本田雅一のAVTrends
第208回
テレビが“テレビ受像機”ではなくなる時代が来た
2022年1月11日 08:00
編集担当者から、昨年後半に注目されたニュースをいくつか教えてもらうと、意外な項目が含まれていることに気づいた。Disney+リニューアルについて伝えるニュースがよく読まれたというのだ。
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もちろん、多くの人気キャラクターと優れたコンテンツを抱え、全年齢層に訴えるラインナップを持つディズニーの映像作品が人気なのは当然だが、本誌はAV Watchである。以前からあったストリーミングサービスのリニューアルにそこまで? と思い確認してみると、その多くが配信品質の向上に歓喜していたという。
確かに従前のディズニーの映像配信は、おそらくファミリー向けを意識していたのか、HD解像度とステレオ音声に留まっており、4K/HDR、イマーシブオーディオといった、ここ数年のトレンドからは大きく遅れていた。
日本のディズニーがかつて、フィジカルメディアの事業を重視していたこととも関係しているのかもしれない。しかしストリーミングサービスへの移行が進んでいた北米と同等のサービスへと移行し、さらに日本制作のアニメ作品への投資も進み始めるなど、動き始めたのは、いよいよ日本市場が地殻変動を起こし始めたからだとも言える。
映像コンテンツを制作する業界と、それを楽しむための機器を開発・販売する業界は全く異質のものだが、一方で表裏一体でもある。制作側の意識が変化すれば、生まれてくるAV製品も変わってくる。
テレビ受像機は“ディスプレイ”なのか“テレビ”なのか
少し前の話になるが、新作コンテンツの発表、そして制作発表の場であるNetflix Festivalにお邪魔した時のことだ。
Netflix コンテンツ・アクイジション部門 バイス・プレジデントの坂本和隆氏から「(テレビ番組や邦画に比べ)大きな予算を投じて制作されることに注目する声もありますが、クリエイターからは、グローバルのチームで作品作りに取り組めることを評価していただいています」という話を聞いて、本当に新しい時代が来たのだと実感した。
Netflixがオリジナル作品にどう投資しようと、同社のストリーミングサービスを利用する頻度が上がる程度で、AV製品ユーザーの自分達にはたいした影響はないと思うかもしれない。
しかし、この時のインタビュー、そして2021年前半に行なっていたAmazonプライムビデオへの取材を振り返ってみて、いよいよ時代は変わったのだと確信できた。
これまでもハリウッド映画や米国制作の連続ドラマなどが、高品位の映像、音響にこだわった制作がなされ、それが映像配信サービスの巨大化に伴って彼らの投資額が大きくなり、やがて我々への配信が当たり前になるという流れはあった。
しかし、もはやそうした流れは米国や欧州、インド、一部アジア地域といった域内の話だけではなく、グローバルに広がってきているというのだ。
その影響は日本国内で制作される作品の質が上がるということだけではない、クリエイティブの質次第で、日本のクリエイターに(正当な対価とチャンスとして)投資が集まる環境が生まれるということでもある。
結果として、日本のAVファンはグローバルの大作ものだけではなく、日本の文化や世界観にマッチした、しかしグローバル品質のコンテンツとの出会いが増えることになる。
“テレビ受像機”は“映像コンテンツディスプレイに”
閑話休題。少し視点を変えてみたい。
「テレビという商品には将来性がありません。でもディスプレイならば可能性はある」。
古い話になってしまうが、パナソニック前社長の津賀一宏氏が社長に就任してまもなくのこと。当時はまだ商品化されていなかった大型OLEDテレビについて、パナソニックはどういうスタンスでいるのか? という質問に答えたものだった。
パナソニックはコストダウンのため、インクジェットプリンタによる印刷方式で蛍光体材料をプリントする低コストなOLEDの製造プロセスに投資をしていた頃だ。しかも未曾有の大赤字を計上してまもないタイミングで、パナソニックだけではなく、日本の電機メーカー全体において売上比率が大きかったテレビ事業をどのように舵取りするかは大きなテーマだったのだ。
こんな話をするのは、現在のAV機器の姿や求められる要素が、その時の気づきと通じていると思うからだ。
年末のプレスとの懇親会、あるいはCESでバッタリと会った時の会話だったと思うが、その時に謎かけのように”ディスプレイなら”という話をしたのが前述のセリフである。
テレビチューナがついているだけで、ディスプレイもテレビも、映像を楽しむ機器という意味ではたいして大きな違いはないじゃないか、というかもしれない。
だが、メーカーの視点では異なる。
より美しく映像を映し出すことが目的だったはずが、ディスプレイとして世の中にあるアクセス可能なコンテンツ全てを楽しみたいというニーズが生まれたからだ。こうなると、すでに“テレビ受像機”とはいえず、純粋に“ディスプレイ”として評価しなければならないのだと思う。
AV機器の本質とは
津賀氏はAVC社出身でVHSやDVDといった技術と交わってきただけに、テレビという商材の将来性に悲観的なことを驚いた記憶があるが、同時に“ディスプレイとしては生き残ることができる”という言葉も、今から思い起こせば納得できるものだとも思う。
以前ならば、テレビ受像機をシンプルに“テレビ”と表現していた。それは多くの人が、ディスプレイにテレビ番組を映していたからだ。しかし、“テレビ”という言葉がテレビ受像機という装置を表現するというのが、そろそろ苦しくなってきた昨今、危機のあり方を疑問に思うタイミングではないだろうか。
そもそも、テレビ受像機は、どれだけテレビ放送を観るために使われているのか?
