Shureのヘッドフォン市場参入第1弾、3機種を聴いてみる
-ワイドかつ色付けの無いモニターが2万円以下
カナル型イヤフォンの高級モデル「SE530」 |
そんなShureがヘッドフォン市場に参入。11月20日から、「SRH840」、「SRH440」、「SRH240」という3モデルを投入している。価格はいずれもオープンプライスだが、店頭では「SRH840」が2万円を切る程度、「SRH440」が10,000円~12,000円程度、「SRH240」が7,000円程度で販売されている。
イヤフォン市場におけるShureには“高級”というブランドイメージがあるが、ヘッドフォンはいずれも大型タイプにしては低価格だ。果たして実力はどんなものか、聴いてみたい。
■ モニターヘッドフォンらしい機能美
左から「SRH240」、「SRH440」、「SRH840」 |
いずれもブラックカラーのみだが仕上げが異なり、「SRH840」と「SRH440」は光沢を抑えた落ち着いた質感。「SRH240」はより深みのある黒で光沢がある。素材はいずれもプラスチックで、「E2C」など、同社のイヤフォンを彷彿とさせる。「SRH240」の光沢はかなりテカテカしており、実物を見ると若干安っぽい印象を受けた。一方、「SRH840」と「SRH440」はサラサラした表面処理で派手さはないが、機能性を重視したスパルタンなデザインが好印象。ハウジングからヘッドアームに伸びるケーブルが外に出ているなど、漢心(おとこごころ)をくすぐる機能美を感じる。
SRH240 | ||
SRH440 | ||
SRH840 |
ドライバユニットの口径は3機種とも40mm径。最上位モデルの「SRH840」は、搭載パーツにこだわり、チューニングを重ねることで音質を高めたというのが”ウリ”だ。
上位2機種は折りたたみ機構を備え、イヤーパッドの左右合わせるようにしたまま、ヘッドアーム方向に収納できる。また、DJヘッドフォンのようにイヤーカップを反転できるのも特徴。「SRH240」は折りたたみや反転機構は備えていない。また、いずれのモデルもハウジングを横に回転して平らにする機構は備えていない。
低価格なSRH240 | 表面が光沢仕上げになっている | ハウジングの反転機構は備えていない |
SRH440 | 折りたたんだところ | イヤーカップを反転できる |
SRH840 | こちらも折りたたみ可能 | 反転も可能だ |
SRH840のヘッドアーム上部。他の2機種と同様にロゴマークが入っているが、白塗りにはなっていない |
ケーブルは上位2機種が3mのカールコードで片出し。SRH240は両出しの2mで、上位2機種と比べると細身だ。SRH840/440はケーブルの着脱にも対応しているのがモニターヘッドフォンらしいポイントで、断線しても容易にケーブル交換ができる。
しかし、ハウジング側の入力端子は通常のステレオミニより一回り細い、ステレオミニミニで、カード型ラジオなどに使われている端子だ。そのため、普通のステレオミニケーブルは、そのままではイヤフォンケーブルとして使う事はできない。また、コネクタの根元に切り込みが入っており、ハウジング側に差し込んでから回転させることでロックする「Bayonet Clip」式となっている。
なお、現時点で交換ケーブルとして3mのカール(HPACA1/3,150円)に加え、2.5mのストレート(HPASCA1/3,150円)が用意されている。3mのカールコードは伸縮性が高いので室内での利用は便利だが、屋外での利用を想定した、より短めのケーブルも純正で発売してくれると利用シーンが広がりそうだ。
SRH840のケーブル | SRH440のケーブル | ヘッドフォン接続側の端子はステレオミニミニ。根元のくびれている部分がロック機構を担っている |
挿入してから回転させると、ロックがかかる | ヘッドフォン側の接続部分 | SRH240は両出しケーブルで、長さは2m |
840の肉厚なイヤーパッド |
ヘッドアームのパッドは840が一回りぶ厚く、装着時は頭頂部によりソフトにフィットする。イヤーパッドは840/440共に肉厚で、適度な堅さがあり、音漏れをしっかり防いでいる。側圧も含め、オープンエアヘッドフォンなどと比べるとホールド性が高く、シッカリした装着感。頭を動かしていてもズレにくい。安定度が高く、肌への負担も少ないため、“キツイ”というよりも、“しっかりホールドされる安心感”の方が先にたつ。この装着感ならば長時間の使用も苦にならないだろう。
840の蝶番部分。赤いマークで右だということがすぐにわかる | 440はアーム部分に色分けパーツを使用。写真は青(左) |
ヘッドアームのパッドにも違いがある。写真は肉厚な840 | 左が440、右が840。840の方が肉厚になっている |
SRH240は上位機種と比べると、頭を挟み込む力は弱く、軽量。負担が少ないという言い方もできるが、耳の下側、耳たぶあたりの密閉に不安が残る。個人的には上位機種の装着感のほうが好みだ。
