ドルビーの立体音場技術「プロロジックIIz」を聞く

-サラウンド表現は“高さ”で自然な広がりへ



 ドルビーが2009年のInternational CESで発表した新技術が「ドルビープロロジックIIz(PLIIz)」。これは、従来のドルビープロロジックIIx(PLIIx)の上位バージョンとなり、2chや5.1chなどの入力音声に対し、自然な広がりとともに「高低差」の情報を加えるものだ。

TX-SA607など対応AVアンプ

 PLIIxまでは、独自のマトリックスデコード技術により、ステレオ音源を5.1ch化するほか、5.1ch音源を7.1ch化するなど平面の奥行き感や広がりを生成する技術だった。今回開発したIIzは、通常のフロントスピーカーに加え、高さ方向に2つの「フロント・バーティカルハイト」スピーカーを利用し、平面だけでなく高さ方向の表現を追加することを目指している。

 すでに、対応AVアンプとしてオンキヨーからは「TX-SA607(84,000円)」が、デノンからは「AVC-4310(252,000円)」と「AVC-1610(55,650円)」が発売されている。

 このドルビープロロジックIIzの狙いと、その背景について、Dolby Japan株式会社マーケティング部 テクノロジー エヴァンジェリストの松浦亮氏に聞いた。

 


■ にわかに盛り上がりを見せるサラウンドの“高さ”表現

 追加のフロントスピーカーにより音場表現の向上を狙うというアプローチは、最近始まったというものでもない。

 古くからヤマハは、フロントプレゼンススピーカーを使ったサラウンド提案を行なってきた。最近の同社AVアンプでは独自のシネマDSPを進化させ、フロントプレゼンススピーカーとの併用で垂直方向の広がりや奥行き感を実現する「シネマDSP 3D」を搭載するなど、ヤマハは独自の“サラウンドの3D化”に積極的に取り組んできた。

 だが、今年のCESでは、ヤマハのような機器メーカー以外がらもこうしたアプローチが目立つようになってきた。ドルビーは「ドルビープロロジックIIz」を発表。DTSは「Neo:X」を、Audyssey Laboratoriesも、スピーカー追加により高さ方向の表現向上を図る「DSX」(Dynamic Surround Expansion)を発表している。サラウンド技術のライセンス事業を展開する各社がこうした取り組みを強化しているのは興味深いところだ。

DCIで定義された音声チャンネル

 松浦氏は、ドルビーがIIzに取り組んだ理由について、デジタルシネマ規格(DCI)において、垂直方向(Vertical Height)のスピーカーが規定されていることを挙げる。

 デジタルシネマでは、コアとなる5.1chに加えて、サラウンドやセンター、サブウーファなど最大22.2chのスピーカー構成が規定されている。Blu-ray Discの音声も、最大7.1chとなっているが、その中でも詳細はDCIを参照する旨、記載されているという。

 つまり、将来DCI規格に則り、高さを活かした音場表現を用いて映画化されたコンテンツが出てくると仮定すると、家庭で再現するためにフロントに高さを表現するためのスピーカーとそれをサポートする音声規格が必要と予想される。現時点ではデジタルシネマでも、高さ方向の表現を積極的に取り入れるような試みは行なわれておらず、制作ツールも普及していない。しかし、今後そうなった場合、家庭でもいち早く立体音場をサポートできる。これがIIzを実用化した一つの目的といえる。

 もう一つはスピーカーのチャンネル数が7.1chまで拡張したことで、今後、単純に平面的にスピーカー数を増加するよりは、新しい軸でスピーカーを増やしたほうが表現の幅が広がるという考えだ。

ドルビープロロジックIIzの特徴

 ドルビープロロジックIIzでは、最大9.1ch構成に対応。PLIIxまでの最大7.1ch構成(フロント/センター/サラウンド/サラウンドバック)のスピーカーに、フロントハイト(高さ)スピーカーを搭載した9.1chがPLIIzの最高スピーカー数となる。だが、9.1ch出力を持ったAVアンプはそれほど多くない。