統計によれば、まだまだテレビ放送を見る機会は多く、ストリーミング映像を自ら望んで再生している人の割合は少ないようだ。しかし、テレビ放送を漫然と観ている人は、本当にその番組、コンテンツを観たいのだろうか?
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情報を得るためのソースとして、テレビはまだうまく機能している部分もあるが、コンテンツを楽しむためのソースとしては、テレビ放送よりもネットを通じた映像配信に時間を割きたいと思う自分がある。
時間は限られている。その限られた時間を映像を楽しむために使うなら、自ら選んで好みの映像コンテンツを楽しみたい。となれば、パッケージ化されたディスクメディアか、ネット配信かということになる。
だが、そこには実はテレビという商品に対する本質的な問いがある。
消費者は“好きな映像作品を楽しみたいだけ”
どんな製品であれエンドユーザーが楽しめ、満足できるならば、いろいろな特徴、得意分野のある製品があっていい。本誌の読者は映像作品を最高の状態で観たいと思う画質至上主義の方が多いはずだ。
実際、10年ほど前までは、映像作品の絵作りを練り上げる際に使われるマスターモニターで観た印象に、家庭環境でどこまで近づけるのかをテーマにした画質調整(レビューする側としては評価)が中心だった。
しかし映像プロセッサの性能が向上し、AI的なアプローチで適応的に画質を調整できるようになると、だんだんと作品ごとの見栄え、あるいは放送番組のように必ずしも作品として映像表現を追求していないコンテンツを印象よく見せる技術が使われるようになってきた。
また地デジには圧縮ノイズが極めて多いという問題があるため、そこへの対応という日本特有の事情もある。地上波キー局の番組が、表示用途として最も多いということも(全チャンネル録画機能の内蔵など)日本ローカルの作り込みが重視されてきた背景にある。
しかし本当に観たい、あるいは画質や使いやすさの面で気にかける用途がストリーミングに偏っていくならば、求められるテレビの商品企画、コンセプトは変化してくる。
好きな映像作品を楽しみたいだけということは、観たい映像の中心が放送やパッケージ化された物理メディアからストリーミングに変化したなら、それらを重視した製品へとユーザーニーズも変化することになる。
“より優れたコンテンツのディスプレイ“とは
こうしたメガトレンドを消費者の視点で評価すると、より優れたディスプレイには二つの方向がある。
ひとつは映像コンテンツの楽しみ方が大きく変化している中にあっては、外部に接続するネット端末(ChromeCastやFireTV、Apple TVなど)に頼る方が良いという考え方。もうひとつはストリーミング映像サービスの使い勝手や画質にフォーカスした製品づくりをしているメーカーの製品を選ぶという考え方だ。
後者に関しては、すでにGoogle TV Platformの採用など、ネット環境への親和性を高める取り組みが数年にわたって行われてきている。初期にはパフォーマンスの悪さなども問題になったが、現時点ではほぼ解決されてきている。
とはいえ、一度購入したら長期間使うことがほとんどのテレビだけに、ストリーミング映像を楽しむ部分は、外付けのHDMI機器に依存する方がいいという考え方をした方がいいだろう。
放送番組などは規格が厳密に決められる。4K/8K放送の規格変更が行なわれるとしても、ずっと先のことだ。しかしストリーミングはクラウドに置かれている映像作品データを更新し、再生アプリを刷新すれば、新しい技術にも対応できてしまう。
それだけ新陳代謝が早い。私個人の考え方としては、テレビは純粋なディスプレイとして使い、レコーダ、プレーヤー、あるいはネット端末に別途投資することを選ぶ。
ストリーミングサービス中心だからこそ生きるサラウンド機器
話を映像制作環境の話に戻そう。
NetflixやAmazonプライムビデオ、それにDisney+と、大手が揃って日本市場向けのオリジナル作品に取り組み始めたことで、数年後にはそれらがカタログとして蓄積され、連続テレビドラマやアニメのように常時、新作が配信される環境になっていくことも予想される。
加入者の満足度が収益を高める構造であるため、オリジナルコンテンツの質を高め、また地域ごとの視聴者に合わせた作品づくりをすることが事業を伸ばすことにつながる構造だからだ。
聴こえてくる制作予算も日本のテレビ番組や映画に比べると一桁上のことが多い。グローバルで通用する作品にすることで、日本以外でも観てもらうカタログにしたほうが映像配信事業者にとってもプラスだからだ。
視聴者にとっては制作予算の多寡は重要ではないが、結果として生まれてくるコンテンツが映像表現、画質、音質、サラウンド設計などの拘ったものになるなら、消費者にとってのメリットだろう。
3Dオーディオを活用した音楽制作が始まっていることも併せれば、映像、音響ともに投資しやすいトレンドだと思う。とりわけ、これまでサラウンド機器は不要と思っていた方も、ストリーミングで身近なコンテンツがサラウンド対応になっていけば、バーチャルサラウンドのサウンドバー、あるいはソニー「HT-A9」のようなワンランク上の音響環境を導入する利点が増える。
まだ過渡期ではあるが、テレビがテレビ受像機ではなくなっていく時代。AVファンにとっては幸福な流れが生まれている。