各モデルのスペックは以下の通り。上位2機種のインピーダンスは44Ωで、感度(1kHz)は102dB/mW、SRH240は38Ωで105dB/mW。ヘッドフォンアンプとの接続はもちろん、ポータブルプレーヤーと接続しても十分な音量が得られる能率だ。
SRH840 | SRH440 | SRH240 | |
型式 | 密閉ダイナミック型 | ||
ドライバー口径 | 40mm | ||
感度(1kHz) | 102dB/mW | 105dB/mW | |
再生周波数帯域 | 5Hz~25kHz | 10Hz~22kHz | 20Hz~20kHz |
最大許容入力 (1kHz) | 1,000mW | 500mW | |
インピーダンス (1kHz) | 44Ω | 38Ω | |
入力コネクター | 3.5㎜ステレオ・ミニプラグ、金メッキ | ||
ケーブル | 片出し3mカールコード (脱着式、OFC) | 両出し2mストレート (脱着不可、OFC) | |
質量 (ケーブル除く) | 約318g | 約272g | 約181g |
付属品 | 標準プラグアダプター (金メッキ) キャリングバッグ 3mカールコード 交換用イヤーパッド(1組) | 標準プラグアダプター (金メッキ) キャリングバッグ 3mカールコード | 標準プラグアダプター (ニッケル・メッキ) |
■ 音質をチェック
● SRH240
SRH240 |
高域も立体感は薄めで、シンバルはカンカン、キンキンとキツい音がする。女性ヴォーカルのサ行も目立ち、全体的に艶っぽさが無い。「坂本真綾/トライアングラー」を再生すると、ヴォーカルが強く主張するバランス。伴奏が控えめなのでもっと迫力が欲しくなってボリュームを上げると、伴奏よりもヴォーカルのキツさが目立ち、音楽をうるさく感じてしまう。
このように高域寄りのバランスではあるが、40mm径ユニットを搭載しているだけありレンジはそこそこ広く、低域も20Hzまでは沈む。「Bill Evans Trio/Waltz For Debby(Take 2)」でのスコット・ラファロのベースの弦も、ピアノやドラムの下にしっかり落ち着く。ただ、ライヴ会場の閉塞感や、空間に漂う雰囲気、食事をしている観客との距離感などはわかりにくい。
試聴にはオンキヨーのiPodトランスポート「ND-S1」と、DAC内蔵ヘッドフォンアンプ「Dr.DAC2」を使用(同軸デジタル接続) |
ゲームにもという話なので、アクションゲームの「Alliance of Valiant Arms」もプレイしてみた。手榴弾の爆発音や、銃を連写した時の発射音などは大型ヘッドフォンらしい迫力で楽しめる。高域が突き抜けるため、敵の発砲音や薬莢が落ちる音などは混戦時でも明瞭に聞きとれる。相手がすり足で近付いてくる時のカサカサ、コトコトという足音も良く聴こえるので、対戦ゲームに有利だろう。ただ、音が全体的にキツめなので、長時間プレイしていると耳が疲れてきそうだ。
● SRH440
「SRH440」に付け替えると、いきなり次元の違う音が出て驚く。中高域を覆っていた付帯音が消え、個々の音がバラバラにほどけ、かつ音に厚みが出て立体的になる。それらが広い音場に個別に定位するため、目の前がひらけたようにステージの形が見えるようになる。240は「音が鳴っている」という印象だったが、440では「ギターとベースとドラムとヴォーカルの音が組み合わさって、音楽になっている」ことがわかる。
SRH440 |
ほんの少し高域寄りだが、バランスは良好。特に中音域の厚みがグッと出て、ピアノの響きやアコースティックベースの芳醇な音が楽しめるようになる。女性ヴォーカルも表情が豊かになり、高域も破綻しにくくなったため、ボリュームを安心して上げられる。前述の「坂本真綾/トライアングラー」のサビの部分は様々な音が重なって構成されているが、ヴォーカルを躍動的に描写しつつも、ベースラインが埋もれずに聴きとれる。
「Kenny Barron Trio/Fragile」のベースも、持ち味であるブゥーンという圧倒的な量感が出てきて、頭部を揺すられるような迫力が心地良い。中音が張り出しても高域との分離は保たれており、ケニーバロンの打鍵音と、ピアノの響きも聴き分けられる。
● SRH840
SRH840 |
840のドライバー部分。ドライバー前に設けられたプレートに複雑な穴が開いており、細かな音のチューニングがされていることがわかる |
ここで一気に「SRH840」に切り換えると、もう1回り音場が広がると同時に、最低音がさらに沈み込み、ほぼ理想的なバランスになる。440では「ブゥーン」と吹き出していた「Fragile」のルーファス・リードのベースが、「ズゥー……ン」と、重さを感じるような音になり、地鳴りのように響く。これと比べると、440の低音は腰のあたりにわだかまる程度で、840は地面から足の裏を伝ってくるような沈みっぷりだ。
