HDR時代を担える中核機。それがCX800なのだ。

「パナソニックという会社は、ずいぶん律儀な会社だ」長年、電機業界、とりわけオーディオ&ビジュアル業界を取材していると、そう思うことが何度もある。

顧客第一とはいえ、営利企業である以上、“経済合理性”を損ねるようなやり方は許されない。しかし、顧客側の価値を最大限に高めるため、製品をより楽しめる環境を整え、継続的に製品の価値を体験できるようにすることは、長期的な視野に立てば重要なことだ。

パナソニックは律儀な会社だと、筆者は思う

筆者がパナソニックについて“律儀”と思うのは、商品に関して直接目に見える部分以外にもしっかりと投資をしているからだ。

たとえばDVD時代、パナソニックは高画質な映像作品を届けるため、ハリウッドにDVCCというポストプロダクションスタジオを設けた。世界最高峰を自認していたMPEG技術を用い、またハリウッド映画人の意見を聞きながら、より良い映像ソフトを家庭に届けるために設立したのだ。

DVCCはその後、当時の松下電器がユニバーサル映画を売却した後も最高峰の画質を提供するポスプロとして2004年までサービスを提供し続けた。DVD制作業務は価格が下がりすぎ、パナソニックの規模では黒字転換はできなかったが、フルHDの映像ソフトを提供する後のブルーレイディスクで、最高の映像ソフトを届けるため、ハリウッドの地に根を下ろしてコミュニケーションする方が良いと判断したからだ

その役割は併設されていたパナソニックハリウッド研究所(PHL)へと移管され、事業子会社から高画質技術の開発と実証に軸足が移ったが、その結果として画質にこだわる制作者にとって欠かせない技術と足跡を残してきている。ブルーレイの制作事業が成熟した現在もPHLは存続し、顧客により高い価値を提供するために活動している。ご存知の方もいるだろうが、スタジオジブリの宮崎アニメが全作品、PHLで制作されている。

高画質な映像ソフトの制作環境を整えることは、何もパナソニック製品のオーナーだけが楽しめるものではない。高画質なブルーレイソフトは、ライバル企業のプレーヤーやディスプレイでも楽しめる。それでも業界全体のレベル向上を加速させるために投資をするところが、なんとも律儀だと思うのだ。

しかも、映像ソフトの高画質化を行う技術開発を行う場合、必ずセットでディスプレイ側……日本では家庭向けプロジェクターの販売を現在は行っていないので、それは“ビエラ”シリーズとなる……の画質を強化する技術を投入する。

このように書くと独自のアプローチで高画質化を行っているように誤解するかもしれないが、たとえばブルーレイの階調表現を向上させたのであれば、テレビ側もその違いが感じ取れるよう、高階調表現がきちんと利用者に伝わるよう製品を作るといった具合だ。

テレビはそこに映す映像がなければ絵に描いた餅、ただの箱でしかない。だからこそ映像を楽しむ環境を整えねばならない。当たり前のことではあるが、その部分に対する律儀さがオーディオ&ビジュアル分野におけるパナソニックブランドへの信頼感に繋がっているように思う。

突き詰めるとテレビの本質は“画質”

こうしたパナソニックのアプローチ、やり方はCX800にもまた、生きている。

日本でも拡がりつつある映像のインターネット配信サービスに対応するだけでなく、映像の楽しみ方の変化に合わせてユーザーインターフェイスを大きく変えてきた事も、そのひとつだ。しかし、テレビの本質は放送、光ディスク、ネット配信。どんな形にせよ、テレビにさまざまな経路から届くコンテンツをより美しく、現実感の高い映像として見せることに他ならない。

毎年のように買い換える製品ではないだけに、時代の先を見た機能があることは望ましいが、突き詰めるとテレビの本質は“画質”に行き着く。

新たに4K映像を楽しめるブルーレイが出たならばプレーヤやレコーダを買えばいい。新しいネット配信サービスが始まったなら、きっと最新のプレーヤが対応してくるだろう。新しい放送サービスにはチューナでも対応できる。しかし、画質だけは変えることができない。

パナソニックの4Kテレビは最上位のAX900シリーズを「プレミアム」なモデルとしてラインナップする一方、購入しやすい価格重視のCX700を配置。CX800はその間にでプライスパフォーマンスを重視した、シリーズの中核を担う製品だ。

今年のモデルチェンジにおける注目点は、中核モデルであるCX800に直下型LEDバックライトの部分駆動制御を導入したことだ。分割数はプレミアムクラスのAX900シリーズよりも少ないとのことだが、この価格帯にIPS液晶パネルによる広視野角と、直下型LEDバックライト(49型はエッジ型)の部分駆動制御を組み合わせたモデルを用意したのは大きな違いだ。

