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「けいおん!」の26曲がハイレゾ化。“荒削りなサウンドと高音質の両立”とは!?
(2016/4/28 11:00)
女子高生が仲間と共にバンドに挑戦し、音楽と学園生活を楽しむ姿を丁寧に描き、社会現象的な人気を集めた「けいおん!」。彼女達が奏でる音楽も大きな話題となった作品だが、その音楽がハイレゾ化され、6月上旬からポニーキャニオンの通販サイト「きゃにめ.jp」にて先行配信される。
約3万人を動員した、彼女達の集大成的なライブイベント「Come with Me !!」から5年を記念したもので、「Come with Me !!」のセットリストを再現する全26曲を96kHz/24bitのハイレゾ化。WAV/FLACでの配信となり、価格は単曲500円前後、アルバム価格は4,500円前後の予定だ。
ハイレゾ化されて高音質になるだけでなく、例えば、26番目の曲「Come with Me!!」は、CDにはソロバージョンが収録されているが、ハイレゾ化に合わせ、新たに8人バージョンに再ミックスされた未発表音源となる。
さらに「ふわふわ時間」も、ライブでの歌い分けを、スタジオ収録のサウンドで再現したものに。DEATH DEVILによる「Maddy Candy」では、紀美のコーラスが入ったものとなる。つまり、スタジオ収録のサウンドで、ライブの模様を再現したものが、ハイレゾ化されているというわけだ。
また、「桜が丘女子高等学校校歌」だけは、「Come with Me !!」のライブで収録された音源となる。
さらに、コラボレーション製品として「Astell&Kern AK100II けいおん!エディション」も5月27日に500台限定で発売される。価格はオープンプライスで、直販価格は99,800円。ハイレゾプレーヤー「AK100II」の本体に、K-ON!ロゴと放課後ティータイムのメンバーイラストを刻印。カラーをローズゴールドとし、ロゴ入りパッケージとジャケットケースも同梱。前述のハイレゾアルバム(全26曲)を収録するほか、ボーナス・トラック「わたしの恋はホッチキス」もプリインストール。「わたし恋はホッチキス」の配信も予定されているが、発売日は未定。
音楽にもこだわった「けいおん!」
アニメ「けいおん!」の特徴と言えば、アニメキャラクターなのに“現実にいそう”と感じるほど、女子高生達の動きが細かく、丁寧に、可愛らしく描写された映像が思い浮かぶだろう。だが、その“こだわり”は、音楽面にも貫かれている。そして、今回のハイレゾ化に関してもだ。
そこで、「けいおん!」の音楽に携わり、ハイレゾ化も手がけたキーマンに話を聞いた。フリーの音楽&映像プロデューサー、ディレクターで、「けいおん!」シリーズの統括音楽プロデューサーを務める磯山敦氏、CMなどの音楽制作や、多くのアーティストのレコーディングやライブに参加、「けいおん!」の音楽プロデューサーでもあるF.M.F所属の小森茂生氏。
シリーズの音楽を手がけてきたF.M.F所属のエンジニア、井野健太郎氏、F.M.Fの代表で、楽曲制作やスケジュール管理、マネジメントなどを総合的に行なう深井康介氏の4人だ。
「けいおん! の音楽に携わる事になり、最初にやった事は楽器屋さんに行って、彼女達が実際に演奏する楽器を買う事でした」と笑うのは、磯山プロデューサーだ。
「けいおん!」の音楽には、1つの大きなテーマがあるという。それは、彼女達が実際に楽器を弾いたり、歌ったりして生み出した“音楽らしさ”を追求する事だ。アニメでは、彼女達が楽器をお店に買いに行ったり、練習で苦労し、それでも頑張って音楽を生み出していく姿が描かれている。そんな“ 桜高軽音部”、“放課後ティータイム”らしさを、音楽でも表現する必要があるわけだ。
だからといって“素人っぽい”サウンドにするのではない。楽曲として良いものを目指しつつ、“けいおん!”らしさも損なわないようにする……という、極めて困難なチャレンジだ。
磯山氏(以下敬称略):例えば、唯ちゃんが弾いているレスポールですが、あのギターの音をそのまま使っている曲も1曲あります。逆に、それ以外の楽曲ではレスポールを使っていません。まったく同じ楽器を使うのではなく、よりクオリティの高い音を狙いつつ、(レスポールっぽさも)再現するよう心がけました。
小森氏(以下敬称略):律のドラムセットも、アニメで使っているセットと同じだけしか揃えないとか、出る音に関しては忠実にやりましたね。キーボードもコルグのTRITON以外は使っていません。
彼女達が奏でている感じを出すために、演奏の時もミュージシャンに「ダメ、(演奏が)上手すぎる!」なんて注文をつけたこともありました(笑)。
楽器だけではない。“アニメの楽曲”ならではのこだわりとして、その“キャラクターが歌っていると感じられるかどうか”が最も重要だと、磯山氏は語る。