 そのため、5.1chスピーカーにフロントハイトスピーカーを搭載した「7.1chハイト構成」も選択可能となっている。現在発売されている、オンキヨーやデノンのAVアンプも7.1chまでとなっている。つまり、IIx用としてサラウンドバックを選択するか、あるいはPLIIzのフロントハイトを選択するか、いずれかの7.1chを選択するというのが現状だ。

 ドルビー以外の各社も、DCIや新しいサラウンドの軸として“高さ”に注目したという点では大きく変わらないようだ。ただし、そのコンセプトについてはやや異なっている。

 例えばDTSのNeo:Xでは、フロントだけでなく、リアにも高さ方向のスピーカー追加が可能で、最大11.1ch構成に対応する。一方、ドルビーのPLIIxではフロントのみとなっている。

 松浦氏によれば、ドルビーが後方のハイトスピーカーを選択しなかったのは、DCIの規格で規定されていないことが大きな要因という。Vertical Height(vh)スピーカーとしてDCIで規定されているのは、フロント(Lvh、Rvh)、センター(Cvh)、TS(トップサラウンド)の4つだ。

 加えて、サラウンドスピーカーはフロントより高くすることが一般的。また、人間の背後音の垂直方向の角度弁別能力(背後音に対し、角度を感じる能力)は、一般的に前方に比べてニブいという。加えて、さらに1ペアのスピーカーを加える場合、設置ハードルも高くなる。こうしたことから、後方のハイトスピーカーは不要と判断しているという。

 


■ 確かな“高さ”と“奥行き”表現の向上

ドルビーの視聴室。フロントハイトスピーカーを採用

 ドルビープロロジックIIzは、これまでのプロロジック系技術と同様にマトリックスデコード技術を活用。そのため、ソース音源の形式に特に制限はなく、TrueHDやドルビーデジタル プラスなどドルビーのコーデックだけでなく、DTSやDTS-HD Master Audio、リニアPCMなどでも適用できる。専用のエンコード処理により、独立チャンネルのように“わかりやすい”音源制作も可能だが、現時点では展開する予定はないという。

 最大の9.1chスピーカー構成で利用するには、PLIIxまでの最大7.1ch構成のシステムに、フロントハイトスピーカーを追加する必要がある。ただ、今のところ用意されている製品は、5.1chスピーカーにフロントハイト(高さ)スピーカー、もしくはサラウンドバックを選ぶ方式だ。つまり、ハイトを選べばPLIIzに、サラウンドバックを選べばPLIIx対応のスピーカーシステムということになる。

 なお、ハイトスピーカーの設置位置については、「フロントより1m上でできるだけ高く」で「L/Rの真上。L/Rより広い角度でも可」を推奨している。ただし、「60cm程度離れていれば効果は十分出る。また、真上でなくても多少広げおいても差はそれほどない」とのこと。また、後述する通り、ハイトスピーカーからの音はさほど広帯域ではないため、小さなスピーカーでも効果は十分にあるという。

入力チャンネルごとのPLIIz適用例ハイトスピーカーの推奨設置方法ハイトスピーカーを設置
PLIIzの特徴

 PLIIzの技術的な特徴は、ハイトチャンネル(Lvh/Rvh)の音声の作りかたにある。サラウンドスピーカー(Ls/Rs)に含まれる逆相成分を取り出し、この片方のチャンネルの位相を反転して同相として各ハイトスピーカーから出力するという。

 通常、逆相成分は明確な定位感や方向感をもたず、主となるのはホールトーンなどの残響成分となる。こうした成分をハイトスピーカーから出力しているのだという。つまり、IIzは元のソース音源から明確な移動感を生成するような技術ではなく、元ソースに含まれるアンビエンス(場の雰囲気)や、効果音などを割り当てることで、立体的な広がりを演出する技術ということだ。元ソースに対して「何も足さず、何も引かない」というのが開発コンセプトなのだという。

デモ用システム

 今回、さまざまなBlu-ray Discを使ってドルビープロロジックIIzのデモを体験した。視聴室のシステムは、Blu-rayプレーヤーにパイオニア「BDP-LX91」、AVアンプにデノン「AVC-4310」の米国モデルを採用。スピーカーはリピンスキーのモニタースピーカー×5と、フロントハイト用にB&Wのスピーカーを採用。5.1chのドライブはブライストンのパワーアンプ「9B-SST」で、フロントハイトはAVアンプで駆動した。

