本田雅一のAVTrends

第207回

ソニー画質に納得。ホームプロジェクタで“HDR”楽しめる時代に

取材中の様子

ソニーのHDR対応プロジェクタに感じた“初めての”納得感

4K/8K放送、各種映像ストリーミングサービス、Ultra HD Blu-rayなど、さまざまな場面でHDRでの映像を楽しめる時代になってきた。HDRについては、そのリアリティの高さからライブ放送の画質にも大きく貢献しているが 、映画などのプレミアム映像でもHDRを活用した映像表現に取り組んでいる作品が増えている。

コロナ禍の中で、なかなか劇場で映像作品を楽しみにくい時代でもあり、映画会社にとっては苦難の時代と言えるが、作品を楽しむ場として、より家庭を重視していくのであれば、今後はHDRの流れが止まることはないだろう。

とはいえ、この流れはホームプロジェクタで映画を楽しんできたAVファンにとっては、あまり好ましい方向ではない、と少し前までは感じてきた。

しかしソニーのHDR対応ホームプロジェクタをジックリ楽しんでみると、家庭向けプロジェクタでもHDR対応コンテンツを本格的に楽しめる時代になったと、その進化を実感した。

ソニーの4K/HDRプロジェクタ「VPL-VW875」。約330万円

ホームプロジェクタでHDRの再現が難しかった理由

少し古い話になるが、UHD BDの規格策定や、HDRが映画で使われるようになろうとしていた時代、ちょうどハリウッドの制作現場やBD規格の制定チームへの取材をしていた。この時、誰もがHDR化で映像のリアリティが大きく高まることを確信し、新しい表現ツールに映像制作に携わるクリエイターたちも喜んでいたのを覚えている。

実際、HDRは映像技術の進化において、モノクロからカラーへの進化に次ぐ、大きな要素の一つだったと思う。

しかし規格策定当時を振り返ると、関わっていた多くの人がホームプロジェクタのことなど微塵にも考えていなかった。

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そもそも高輝度を活かして画質を上げるという考え方は、液晶ディスプレイやOLEDのピーク輝度が高くなり、表現力が増してきたことが理由だ。UHD BDのHDR作品は、概ね1,000nitsぐらいまでを表現できることを基準に絵作りがされるようになっているが、このコンセンサスも当時のマスターモニターやテレビの表現できる輝度を意識したものである。

これに対して、ホームプロジェクタは一般的なSDRのマスモニを再現することを基本とし、そこに各社が味付けを行なうという商品だった。SDRのマスモニは暗所で100nitsピークが基準だから、同じような作り方で1,000nitsまでの輝度差を元気よく表現するには、創意工夫では越えられないかのようなギャップがあった。

当初は表現できない明部を、どのようなカーブでロールオフするかも試行錯誤。動的な信号処理ではどうしようもないように思えたが、映画会社にとっても、テレビメーカーにとっても、ホームプロジェクタでのHDR再現に対する熱意は(市場が小さく)なかったため、置き去りにされていたと思う。

と、ここまできて「だって劇場版のHDR映画もあるじゃない」とDolby Cinemaを思い出す人もいるだろう。しかしDolby Cinemaは、Dolby Cinema向けにグレーディングした素材を上映しているから成立しているものだ(Dolby Cinemaは、31フィートランバーツ・108nitsの基準で制作されている)。

UHD BDや配信など家庭向けのHDR映像は、あくまでも対象を現行のHDR対応テレビに設定して作られている。

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Dolby Visionが必須採用になっていなくてよかった? という気も

さて、もう少しぶっちゃけた話をしよう。

今ではDolby Visionという規格がカバーする範囲が広がっている(単一ストリームのHLG規格もある)ため、必ずしも単純ではないのだが、当時Dolby Visionといえば、SDR映像とは別に縦横半分の解像度で輝度情報のストリームを混ぜ込んだ“マルチストリーム”の映像規格だった。

つまりDolby VisionがUHD BDの必須規格として入っていれば、映像ソフトもDolby Vision対応が増え、プロジェクターはSDRで表示し、OLEDや液晶ではHDR。といった使い分けが1つのUHD BDで可能だった。

結果論だが、Dolby Visionのライセンス料金が高めだったこともあり、そうはならなかった。必須要件として採用されていれば、AVマニア層のUHD BDに対する反応も少し違ったものになっていたかもしれない、と当時は思っていたが、結果的にはあまり必要ではなかったとも言える。

