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“最高のエンタメ”を追求するNetflixの秘密。世界初4K/HDR手描きアニメ舞台裏も

映像配信サービスのNetflixは6日、サービス品質向上に関する取り組みを紹介する「NETFLIX HOUSE:TOKYO 2019」を開催した。メーカーやクリエイターらとの協業、嗜好に合わせてカスタマイズされるUIデザイン、効率的で安定したデータ伝送など、“高品位なホームエンタテイメント体験”の実現に向けた様々な試みを披露。イベントには、ソニーとパナソニックの開発者ほか、世界初の4K/HDR手描きアニメに挑むクリエイターらも登壇し、Netflixとの関係や今後の展望を語った。

国内登録者数は300万人。むこう12カ月でオリジナル作品16本を投入

開催に先立ち、Netflixでプロダクト最高責任者を務めるグレッグ・ピーターズ氏が挨拶。

グレッグ・ピーターズ氏(Netflixプロダクト最高責任者)

冒頭、同社の歩みに触れ「我々はビデオレンタル事業から始まったが、'07年に始めたストリーミングサービスで事業が大きく拡大、エンターテイメント市場に大きな変革をもたらした。'13年には一番最初の、そして記念すべき独自コンテンツ『ハウス・オブ・カード』の製作に挑戦し、それが大きな成功を収めたことも更なる成長の原動力となった。今や我々はグローバルなエンターテイメントカンパニーへと飛躍し、1,700種類以上のデバイスで、いつでもどこでもNetflixのサービスが楽しめるようになった」とコメント。

1,700種類以上のデバイスに対応

国内市場については「'15年に日本でサービスを開始。その後、日本独自のコンテンツ制作にも着手した。これは当時、非常にチャレンジングな取り組みだった。しかし、我々が作るコンテンツと、ユーザーが求めるコンテンツの間にあるギャップを、クリエイターらと一緒に埋めていった。結果、深夜食堂やテラスハウス、そして世界で大きな反響を呼んでいる全裸監督などの人気コンテンツを生み出した。特に全裸監督はインド、台湾、タイ、シンガポールなどのアジア諸地域でトップ10に入る人気を見せている。全裸監督は28の言語、12の吹替で全世界に配信中だ」とオリジナル作品の好調をアピールした。

またこれまで非公表だった国内登録者数を「約300万人」と、公の場で初めてアナウンス。更なる登録者数増を目指し、サービス品質とパートナー企業の拡大に加え、コンテンツへの積極的な投資継続を表明。日本では、向こう12カ月で16のオリジナル作品を公開を予定していると話した。

向こう12カ月で16のオリジナル作品を公開予定

4Kコンテンツは2,000時間、HDRコンテンツは1,000時間突破

イベントでは、各セッションに分けて、同社の取り組みが披露された。

画質・音質に関する取り組みについては、デバイス・パートナーエンゲージメント部門でバイス・プレジデントを務めるロブ・カルーソ氏が説明。

ロブ・カルーソ氏(Netflix デバイス・パートナーエンゲージメント部門 バイス・プレジデント)

ロブ氏は「最高のエンターテイメント体験を家庭に届けるべく、我々はどこよりも早く4Kコンテンツの配信に着手した。またHDRにも積極的に取り組んでいる。Netflixに接続するスマートテレビの3台に1台がHDRに対応しており、4Kコンテンツは2,000時間、HDRコンテンツも1,000時間を超えるラインナップを揃えている。またテレビメーカーと協力し、“Netflix推奨テレビ”の開発や、クリエイターが意図した映像を家庭でそのまま再現できる“Netflix画質モード”を用意した。音声面では今年ビットレートを高めており、スタジオクオリティの音響も実現している」と話した。

4K/HDRコンテンツも1,000時間を超える
ビットレートを上げ、音質を改善したという

ゲストとして、ソニーホームエンタテイメント&サウンドプロダクツの小倉敏之氏と、パナソニック アプライアンス社の柏木吉一郎氏が登壇。

小倉氏は、視聴体験の進化には、テレビ、コンテンツ、それを届けるデリバリーの進化が必要不可欠だと述べた上で「コンテンツやデリバリーより先に、テレビの進化がなければならず、我々は最先端の技術と表現力を持つテレビをクリエイターの方々に提供するのが大切」とコメント。

