西田宗千佳の
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スマホとタッチするだけで設定完了

~ソニーのNFCスピーカーから見る「もっと楽な世界」~


 IFA 2012のプレスデーがスタートした。初日には、パナソニック・ソニー・サムスン電子などがカンファレンスを行なった。カンファレンスの詳細は別にレポート記事が掲載されるので、そちらをご覧いただきたい。むしろ筆者がフォーカスしたのは、ソニーのカンファレンスで発表された、ちょっとしたテクノロジーである。

 それは、4K2Kテレビや新スマートフォン、Windows 8タブレットのような派手なものではない。でも、このような機器が増えることで、我々の生活は変わっていくはずだ。

 そのテクノロジーとは、NFC(近距離無線通信)だ。そんな、ソニーが発表した「NFC対応スピーカー/ヘッドフォン」を軸に、NFCが当然になる時代に家電の操作がどう変わる可能性があるかを考えていこう。

 なお、本記事で紹介する製品は、すべてIFAでヨーロッパ市場向けに発表されたもので、日本向けにはまだ未発表である。同じような仕様の製品が国内でも発表されると予想できるが、価格や詳しい仕様などはまだわからない。



■「タッチ」だけで設定終了、再生開始! NFCでBluetoothが劇的に楽になる

 「これまで、ワイヤレスヘッドホンやワイヤレススピーカーを接続するには複雑な手順が必要でした。しかし、新しいXperia Tでは大きく変わります。ワンタッチです」

 ソニー・平井一夫社長は、そう話して壇上で新技術を発表した。テニスボールほどの大きさのポータブルスピーカー「SRS-BTV5」に、新スマートフォン・Xperia Tを近づけると、それだけでBluetoothの設定が終了する、というのだ。

平井一夫社長は、プレスカンファレンスで、Xperia TとNFCで連携するポータブルスピーカー「SRS-BTV5」を発表。簡単さを前面に押し出したSRS-BTV5。現行製品では「SRS-BTV25」などに搭載されているCircle Sound Stage技術を使い、より小型化。バッテリも搭載しており、持ち運んで使えるのも特徴。てっぺんにある「N」マークがNFC搭載位置。ここにスマホをタッチする。会場では白と黒のカラーバリエーションが確認できた
「SRS-BTV5」同様、NFC+Bluetoothに対応したヘッドホン「MDR-1RBT」。音質をウリにしたヘッドフォン「MDR-1R」にBluetoothとNFCを搭載したものだ

 ヘッドフォンも同様である。ソニーがIFAで発表した、新しいハイエンドヘッドホン「MDR-1」シリーズのうち、BluetoothとNFCを搭載したモデル「MDR-1RBT」を使うと、Xperia Tを近づけただけで設定が終わり、再生できるようになる。

 正直、写真や説明ではちょっとわからないだろう。実際に、製品を使ってデモをしていただいたムービーがあるので、そちらをご覧いただきたい。


【会場でのNFC動作デモ】

デモに使っているのは、NFC搭載スマートフォン「Xperia T」と、
新Bluetoothスピーカー「SRS-BTV5」および「SRS-BTM8」

 おわかりいただけただろうか?

新スピーカー「SRS-BTM8」。取っ手付きで、家の中などで持ち運びやすいのが特徴。モバイル向けというより「気軽に家の中の好きな場所で使う」タイプの製品。取っ手の上部にNFCを搭載している

 ここで重要なのは、ペアリングの設定は一切されておらず、スマートフォン側も一切操作は行なっておらず、スピーカーの電源も入れてはいない、ということだ。スマートフォン側のNFCとスピーカーのNFCを近づけると両者の間で設定が自動で行なわれ、スピーカーの電源が入り、再生の準備が完了する。

 利用者がやることは、「近づける」ことと、「スマホ側で再生をする」ことだけだ。

 もう一つ重要な点がある。ソニー担当者によれば、この手法では「標準技術から外れることはなにもしていない」という。今回キーノートでは、平井社長はXperia Tの機能として紹介しているが、使っているのはあくまで「NFCの機能」である。ソニーはXperia Tの発売に合わせて、Android上でこの機能を実現するアプリを無償公開する。そうすると、NFCを持っているスマートフォン、例えばGalaxy Nexusなどでも、まったく同じことができるようになる。


NFC対応のXperia T

 さらに、日本ユーザーに重要なのは、今回の機能はおサイフケータイで使われるFelicaにも対応しているため、Felica搭載Androidスマートフォンでも、まったく同じことができる。日本では先日、ソニーモバイルより「Xperia GX」、「Xperia SX」といったおサイフケータイ対応スマートフォンが出ているし、他にもたくさんの製品がある。それらも、対応アプリをダウンロードしてインストールすれば、このソニーのスピーカーやヘッドホンと組み合わせて使える。

 アプリはXperiaのために公開するわけでなく、これら(広義の)NFC搭載Androidスマートフォン向けに広く公開されることになる。また、新しく発表されたWindows 8搭載タッチ機能搭載PC「VAIO Duo 11」もNFCを搭載しており、こちらでも使える。これはOSでのサポートが拡充されているためで、スマートフォンで行なわれているように、スピーカーやヘッドホンなどとの連携が可能だ。そうするとおそらく、他の「NFC搭載PC」でも使えるようになるのだろう。