レンジの広さが重要になるクラシックでも違いは明瞭。ムソルグスキーの「展覧会の絵」(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)から、「バーバ・ヤーガの小屋」をかけると、大太鼓の“音”そのものに迫力がある440に対し、840はその音だけでなく、音が響き渡るホール全体の空気のカタマリが吹き付けて“凄み”が出てくる。
「YUI/I'll be」もレンジが広く、エレキギター、アコースティックギター、ヴォーカルの分離が良い。個々の音像が横に広がるので、他の2機種と比べ、音場が広くなったように感じる。
特筆すべきは、中域の量感を減らして分解能を上げているのではなく、量感豊かに描写しながら、解像感も高めている点だ。「Norah Jones/Come Away With Me」を再生すると違いがよくわかるが、840ではアコースティックな楽曲独特の、収録現場に漂う音の密度の高さが雰囲気となって感じとれると同時に、ピアノやアコースティックベース、ノラのヴォーカルの分離も良い。
440に切り換えると、漂っていたゆったりとした雰囲気が薄れて、音楽のぬくもりのようなものが少なくなる。付帯音が減るので音の動きは聴き分けやすく、良く言えば“明瞭”だが、悪く言うと“安っぽい”音になる。響きや余韻を840が丁寧に描くのに対し、440ではアタック音が目立ち、付随する響きや、音が消える際の余韻は薄味になる。
左が440、右が840。並べるとハウジングのサイズにも若干違いがあるようだ |
せっかくなので、840でゲームもプレイしてみた。爆音と銃撃音、無線機で入る連絡、全てが分離しており、手榴弾が目の前で爆発し、隣で誰かが銃を乱射しているような強烈な音が充満しているような状態でも、音の方向や無線の声質の違いなどが明瞭に聞き分けられる。混戦時でも死角から近付く敵の足音は聞き取れ、プレイもうまくなりそうだ。高域や低音の盛り上がりが強すぎないため、長時間使用しても負担は少なかった。
■ 定番モニターとも比較
他社製品との比較として、モニターヘッドフォンの代表と言ってもいい、ソニーの「MDR-CD900ST」を用意した。言わずもがなな機種だが、実売は1万円台後半で、価格も「SRH840」と近い。
CD900STの音質はフラットの一言に尽きるが、余分な付帯音がまるで無い音で、“埋もれた低域を描写”するのではなく、“埋もれさせるモノが無いので低域がそのまま見える”というイメージ。中高域のエッジはキツく、それを緩和する中域の盛り上がりも薄いため、製品のキャラクターがダイレクトに伝わるサウンドだ。
MDR-CD900ST | 840(左)と並べたところ |
色付けの無い、素のままのサウンドという趣で、音楽の構造はよくわかるのだが“音楽を楽しむ”という気分にはなりにくい。小音量時はあまり気にならないが、ボリュームを上げていくと中域が膨らまないため、高域と低音の張り出しに対してバランスが悪くなり、音が痩せて聞こえるのも特徴だ。
その点、SRH840はボリュームを上げてもバランスが崩れず、中低域の量感も豊富にあるため、音楽を楽しく聴くことができる。余分な付帯音も無く、高域もニュートラルであるため、モニターとしての機能も十分に果たすだろう。解析的な聴き方にはCD900STのような音が必要な面もあると思うが、趣味でも音楽を楽しみたいという場合は迷わずSRH840をオススメしたい。
■ 結論
Shureの高級イヤフォンは、いずれもバランスの良い再生音を聴かせてくれるが、ヘッドフォンでもその期待を裏切らない、良い意味で非常にオーソドックスなサウンドに好感が持てる。特に1万円前後の「SRH440」と2万円を切る「SRH840」は、バランスの良さや、色付けの少なさ、空間表現の上手さの点で、価格を超えるパフォーマンスを持ったお買い得モデルと言える。
価格のみを見ると440が魅力だが、一度比較試聴してしまうと、840の懐の深い、余裕のある再生音はやはり魅力的だ。音質としてはワンランクの違いは確かにあり、個人的には価格差も納得できる。むしろこの音で2万円を切るというのは安過ぎると言っても良い。室内向けのヘッドフォンはオープンエアタイプが人気だが、密閉型ならではの中低域の迫力が味わえ、繊細でしなやかな高域表現も可能なSRH840は、多くの人に聴いて欲しいモデルだ。
コードの長さやデザイン、サイズ的に840/440を屋外で使うには抵抗がある人も多いだろうが、このスパルタンな外見がむしろ“カッコいい”、“外で使いたい”というニーズもあるだろう。ケーブル交換が可能な強みを活かし、今後は交換用ケーブルの充実や、よりポータブルなタイプにも期待したい。
また、昨今のヘッドフォン市場では4万円~5万円や、10万円を超えるようなハイエンドなモデルも盛況だ。今回の3モデルはShureのブランドイメージからすると、良い意味で“安過ぎる”と言えるが、技術や素材を惜しみなく投入した個性的なハイエンドモデルの登場にも期待したい。いずれにせよ、ヘッドフォン市場にまた1つ、要注目のメーカーが加わった事は確かだ。
(2009年 12月 4日)
[AV Watch編集部 山崎健太郎]