ミニレビュー
2,000万の超弩級KEFスピーカーでジョン・ウィリアムズを聴いてきた
2024年6月6日 18:17
映画音楽界のレジェンド、ジョン・ウィリアムズが30年ぶりに来日し、サイトウ・キネン・オーケストラと初共演を果たしたコンサートが「John Williams in Tokyo」として、5月3日にレコード/SACD/CD/BDでリリースされた。この作品を聴いたオーディオ・ビジュアル評論家の麻倉怜士氏が「これはイベントをしないわけにはいかない」ほど感動したといい、東京・青山にあるKEF Music Galleryにて試聴会が行なわれた。
2023年9月、ジョン・ウィリアムズは小澤征爾さんの招きを受け、小澤さんが総監督を務める「セイジ・オザワ 松本フェスティバル」、そして、それにあわせて開催されたクラシック音楽の名門レーベル、ドイツ・グラモフォン創立125周年を記念した特別公演のために来日。サイトウ・キネン・オーケストラとの初共演が実現した。両公演のチケットは販売サイトに応募が殺到し、即日完売となるなど大きな話題となった。
両公演は「スーパーマン・マーチ」や「シンドラーのリストのテーマ」「王座の間とエンドタイトル」といったジョン・ウィリアムズ自身がこれまでに作曲した楽曲のプログラムで構成され、前半はセントルイス交響楽団音楽監督、ニューワールド交響楽団芸術監督、オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団の首席客演指揮者を務める世界的指揮者で、ジョン・ウィリアムズの長年の友人でもあるステファン・ドゥネーヴ、そして後半はジョン・ウィリアムズ自らが指揮する2部構成で開催された。
発売中のライブアルバム「John Williams in Tokyo」は、東京・サントリーホールでのコンサートの模様を収めたもの。「通常盤CD」と「LP」「Blu-ray」、そしてCDとBlu-rayがセットになった「デラックス・エディション」の4形態でリリースされている。発売はユニバーサル ミュージック。
このうち通常盤CDとLPにはジョン・ウィリアムズが指揮した11曲と、今回世界初リリースとなる指揮者ステファン・ドゥネーヴが指揮した「Tributes! (for Seiji)」を収録。
Blu-rayにはステファン・ドゥネーヴが指揮した前半とジョン・ウィリアムズが指揮した後半を、MCを含めコンサート全編を余すところなく収録。またBlu-rayには、ステレオ(リニアPCM 96/24・DTS-HD MasterAudio 48/24)、サラウンド(DTS-HD MasterAudio 5.1ch)、ドルビーアトモスの3種類の音声を収録した。
デラックス・エディションはDSDマスターを使用したSACDハイブリッド仕様で、SACDにはMCを除いた前半、後半の17曲を収録。デラックス版Blu-rayには、コンサート全編に加え、今回のために収録されたジョン・ウィリアムズ、ステファン・ドゥネーヴのスペシャル・インタビュー映像も収められている。
試聴会の会場となったKEF Music Galleryは、昨年12月に東京・青山にオープン。1階には最新のKEF製品が展示されているほか、地下には高さ2mのフラッグシップスピーカー「MUON」が置かれた試聴室「The Ultimate Experience Room」、3階には7.2.4chのDolby Atmos環境を構築したシアタールーム「The Extreme Theatre」が用意され、イヤフォンからデスクトップオーディオ、ハイエンドなオーディオまでを気軽に体験できる場所となっている。
「作曲の中身がより見えるようなサウンド」を目指して制作
この「John Williams in Tokyo」について、麻倉氏は「まずはやはり音が素晴らしい」と表現。その理由として、レコーディングエンジニアの深田晃氏が関わっていることを挙げた。
今回の試聴会にも深田氏をゲストに招こうとしたものの、スケジュールの都合で叶わず。ただ深田氏からは制作におけるこだわりやマイキング・ミックスに関するメッセージが寄せられた。
そのメッセージのなかで、深田氏は制作にあたってジョン・ウィリアムズのスコアと向き合ったと明かす。
「ジョン・ウィリアムズとシンフォニーオーケストラの組み合わせによるドイツ・グラモフォンでのリリースは、ウィーン・フィル、ベルリン・フィルにつづいてサイトウ・キネン・オーケストラは3作目になります」
「ウィーン・フィルのサウンドはいわゆるクラシック音楽の王道のサウンド、ゆったりと響くサウンドです。ベルリン・フィルはそれよりややオンで広がりを持たせたサウンドになっています。日本でのサイトウ・キネンのサウンドをどのようにするのか、どの方向に持っていくのかを考えました」
「ジョン・ウィリアムズのスコアをよく見ると、弱音楽器によるさまざまなアイデアが散りばめられています。一見分かりやすいスコアですが、実はかなり緻密に組み立ててあることがわかります」
「そこで、オーケストラサウンドではあるけれど、全体を朗々というよりも微細な音色を落とさないようにジョンの作曲の中身がより見えるようなサウンドを目指そうと考えました」
録音のマイキングについても「オーケストラ全体を捉えるメインマイクはDolby Atmos 7.0.4の11chを表現できるように11本のメインマイク」を使ったと説明。ステレオミックスでは、このうち5本をメインとして使用しているとのこと。そのほかにも34本のマイクを使用しており、合計で45本のマイクを使って収録されている。
ミキシングでは、タイムアライメント(メインマイクとの時間差を考慮したディレイ処理)やライブレコーディングでは避けられないノイズの除去など「細かい処理を行ないながら、スコアが何を目指しているのか、音楽としてこのバランスは正しいのか、そして何より楽しめるものになっているのか」を考えて作業していたとのこと。作業は何週間にも及び、最終的にはジョン・ウィリアムズ自身のアプルーブ(確認)も経て、リリースに至っていることが明かされた。