パナソニックはプラズマから液晶に切り替えるにあたって、視野角が広いIPS液晶を一貫して採用している。家族で楽しむテレビだから、正面から見る人以外も、本来の色再現を楽しめるようにとの考えからだ。

しかしIPS方式はコントラストを高めることが難しい。それでも巧みに絵作りをしていたが、コントラストの差はバックライトの部分駆動を積極的に活用する際には大きな弱点となる。バックライトが明るく制御されたエリアのうち黒い部分が、ボンヤリと明るく見える“ハロ(Halo)”という現象が目立ちやすいためだ。

そうした問題を克服しようと挑戦したのがAX900シリーズだったが、CX800ではその知見を生かした上で、さらに進化させて中核モデルに盛り込んだ。その判断の背景にあるのは、今年年末にはソフトの供給が始まる“HDR”技術への対応がある。

“HDR”とは「ハイダイナミックレンジ」の略だ。静止画カメラのテクニックでも、同じく“HDR”というものがある。しかし、映像作品におけるHDRは意味がまったく違う。

フィルムネガに収められている、あるいはデジタルシネマカメラが捕らえたRAWデータにある広いダイナミクレンジを、そのまま家庭向けに配信される映像に入れ、家庭向けテレビで表示するための技術のことを言う。

旧来の映像規格は、ブラウン管テレビを想定して作られている。しかし、現在の薄型テレビはブラウン管よりも高い輝度……およそ7~10倍を再現できる。LEDの発光効率は年々向上しているため、今後さらに高輝度に対応することも可能だろう。

そこで映像情報の元となるネガフィルムやRAWデータが持つダイナミックレンジを活かし、ディスプレイの能力を最大限に発揮する形で表示させるのがHDRの目的だ。

4K映像規格で導入された広色域規格のBT.2020と同時に使うことで、誰の目にも明らかなほど映像のリアリティが向上する。その違いは見れば一目瞭然で、ハリウッドでは今年年末からのソフト供給に備え、HDR対応ソフトを制作できる環境を急ピッチで整えている。

HDR対応ソフトは年末登場予定の新規格であるUHDブルーレイに加え、秋にも日本に参入を予定しているネットフリックスが、4K映像配信サービスをHDR対応にすることを明らかにしている。また、2016年からBSでの放送が始まる4K放送でもHDRの導入が検討されている。

HDRのデモで説明を受けながら画質を評価する筆者

このように今年から来年にかけて、映像制作や配信においてHDRは台風の目となる重要なキーワードとなっている。解像度の向上のみに注目して「4Kテレビ」と分類されることが多いが、次世代の放送、映像パッケージ、ネット配信。すべてはBT.2020とHDRをセットで考えるべき時期になってきたのだ。

そしてHDRを表示するため、極めて重要になってくるのがバックライトの部分駆動技術なのだ。LEDバックライトの豊富な光量を最大限に活かしつつ、黒が引き締まった映像を実現するには、部分駆動の分割数を増やしたい。従来からのLEDエッジライトを用いた分割駆動でも、HDR対応は不可能ではない。しかしきちんとHDRの魅力を伝えるのは、中核モデルにもより細かくバックライトを分割駆動する必要と考えたわけだ。

しかし、こうした結果を一朝一夕で手に入れたわけではない。過去何年にもわたってハリウッド映画スタジオなどの取材を続ける中、前述のPHLはハリウッドで注目を集め始めていたHDRの情報を真っ先にキャッチアップしていた。

PHLによるとHDRが注目され始めたのは一昨年末から昨年初旬にかけてのこと。そのトレンドをいち早く見極め、取り組んできたからこそ、今年のCX800がある。本機もまた、ハリウッドに研究所を起き続け、先端の映像制作現場とコミュニケーションしているからこそ生まれた、パナソニックの律儀さを象徴するテレビと言えるだろう。

結果としてどのような画質を獲得しているかは、別途、初回のコラムで触れているのでそちらを参照していただきたいが、AX900よりもむしろ積極的に黒を引き締めることでコントラスト感が高まっている。

HDRコンテンツの評価は、まだテスト用評価映像でしかチェックできていない。しかし、キラリと輝く金属感のある被写体はもとより、通常シーンの中での色再現の正確性、現実感の高さは現時点でも充分に引き出すことができていた。

液晶でHDRコンテンツを美しく表示するには、液晶パネル自身のコントラストや絵作りなどもさることながら、部分駆動を行うバックライト制御が商品力に大きく影響する。メーカー間の技術差、経験差は小さくない。

ネット映像配信サービスへの対応が充実したことや、そもそもネット機能の使い勝手が向上したこと。放送だけでなくネットコンテンツも整理して見やすく配慮された新しいユーザーインターフェイスなど、これまでのやり方を時代の変化に合わせて変えてきた部分も評価したいが、やはりCX800の本質は画質、それもHDR時代の中核機を担える実力を持っていることだ。

CX800の本質は画質と断言する
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