 「ジャンヌ・ダルク」の教会のシーンでは、PLIIzをONにすることで、教会の天井の高さがぐっと明確に広がっていくように感じる。それに合わせて、スクリーンの向こうの、前方奥行きの広がりも感じられるようになる。垂直方向だけでない、3次元的な自然な音の広がりは、確かに、通常のストレートデコード時とは大きく異なっている。

 また、サラウンドL/Rチャンネルの音から、Lvh/Rvh音声を作り出しているため、サラウンドチャンネルを活用したディスクであれば、より効果が高く感じられる。「オペラ座の怪人」のワンシーンでは、リアチャンネルを活用し、元ソースの段階でかなり“高さ”が感じられるオーサリングになっている。あえて、リアを活用することで、どこから声が出ているのか不安になる、というような演出なのだが、これをPLIIzで聞くと、より声の所在が不明瞭で天から降ってくるような広がりが不安感を強調する。サラウンドチャンネルを積極的に活用しているディスクだとより聞きどころも増えそうだ。

 音楽系のディスクでは、CHRIS BOTTI「IN BOSTON」でPLIIzを入れると、奥行きあるステージと、ボストンシンフォニーホールの天井の高さがぐっと際立つ。高さだけでなくステージの奥行きの広がりが顕著に感じられるのも面白い。ただし、サラウンド側のホールトーンに加え、フロントハイト側でも残響成分が加わるためか、MCや、音の消え際に若干のリヴァーブを感じる。気になる場合はストレートデコードで聞いたほうがいいだろう。

 「アイ・アム・レジェンド」の冒頭、廃墟となった街を車で駆け抜けるシーンでは、ビルの屋上からのロングショットや小鳥のさえずり、車がはじき飛ばす砂利などの細かな効果音が豊富。こうしたシーンでも、ONにすると高さ方向の広がりがぐっと出てくるから面白い。ここで、5chのパワーアンプを切って、AVアンプから出力されるハイトチャンネルだけの音を聞いてみると、こうした小さな効果音と微細な街の軋みなど“雰囲気”としか言いようのない音しか入っていないことに驚く。しかし、それが実際に適用され、7.1chで再生されると確かな広がりと高さ感が感じられるのが面白い。

 なお、現時点ではMUSIC/MOVIEといったモード設定は設けておらず、パラメータを任意に設定するような機能も備えていない。そのため、例えば前述のCHRIS BOTTIのときに少々違和感を感じたら、モードで調整する、ということはできず、ON/OFFのみとなる。このあたりは今後の進化にも期待したいと感じる。

 PLIIxでフロントハイトチャンネルを活用することで、“単にスピーカー数を増やすだけ”の提案とは全く別の音響を実現できる。古くから類似したアプローチはあったもののドルビーの対応により、さらなる周辺環境の広がりにも期待したいところだ。

サラウンドバックを利用しにくい環境でのサラウンド向上策としてPLIIzを推奨

 また、松浦氏によれば、PLIIxのようにサラウンドバックによる7.1chを実現し難い設置環境においても、「広い音場感を提供する“もう一つの選択肢”としても提案していきたい」という。

 というのも、家庭内でサラウンド環境を構築する場合、ディスプレイやシステム側を一方の壁に寄せ、視聴位置は壁寄せしたソファといったケースも多い。この場合、サラウンドバックの2チャンネルが、視聴位置に近すぎて、背後の音場が“ホット”になりすぎてしまうという。その場合、自然な広がり感を出すもう一つの7.1chとして、フロントハイトを使ったPLIIzを提案していきたい、とする。

 現在は、7.1chのAVアンプのみだが、今秋以降の新製品では、9.1ch対応の上位モデルの登場も予想される。今後のサラウンド環境をめぐる一つの動きとして、ドルビープロロジックIIzの今後の展開に期待したい。


(2009年 7月 6日)

[AV Watch編集部 臼田勤哉]