磯山:実は、CDマスター制作の際、CDのプレス工場に渡した楽曲のデータを、修正するために4回引き上げた事があります(笑)。ワンセンテンスの、ボーカルの出だしの部分、例えば“あ”の“入り”が気に入らなくて、エンジニアの井野くんの自宅に電話して修正をお願いをしたり。
井野氏(以下敬称略):その部分を、他のテイクから持ってきて磯山さんに提示したら、“別のテイクも聴かせて”、“別のテイクも”という話になり、結局全テイクを提示して、マスタリングして聴き比べたりとか(笑)。
磯山:特に、唯の、(唯を演じている声優の)豊崎愛生さんの声は、不思議な声で、同じレベルで出ていても、曲によって目立ったり、声が広がって埋もれてしまう事もある。そういう特性のある声質なので、いろいろトライしました。だから、井野くんは俺からの電話があると、凄い嫌な予感がしたと思う(笑)。
こだわりの楽器を使い、声にもこだわりぬいたレコーディング。だが、その収録自体にも、けいおん! ならではのエピソードがある。
磯山:演奏は全曲、ビデオカメラで撮影しました。スタジオに3台カメラを用意するんです。1台は引きの絵、2台目は寄りの絵、3台目は自由に動いて撮影するカメラです。私は映像のディレクターでもあるので、自分でカメラを回して、演奏しているミュージシャンを撮影しました。
小森:楽曲のレコーディングで全部OKが出ますよね。そうしたら、そのOKテイクを流しながら、ミュージシャンにそれぞれの楽曲をもう一度演奏してもらい、それをビデオカメラで撮影するんです。OKテイクが完成した後ですから、深夜の1時や2時です。もうミュージシャンたちはヘロヘロでした(笑)。
撮影した映像は、磯山氏がDVDにして京都アニメーションに送付。アニメ制作の現場で、その映像を参考にしながらアニメが作られる……という流れだ。アニメでは、演奏シーンのリアルさも大きな話題となったが、そのシーンで流れている曲の、実際の演奏を撮影した映像を元に描かれているのだから、リアルなのはある意味当然だ。だが、そのリアルさを実現するために、文字通り、途方も無い苦労があったわけだ。
そして、リアルさは遂にアニメと現実の境界を突破。声優さん達が、自身が演じるキャラクターの楽器を練習し、演奏に挑戦するという企画へ繋がり、ライブの実現へと繋がっていった。
完成曲のアップコンバートではなく、マルチからのコンバート
そこまでこだわったけいおん! の音楽。当然ながら、収録時にもレコーディングのクオリティに関して議論があったという。
磯山:レコーディングの際も48kHz/24bitにしようか、44.1kHzにしようか、96kHzで録ってみようかなど、議論はしました。しかし、基本的にロックを作るつもりでしたので、48kHzで録った方が多少荒削りでもテイストが出たため、48kHzで録音しました。
また、当時はそれ以上に(96kHzなどに)上げても、なにほどの事が起こるのか? という疑問もありました。
小森:例えばクラシックやジャズなど、アコースティックなものではハイレゾ収録は有効だろうと思ってはいました。同時に、ポピュラーミュージックに対してはどうなのだろうと疑問に思っていたのです。
そのため、今回のハイレゾ化企画に関しても、井野氏がテスト的に1曲、ハイレゾバージョンを作成。そのサウンドを聴いてみて、実際にハイレゾ版を作るか否かを判断する事になったという。
井野:ハイレゾ版を作るにあたっては、2つの手法を試しました。1つは、ポニーキャニオンのアップコンバータを使っての変換。上の倍音をプラスするタイプですね。もう1つは、マルチの録音データから1chずつ、全て96kHzで起こして、ミックスをしなおしたものです。それを比べてみると、歴然とした違いがありました。
磯山:いわゆる可聴領域を超える部分ですね。聴こえないんだけれど、それがわかる。そこが凄いなと感じました。
小森:確かに影響しますね。聴こえない部分があるかないかで、聴こえる部分に影響をおよぼすというのがありました。
磯山:漠然とした例えですが、“精巧なプラネタリウムで見る夜空”と“素の宇宙を見上げた違い”ですね。本物の宇宙はには、見えないんだけれど、見えるものがある。
磯山氏や小森氏も試聴した結果、クオリティの向上を実感。ハイレゾ版の制作がスタートしたが、当然、マルチで収録された当時のデータまで遡ってハイレゾ化するため、作業は大変だったという。
井野:1chずつ、全部96kHzに起こし直して、全部ミックスし直すのですから膨大な量でした。まず、当時使っていた6、7年前のバージョンのPro Toolsを使い、96kHz化しようとしたのですが、幾つかの楽曲ではボイス数が多すぎて、扱えませんでした。
そこで、現行のPro Toolsを使って作業しました。何世代もバージョンアップしているので、Pro Tools自体が凄く音が良くなっています。ミキサーの解像度も良くなっているので、歪感や、ジリジリした感じも無くなっていました。