発売されているほとんどのUHD BDがHDR収録で、SDRを選ぶにはBDしかないが、ストリーミング映像に関してはSDR版が用意されていることがほとんど。今後、さらにコンテンツ再生の軸足がストリーミングに行くとするなら、ホームプロジェクタでもストリーミングで楽しめばいい。

もちろん、UHD BDには最大約100Mbpsというビットレートの優位性はあるが、ホームプロジェクタ側もだんだんとHDR映画をどう表現するのか、慣れてきた側面もある。

例えばJVC/Victorは動的にトーンマップを変えることで、場面ごとに最適な見え方になるよう工夫している。若干の副作用が出るコンテンツもあるが、そんな時には軽く設定を変更してやればいい。

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つまりAVファン向けの製品としてならば、十分にHDRを楽しめる領域になってきていたわけだ。こうした進化も、液晶やOLEDの明るい画面を前提にしたHDRソフトを銀幕で美しく再現するよう自動マップするという、実に無理筋な要求がなければ起きなかったに違いない。

もっとも、個人的な妄想でいうならば、ストリーミングサービスで“Dolby Cinema向けグレーディングの映像”を選べるようになれば、もっと良いかもしれないのにといった要望はあるが……。

ソニーのダイナミックHDRエンハンサーがもたらす納得感あるHDR映像

とはいえ重箱の隅をつつくようではあるが、もう少しどうにかならないものかと思っていたところ、ソニーの家庭用プロジェクタ「VPL-VW875」と、業務用プロジェクタ「VPL-GTZ380」をソニーストア銀座のシアタールームを占有して評価する機会をもらった。しかし、ここで観た映像はこれまで感じていた不満を払拭するものだったのだ。

VW875は、前モデル(VPL-VW855)に対して光学系ハードウェアが変化したわけではない。最大ルーメン値も2,200のままで、面内のコントラスト比も変わらない。

しかし信号処理系では「ダイナミックHDRエンハンサー」が搭載され、これが大きく見え方を変えてくれるのである。

ダイナミックHDRエンハンサーのイメージ

このダイナミックHDRエンハンサーはGTZ380に加え、昨年発売された「VPL-VW775」にも搭載されているから、昨年、大いに話題になって周知されても良さそうなものだが、実はここはコロナ禍が影響している。

ソニーは大メーカーだが、テレビの大型化が進んだこともあり、ホームプロジェクタ市場は変化。ハイエンドとカジュアルの市場に二分化しているが、本機のようなハイエンド機は一般流通よりも体験会などを通じ、AVファンとのコミュニティに良さを知ってもらわないと売りにくい。

ところがコロナ禍の中では、閉鎖空間であるシアターでのデモンストレーションが行ないにくい。これは我々のようなレビュアーも同じで、今回はリクエストして評価する場を設けてもらったが、以前のように多くの評価者を個別に呼んで画質をチェックといった機会が減っている。

ソニー自身も「コロナ禍の為、評論家の方にじっくり観て頂く機会を設ける事がなかなか難しく歯痒い思いをしております」と話していた。なるほど、だから話題のきっかけが生まれなかったのだ。

もちろんハイエンドユーザーには、販売店が「どうでしょうか」と持ち込んだり貸し出したりといったこともあるが、VW775という製品は、VW875のレンズを普及価格帯の製品と同じものにしたもの。プロジェクタではレンズ性能も画質に影響を与えるため、ハイエンドユーザーの視野には入らなかったのだと考えられる。

2020年10月発売の4K/HDRプロジェクタ「VPL-VW775」。約148.5万円

というわけで、このダイナミックHDRエンハンサーだが、シーンごとのトーンマップや明るさ感、ダイナミックレンジの広さなどが安定して見え、実に迫力あるHDRらしいリアリティで観せてくれる。

コンテンツごとの得手不得手がないため、相性の悪さなどを気にする必要もない。

もうストリーミングでSDRを楽しめばいいじゃないか。あるいは画質の不満はややあるとしても、SDRのブルーレイでいいじゃないか、と半ば諦めていた筆者だが、これならば買い換える意味もある。

こんな良いものを昨年から見逃していたとは……。

“意図通りに近づける”自然なコントラスト感

もっとも、ダイナミックHDRエンハンサーを使ったからといって、全体の光出力が大きくなるわけではない。アイリスと光源の光量調整を使って全体の明るさはコントロールできても、面内のダイナミックレンジを劇的に変えることはできない。

