とはいえ、このハードにものすごく特別な技術が組み込まれているわけではない。実のところ、PCとUSBカメラがあれば、あとは各種ソフトウエアの組み合わせにより、まったく同じことを無料で実現することもできる。また、DeepLensで作れるのは小規模なアプリケーションまでで、工場内で運用する「本番のアプリ」を作るなら、別途より大規模な機器を導入する必要がある。

しかし、DeepLensは「セットアップ済み」であることが重要だ。ディープラーニング用の開発基盤がすでに構築されており、IDとパスワードを設定し、AWSに接続すれば、あとは「アプリのためのコードを書く」ことに集中できる。ディープラーニングによる画像認識を手がけたことのない技術者でも、1日で高度な画像認識を使ったアプリが作れる。極論すれば、AWSはそのためだけに専用ハードを作ったのだ。DeepLensでAWSを使った画像認識に慣れてもらい、その結果、「本番のアプリ開発」でもAWSを使ってくれれば、それで彼らの目的は達せられる。実際、DeepLensで開発したアプリをスケールアップするのはとても簡単であるという。

AWSは「クラウドを顧客につかってもらい、そこから日銭を得る」企業だ。ディープラーニングも単純なウェブストレージも、そういう意味では等価な存在だ。新しい用途が生まれた以上、それをいかに使いやすくし、開発者にAWSを選んでもらうかが、彼らの生命線である。だから、専用ハードウエアも作るのだ。

実は、今のAWSのサーバー群は、ほぼ同社のオリジナル構成である。プロセッサーもインテルなどからそのまま仕入れるのではなく、オリジナル設計のものが増えてきた。その方が効率がよく、しかも、開発者が求めるものを提供しやすくなってきているからだ。

開発者に振り向いてもらうためなら、あらゆる開発にコストを惜しまない。結果として、非常に大規模で利益率が高く、世界のネット企業が依存するビジネスを提供できている……というのが、AWSという会社の本質である。

ちなみに、我々がよく知る通販会社の「アマゾン」は、AWSの親会社であると同時に、AWSからインフラを借りる立場でもある。AWSにとっては、もはや親会社ですら「大きな顧客のひとつ」という扱いなのである。

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」

本稿はメールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」からの転載です。

コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。

家電、ガジェット、通信、放送、映像、オーディオ、IT教育など、2人が興味関心のおもむくまま縦横無尽に駆け巡り、「普通そんなこと知らないよね」という情報をお届けします。毎週金曜日12時丁度にお届け。1週ごとにメインパーソナリティを交代。

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2017年12月15日 Vol.154 <案ずるより産むが易しは本当か号>

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01 論壇【小寺】
思ってたより難しいコンシューマHDR
02 余談【西田】
開発者会議で感じた「AWS」という企業の本質
03 対談【西田】
04 過去記事【小寺】
技術の力で“力ずく”、キッチンクリーニング
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Twitterは@mnishi41