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ソニー、ホークアイの取得データを活用。野球の試合映像をサンリオキャラで再現

Let's Play Baseball~サンリオキャラクターズとふしぎな試合~
製作・著作:(C)NPB Enterprise, Inc. (C)2025 Sony Corporation
(C)2025 SANRIO CO., LTD. 著作 株式会社サンリオ

ソニーは、NPBエンタープライズ(NPBE)との協業の一環として、日本プロ野球12球団のスタジアムに、データ分析による選手の強化を目的に導入されたホークアイのトラッキングシステムを、別の分野に活用する取り組みを実施。実際に行なわれた試合の、野球選手の動きを記録。それを元に、選手をサンリオのキャラクターで再現した動画「Let's Play Baseball~サンリオキャラクターズとふしぎな試合~」がYouTubeなどで公開された。

この動画の制作は、ホークアイで取得したデータを元にアニメーションを制作する「オルタナティブ・ブロードキャスト(Alternative Broadcast)」と呼ばれるコンテンツを展開している、ソニーのグループ会社Beyond Sports B.V.(ビヨンドスポーツ)が担当。どのような技術で、ハローキティをはじめとするサンリオキャラクターが野球をする動画を制作したのか、その裏側を聞いた。

なお、今回の動画はYouTubeの日本野球機構(NPB)公式チャンネル、読売巨人軍公式チャンネル、サンリオキャラクターズチャンネルに加え、GIANTS TVでも公開中。共通で2026年3月31日までの期間限定での公開となっている。

「Let's Play Baseball ~サンリオキャラクターズとふしぎな試合~」

Alternative Broadcastで将来のスポーツファンを創出

ホークアイの取得データからアニメーションを制作している様子

今回公開された動画は、未就学児を対象に、野球への興味を持ってもらうための動画として制作されたコンテンツとなっており、内容も簡単な野球のルールと、実際にキャラクターがピッチャーとしてボールを投げたり、ホームランを打っているような様子が映し出されている。

一方で、ビヨンドスポーツがアメリカなどで制作しているAlternative Broadcastは、実際の試合の様子を全編アニメキャラクターなどに置き換え、実際の試合と同時配信しているもの。2023年以降にはアイスホッケーのNHL、バスケットボールのNBA、アメリカンフットボールのNFLと連携して、実際に放送を行なっている。

その目的は、子供達にスポーツへ興味を持ってもらうためだという。実際にAlternative Broadcastを提供している地域では、動画配信サービスを通じて展開。実際のスポーツ中継はテレビで放送されているため、親はテレビでその中継を視聴し、その横で子どもはタブレットなどでAlternative Broadcastによる、3Dアニメーションで同じスポーツ中継を楽しんでいるという。

実際に、Alternative Broadcastを視聴している子どもは、徐々にスポーツそのものに興味を持ち始めて、親と一緒にテレビのスポーツ中継を見るようになったというケースもあるとのことだ。

日本でもこの取り組みを導入することを目的としつつ、実験的な取り組みとして、今回のNPBEとサンリオのコラボ動画として公開することになった。

製作・著作:(C)NPB Enterprise, Inc. (C)2025 Sony Corporation
(C)2025 SANRIO CO., LTD. 著作 株式会社サンリオ
今回は試合の様子だけでなく、ターゲットとしている未就学児が楽しめるようにコンテンツを盛り込んでいる
製作・著作:(C)NPB Enterprise, Inc. (C)2025 Sony Corporation
(C)2025 SANRIO CO., LTD. 著作 株式会社サンリオ

選手の動きからキャラクター向けの動きへ変換。“ビジュアライズ”が重要

では、実際のスポーツ選手達の動きがどのように3Dアニメーションへ変換されるのか。制作の概要をビヨンドスポーツのTech Producer Daniel Walsh氏に聞いた。

ビヨンドスポーツ Tech Producer Daniel Walsh氏

ホークアイのシステムで取得されたデータは、DMPに収集され、そこからそれぞれ必要なデータを取得して、データ分析など各サービスが展開されている。Alternative Broadcastで主に使われているのが、選手の動作を記録したトラッキングデータ。

ホークアイから得られたトラッキングデータは、人体を20点以上の軸で捉えており、平面的な動きだけでなく、身体の撚りなども細かく記録されている。

これをリアルな人型の3Dアバターに適応させれば、非常にリアルな動きを再現できるのだが、Alternative Broadcastで使われるキャラクターは、主にキャラクターなどのIPとのコラボで作成されるため、デフォルメされたキャラクターであることがほとんど。今回の取り組みにおけるサンリオキャラクターもそうだが、実際の人体と比較すると簡略化された身体の構成になっている。

なので、Alternative Broadcastで利⽤されるキャラクターに向けて、ホークアイの取得する骨格データよりもトラッキングの点数を減らすなどして、各キャラクターのサイズや体形に合わせた骨格データへモーションがリターゲティングされるという。

この“キャラクターの骨格データへのモーションリターゲティング”は、ほとんどテンプレート化されているため、トラッキングデータを取得すれば瞬時に作成することができるそう。

実際の試合の様子とAlternative Broadcastでの様子
映像提供:日本テレビ
製作・著作:(C)NPB Enterprise, Inc. (C)2025 Sony Corporation
(C)2025 SANRIO CO., LTD. 著作 株式会社サンリオ
実際の試合の様子とAlternative Broadcastでの様子
映像提供:日本テレビ
製作・著作:(C)NPB Enterprise, Inc. (C)2025 Sony Corporation
(C)2025 SANRIO CO., LTD. 著作 株式会社サンリオ
ホークアイの取得データから作成されたアニメーションの一例

