小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」

本稿はメールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」からの転載です。金曜ランチビュッフェの購読はこちら(協力:夜間飛行)

JAXAで聞いた「衛星からのエッジコンピューティング」話

久々に、JAXAの会見に行ってきた。ご存知の通り、西田はITが専門で、宇宙関連は余技。その昔、科学雑誌向けの仕事などもしていたのでJAXAへの取材経験はあるのだが、近年は、年に1度、行くか行かないか……というところだ。

今回足を運んだのは、1月17日に打ち上げられる「革新的衛星技術実証1号機・RAPIS-1」の内容についての会見だ。実は、マイクロソフトがこの内容をHoloLensを使って解説するデモを作っており、その取材に行った……というのが正確なところである。

JAXAでの会見後のフォトセッション。中央にあるのが、RAPIS-1の模型
HoloLensを使った「革新的衛星技術実証1号機・RAPIS-1」の説明コンテンツ。動画はJAXAの報道ページから見られる

・JAXA 「革新的衛星技術実証1号機・RAPIS-1」の説明コンテンツ

このプロジェクトは、公募により選定された部品・機器を軌道上で実証するもので、これから定期的に行われる。宇宙で必要となる様々な技術について低コストに実証実験を行い、そこで得られた成果を日本の競争力としていきたい、という狙いがある。今回はその第1号機となるが、第2号機についても、すでにプロジェクト選定が終わっている。それぞれとても興味深いものなので、詳しくはJAXAのページをご覧いただきたい。衛星そのものを、初めてベンチャー企業が開発している点も重要だ。

・JAXA 「革新的衛星技術実証1号機・RAPIS-1」に関する説明ページ

RAPIS-1には7つのコンポーネントが搭載されているのだが、そのうち1つが、このところ自分が取材しているテーマに合っていたので、特にご紹介したいと思う。

それは、東京工業大学の提案した「革新的地球センサ・スタートラッカー・DLAS」だ。

「革新的地球センサ・スタートラッカー・DLAS」の概要

スタートラッカーとは、星の配置から自分の向きを把握し、姿勢制御を行うために必要な機器。ほぼすべての衛星に搭載されている。今回開発されたものの特徴は、「非常に安価である」ことと、「地球の状況把握にも使える」ことにある。

東京工業大学 理学院 物理学系の谷津陽一助教は、「今回使われているのは、ひとつ1000円程度のイメージセンサーを2つと、1GHz程度のプロセッサー」と内容を説明する。衛星用の機材としては非常に安価なもので、もちろん民生品だ。これを使い、星の位置と、地球の表面の地形を画像解析し、自分の位置を把握する。映像で得られた地形と学習結果を掛け合わせているわけだ。

画像認識、といえばもはやPCやスマホでは当たり前である。だが、衛星では条件が大きく異なる。なにより、クラウドの力が使えない。衛星との間で高速ネットワークを構築し続けるのは、技術的にもコスト的にも困難だ。また、大規模なプロセッサーを回せるほど電力に余裕があるわけでもない。

そこで、「色々試した結果、ローカルでディープラーニングで認識することにしました」と谷津助教は言う。高解像度の衛星写真を教師データとして学習し、その結果だけを衛星に搭載し、衛星側のプロセッサーで推論を行う。1GHz程度だが、「視界に入った地形の認識を4秒程度で行える」(谷津助教)というから、立派なものだ。

なにより、この手法の面白いところは、発展性が非常に大きい、ということだ。

認識はなにも、姿勢制御のためだけに行う必要はない。より高解像度のセンサーを搭載し、地球の状況を観察するのに使ってもいい。従来、そうした場合には「画像」を地上へと送り、地上側で解析を行っていた。そうすると、衛星から地上へと、容量の大きなデータ転送が発生する。衛星と地上で高速通信が行えるタイミングは限られており、結果的に、大容量データの転送には時間がかかり、あまり頻繁にも行えない。

だが、「衛星側で、ディープラーニングで画像解析をする」としたらどうだろう? 解析した結果だけを転送することも可能だ。例えば、森林の植生変化や大規模な台風などを見つけたら、そのシグナルと概要だけを「解析後の結果」として送る。解析結果は画像よりずっと小さな情報になる。少ない情報であれば、地上との高速ダウンリンクに頼らず、もっと頻繁に受信することができる。

「要は宇宙からのエッジコンピューティング」と谷津助教は話す。

これはなかなかのパワーワード。地上でも、エッジコンピューティングにより「センサー数」は膨大に増える、と想定されている。例えば、全コンビニチェーン店に50台ずつのカメラを置いて、入店時間と男女構成、コンビニ内での移動状況などをリアルタイム集計する……といった使い方が考えられている。これを「衛星」規模で行うことが可能になっていくわけだ。RAPIS-1に代表されるような、小箱程度の小規模な衛星を、低軌道に多数配置しよう、という計画は各所で進行している。そうしたものが「エッジ」として働き、異常を常に教えてくれる世界……というのは、なかなかワクワクする未来ではないだろうか。

先日、AWSのカンファレンスである「re:invent 2018」でも、AWSが衛星とのデータリンク事業に乗り出し、衛星からのデータを「クラウドを使う感覚」で手軽にビジネス利用する、というビジョンが示されていた。DLASの話を聞いたとき、最初に思い出したのはその話だ。「衛星データ活用の民主化」を考えている人々は、それだけ多い、ということなのだろう。

こうしたコンセプトが、宇宙の利用の仕方のイメージを変えてくれることを期待したい。

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」

本稿はメールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」からの転載です。

コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。

家電、ガジェット、通信、放送、映像、オーディオ、IT教育など、2人が興味関心のおもむくまま縦横無尽に駆け巡り、「普通そんなこと知らないよね」という情報をお届けします。毎週金曜日12時丁度にお届け。1週ごとにメインパーソナリティを交代。

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2018年12月21日 Vol.202 <世紀の曲がり角号>
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01 論壇【小寺】
上海で中国の光と影を見る
02 余談【西田】
JAXAで聞いた「衛星からのエッジコンピューティング」話
03 対談【小寺】
機材から語る、アダルトビデオの栄枯盛衰(4)
04 過去記事【小寺】
波瀾万丈の家電業界、連載100回を振り返る
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Twitterは@mnishi41