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マランツの非公開、開発用試聴室で聞く“音へのこだわり”
-iPodからハイエンドへ“価値観の繋がり”を



商品企画グループの音質担当マネージャーである澤田龍一氏

 マランツとデノンの持株会社であるD&Mホールディングスが2006年に、相模大野から川崎に移転して2年。マランツで音質検討用に使われている非公開の開発用試聴室を訪れる機会に恵まれた。試聴室ではマランツのアンプやプレーヤーだけでなく、同社が取り扱っているB&Wのスピーカー評価も行なわれるという。その概要とともに、マランツの音に対する“こだわり”を、商品企画グループの音質担当マネージャーである澤田龍一氏に伺った。

 “マランツの試聴室”というと、恵比寿というイメージが強い。しかし、恵比寿は製品の比較試聴などを希望する一般のエンドユーザー向けの試聴室であり、実際の製品開発が行なわれているのは川崎駅にほど近い、D&Mビル内である。今回お邪魔したのはその中にある開発用試聴室。実際に製品の音が決められる場所だ。

 立地はJR東海道線と京浜急行に挟まれて、すぐそばを市電通りが走っている。電車や車の音や振動が気になるところだが、部屋に入ると耳鳴りがするくらいの暗騒音の無さに驚く。「ビル内に重量ブロックを積み上げて空間を作り、その中に平行面を無くしたモルタルで試聴室を作っています。ビルがバブル末期に建てられたもので、平米あたりの耐加重が普通数百kgなところ、“トン単位”だったので、好き放題やった結果、かなり厳重な防音になりました」と澤田氏は笑う。

マランツが入っているD&Mホールディングスのビル 立地はJR東海道線と京浜急行に挟まれて、すぐそばを市電通りが走っている

 聞けば暗騒音レベルは15dB以下で、1kHz以下の周波数は可聴限界以下。ITU-Rの基準に沿ったマルチチャンネル配置が可能な広さを確保しながら、できるだけ天井高をとったという試聴室は、同社内にある7つの試聴室の中で最も広い。モルタルの湿気も程よく抜け、3年目に入って試聴室として理想的な状態に近いという。

マランツで音質検討用に使われている非公開の開発用試聴室 パワーアンプは「MA-9S2」(735,000円) 右がSACDプレーヤー「SA-7S1」(735,000円)、左がプリアンプ「SC-7S2」(735,000円)、

プリアンプ「SC-7S2」の内部。青いコンデンサの奥にある銀色のコンデンサが、左から2番目のものだけ異なっている。この部分が比較用の系統で、ノーマル状態の系統と聞き比べを行なう

 設置された機器は、SACDプレーヤー「SA-7S1」(735,000円)、プリアンプ「SC-7S2」(735,000円)、パワーアンプ「MA-9S2」(735,000円)のリファレンスシステム。内部パーツを入れ替えての評価を頻繁に行なうため、いずれもカバーが外された状態だ。例えばプリアンプのコンデンサ。1系統だけ付いているものが違うが「コンデンサのテスト中で、右側はノーマルの状態。左側がテスト用としています。半田付けも繰り返すと音が変わってしまうので、ノーマルの状態には触りたくないんです」。澤田氏によれば、新パーツのメーカーからの売り込みは増加しており、検討する機会も増えているという。

 理由は今まで使っていた部品が廃品種になってしまうからで、昨今の環境有害物質規制、鉛の低減など、環境基準が原因で部品の交換を余儀なくされるケースも多いという。「“基準をクリアし、以前と同等”というパーツも持って来てもらいますが、たいてい音が悪くなっている。どうせ部品を換えるのであれば、良くなる方向でしか認めません。すると高い部品を使うことになり、コストも上がってしまうのが悩み」と澤田氏。コスト増は防ぎたいが、音に妥協するわけにはいかない……ハイエンドオーディオメーカーにとっては悩ましい問題だ。

 リファレンスシステムに接続されたスピーカーは、B&Wの40周年記念スピーカー「Signature Diamond」(ペア273万円)。マトリックス801やオリジナルノーチラスなど、B&Wの多くのスピーカーを手掛け、インダストリアル・デザインの巨匠としても知られるケネス・グランジ卿と、B&Wのシニア開発エンジニアであるジョン・ディブ氏が協力。「B&W史上最高の2ウェイスピーカー」を目指して開発されたモデルだ。

