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アニメの効果音はどう作るのか。膝を叩いてヘリの音!? フォーリーアーティストに迫る
2025年11月17日 08:00
“アニメの中の音”と言えば、声優の声と音楽……あと何があるか? そう、効果音である。現実世界にはあり得ない音や人間が動くことで聞こえる音、その場の環境音に至るまで、実に様々な効果音が付けられている。
その音はどのように作られているのだろうか? プロの話を聞くべく、去る10月下旬、フォーリーアーティスト渡邊雅文氏のトークライブに足を運んだ。
映像作品に音を付ける。特にアニメーションに付けられるフォーリーサウンド。その音作りの奥深さを知ると、作品の見方がさらに深く、楽しくなった。
アニメの音付けとは何か?
東京池袋、小雨の降る中で開催された「渡邊雅文フォーリートークライブ in池袋」。アニメの音作りに興味のある聴衆が集って会場は満席。渡邊氏の軽快な挨拶からトークライブは始まった。
アニメの音は「声」「音楽」「効果音」の3種類がある。ここまでは少し映像作品の音に興味のある方ならご存じかもしれないが、「効果音」に3つの種別があるのはなかなか知られていない。さらに、フォーリーとは何かを熟知している人も多くないだろう。
渡邊雅文氏は、香川県高松市在住のフォーリーアーティストだ。アニメ、ゲーム、ドラマといった映像作品のフォーリーサウンドを制作。「リコリス・リコイル」、「ブルーロック」、映画「ふれる。」など、数々の人気作品に音を吹き込んでいる。
3年ほど東京で音響効果の仕事に就いていたが、25歳の頃、事情により地元へ帰ることに。他の仕事を探そうと思っていた矢先、縁のあったディレクターから遠隔での仕事を頼まれ、香川にいながら音響効果の仕事を続けていたそうだ。
2009年当時は、まだ大容量オンラインストレージも満足に普及していなかった頃。遠隔で仕事ができたのは本当にありがたかったと振り返る渡邊氏。その後、フォーリーに特化した法人を立ち上げるに至る。
株式会社evanceは、「楽しい音を作って、楽しいコトを伝えていく」をテーマに渡邊氏が立ち上げた日本でも数少ないフォーリー専門の音響制作会社だ。
「フォーリーアーティストの業界はフリーランスの方もいらっしゃいますし、もっと大きな組織の中にフォーリーの方が在籍したりもしていますが、フォーリー専門の会社としては、実はうちともう一社しかありません」(渡邊氏)
自社の紹介まで話が進んだところで、アニメの音付けとは何かを解説していく渡邊氏。ちなみに本記事は、フォーリーやアニメの音作りに詳しくない方にも分かりやすいよう、筆者の方でイベント内容を一部再構成してレポートしている。よって、実際のイベントの流れと記事構成は必ずしも一致しない。
渡邊氏がスライドで示したのは下記の図だ。フォーリーアーティストは、サウンドの仕事のどのカテゴリーに位置づけられているのかが一目で分かる。
まずはなんと言っても人の声、アニメなら声優、ドラマでは役者の声だ。音楽は劇伴と呼ばれるがこれも作品には欠かせない。そして今回の主役、効果音だ。
効果音には、ハードFX、フォーリー、環境音の3種類があるという。現実には存在しない音、例えば「ピキューン」とか「シャキーン」、「ボヨヨーン」みたいな音はハードFXだ。環境音は、エアコンの動作音とか、川や森の音、鳥の鳴き声、雷なども環境音に含まれるという。
渡邊氏が専門に手掛けるフォーリーは、大きく分けて、足音・衣擦れ・物の音がある。これらを画面の芝居に合わせて吹き込んでいく。ただ音を鳴らすのではなく、映像をチェックし、キャラクターの感情に合った音を録っていくのだという。
「例えば、机に手を置くとき……」と言いながら、手近にあったテーブルに片手を付く渡邊氏。そのとき、当然音が鳴る。
「ただ疲れてポンって置く音と、ドンって勢い付けて置く音では、聞いた人の感じ方が違います。ドンッと置いたときのフォーリーだと、怒ってる?何かあった?って視聴者は思います」(渡邊氏)
同じ机に手を置く効果音でも、その音次第では登場人物の心情まで読み取れるという訳だ。当然、台本や映像を見て、状況に合った音を付けなければならない。
続いて、物の音についても解説があった。
分かりやすい例では、人がカップを持ったり、置いたりする音などがあるが、それだけではない。他にも、ドラゴンの“鱗の音”や、大型モンスターのディテールが分かるような音を付けたり、登場人物が付けているアクセサリーの音も映像に合うように鳴らしたりするという。水の中を表現するときは、あえて本物とは少し違った雰囲気の音にして録ることもあるようだ。