ソニーがWindows 8と同時の出荷を予定している、タッチ対応ノートPC「VAIO Duo 11」。スライド式でタッチとキーボードの両方に対応しており、インテルのUltrabookの仕様にも適合。モーションセンサーやNFCなど、タブレット的要素も搭載している

 ソニーとしては、まず操作性に着目してもらい「NFC内蔵スピーカー」「NFC内蔵ヘッドホン」が売れれば良い、という発想なのだ。さらにそこで相手として、XperiaやVAIOが選ばれれば言うことはない、ということなのだろう。

 この種の使い方は「Connection Handover」と呼ばれており、NFCと他の手法を組み合わせ、操作を簡便化するための方法として模索されてきたものだ。現在はBluetoothの接続情報をやりとりするために使っているが、NFCで接触した時にファイル転送の情報をやりとりし、Wi-FiやBluetoothを使ってファイルを転送する、といったことも可能で、「すでにアプリにはそういった用途も実装してある」(ソニー担当者)とのことだ。

 ソニー製品での操作方法の改善・方向性の統一を図るため、同社内には「統合UX」という計画がある。今回のNFCを使った簡便化は、その一環であり、最初の目に見える成果の一つ、といえそうだ。



■タッチで操作を「スマホ側」へ集約、搭載スマホ増加で家電に新しい価値が?!

 スピーカーやヘッドホンの例は、動画を見ると確かに便利そうに見える。

 「でもそれだけでしょう?」

 そう思っていないだろうか。

 だが筆者は、このような使い方は、NFC搭載スマートフォンの普及によって、急速に広がっていくと考えている。なにしろ、「マークをくっつけるだけ」という使い方は、従来に比べとにかく簡単であるからだ。

 パナソニックは現在「スマート家電」をアピールしている。8月21日に発表した洗濯機「NA-VX8200L」では、NFC対応のスマートフォンをかざすことで、洗濯機に洗剤や柔軟剤の適切な量を転送、より適切な洗濯設定が行なえるようになっている。これも、NFCで家電を高度にする一つの方策である。

 正直、パナソニックのやり方には批判も多い。洗剤などの設定をわざわざスマートフォンでやってかざす、というのは、高価な家電とスマートフォンを使ってまでやらねばならないことなのか、と思う。この洗濯機には大きな液晶画面もついているのだから、そちらでやればいいのでは、完全に適切でなくても「そこそこ」でいいのでは(事実、普段の洗濯はそんなものだ)、と思われるのも無理はない。筆者もそう思う。

 だが、NFCの可能性を生かせば、家電はもっと楽になるはずだ。

 例えばこんな例が考えられる。

 洗濯機には、シンプルにいくつかのボタンしかない。使い方をよくわからないなら、それだけで洗濯することもできる。でも、スマホでその日の水温と洗濯物の量を入れ、ピッとかざすと、もっと正しい設定が行なわれ、ついでに「洗濯終了時間に合わせた洗濯開始予約」も行なえる……。

 そんな風になれば、家電側に操作画面や複数のボタンを用意する必要はなくなる。中身は複雑でも見た目はシンプルになり、操作のインテリジェント化も行なえる。洗濯機側のボタンで操作するより、スマホ側で操作した方が楽で、設定も憶えておける。トータルでの価値は必ず高まるはずだ。

 実際、ソニーのNFC搭載Bluetoothスピーカー「SRS-BTV5」や「SRS-BTM8」を見ると、電源や音量、再生ボタンくらいしか操作系がなく、実にシンプル。もちろん、スピーカーなので複雑な操作はいらない、という理由もあるのだが、「長押しして設定」、「LEDの明滅でペアリング状態を確認」といった複雑さも、NFC接続を前提とするならば、覚える必要がなくなる。(実際には、NFCがない機種との併用もあるので、ペアリング用の機能も用意はされている)

 「かざす」操作には色々な可能性がある。これまでは決済など、家の外のシステムとの連携が話題になりやすかったが、おそらく今後は、生活家電との連携、AV家電との連携も一般的なものになっていくだろう。

 その背景にあるのは、今年後半以降、NFC搭載スマートフォンが当たり前の存在になるということ、それに伴い、NFCを活用できる人も劇的に増えていくだろう、という予測の存在だ。

 ソニーがIFAで発表した家電は、そういった可能性の一端をわかりやすく示すものであり、パナソニックが「スマート家電」にこだわるのも、白物の高度化の中でのスマートフォン+NFCの価値に、大きな期待を抱いているからなのである。

 このジャンルはまだ始まったばかり。だがそれだけに、いろいろなユーザーインターフェースへの活用が考えられそうだ。

(2012年 8月 30日)


= 西田宗千佳 = 1971 年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、PCfan、DIME、日経トレンディなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。近著に、「漂流するソニーのDNA プレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「メイドインジャパンとiPad、どこが違う?世界で勝てるデジタル家電」(朝日新聞出版)、「知らないとヤバイ!クラウドとプラットフォームでいま何が起きているのか?」(徳間書店、神尾寿氏との共著)などがある。

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[Reported by 西田宗千佳]