藤本健のDigital Audio Laboratory

第1010回

最新Bluetoothのブロードキャスト機能を体験! LE Audioでサイレント阿波踊り

4月13日・土曜日の夕方に、東京・渋谷の公園でサイレント阿波踊りなるちょっと不思議な阿波踊りが行なわれた。名前の通り、阿波踊りの踊り手たちが音楽無しに踊っているという、傍から見るとかなりシュールなものなのだが、実際には踊り手も見ている人もヘッドフォンやイヤフォンをしており、これらを装着することにより、音楽が聴こえてきて、普通の阿波踊りの世界がやってくるのだ。

でも、それはサイレント阿波踊りの一つの側面に過ぎない。実は同じタイミング、同じテンポでテクノミュージックも流れており、チャンネルを切り替えると、さらに異次元の阿波踊りの世界が広がるのだ。

このサイレント阿波踊りの仕掛け人は、御年83歳になられる元ローランドの社長であり、「TB-303」や「TR-808」の開発者として知られる菊本忠男氏だ。会場ではFMワイヤレスシステムを2チャンネル使って、それぞれのサウンドを楽しめるようにしていたが、その裏ではBluetooth LE Audioのブロードキャスト機能「Auracast」を用いた試験も行なわれていた。

その様子を取材してみたので、紹介してみよう。

「サイレント阿波踊り」ってなに?

渋谷駅から徒歩7、8分。西武百貨店やパルコを超えてNHKのすぐ近くまで来ると見つかる渋谷区立北谷公園はビルやマンションに囲まれたところにある小さな公園。ここでサイレント阿波踊りが開催されたのだ。

似たような話を先日読んだような……と思った方は正解。今年1月に書いた第1005回の記事「静かにアガレ!? イヤフォンで聴く渋谷サイレントライブに行ってみた」で紹介したサイレントライブが、サイレント阿波踊りのベースとなるシステムになっていたのだ。

詳細は上記の記事をご覧いただきいのだが、これは菊本氏が提唱するサイレント・ストリート・ミュージックを実現するイベントで、大きな音を出せないストリートや公園などで、ワイヤレスヘッドフォンを利用して騒音を出さずに音楽を楽しもう、というもの。

では、今回のサイレント阿波踊りとはどんなものなのか、その様子を捉えたビデオをいくつかご覧いただきたい。まずはヘッドフォンの音がない状態のものがこちら。

盆踊り サイレント阿波踊り (DJミックス) ② ヘッドフォンサウンドなし

たまたま通りかかった人が見たら、まさにこんな感じであり、何だこれ……という印象を持たれるものだと思う。踊り手が掛け声を発しているので、まったくの無音というわけではいが、お祭りの音楽がないと、こんなにシュールなものなのか……と感じてしまう。

では、ヘッドフォンで流れている音を聴きながらだとどんな感じになるのか。それがこちらだ。

盆踊り サイレント阿波踊り (DJミックス) ① ヘッドフォンサウンドあり

この2つのビデオ、いずれも「祭のきせき」というYouTubeチャンネルで掲載されたものを使わせていただいたのだが、2つ目のほうだと、いかにも、という雰囲気になってくる。

ちなみに2つのビデオを見比べると分かる通り、それぞれ別の時間に撮影したもの。当日は17時30分から、18時から、18時30分からと3回サイレント阿波踊りが行なわれており、ヘッドフォンの音ありが1回目、ヘッドフォンの音なしが2回目で、ちょうど夕暮れ時だったので、外の明るさが違うのもわかるはずだ。

齋藤久師さん、GalcidのLenaさん

このときの音楽は、中央にあるテントの中にDJブースから、齋藤久師さん、GalcidのLenaさんのお二人によるDJという形で出力されていた。そのLenaさんが先ほどのビデオの音を差し替える形で作ったのがこちら。

サイレント阿波踊り

こちらではあえて、外の音はなくしているが、こうなるとさらに違った世界観が出てくる。

改めて今回のサイレント阿波踊りについて紹介すると、これは菊本氏を中心としたSilent Street Music推進事務局が主催し、阿波踊りにおいては和樂連=わらくれん(東京高円寺阿波踊り連協会所属)から17名が参加、DJは前述の齋藤久師さん、Lenaさんが協力という形で行なわれたもの。

阿波踊りを披露した和樂連
左から久師さん、菊本さん、Lenaさん

参加自体は無料で、事前告知などで知った人、たまたま通りかかった人などが集まり、受付でヘッドフォンを受け取って、それを装着して見たり、一緒に踊ったりしていたのだ。ビデオの雰囲気からもわかる通り、かなりの人が集まっていて、受付には長蛇の列が(08)。事前に用意されていたヘッドフォンもすぐになくなってしまい、2回目、3回目を待つ人が並ぶ……という大盛況となっていた。

