「スカイ・クロラ」Blu-ray/DVD発売記念トークショー

-「心改めた」押井監督。実写2本やアニメなど新作情報も


押井監督(左)と、音楽を手掛けた川井憲次氏(右)

3月13日開催

 

  2月25日にBlu-rayとDVDビデオでリリースが開始された、押井守監督のアニメ映画「スカイ・クロラ」。その発売を記念したトークイベントが3月13日、東京・渋谷にあるHMV渋谷で開催。ステージには押井監督と、音楽を手掛けた川井憲次氏が登場し、作品の裏側や気になる新作情報など、密度の濃いトークを繰り広げた。

 このイベントは、HMV渋谷にてBD/DVDを予約、もしくは購入したユーザーが先着で参加できるもの。当日は雨がパラつく生憎の天気となったが、3Fのイベントスペースには多くのファンがつめかけた。


 ■ 「Blu-rayで観て欲しい」

Blu-ray 通常版

 押井監督はパッケージ版でこだわったポイントとして、Blu-rayコレクターズエディション(VPXV-71909/43,050円)のディスクや特典グッズを収めているゴールド・メタルボックスの質感を紹介。「なんでこんなに高いんだと言う人もいるかもしれないが、作るのが大変でお金をかけた。塗装なのだけど、軍用の真鍮製の匂いがするようなものを作りたかった。“お煎餅入れてもシケらないように”とか、“油が染みたような塗装がいいよね”とか、細かい注文を付けていくうち、高くなってしまった」と笑う。

 とは言え、やはり内容物で単価として一番高いのは戦闘機・散香の強襲攻撃型モデル。押井監督は「限定生産、しかも完成品なのでどうしても安くならなかった」と振り返るが、「それでも想像していたよりも売れつつあるらしいのでホッとしています」と笑顔を見せた。

Blu-rayコレクターズエディションの内容物監督がこだわったと語るゴールド・メタルボックス油が染みたような真鍮を思わせる塗装が特徴だ

(c)2008 森 博嗣/「スカイ・クロラ」製作委員会

戦闘機・散香の強襲攻撃型モデル

(c)2008 森 博嗣/「スカイ・クロラ」製作委員会


 本編のクオリティに関しては、「画質と音質。特に画面のクオリティは頑張れたと思っています。特に冒頭や中盤の雲の動き。作業用のモニターでもよくわからなくて、スクリーンでしか確認できなかった微妙な表現がBlu-rayでほぼ再現できました。さらに、ビデオでしかできないような、字幕周辺にコントラストを付けて読みやすくするといった作業もしています。イノセンスの時も随分頑張ったんですが、僕が今まで関わったものの中では一番やれたかなと思っている。これでしばらくリマスタリングしなくて良い」と、仕上がりに自信を見せる。

 さらに監督は「なのでDVDは記念品として、BDビデオは今再生機器を持っていなくても、将来購入予定がある人は、この際ですから買っていただけると。お金に余裕がある人は“散香”目当てでコレクターズエディションを。こういうご時世なので、他のDVDは諦めて(笑)。よろしくお願いします」と続け、場内は爆笑に包まれた。

雲の質感の再現にも注力し、BD/DVDの制作が行なわれた

(c)2008 森 博嗣/「スカイ・クロラ」製作委員会


 

■ 「セルシェーダーに未来は感じない」

 叙情的な物語と同時に、映像面では3DCGで描かれた戦闘機によるドッグファイトが注目の作品。質感にまでこだわって作られたリアルな戦闘機が見所だが、一方でキャラクターは2Dで描かれており、“2Dと3Dの違和感の無い融合”も注目ポイント。しかし、融合という意味では、3DCGをアニメのセル画風の2次元的な映像でレンダリングするセルシェーディングを使えば、どちらも2D映像で融合の苦労も少なそうに思える。

3DCGで描かれた戦闘機と2Dキャラクターの融合が作品のポイント

(c)2008 森 博嗣/「スカイ・クロラ」製作委員会

 セルシェーディングを使わなかった理由を観客から問われると「(セルシェーディングは)森本晃司とかがやってますけど、3DCGでも輪郭線を出して2次元的に描くのは嫌いで、直感的に未来を感じない。将来性がある方法論とは思えないので“たぶんやってもダメだよ”と(笑)。アニメが好きな人は輪郭線が好き、つまり絵が好きなんです。僕が絵描きではないというのも大きいのですが、アウトラインのある映像に、映画的にリッチなものを感じないんです」と語る監督。