「あとはヘリコプターの音を作ったりもします。こんな風に……」とハンドマイクをテーブルに置いて、膝を両手で叩く渡邊氏。本当にヘリの音のように聞こえるから驚きだ。
「え!?その音って、あの音に聞こえるの!?」という発見がフォーリーの世界では尽きないのが面白い。他にも、段ボールを落とした音にギターで使うディストーションを掛けて爆発音を作るとか、どこから思いついたのか気になって仕方ないノウハウの数々が披露された。
「フォーリーは、音の大喜利だと思っています。例えば、『風の音やって』って言われて、わかりましたって無茶ぶりを受ける仕事がフォーリーだと思っていますので、これからも無理して音を作っていこうかなと思っております(笑)」(渡邊氏)
“作品の音”にも、注目して欲しい
渡邊氏は、音の世界がとても大事であるにもかかわらず、その重要性や善し悪しに気付く人が少ないことに問題意識を持っていると話す。スピルバーグ監督の「映画の半分は音でできている」という言葉を紹介しつつ、それだけ重要なのに、目に見えないために語れる人が少ないという。
語れる人がいないどころか、そもそもアニメに音って付いてるの?と聞かれたこともあるという。当たり前のように音が付いているから意識していない。意識してないから、いい音でもイマイチでも、あまりよく分からないのだ。
当然、それはクオリティの高い仕事をするトップクラスの職人が一般の視聴者が気にならないような素敵な音を付けているから、というのもあるだろう。筆者も音声を扱うエンジニアとして、「リスナーに違和感を抱かせない音」を守ることがいかに重要で、仕事の核となるかを実感してきた。
しかし、渡邊氏は切実な思いを口にする。
「スケジュールや予算など様々な事情で、ちゃんとした音を付けられない場合でも、誰ひとりSNSで言及していないんです。むしろ文句でもいいから関心を寄せてほしいのですが、これほど音を気にされていないということは、逆に悔しさも感じます」(渡邊氏)
音が大事な要素であることは論を待たない。しかし、その良さはなかなか気付かれにくい。だからこそと渡邊氏は続けた。
「だからこそ、気付いてもらえるような世界を作っていけたら、皆さんに届く映像になって、作品がより良くなっていくと思います」(渡邊氏)
様々な音が生み出される拠点の内部
音作りへの熱い情熱を明かす渡邊氏。彼が香川の地に構える拠点は、まるでフォーリーアイテムの博物館だ。効果音道具を収蔵した倉庫がスライドで紹介されていく。
使わなくなったウェディングドレス。鞄類。実家の農機具。溝にはまっているグレーチング。日本家屋の扉。おもちゃ。「こんなものまで?」と思うようなアイテムが満載だ。
収録スタジオは全部で3つ。18畳くらいのAスタジオは、天井高が5mもある。ここなら何でも振り回せるという。広いので大勢で足音を録ったり、水槽を置いて水の音を録ったりするそうだ。
10畳ぐらいのBスタジオは、普段渡邊氏が作業をしているメインルーム。小さいスタジオをもう一個作って稼働率を上げているそうだ。
そして、業界でも珍しいのがキッチンスタジオ兼バーカウンター。ガスコンロもシンクもある。レンジフードは吸音材を大量に入れてまったく音がしないように作ったそうだが、業者から油料理は控えるように言われてしまったとか。
冷蔵庫も完備。コンプレッサーの音が鳴らないように、壁にスイッチを付けてコンセントから抜かなくても簡単に電源を落とせるようになっている。壁のスイッチに「冷蔵庫」なんて書いてあったら思わず二度見しそうだ。
フォーリーの世界を積極的に発信
渡邊氏に筆者がかねてから注目してきた理由のひとつは、フォーリーの世界を積極的に発信しているその姿勢がある。大学などでの特別講師やイベントへの参加/出展を通じて、世間の認知や理解を広げる活動に取り組んでいる。最近では京まふへ出演し、小市民シリーズの音作りを解説。さらには、海を越えて中東フィルム・コミックコンベンションにブース出展したり、朝のTV番組「ラヴィット!」に出演したりと精力的だ。
子供を対象にしたワークショップにも力を入れている。知られていないフォーリーの世界を触れてもらうことで、目指す人が増えてくれたらと語る渡邊氏。
「実は子供たちの方が大人よりもアイデアが豊富なんです。こっちがむしろ気付かされることがあるくらいで。子ども向けのワークショップは日本中、なんなら世界中に行きたいくらいの想いです。資金はこちらで工面して、なるべく学校側にご負担を掛けないように行なっています」(渡邊氏)
AIの台頭は業界の危機!?