FMトランスミッターで音楽を飛ばすという点では、前回のサイレントライブと同様だったが、大きく違っていたことの1つがFM周波数2チャンネルを用いて別々の音楽が流れていたという点。

この日は88.1MHzと90.1MHzの2つの周波数を用いており、88.1MHzのほうを齋藤久師さんが出す音、90.1MHzのほうをLenaさんが出す音に割り当てられており、来場者はFMレシーバーのスイッチを切り替えることで、それぞれの音を聴くことができるようになっており、切り替えてもピッタリと合うよう同期していたのだ。そのDJ用にはRoland SP-404MKIIが2台用いられており、そのエフェクトなども駆使しつつプレイされていた。

渋谷という場所柄もあり、外国人も多く参加していたのも面白かった点。イベント中に和樂連の2人の女性がマイクを持って解説を行なっていたのだが、一人が日本語、もう一人が英語で行っていて、日本語のほうが88.1MHzに、英語のほうが90.1MHzから流れる形となっていた。

実は事前の告知、さらには当日の看板でも「感覚の相互作用を増強するX Modal Music(クロスモーダルミュージック)」が体験できるとあり、「音×振動×光の同期駆動により、感覚の相互作用を増強するシステムを用い、音楽におけるビート感覚が強化され、ダンスや演舞時にトランス状態に近づくことができます」といったことも記載されていた。

このX Modal Musicのシステムについては前回の記事でも解説していたが、これも菊本氏が開発したもので、FMレシーバーで受け取った音をリアルタイムに解析し、キックなどの重低音を振動に変換するとともに、それに合わせてLEDが光る、というユニークなシステム。LEDが演奏と正確に同期する形で発光するので、踊る側も見る側もより一体化していけるというものなのだ。

そのX Modal Musicシステムを、このイベントに合わせて菊本氏らが手作りで15セットほど用意。これを持ち込んで、踊り手に装着してもらう手はずだった。が、手違いにより当日、これらを搬入することができず、残念ながらX Modal Musicについては見送りに……。次回改めてチャレンジしたい……とのことだったので、それを楽しみにしたいところだ。

Auracast接続の音に感激

さて、そのサイレント阿波踊りにおいて、もう一つ大きなトピックがあった。実は現地に行くまでまったく知らなかったのだが、この会場において東芝情報システムがAuracastの通信試験を行なっており、それを示すポスターが掲示されていたのだ。

Auracastとは、Bluetoothの新規格であるLE Audioの機能の1つで、送信側に対して、無制限の受信デバイスに対してブロードキャストするもの。正しくは「Auracastブロードキャストオーディオ」で、従来の1:1接続のBluetoothオーディオとは大きく異なる。しかも複数のチャンネルを同時に利用することが可能。まさに、このサイレント阿波踊りにピッタリな規格となっている。

この現場には、東芝情報システムの技術統括部マーケティング・商品企画担当の足立克己氏、エンベデッドソリューション事業部商品企画部部長の黒瀬浩史氏、技術マーケティング部部長の山下浩司氏の3名が来ており、Auracastの実証実験を行なっていた。

足立氏に聞いてみたところ、「今回は試験ということで、2つのブロードキャストを同時に行なっています。1つはこの基板に88.1MHzで飛ばしているのと同じオーディオ信号を入れてAuracastで飛ばし、もう1つは90.1MHzで飛ばしているのと同じ信号を、こちらの小さい機器に入れて飛ばしています」とのこと。

Raspberry Piか何かを使っているのかな……、と思ってよく見てみたらそうではなく、Nordic SemiconductorのnRF3450 Audio DKというBluetooth LE Audioの開発キットとのこと。ここにはAuracast機能をはじめ、LE Audioに関するすべての機能が搭載されており、さまざまな実験ができるようになっているのだ。

LE Audioの開発キット

ただし、ここではAudio DKに搭載されているLINE INは使わず、あえてUSBからオーディオを入力している。もっとも、SP-404MKIIから直接USB出力できるわけではなく、FMトランスミッターと分岐させた片方を受けているため、それをいったんPCのオーディオインに入力。ここでA/Dした上で、それをUSBでAudio DKへと送っているのだ。

もう一つのチャンネルのほうもFMトランスミッターの手前で分岐した上で、東芝情報システムのチームへとアナログケーブルが届いている。これについては、MOOR TechnologyのトランスミッターであるMoerDuo Bluetooth 5.3 Auracast Audio Transeiverへ入力し、別チャンネルで飛ばしていた。

会場では、東芝のBluetoothオーディオ機器のほかソニーのINZONE Buds WF-G700Nなど、複数メーカーのヘッドフォン、イヤフォンが持ち込まれて、実際Auracastでブロードキャストできるのかをテストしていた。