今回はB&Wの40周年記念スピーカー「Signature Diamond」で試聴した

 エンクロージャは楕円形の円柱で、そこに直角にチューブが刺さったような形でウーファが取り付けられている。ツイータはノーチラスシリーズでお馴染みのノーチラスチューブ機構を採用しているが、ハウジングはイタリア産の大理石。重くて響きが少ないため、トランジェントの良い音が得られる。ユニットはノーチラス800Dシリーズに使われているダイヤモンド・ドーム・ツイータで、口径は25mm。

 これまでも、同スピーカーを恵比寿のショールームで行なわれた発表会や、イベント会場などで幾度か聞いているが、完全防音された試聴ルームで、じっくり聴くのは今回が初めて。音場創生能力がズバ抜けて高いスピーカーという印象を持っていたが、マランツのリファレンスシステムはその印象を肯定しつつ、さらに広大、かつ密度の濃い音場を描いていく。

「Signature Diamond」を横から見たところ

 フォーカスが気持ちが良いほどピシッと決まるB&W特有の再生音でありながら、Signature Diamondは音像が必要以上に大きくなりすぎないのが特徴。藤田恵美さんのSACD「camomile Best Audio」から「Best of My Love」を再生すると、口の動きが手に取るようにわかる解像度と同時に、目の前に立つ音像は等身大であり、極めてライヴ的な再生が楽しめる。

 分類としては2ウェイのトールボーイ、価格的にはフロア型のそれだが、普通のマルチウェイトールボーイやフロア型スピーカーのように音像が大きく、押し寄せてくるような威圧感は少ない。ノーチラス805に近い“2ウェイブックシェルフの音場/音像の良さ”を感じさせる。同時に、音の密度や、低域の伸び、帯域の繋がりの良さなどは805を凌駕しており、“B&W最高の2ウェイ”を頷かせるクオリティだ。オーディオルームで真剣に対峙するに足る音でありながら、個人的には「リビングで生活に溶け込む音の最高峰」という印象。お金があったら“最高のサブシステムに使いたい”と思わせる魅力に満ちていた。

ツイータのハウジングは大理石で作られている。ウーファユニットは180mm径。ウォーブン・ケブラーコーンを使用

 また、再生している「SA-7S1」の情報量の多さや、「MA-9S2」の余裕のあるドライブ力は“流石”の一言。山下達郎「TREASURES」から「アトムの子」冒頭のドラム乱打も密度の濃い音の固まりが心地よいほど吹き出すと同時に、スティックの動きが見えるほどの解像感も維持。歪みが少なくフルバランス処理の利点も感じさせた。

 なお、通常の試聴にはフロア型のハイエンドであるノーチラス800D(1本157万5,000円)も使用。マランツのプリメインアンプのエントリーモデル、PM4001(29,400円)も800Dをドライブして能力テストを行なっているという。「価格的にはアンバランスですが、スピーカーは検出器でもあります。検出器はグレードの高いものを使わないといけないというのがスタンス。それに、PM4001でも意外に800Dを鳴らせるんですよ」(澤田氏)。

□関連記事
【2007年8月22日】マランツ、B&Wの40周年記念スピーカー「Signature Diamond」
-「B&W史上最高の2ウェイ」。新600シリーズのフロア型も
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20070822/marantz2.htm


■ B&Wとマランツの関係

 輸入代理店としてB&Wのスピーカーを国内販売して15年目を迎えるマランツ。同社アンプ/プレーヤーと、B&Wのスピーカーをセットにした「Music Dialog」を提案するなど、製品レベルの連携から、品質管理方法のアドバイスまで、代理店の枠を超えた連携を築いている。

 「完成したスピーカーに対しての評価も遠慮無く出しています」と澤田氏。しかし、製品化前にマランツから「こんなモデルが欲しい」、「ここはこうした方が良い」などの注文を付けたことは一度も無いという。「マランツはマランツ、B&WはB&Wで、音に対する考え方はしっかりとあります。逆に、もし要望を出して向こうが聞いてしまったら、それはB&Wではなくなります。また、“日本専用モデル”などもやめてくれと言っています。グローバル化がここまで進んでいるので、“日本だけ違うストーリー”という時代もないだろうと思っています」(澤田氏)。良好な関係を築きながら、“音に対するこだわり”は揺るがない。ハイエンドメーカーの気骨が垣間見える。


■ オーディオの“マニュアル車”でありたい

 では、マランツの音に対する“こだわり”とは何だろうか。澤田氏はメーカーの音作りには大きく2つあるという。1つは料理に強烈な味付けを加えるように“どの製品を聞いてもわかるようなメーカーの音”を作ること。もう1つは“素材の味をできるだけ活かし、1つのキャラクターに強引に押し込めない音”。マランツは後者に近いという。