夢のある話から一転。業界の危機ともいえるAIの台頭に話が及ぶ。はじめは効果音は難しいだろうと思っていた渡邊氏も、世間を震撼させたSora 2の登場によって、認識がひっくり返されたと語る。
「あ、これは無理だなと。『昔は効果音を作ってる人たちいたよね』って世界になりかねないと思いました。単純に抗っているだけではどうにもならないフェーズになってきたと感じましたね」(渡邊氏)
生き残る糸口として参考にしたのは、“伝統工芸士”だという。例として、昔どの町にもいた桶職人を挙げた。今は頑丈で安価なプラスチック製品が出回り、衛生面など管理も楽になった。しかし、そんな中でも桶を作る職人は残っているし、買い求める人は絶えない。きっとそれは、作る職人のストーリーや買った事による満足感など、付加価値が買われているのではないかと渡邊氏は述べた。ストーリーというのは、例えば陶芸家であれば、土選びとか、いい水の場所とか、窯で焼いている職人さんの顔とか、そういう姿を一つ一つ見せることで生まれると例を挙げた。
フォーリーアーティストの仕事も、まさに手作りで音を付けている訳で、そこには作っている意味だったり、どういう風に作っているかなど、職人1人1人が持っているドラマがあるという。分かりやすく言えば、メイキングだ。
「音を作ってる最中が面白い。これはAIにはできないと思うんです。AIのメイキングと言ったらコードですから、面白いと思われる方は一部の方じゃないかと。むしろ、AIは作る過程より一瞬で作れることに価値がある訳です。我々フォーリーの仕事は、手作業で何をやっているかという様子を見せることが大事だと思います。特にトップレベルの仕事にはそれを求めたいというお客さんの声に応えていきたいですね」(渡邊氏)
どのようにアニメに効果音を合わせていくのか
後半は効果音作りの実際の作業データを見ながら解説するプレミアムな時間が始まった。作業で使われるアプリPro Toolsの画面をスクリーンに映し、アニメーション映像を観ながら、ハードFX、環境音、フォーリーの音の意味を紐解いていく。
素材として用意されたのは、使用許諾を得たアニメ作品。渡邊氏が音響効果全般を担当した「旅はに」というネット配信限定のショートアニメだ。
©studiohb
はじめに完全に音が全部揃った状態の冒頭部分を視聴。このコーナーでは、フォーリーだけでなく、音響効果全般の話をしていくという渡邊氏。否が応でも期待が高まる。
この作業データ解説は、驚きのこだわりが満載であった。しかしながら、映像と音を聞きながら見てこそ楽しめる内容のため、本稿では動画を交えて一部を紹介するに留めたい。動画は筆者のミラーレスで簡易的に撮影したものに、手ぶれ補正処理を掛けたもので、お見苦しいことをお詫びする。
本稿で紹介するシーンは、厳選して2つ。バスの中でポッキーを食べるシーンと、街中でメインキャラ2人がやり取りをするシーン。前者は画面に描かれてない事象に音を付ける意味、後者は映像とシンクロする音とシンクロしない音について語っている。
©studiohb
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興味深いのは、“全部の音をいきなり鳴らさない”というノウハウだ。例えば、駅ナカから街に出たとき、急にいろんな音に人間は晒される。話し声、車、広告、鳥や虫の鳴き声、盲人用の案内板からの音……
人間の脳は、これらの情報を順番に拾っていくことで、混乱することがない。カクテルパーティー効果は、不要な音をスクリーニングしているといわれているが、このスクリーニングのON/OFFが関わっているように筆者は推察する。
実際には全ての音が最初から鳴っているのだが、人間はだんだんと各々の音に慣れていく。それを音響効果でもやっているというのだ。バスの音、セミの音、朝チュン、これらを鳴らして、耳が慣れてきた頃に案内板の「ピーンポーン」を鳴らすといった具合だ。いきなり全部を鳴らしてしまうと、視聴者がパニックになってしまうそうだ。