重要なのが、モーションリターゲティングされた際に、各キャラクターの身長や体形に合わせて、それぞれのスポーツ特有の動きをしたときに、キャラクターが“どのように動くか”を調整する「ビジュアライズ」の設計。一般的にホークアイの取得データは審判判定用や、選手の強化を目的としたデータ分析用のトラッキングデータなので、それをキャラクターがしっかりとスポーツをしているように見えるよう設計する必要がある。

動画の例では、簡略された人型のキャラクターが採用されているため、実際の人物の動きを簡略化することで、ほとんど自然な動きを実現できる。

だが例えば、今回のサンリオキャラクターたちは、実際の野球選手と比較すると身長がかなり低い。そのため、大きく関わってくるのが、ボールの軌道だ。ピッチャーが投げるボールの球は実際よりもかなり地面に近くなるし、バッターのストライクゾーンも小さくなる。

人型のキャラクターの例
人型のキャラクターの例
人型のキャラクターと比べて、サンリオキャラクター達はかなり小さいので、この差をしっかり調整する必要がある
ピッチャーがボールを投げる高さが大幅に変わり、バッターのストライクゾーンもかなり小さくなる

それだけならまだスケール感そのものをキャラクターに合わせて小さくしてしまえば良いのだが、自分の頭上の球をジャンピングキャッチするなどのシーンでは、キャラクターをどれくらいまでジャンプさせれば不自然にならないか、それに合わせたボールの軌道はどうするかなど、細かく設定していくのだという。

極端に背の高さが異なるキャラクターが居る場合でも、その世界感で不自然にならない程度にボールの軌道を変更したり、それぞれのキャラクターの動きをあらかじめ調整することで、対応できてしまうとのことだ。

ある1つのキャラクターのビジュアライズデータを作ってしまえば、スタジアムの選手を全てそのキャラクターに置き換えて試合の様子を流すこともできる。そのため、リアルタイムの試合のデータを瞬時に変換して、キャラクターが試合をしている様子の映像を、実際の試合と同時に配信できるわけだ。

Alternative Broadcastならではの特徴として、中継放送ではあり得ないアングルで試合を見ることができる。例えば、地面すれすれの低い視点での視界や、選手の一人称視点で見せることもできるという。そのような自由度の高さもあるため、子どもを中心とした視聴者の心を掴む映像作りがオペレーターの腕の見せ所になる。

野球中継でも見られる構図
Alternative Broadcastでは、キャッチャーミット付近からの構図でも見せることができる
ホームランの演出などもアニメーションで作れる

Walsh氏によると、Alternative Broadcastで野球を扱うのは初の取り組み。取材時には、バッターが打ったボールをカメラで追ったり、ピッチャーの背後から投球シーンを見せたりといった見慣れた野球中継を参考としたアングルも使いつつ、どのようにすればAlternative Broadcastならではの面白い見せ方ができるか模索しているところだと話していた。

元々は分析データの提供用にVR化。キャラクター化したら子供に人気なコンテンツに

Alternative Broadcastが生まれた経緯について、ビヨンドスポーツのTech Lead, Edsart Boelens氏に聞いた。

ビヨンドスポーツ Tech Lead, Edsart Boelens氏

ビヨンドスポーツでは、ソニー傘下となる以前からAlternative Broadcastの取り組みを行なっており、元々はプロスポーツ選手やコーチへ向けた分析データの提供を目的として、VRでの再現を開始したという。

そのような目的のため、リアルな人間に近い3Dキャラクターでトラッキングデータを反映させていたのだが、当時の3Dキャラクターの技術に加え、トラッキングデータもホークアイほど精度が高いものではなかったため、データに抜けのある部分に補正を加えるなどした結果、「不気味の谷を感じる映像になっていた」とBoelens氏は話す。

そんな中、スポーツリーグやテレビ放送局などが子どものスポーツ離れを課題としていることに着目。選手の動きを再現するアバターをリアル調のものから、デフォルメしたキャラクターに変更すると、動きもキャラクターに合わせて簡略化できるため、当時のトラッキングデータでも完成度の高い映像を再現できたという。

また、その映像を子ども向けのスポーツコンテンツとして提供したところ、子ども達の反響も良く、現在の方針に舵を切ったとのことだ。

ソニー傘下となる以前からAlternative Broadcastを手がけていた知見から、選手の位置情報を示すシングルポイントデータから映像を作成する技術も持っているという。現在はホークアイの高精度なトラッキングデータも使用することができるが、アメリカンフットボールなど、大勢の選手が一カ所に固まるようなシーンでは、トラッキングデータも複雑に絡みあったデータになってしまうため、この位置情報を元に映像を制作する技術も組み合わせる形で活かしているという。

ホークアイのデータ活用で新たなビジネスへ挑戦

今回の取り組みでソニーが目指しているのは、ホークアイで取得したデータ活用の領域を、一般の人の目に入るファンエンゲージメントの領域まで広げることだという。

その領域への第一歩として、今回の取り組みでは、他の事例のようなライブ配信のAlternative Broadcastではなく、同じ技術を活用した動画コンテンツとして制作。NPBEの目的である将来の野球ファンの創出を目指して、サンリオとコラボし、9月19日に行なわれた巨人対広島戦のハイライトを再現する形で実現した。

ソニーとしては、この取り組みを通じて、国内においてもAlternative Broadcastによるアニメーションの試合映像を展開できる余地があるかを見定める狙いがあるという。

従来のホークアイで取得したデータの活用方法である、試合における審判の判定支援、選手やコーチへ向けて分析データを提供する商用的利用に加えて、Alternative Broadcastにより、日本でも新しいエンタテイメントコンテンツ体験を提供することを目指している。

野澤佳悟