だから、動的に画像処理を行なうことでコントラストを強調し、被写体の立体感を引き出しつつ明るさ感を出すような光量、アイリスの制御を行なうのだが、ソニーのダイナミックHDRエンハンサーの良いところは、歪曲させてコントラスト感を引き出すといったまやかしをしないことだ。

この機能で行なわれる処理はプロジェクタの光量が足りている場合と不足している場合で異なる。

光量に余裕があるシーンでは、アイリスや光源光量の調整で沈ませることで表現可能になった暗部トーンをゲイン調整で復元。逆に面内の明るい部分に関しては光出力の限界までゲインアップさせる。こうすることで、本来狙っているHDRのカーブ(PQカーブ)に近づけるのだ。

明るいシーンでは暗部階調は眼の特性上、あまり気にならなくなるため、そこは信号処理せず、アイリスを開放し、光源を最大光量に設定した上で(黒が浮いている明るさから)一気にPQカーブに沿った形で立ち上げていく。

いずれにしろ光量の限界はあるため、最後はロールオフして白飛びはするのだが、行なっているのはPQカーブという、絶対的な明るさ基準のカーブに近づける処理であるため、違和感のない納得できる映像を得られる。

実際に、映画「ハドソン川の奇跡」に登場するNYCタイムズスクエアの看板など、いかにもHDRらしい映像でチェックしてみたが、1,000nitsを超えるところまで階調を残しつつも全体の明るさは十分で、ピーク輝度も低すぎるとは感じなかった。

さらに映画「スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム」では、ミステリオの派手なトリックによるアクション(風描写)が、まるで目の前で炸裂しているかのように刺激的に展開する。全体が明るいシーンでありながらも、きっちりと“光”による描写が再現できている。

そして共通するのは、シーンごとに明るさ感が変化しないこと。

シーンを判別し、光の割り付けを変えるといったアプローチでは達成できない安定した高画質、監督が意図しただろう表現の再現という意味で抜かりがない。

ソニーストア銀座のシアタールームで、VW875とGTZ380を視聴した

実はVW775はお買い得ではないか

最後に目も眩むほど凄まじい画質のUHD BD「8K空撮夜景 SKYWALK」(ビコム)でもチェック。本題とは無関係だが、現実感という意味ではこれを超えるソフトはないのではと思える素晴らしい画質で、横浜と東京の夜景を空撮したソフトである。

点光源が漆黒に散らばる都会の夜景撮影では、流石にプロジェクターでの再現は厳しいと想像していたが、こちらも見事だった。イルミネーションの輝度など、もう少しあれば良いと思う部分もあるにはある。

業務用プロジェクタ「VPL-GTZ380」。約935万円で受注生産。明るさは10,000ルーメン
GTZ380では、青色レーザーに加えて、紺色と赤色レーザーを組み合わせている
X1プロセッサにより、エッジ分析とNRにデータベースを使用している
不要な光をキャンセルする処理「デジタルコントラストオプティマイザー」を新搭載した

実はGTZ380ではうっとりするほど美しい夜景が、記憶の中の夜景と合致していると感じるほど高い再現性で描写されるのだが、そこまでではない。しかし、それは比較しているからこその違いであって、光出力のスペック差ほどではない。それだけダイナミックHDRエンハンサーがよくできていると言い換えることもできるだろう。

と考えるならば、これは同じくレーザー光源を採用するVW775はかなりお買い得ではないだろうか。もちろんレンズ性能の違いはある。しかし100インチ程度までの投写ならば、2,200ルーメンに対して2,000ルーメンの明るさも含め、VW775の満足度は高いと予想される。何しろ価格は約半分なのだ。

120インチ以上の投写ならばVW875に拘りたくなるだろう。確かに違いは小さくない。しかしそこまでのサイズでないならば、VW775も併せてチェックしてみることを薦める。

本田 雅一

テクノロジー、ネットトレンドなどの取材記事・コラムを執筆するほか、AV製品は多くのメーカー、ジャンルを網羅的に評論。経済誌への市場分析、インタビュー記事も寄稿しているほか、YouTubeで寄稿した記事やネットトレンドなどについてわかりやすく解説するチャンネルも開設。 メルマガ「本田雅一の IT・ネット直球リポート」も配信中。