「例えば、この店のドアを開けて外に出るだけでも、音響効果の世界があるんです。外に出ると、環境音がぶわーって一瞬大きくなっていくように感じますよね。でも、本来は外の音って一定で流れているはずです。だからといって、アニメで平坦な音を付けて、そのシーンを見た人がぶわーって感じるかっていったら、そうはなりません。なので、音響効果では、環境音を一瞬だけ大きくして小さくすることで外に出た感を作っています。リアルな状態じゃなくて、人が感じる状態を大切にして、それを再現したり、裏切ったりしながら、音を作っています」(渡邊氏)
イベントの最後に渡邊氏は、「アニメの感想を言い合うときには、ぜひ音の方面の感想も話し合ってほしいと思っています。それで共感し合ったりとか、音の付け方について教えてあげたりとか、音について語り合う文化が広がっていくことによって、音響効果やフォーリーアーティストも今よりも働きやすくなっていきます」と、願いを託すように語った。
なお、渡邊氏は、音好きが集まるオンラインコミュニティ「音町」も主催。半分は音のプロ、半分はその世界を目指す学生で構成され、何人か一般の視聴者もいるそうだ。彼らは見る能力がメキメキ上がり、「プロ視聴者」と呼ばれるほどだとか。音響効果に興味のある方は、問い合わせてみてほしい。
渡邊氏にインタビュー
イベントを終えた渡邊氏にインタビューを行なった。その模様をお届けして本稿の締めくくりとしたい。
――今日はありがとうございました。イベントの手応えから聞かせて下さい
渡邊氏(以下敬称略):お客さん全員のリアクションがとても良くて、私も気持ちよく話すことができました。同業者の方もいる中、どこまで楽しんでいただけたか心配だったのですが、全員からよかったと言っていただけて。新たな発見があるとか、見事な視点が生まれたって言っていただけたのは嬉しかったですね。
――今回のような自主企画のイベントを催した経緯については
渡邊:イベント内でもお話ししたように、やっぱり音について語れる人を増やしたいという思いがありました。
振り返れば、7年前くらいからご依頼に応える形でイベントはやってきまして、自主開催のワークショップは2回ほど行なっています。ワークショップの場合、録音をする関係上、1人ずつ時間を使って回していくという特徴があります。60分掛けて15人の参加者がようやく1周するような感じです。もちろんそれも面白いのですが、ほかの形ができないかと考えていました。
今日のような、喋りと音の編集画面を見せるといった実演をしない講演は、自分主催は初めての試みでしたね。イベントを重ねていくことで、自分も喋れるようになりましたし、説明の仕方やそのための材料も揃い、ちょうどいいタイミングだったと思います。
――TV番組やセミナーへの出演、イベント開催など、積極的にフォーリーの魅力を発信されています。モチベーションの源みたいなものはどこにあるのでしょうか
渡邊:やればやるほど、日本アニメの音響技術っていうのが日本でしか作れないんだなっていうのは感じていまして。それをやれる人は限られているはずで、世界的にも珍しいことをしているはずなのに、実際の評価が一致しないという現状をどうにかしたいという思いがあります。
例えばオノマトペをベースに音の構築を考えたりとかは、量の多さも表現力の高さも日本は持っていて、それと音響的な考え方が混ざったコミカルな表現も得意としています。これは海外の文化には侵食されにくい世界だと思うのです。かといって、海外の方の理解を得られないかというとそうではなく、音響も含めて面白いと受け入れられています。
知ってもらえれば、百発百中で面白いことをやっていると言っていただける中、実際の成果が見合わないと、活動がこじんまりしていくんですよね。お金が全てではありませんが、お金って血液みたいなもので、いい循環が生まれれば、もっと新たなことができるはずなんです。ここをなんとか解消したい。それが自分の原動力ですね。
――今後の活動を教えてください
渡邊:11月29日に福岡で「CEDEC+KYUSHU 2025」というゲーム業界のイベントが開催されますが、そちらに登壇します。「フォーリーの基礎と、意外なマイク&編集テクニック」というテーマで15:40から1時間ほど話しますので、ぜひ来ていただけると嬉しいです。タイムシフト配信も後日行なわれますから、遠方の方もよろしければご覧下さい。




