続けて「テレビにおいては画質・視野占有率(サイズ)・UIが重要だが、最も大事な要素は画質だ。例えば、制作者の意図“クリエイターズインテント”を再現するためには、我々のマスターモニターBVM-X300と全く同じ表現をすることが求められる。それには色や色相を正確に表現するだけでなく、X300と同等の“密度感”が必要で、大型の家庭用テレビで再現するには4Kでは足りない。8Kの技術が必要だ。またX300はRGBのOLEDだが、家庭用はOLEDやLCDなどデバイスが異なる。そのため、デバイスの特性に応じた技術の開発も重要になってくる。ブラビアの液晶技術で言えば、LEDを完全独立駆動させるバックライトマスタードライブなどだ。こうした最先端のデバイス技術やプロセッサー技術を組み合わせることで、最高の視聴体験が初めて実現できる」と話した。

小倉敏之氏(ソニーホームエンタテイメント&サウンドプロダクツ HES商品戦略室 商品戦略部 主幹技師)

柏木氏は、ハリウッドの映画会社との結びつきについて触れ「2001年、パナソニックは米国ハリウッドにPHL(パナソニックハリウッド研究所)を設立した。最初のミッションは、コンテンツを高品位に家庭へ届けるために必要不可欠な次世代圧縮技術の開発だった。後に我々はH.264/MPEG4 AVCハイプロファイルを生み出すことになるが、開発の過程を通じて、各スタジオやクリエイターから多くのことを学んだ。PHL内に劇場と同じ設備を作り、脇にはテレビを設置し、圧縮の検証はもちろんのこと、テレビにおいても作り手の意図が反映できているか? 暗部や色の階調表現は大丈夫か? などクリエイターらとディスカッションした。そこで得た知見はテレビ開発にも活かされてきた」とコメント。

そして「ハリウッドのクリエイターが求めるのは“余計なものを足さず引かず、ありのまま伝える”こと。ある意味でテレビは黒子に徹するわけだが、これが非常に難しい。ただ、その理念を持ちながら開発・改善し続けたことで、我々のOLEDは認められ、ハリウッドのマスタリング現場で広く採用されるまでになった。家庭からプロの現場まで、ハリウッドの品質を楽しめるのが我々のテレビ」と述べた。

“より速い起動”、“より簡単な操作”、“より快適な試聴”を実現するNetflix推奨テレビ。ソニーBRAVIA、パナソニックVIERAの一部機種が認証を取得している

ロブ氏がテレビの今後について尋ねると、小倉氏は「映像の進化には解像度・フレームレート・輝度・色域・階調の5つの要素がある。テレビの進化に終わりはなく、まだまだ進化する余地がある。我々はどんどん追求する。ただ、そこにコンテンツが付いてこなければ、高性能なテレビも宝の持ち腐れだ。ではコンテンツのレベルを引き上げるのは誰か? と言ったら、私はNetflixだと思っている。Netflixがコンテンツコミュニティ全体をリードし、新しい表現力を使って、より大きな感動を生むコンテンツを作る。そしてそれを我々が受け取る。Netflixとソニーは、史上最強のコンビネーションとなるだろうし、そのことに私は非常にエキサイトしている」と語った。

一方、柏木は「“シネマ体験を家庭に”という意味においては、テレビの進化はほぼ頂上に登りつつあるのではないかと感じている。我々が今年発売した最新モデルは、階調表現性・色再現性など本当に素晴らしい出来になっている」としながら、「今後の進化の1つとしては、色域があるだろう。実は現在映画で使われているDCI-P3は、ほとんどの物体色を再現できるとされるRec.2020の70%程度しかない。これが映画などのコンテンツに広がれば、もっとリアリティのある映像が体験できるようになる。そうしたテレビの進化に期待したいし、その時はNetflixもコンテンツを手掛けて欲しい」と話した。

柏木吉一郎氏(パナソニック アプライアンス社 技術本部 次世代AVアライアンス担当部長)

世界初4K/HDR手描きアニメの舞台裏。「アニメこそ“4K/HDR”だ」

世界初の4K/HDR手描きアニメ「Sol Levante」で監督・演出を務める齋藤瑛氏と、Netflixで制作・ポスプロ・放送機器等のワークフロー提案やデモ、技術サポートを務める宮川遙氏によるトークセッションも行なわれた。