また机の上にもAudio DKが2台置かれ、それぞれにスピーカーが配置されていたが、これは受信用のもので、Lチャンネル、Rチャンネルそれぞれ別のスピーカーに接続され、同期してブロードキャストされていることが確認できるようになっていた。

ソニーのINZONE Buds WF-G700N

「このNordicのAudio DKはさまざまな試験ができる便利な機材ではありますが、技適が取れていません。そこで『技適未取得機器を用いた実験等の特例制度』を用いて届け出た上で、今日の試験を行っているのです」と足立氏。なるほど、それが先ほどのポスターに記載されていた届出番号だったのだ。

筆者はこの試験が行なわれることは知らなかったものの、前回のサイレントライブにおいて菊本氏から「次はAuracastを使ったテストもしてみたい」という話は聞いていたので、もしかしたら役立つかも……と手元にあったクリエイティブメディアのAuracast対応のヘッドフォン「ZEN Hybrid Pro」を現地に持ち込んでいたのだ。

マニュアルを持っていかなかったので、最初どのように繋ぐのか戸惑ったが、電源ボタンをダブルクリックのように2回押すとヘッドフォンから「Searching for broadcast」という声が聞こえ、その後「Broadcast connected」との声。

すると、DJブースからの音が非常にクリアな音で聴こえてきた。当然ではあるけれどFMトランスミッター/FMレシーバーで聴く音と比較すると圧倒的にキレイな音で感激する。また通常は青く点灯するLEDがAuracast接続時には紫色になっていることも確認できた。

さらに2回押しすると、いったん接続が解除され、もう1度2回押しすると今度は別チャンネルにつながる。これでまさに理想の形が実現できているわけだ。そう、もし多くの人たちがLE Audio対応のヘッドフォンを持っているなら、わざわざレシーバーを借りることなく、自分のヘッドフォンやイヤフォンでクリアな音で聴けるわけだ。

「Auracastはまだ新しい規格であることから、相性問題が起きることもしばしばです。今回クリエイティブのヘッドフォンも問題なく接続できたことが確認できてよかったです」(足立氏)ということで筆者の持ち込んだ機材も役にたったのかもしれない。

LE Audio対応ヘッドフォン・イヤフォンの普及に期待

そんな中、さらにやってきたのがソニーのエンジニアの方々。

以前、「次世代Bluetooth「LE Audio」で何が変わる? ソニーキーマンに聞いた」という記事でオンラインインタビューしたことのあったソニーの技術センター 商品設計第2部門 音響コア技術開発2部の関正彦氏が、同部の小林大善氏とともに、視察ということで様子を見に来ていたのだ。

後ろ左から、足立氏、小林氏、菊本氏、黒瀬氏、関氏。前列の山下氏

その関氏や小林氏も自前のヘッドフォンでAuracastの音をモニターしていたのだが、筆者がFMレシーバーの音を片耳で、もう片耳でAuracastの音を聴いてみると、音質面での差とは別にもう一つ違いがあることに気づいた。

それはFMレシーバーの音と比べてAuracastが微妙に遅れていること。感覚的には50msec程度だろうか、ショートディレイがかかったような音となっていたのだ。

齋藤久師さんにも聴いてもらったところ「ちょっと面白いノリになっていていいんじゃないですか?」と笑って話していたが、現実的にはもう少しレイテンシーを詰めたいところだ。

この点について関氏と話をしてみたところ「Auracastは通常は50msec程度のレイテンシーが出てしまいますが、ゲーミング用の設定も可能になっているので、うまく調整していくことで20msec程度のレイテンシーまで詰めることは可能だと思います」とのこと。リスナー側がどこまでこだわるかにもよりそうだが、20msec程度まで詰められると、より違和感を抑えられるだろう。

一方、このクリエイティブのヘッドフォンを装着した状態で、公園内をいろいろ歩いてみたところ、送信距離は20m程度が限界でそれ以上離れると音が途切れてしまう。この阿波踊りで回る範囲がギリギリという感じでまったく余裕がない状況だったが、この辺の飛距離の問題はどうなのか?

「今回はあくまでも試験ということで、NordicのAudio DKからの出力をそのまま使っていますが、Auracastでは出力段に増幅器を入れて飛距離を伸ばすことが可能です。そうすることで、この公園全体で聴くといったことも十分可能になります」と足立氏は説明してくれた。

まだ一般的な普及まではまだまだ時間はかかるだろうが、今回の試験により技術的な要素はすべて揃っていることが確認できた格好だ。あとはLE Audioに対応したヘッドフォンやイヤフォンの普及と、サイレント阿波踊りやサイレントでの路上ライブといった活用事例が増えていくこと。ぜひ、今後の動向を見守っていきたい。

藤本健

リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto