ニュース

これぞ“未来のアニメ”、Netflix×I.G世界初4K/HDR手描き作品「Sol Levante」を観た

Netflixは、4月2日の午後4時から、世界初の4K/HDR手描きアニメ作品「Sol Levante」を配信する。それに先駆け、ハイクオリティな映像と音声をメディア向けに公開。監督・演出を担当した、Production I.Gの齋藤瑛氏に、見どころを聞いた。

世界初の4K/HDR手描きアニメ作品「Sol Levante」

Netflixは、アニメ・実写を問わずオリジナルコンテンツに力を入れているが、それと同時に、ユーザーに対してさらに迫力のある視聴体験を長期的に提供する事にもこだわっている。

そのために、Netflix向けに作品を手掛けているクリエイター達が、作りたいと思うものを、技術的にサポートするチームを社内に用意。チームでは最新の技術を、将来のコンテンツ制作で活用できるように、可能性を検証している。

その取組が結実した結果として、Netflixでは2015年から4K配信に対応。さらに、2016年にはHDR映像、2017年にはサラウンド音声のDolby Atmosもサポート。対応するテレビやサラウンド機器と組み合わせる事で、より高解像度で音声面でもリッチなユーザー体験を可能にしている。

一方で、Netflixが全世界に向けて配信を強化している、いわゆる“日本的なアニメ”に関しては、紙への手描きを基本にしているなど、制作のワークフロー的に4KやHDRといった新技術に対応するのは難しい状況だという。

そこで、Netflix クリエイティブ ・テクノロジーチームは、アニメと新しい技術をどうすれば組み合わせられるのか、検証するための短編作品の制作を決定。“未来のアニメがどんなものになり得るか”に興味を持っているパートナーとして、アニメスタジオのProduction I.Gとのコラボレーションが実現。

押井守監督の「イノセンス」や「スカイ・クロラ」など、ハイクオリティなアニメを手がけてきた、齋藤瑛氏率いる少人数の経験豊富な制作チームが召集され、プリプロダクションから約2年、様々な困難をクリアし、手描きながら4KかつHDR画質で、Atmosの臨場感あふれる音響を組み合わせた短編アニメ「Sol Levante」が誕生したという。

齋藤瑛氏

Sol Levanteの映像に驚く

Dolby Vision対応の4Kテレビと、業務用マスターモニターを使い、鑑賞した。視聴したのはSol Levanteの元データではなく、Netflixで実際に配信される映像と同じレートのものだ。約4分の短い作品だが、映像と音声のクオリティが“超絶”で、画面からの情報量が膨大。とても4分とは思えない、高密度な時間が楽しめるものになっている。

物語としては、遺跡を調査する女性キャラクターが、遺跡を守るガーディアンと、壮絶かつ幻想的なバトルを繰り広げるというもの。

映像的な注目ポイントは“超高精細さ”だ。女性キャラクターの髪の毛の細かいディテールや、それが風になびく様子の複雑さ、まつげの1本1本、瞳の中の複雑な光など、膨大な情報量に圧倒される。女性の体は細かい糸状になり、鳥に変身するのだが、そうした線の細かさも凄い。アニメというよりも、綿密に描きこまれた絵画に命が宿り、そのまま動いているような感覚だ。

特に驚いたのは、飛行シーンで眼下に流れる草の表現。アニメではよく、飛行シーンにおいて、飛行体の速さを表現すために、背後へと流れてゆく草原が描かれるが、動きが重視されるため、草の表現は省略されがちだ。

Sol Levanteではその草が1つ1つキチッと描かれており、無数の草のオブジェクトが高速で流れて行く。スピード感が感じられつつ、1つ1つの草を目で追えば、草のディテールが知覚できる。これは、現実世界の視覚に近い感覚だ。

HDRの恩恵も大きく、まぶしい光の中にしっかりと青や赤の色が残っている。暗部の情報量も膨大で、描きこまれた暗い森の奥の質感、木の根のグラデーションなども潰れずに描写されている。闇の中に多くのオブジェクトが存在する事が知覚できるため、2Dのアニメだが、3Dのように画面に立体感と奥行きが感じられる。

Atmosによるサラウンド音声も、これに負けじと三次元的に展開される。移動感も明瞭で、立体的な音響空間を、オーケストラのBGMが盛り上げてくれる。

4K HDR手描きアニメプロジェクト「Sol Levante」メイキング映像 - Netflix

Netflix クリエイティブ ・テクノロジー エンジニアの宮川遙氏によれば、完成までには試行錯誤の連続だったという。まず女性キャラクターのデザイン。作画技術監督の絵面久氏が手掛けたものだが、オリジナルのキャラクターデザインとは別に、そのキャラクターを“引き”でとらえている時に、情報量を減らしたバージョンのキャラデザも用意。4Kでは引いた状態でもそれなりの情報量が描写できるため、“どこまで描けばいいのか”を、他のアニメーターと共有するために、2つのパターンのデザインを用意したという。

Netflix クリエイティブ ・テクノロジー エンジニアの宮川遙氏

また、キャラクターを描写する線にもこだわり、細いものから、太いものまで複数作ってテスト。最終的には「細い線で、柔らかいタッチにした方が、より説得力のある絵になった」という。

女性キャラクターの顔。同じ顔が並んでいるのではなく、左は線が細いもの、右は太いものと、描写のタッチが異なっている

HDRも活用。従来のアニメでは、明るく、綺羅びやかな部分を表現するために、フィルタをかけてキラッとさせていたが、HDRのSol Levanteでは唇や目にハイライトを入れるだけで、フィルタをかけなくても十分印象的な絵になったという。HDRで利用できるようになる豊富な色味も、HDRテレビで最終的にどのような色になるかを確認しながら作っていったそうだ。

一方で、さほど困難ではなかった部分もあるという。それは作画で、従来のアニメ制作では「紙に描く=解像度」になるため、「まず、紙からデジタルに移行しないと解像度を上げるのは大変だった」という。そこで、Sol Levanteでは最初からデジタルで作画を行なったそうだ。

こうした用意された素材を合成して映像を制作していくが、4K解像度の映像を作るためには、素材としては4Kを超える高解像度な素材も必要になる。それらをシステムで処理しようとすると、不具合も発生。ソフトの問題点を見つけ出し、メーカー側にそれを伝えて改善して制作を再開するなど、不具合によって中断しなければならない時期もあったという。

齋藤監督は、最も苦労したポイントとして、女性キャラクターの胸元に寄った状態で映像がスタートし、カメラが徐々に引いていってキャラクターの全体像が見えるシーンを挙げる。このシーンでは、胸に寄ったシーンの段階で4K解像度があるため、「全身を写す時は何Kが必要なんだという話になり、計算してみると、システム的に困難で、少し拡大を交えながらなんとか完成させました。以前、地下鉄の壁一面に攻殻機動隊のポスターを貼る時に1万ピクセルのデータを用意しましたが、今回は2万ピクセルを優に超えるサイズで、学校の校舎に貼れるくらいのサイズでした」と笑う。

また、動画では、日本のアニメの多くが1秒間に12コマ、9コマといったコマ数で作られているのに対し、Sol Levanteでは高解像度な絵を1枚ずつ描いていくのは困難であるため、アメリカなどのアニメでよく使われる「カットアウト」という手法を採用。ポイントとなる絵と、例えば10フレーム後の絵を描き、その間を絵をソフトウェアで自動的に生成しするというもの。これにより、少人数のチームでも作品が完成できたという。

齋藤監督は、4K/HDR作品の基本方針として、「映像をあまり細かくし過ぎず、見せたいところだけ見せるという方向性もあったのですが、今回はとにかく情報量で圧倒したいと考えました。4K/HDRの詳しい技術的な部分はおいておいて、一回見ただけでは受け止めきれない情報量を感じてほしい、作品に浸ってほしいと考えて作りました。何回も何回もループ再生していただき、そのたびに発見がある映像になっています。これが次世代の映像だと、感じていただける作品になっていると思います」と、自信を見せた。

齋藤監督は完成後の心境として、「今回は(4K/HDRの)可能性の一部を提示しただけで、4K/HDRは“宝の山”だなと感じました。完成後も、“次はこんなことできる”“こんな事を思いついちゃった”というアイデアが生まれています。コロナウイルスの影響もあり、映像配信サービスにおいて、質の高い映像を提供できる意義は高まっている。私達が頑張るしかないよねという話をスタッフともしています」と語り、今後もハイクオリティなアニメの可能性を追求していく姿勢を強調。

また、「クリエイター達は、新しいツールを使うことにストレスを感じるものですが、環境をちゃんと用意すると、皆あっというまに慣れて、まるで水を得た魚のように作品を作り始めるというのも今回実感しました。ストレスない環境を用意できれば、(日本のアニメ制作現場にも)4K/HDRはあっという間に広がると思います」と語った。

Sol Levanteの制作を通じて得られた知見は、他のスタジオやクリエイターに積極的に伝えていくという。その取組の一貫として、プロジェクト自体はオープンソースとして扱われ、配信開始と同時期に、実際に作られた非圧縮の連番画像や、サウンドミックス時のPro Toolsのセッションファイルなどを、ダウンロード公開する予定。クリエイター達が、それを参考に、「自分だったらこうする」とか「こういうものをやってみたい」という活気を生み出し、今後の作品作りに活かし、そうして生まれた作品を視聴者が楽しむ。「そういった、“夢のループ”を引き続き作っていけるようにしていきたい」(宮川氏)とした。