今回のプロジェクトについて宮川氏は「Netflixにおいて、日本アニメの視聴者の9割が海外ユーザーだ。日本アニメは世界に愛されている素晴らしいコンテンツであり、表現度の高い芸術でもある。しかしこれまで、アニメで4K/HDRを実現した作品は無かった。ツールや機材の問題に加え、従来の工程(紙に書かれた原画や動画をスキャン)で解像度を上げることは困難だったこともある。日本のアニメ業界が築いてきたベース技術はそのままに、4K/HDRという新しい表現に挑戦できないか? この探求に共感してもらったのが、Production I.Gだった」とコメント。

宮川遙氏(Netflix クリエイティブ・テクノロジーエンジニア)

監督の齋藤氏は「フランスのゲームソフト『Detroit: Become Human』の4K/HDR映像を体感したとき、その密度感や、没入感、緻密な質感に強く引き込まれ、HDRの可能性を改めて感じた。実はプロジェクト開始前から、作画監督の江面氏らとアニメにおける新しい映像表現の形を模索していた。私達は初のフルデジタルアニメ『BLOOD THE LAST VAMPIRE』や、『イノセンス』など、クオリティに拘ったアニメを牽引してきた自負があったものの、一時期からテレビシリーズを大量に回していく技術が重視され、表現の閉塞感やもどかしさを感じていた。'11~12年頃、4K/8Kといった言葉が聞こえてくるようになり、もう一度新しい映像の表現に挑戦するチャンスが来ると直感し研究を始めた」と話す。

続けて齋藤氏は「SDR/BT.709では諦めなければならないことばかり。例えばある一定上の明るさは全て“白”になるし、エメラルドグリーンを出そうと思っても水色になってしまう。4K/HDRは輝度や色の制約が無く、ニュアンスで引いた線もそのまま再現できる。まるで想像という翼に、4K/HDRという動力が与えられた感覚。これをもってすれば、新しい地平線が見えると確信した。では、この4K/HDRで何を作るかと考えたとき、日本人だからこそ作れるデザインや動き、画面を手描きで表現しようと思い至った。手書きは人にしか生み出せない表現であり、4K/HDRになることで、そのディテールをありのまま描ける」と述べた。

4K HDR手描きアニメプロジェクト「Sol Levante」メイキング映像 - Netflix

アニメの4K/HDRについて、宮川氏は「プリプロの段階で見た1枚の画が印象的だった。4K解像度による髪の毛の細かな描写に加えて、べた塗りの唇に対してハイライトの線を1本入れただけで、まるでエフェクトをかけたような“プルプル感”が出ていた」と、そのメリットを説明。齋藤氏も「実写の場合はカメラで物を撮るところがスタートになるが、アニメは想像するところから始める。逆にイメージさえあれば、線や点1つで唇をプルプルにもできる。アニメで4K/HDRは意味があるのか? とよく問われるが、イマジネーションで何でもできるアニメこそ、4K/HDRが持つ表現力やメリットを享受できるものはない」とした。

実作業における課題について問われると、齋藤氏は「準備は万全のつもりだったが、ケーブル1本でディスプレイの色やフレームが変わったり、1万ピクセルを超えるとAfter Effectsがクラッシュしたり、制作当初はトラブルが多発した。ただ、プロジェクトが始まって約1年が経過した今、状況は大きく改善し、機材やツールでの不安はほぼ無くなりつつある。そう遠くない未来に、4K/HDR環境が整った状態からアニメ制作を始めるクリエイターも出てくるだろう。課題は機材環境よりも、そうした新しいツールに置き換え、如何に慣れるかという面や、“4K/HDRに挑戦してみよう”という作り手の意識改革を進めていくことが大切だと思う」と締めくくった。

齋藤瑛氏(「Sol Levante」監督・演出)

“見つけやすい・軽くて途切れない・いつでもどこでも”の取り組み

トークセッション以外にも、Netflixのスタッフによるプレゼンテーションが行なわれた。

アジア太平洋地域でプロダクト・クリエイティブストラテジー部門を統括するユージーニー・ヨウ氏は、Netflixにおけるパーソナライズ化とそのUIデザインを解説。

Netflixでは“最小のブラウジング時間で、できるだけ多くの作品に触れさせる”を1つの命題としており、個人の嗜好に応じてカスタマイズされるインターフェイスを導入している。登録時に好きな作品を選択すると、自動でユーザーの好みを類推。視聴した作品の履歴や、それと似たユーザーの傾向を組み合わせることで、レコメンド作品のリストアップ精度を高めている。