一方で、問題だったのは古いPro Toolsで使っていたプラグインが、新しいPro Toolsでは使えないものが沢山あり、そのままでは再現できなかった事です。そこで、プラグインを1つ1つバージョンアップして、当時の設定を、新しいプラグインに反映させて確認をしたり、バージョンアップしていなくて使えなくなってしまったプラグインは、現代の新しい、より良いと思えるプラグインに置き換えて、耳で、当時使ったプラグインの効果と同じになるよう合わせていく……こうした作業に凄く時間がかかりました。
例えばオープニング/エンディングの場合、マルチの全チャンネルを96kHzにアップコンバートするだけで2、3時間かかります。それにプラグインなどの作業も含めると、1日2曲が限界でした。
音楽制作では、収録した音に、例えばリバーブを足したり、ディレイを足したり、時には歪をプラスしたりして完成させます。私の感覚では、こうした“ミックスの段階で生まれる音”が、楽曲全体の3割くらいあると考えています。
今回の作業では、そうした音も全てハイレゾ化されるわけで、効果は大きいです。完成したものをスペアナで見ると、(可聴帯域を超える)上の成分がバッチリ出ています。この成分は、単なるアプコンソフトで処理したものでは綺麗に出てこない。マルチからアップコンバートした甲斐があったと思います。
“けいおん! サウンド”と“ハイレゾ”の両立
こうしてハイレゾ化されていった「けいおん!」の楽曲。しかし、1つ気になる事もある。一般的にハイレゾ化すると、情報量が多くなり、小さく押し込まれていた音がほぐれるような変化が起こる。だが、前述のとおり「けいおん!」の音楽は、等身大の女子高生達を音楽でも表現するため、荒削りでロックな部分を大切にしている。ハイレゾ化する事で、そうした“けいおん! っぽい音”が変わってしまうのではないかという懸念がある。
磯山:僕達がこのスタジオでせめぎ合いをしていたのは、まさにその部分です(笑)
小森:楽曲のイメージをあまりにも壊すような音の変化をしないように、3人でチェックしたというのが大きいですね。
井野:コンプレッションは以前よりも多少緩めてあるので、躍動感はアップしています。でも、それが“大人しさ”に繋がってしまう事もあるので、それをギリギリのところまでカットアンドトライしながら突き詰めていったという感じですね。
磯山:どのように設定していくかは、曲によって全然違います。ですので、オートマチックにはできませんでした。
では、具体的にはどのような部分に注意をしたのだろうか?
磯山:僕達の中で、あうんで出来ている“けいおん! の音”っていうのがあるんです。その音から逸脱していないかをチェックしていく……という感じですね。
サウンドの良し悪しももちろん気にしますが、アニメの楽曲なので、“キャラクターが生きるか死ぬか”、アニメの音楽プロデューサーとしては、そこが非常に重要なところです。そのキャラクターから逸脱していないか、そのキャラとして生きているように歌えているか、そのキャラクターの中で、最良のものを目指す。その部分はずっと気にしていました。
小森:ハイレゾにした事で、当然音は影響を受けます。例えば、ギターの音色が明るくなったとかなら良いのですが、ボーカルに関しては、声質が変わって、キャラのニュアンスが変わってしまとマズイですからね。
磯山:そこはアニメの音楽として最低条件ですね。それを逸脱してまでクオリティが良く聴こえればいいというものではありません。そこを守りながら、いかに良いものにしていくか。
同じような悩みは、普通のアーティストの楽曲にもあると思います。求めている自分の音像、世に出したかった音像、ただ単にクオリティを追求するのではなく、そうしたテイストを壊さずに、いかに広げていくかが重要です。
感触としては、かなりギリギリまで広がったと思います。そのぶん、井野さんの作業が大変で死んでいましたけど(笑)。
井野:一番難しかったのはやはりオープニング/エンディングでしたね。明るく、派手に聴かせなければならない事と、ハイレゾ化、その2つの要素を絶妙なところに落とし込んでいくのが難しかったです。
磯山:我々としては、試聴する前の“心構え”が重要でしたね。マルチからのミックスのし直しは、ほとんど“作り直し”に近いので、その楽曲を作っていた“当時の心”に戻っていないと再現ができないからです。
自画自賛になりますが、CDで聴いていたファンの皆さんの中にある、けいおん! のイメージを裏切ることなく、圧倒的に音が良いものになったと自負しています。
アニメキャラが歌っているのだから、当然聴きながら目を閉じて、そのキャラクターが脳裏に浮かばなければならない。ハイレゾ化で音が良くなったとしても、声などの印象が変化し、“そのキャラが歌っている”と感じられなくなってしまったら、アニメソングとしては成立しない。“高音質”と“キャラクターが歌っている”という感覚の両立。それこそが、ハイレゾ化されたセットリスト26曲の最大の特徴と言えるだろう。