 かといって、総ての製品の音がバラバラなわけではない。素材を活かしながらも、マランツのトーンは確かに存在する。それはここのような同じ試聴室で製品の音を評価しているためで、いわばこの試聴室が“マランツトーンの中枢”と言えるだろう。

 その音の傾向について澤田氏は、「敏感」というキーワードを挙げる。「音を整えるための貼り物、ダンピング、制振系のパーツはあまり使っていません。便利に音を綺麗にできるのですが、素材の良さを殺してしまう面もある」という。

ケーブル用インシュレーターなど、様々なアクセサリで音を追い込んでいくのは、オーディオマニアと同じだという

 だが、そうしたパーツを使わないと、当然セッティングや組み合わせ、電源に敏感なシステムになり、使いこなしは難しくなる。「理想はパフォーマンスが高く、環境の変化にも強いことですが、それは難しい。では音をまとめる時に、どっちに重きをおくか? マランツでは“敏感”に重きを置いています。個人的に“反応しない機械”が嫌いなんです。下にゴムを置こうが、スパイクにしようが、何を置いても音が変わらないような鈍い機械は嫌い。使い手の工夫に応えてくれるような製品でありたい。“高いお金さえ出せば良い音がでる”では趣味としては一番つまらないでしょう? マランツはいつまでもドライバーのテクニックを要求する“マニュアル車”でありたいですね」。

 試聴室を見回すと、各種ケーブルの下に敷かれたインシュレーターや電源まわりに、様々なアクセサリで音を追い込んだ跡が見受けられる。「何かすれば音は変わります。ちょっと変えて“おおっ、変わった!”と喜んだのに、しばらくするとまた元に戻したり……オーディオマニアが自室のシステムをいじるのと同じですよ」と笑う澤田氏。「でも、何回も工夫していると確実に良い方向に変化する事もある。本物はやはり残ります」。“マランツの音”を作り出す試聴室も日々進化しているというわけだ。


■ iPodが中心の時代になっても、スタンスは変えない

 iPodなどのポータブルオーディオ機器の登場や携帯電話の高機能化により、音楽を再生/購入する手段のメインストリームがPCや携帯電話にシフトしつつある。Blu-ray Discの普及に伴い、AVアンプを中心としたシアターサウンドでも高品位なロスレス音声が再生できるようになっており、オーディオマニアの中にも、オーディオシステムとシアターシステムを共通化したり、共存させようとする動きもある。ハイエンドオーディオの世界も、そうした大きな動きと無関係ではない。

B&WのiPodスピーカー“Zeppelin”

 澤田氏は「ゼネラルなオーディオに需要が移り、その形態が変化しても、マランツがすぐにそちらに行くという考えは無い」という。「我々はプレミアムなオーディオをサポートするメーカーというのが基本スタンス。ビジネス的にチャンスがあったとしてもプレミアムな部分が薄まってしまうので、やるべきではないと考えている」という。

 「昔アイワさんのニッキュッパのミニコンポが全盛だった時代に、そこからハイコンポ、単品コンポへという繋がりは生まれなかった。逆に、iPodや携帯電話が主流になった世界にも、例えば最近高価なヘッドフォンが人気を集めているように、必ずトップエンドは存在します。大切なのは入口がなんであれ、“良い音が聞きたい”、“良いモノを持ちたい”という“価値観の繋がり”を途切れさせないこと。現にヨーロッパではiPodや携帯電話で育った若者が、いきなりノーチラスを買うような流れが起きつつあります」。

iPodをマランツ製アンプなどと連携させるクレードル型アダプタ「IS201」

 そのためにも、ゼネラルオーディオにまったく関わらないわけにはいかない。同社アンプとiPodの連携を可能にする別売クレードル「IS201」などもラインナップするほか、CR101/201などのデザイン性の高い低価格なCDシステムも展開中だ。

 「ゼネラルオーディオにしか触れていない人に、単品コンポの世界を認知してもらうことは大切。たとえ低価格な製品でも、マランツの音に触れてもらえれば、高級モデルにも興味を持ってもらえるかもしれない。B&WのiPodスピーカー“Zeppelin”も同じ発想の製品でしょう。今後も“こんな世界に繋がるんだよ”というチャンネルは残していきたいですね」。

□日本マランツのホームページ
http://www.marantz.jp/
□B&Wのホームページ
http://www.bwspeakers.jp/

(2008年5月16日)

[AV Watch編集部/yamaza-k@impress.co.jp]


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