またテーマやジャンル、出演者、トーンなどから作成したタグを用意。何千ものタグの中から、作品に最適なタグを紐付けすることで、ユーザーが嗜好に合った作品を見つけやすくしている。

1つの作品においても、様々な方法での配信を行なう。例えば、全裸監督のアートワークの場合、「パワー」「犯罪」「富」「エロス」といった異なるメッセージ性のデザインを用意することで、ユーザーへ広く訴求できるように工夫しているという。

アニメ「ウルトラマン」のタグ付け例
ドラマ「全裸監督」のアートワーク例

エンジニアリング・マネージャーのテヤン・ファン氏は、Netflixコンテンツがどのようなデバイスや環境下でも、効率かつ安定した再生を行なう仕組みを説明。

コンテンツの符号化については「以前はすべてのコンテンツを1,000kbpsのSD画質にエンコードしていたが、2015年にタイトルごとにレートを最適化させるパー・タイトル・エンコーディングを導入した。現在は、シーンごとにレートを最適化させるパー・ショット・エンコーディングを採用することで、最低250kbpsでも以前より高品位なクオリティで配信できるようになった。効率的な圧縮により、2015年以前は1GBの通信量で視聴できる番組時間は1時間半だったのに対し、今は6.5時間にまで長時間化。わずか1GBで全裸監督1シーズンが視聴できるデータの軽量化を実現した」という。

効率的なエンコーディングに更新することでデータの軽量化を実現

また配信コンテンツは高画質・中画質・低画質の3種類を用意。再生側の通信環境が変化しても、動画が途切れぬよう、自動で最適な品質に遷移する配信方式を導入している。

コンテンツサーバーは各地域に設置され、低遅延かつ通信の輻輳を低減するネットワークを構築。「人気のあるコンテンツはHDDではなくSSDに格納するなど、あらゆる面で通信の快適さを考慮している」という。

なお現在使っているコーデックはHEVCやVC-1など。新コーデックのAV1については「現在テスト中」とのことだった。

デバイス側の通信環境に応じて動画品質を遷移させる
最大100TBを格納するというコンテンツサーバー

国内の通信事業者や携帯キャリア、家電メーカー、ケーブル事業者などとのパートナーシップを統括しているビジネス・ディベロップメント部門の山本リチャード氏は、対応デバイス拡大に関する施策を説明。

山本氏は「ユーザーから毎月視聴料を頂いている以上、好きな作品をいつでもどこでも楽しめるようにするのが、我々の1つの使命。そのために様々な企業とパートナーシップを結ぶことは非常に重要であり、共に最適なデバイスやインターフェイスを開発する必要がある。いまやNetflixが対応するデバイスは1,700種類に上り、先月だけでも世界50億台のデバイスがNetflixへアクセスした」とコメント。

またNetflix登録時と、利用6カ月後のデバイス別視聴時間の割合を示したグラフを提示。「登録時はグローバルも日本もほとんどスマホでの視聴だが、時間の経過とともに、テレビでの視聴時間が増えている。これは“より大きな画面で楽しみたい”という、ユーザーの気持ちの表れ。我々はテレビのリモコンへダイレクトボタンの設置を進めており、今後は同じように、日本でもテレビでの視聴時間が一層増えると予想している」と分析。

合わせて、先日発表されたJ:COMとの協業や、KDDIでのセット料金プランといった新サービスに触れ「こうした新サービスも“いつでもどこでもNetflixを視聴する”ための取り組みの1つだ。J:COMのセットトップボックスでは、メニュー画面にNetflixが組み込まれており、ユーザーは迷うことなく放送も配信もシームレスに楽しめるようになっている」と述べた。

Netflix登録時と、利用6カ月後のデバイス別視聴時間の割合を示したグラフ
J:COMセットトップボックスのメニュー画面
アカデミー賞などにノミネートされたNetflixオリジナル作品群
全裸監督にちなんだ「“白ブリーフ”クッキー」
会場には、Netflixを搭載する各社の最新テレビも設置(写真はREGZA)