またユニバーサル ミュージックの担当者によれば、ジョン・ウィリアムズをはじめとする関係者らとは、音に関しては2chやDolby Atmosなどの全バージョンで、映像に関してはスイッチングや編集、カラーリングなどについて確認作業を行なったとのこと。
サントリーホールに飛び込んだような臨場感を味わう
試聴会は、The Ultimate Experience Roomからスタート。SACD/CDプレーヤーはマッキントッシュ「MCD550」、パワーアンプはSoulution「511mono」×2、スピーカーはKEF「MUON」(2,310万円/ペア)という「世界最高峰のシステム(麻倉氏)」が整った環境で、SACDから「フライング・テーマ(映画『E.T.』から交響組曲)」と「スーパーマン・マーチ(映画『スーパーマン』から)」を聴いた。
2曲を聴いて驚かされるのは、細かな音の表現力。主旋律を担うストリングスやブラスが解像感高く、しっかりと定位して聴こえるのは当然ながら、その後ろでメロディラインを支えているストリングスの爪弾き音や金管・木管楽器の小さな音も丁寧に描写されている。それでいてホールならではの反響など空間感も感じられるので、サントリーホールの空間そのものが広がっているかのよう。
「フライング・テーマ」を試聴した麻倉氏も「すごく愛情が感じられる。具体的は、オーケストラのサウンドは全体を収録しますが、すごく細かい所、つまり微視と巨視、マクロとミクロがうまく共存しているのです。特にこういったライブの場合、やはりライブにおけるアンビエントとディテールがしっかり出てくるというのが深田さんの特徴で、それがとても良く出ています」と表現した。
続いては3階のThe Extreme Theatreで、Blu-rayを試聴した。こちらはKEFのカスタムインストールスピーカー「Ci3160REFM-THX」や「Ci200RR-THX」、サブウーファー「KC92」×2で7.1.2chを構築したルーム。プロジェクターにはソニー「VPL-XW7000」、Blu-rayプレーヤーにはパナソニック「DMR-ZR1」を使っている。
ここでは、「彼らの音楽に対する理解が深まる(麻倉氏)」として、まずはデラックス・エディションにのみ収録されているジョン・ウィリアムズとステファン・ドゥネーヴのインタビューを視聴。
ジョン・ウィリアムズが「映画音楽とはどんな存在か」という質問に答える場面や、ステファン・ドゥネーヴがジョン・ウィリアムズが手掛ける映画音楽の特徴を語るシーンなどが収められており、その内容はファンならずとも必聴。このインタビューを聴いてから、もう一度公演を見直すと、新たな気づきも得られそうな内容となっている。
公演の模様からはBlu-ray収録の「雅の鐘」「ヘドウィグのテーマ(映画『ハリー・ポッターと賢者の石』から)」「レイダース・マーチ(映画『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』から)」「帝国のマーチ(映画『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』から)」の4曲を試聴した。
先ほどのSACD版とは試聴楽曲や環境は違うものの、Dolby Atmos環境で聴くと、各楽器の解像感がさらに1段アップし、より臨場感が増す。また細かいポイントではあるが、オーケストラの音は前方から、ホールの反響音は天井から、観客の拍手などは後方から聴こえてくるので、「会場の中で観客のひとりとして聴いている」という感覚がより強くなるのが印象的だった。
麻倉氏も「音源にはアンビエントもディテールも収録されていますが、2ch環境ではすべてが平均的に聴こえてきます。それに対しDolby Atmos環境では、ちゃんと機能が分けられていて、センターを含めた前3つのスピーカーからはオーケストラの直接的な音が聴こえてきて、解像感も上がります。そしてサラウンドと天井からアンビエント、つまりホールトーンが聴こえてくるのです」という。
「現実にサントリーホールで座って聴いているのと同じように、オーケストラの直接的なサウンドと、ホールの全体的な音も楽しめる。つまりサントリーホールの縮小版が再現されるので、解像感がものすごく高くなります。ディスクに収録されているのは48kHz/24bitのDolby Atmos音声ですが、とても音がいいDolby Atmosになっています」
また映像ならではのカメラワークにも言及。「私が思うに日本でよく観るオーケストラの映像はすごく静的なカメラワーク。これに対してヨーロッパのプロダクションが作るものは、カメラがすごく速く動いたり、急に横に動いたり、音楽を過剰に映像化しているものが多い印象です。この『John Williams in Tokyo』は、ちょうど真ん中くらいのバランス」だと指摘した。
「日本のものほど静的ではないし、ヨーロッパほどの過剰さもない。ちゃんと(カメラが)行くべきところ、つまり『今この曲で一番のポイントはここ』というところはちゃんと押さえている。『レイダース・マーチ』の弦のアンサンブルはすごく面白いポイントで、そこもしっかりと捉えている。そういう意味では画質も含めて映像、カメラワークも素晴らしい」
「演奏、音質、Atmosとアンビエント、映像がこれだけ揃ったクラシックコンサートライブというものは、そうあるものではないと思っています。また配信全盛の時代にこれがパッケージメディアとして出てきていることも良いことですね」
「つまり、これぐらい価値のあるものは“家宝”としてずっと持っておきたいし、時々観る。観ないときは飾っておく。こういったことは配信ではできませんので、パッケージメディアならではの良さというものが、中身の良さと相まって、すごく光り輝いているなと感じました」