観客からの質問に答える押井監督
 「でも2Dキャラクターには輪郭線がある。でもセルの肌のラインは大嫌いなので、デジタル化する前は光学的にフィルタを使ってそれを飛ばす工夫をしてきた。デジタルになり、幸い僕の所には二次元の線と、線のない三次元をマッチングさせるノウハウが蓄積されているので、迷わずその方法を採用した」という。

 「嫌いな理由は、人の顔に輪郭線があるように僕らは世界を眺めていないから。それに、色彩を追求すると輪郭線が邪魔にもなる。色彩は光なので、大切なのは光と影でどう描くかということ。だから僕の方法論では、2Dアニメでも光源がある。例えば冷蔵庫に向かって歩くと、冷蔵庫に反射した蛍光灯の光がキャラクターにより強く当たったる。雲の上の散香のボディにも太陽だけでなく、雲に反射した光も当たる。アニメなら、さらにそこに仮想の光源も配置できる。そういうことができるのがアニメで映像を作ることの最大の魅力だと思う」と解説した。


  ■ 「音楽の数を減らしていきたい」

音楽を手掛けた川井憲次氏
 押井監督作品の音楽をほぼ全て手掛けている川井氏。監督との付き合いは、実写映画「紅い眼鏡」から約20年に渡る。「友人として長い付き合いだから、企画の段階から相談していける。そして、出来上がる音楽を想定した上でコンテを切ることが可能。僕にとって大事なことなので感謝してます。音楽は映画の生死に関わる重要な要素なので」と監督は川井氏の重要性を語る。

 川井氏によれば、音楽制作にあたっては、監督から作品ごとに「楽器の指名」があるという。「スカイクロラだとハープ、攻殻機動隊は太鼓といった具合です。音楽を表面からでなく、楽器の内側から作っていけるので、僕にとってはいつも新鮮で楽しい作業になります」と川井氏。スカイクロラでは「ハープを使いたいと言われ、“ハープをいっぱい重ねたらいいんじゃない?”というようなほとんど正解のようなこと押井さんが言われるので、それを試行錯誤しながら実現しました。ハープを重ねる手法はほとんど前例が無くて苦労しましたが」と振り返る。

今後もタッグを組むであろう2人。「後はもう、肝臓にきたとか言うことがなければ(笑)  長生きしてくれるといいな」と言う監督に「やばいんですよ、実は(笑)」と返すなど、友人同士ならではのトークで会場を笑わせた
 監督は自作の音楽について「歳をとったせいもあって、音楽の数を減らしていきたいという願望がある」と分析。「“大作だからフルオーケストラ”ではなく、できるだけシンプルに、音色で勝負したい。理想は昔のヨーロッパ映画。映画を思い浮かべたときに1つのメロディが浮かんでくるような……映画音楽としてはそのほうが正しいと思う」と説明。川井氏もそんな監督の意向に合わせ「“シンプルかつ静かな音でどうやって迫力を出せるか”がスカイクロラのテーマだった」という。

 しかし、時間的な大変さという意味では押井作品は楽だと川井氏は言う。「普通の映画だと映像があがってから音楽完成まで15日あればいいほうですが、押井さんの場合は映像の調整に時間ががかるので、1カ月とかゆっくり作業ができる。僕にとってはラッキーですね」。


  ■ 実写もアニメも続々と待機

 作品を作る際の現在の心境として、押井監督は「今でもそうじゃんと言われそうですが、“好きな映画を撮っていきたい”です。自分の体に聞いてみて、自分にとって綺麗で、美しい、迫力があると思えるもの。これまで頭で考えてきた事を全部忘れて」と笑う。「なので今の心境としては、IGの石川(Production I.G 石川光久代表取締役)が持ってくる企画はなんでもやるよと。効率を考えると、試行錯誤の時間が少なくて済むので原作ものがいいのかなと思ってます。漫画だと絵が最初からあるので、できれば小説がいいなと。今回のスカイクロラで“小説の映像化”の楽しみがわかりました」と方針を語る。

会場には大勢のファンが詰め掛けた
 「昔はそう感じられなかったと思う。それはやることが一回終わったからだと思う。“僕が何を作る”のではなく、“僕の回りにいる誰かが、僕に何を作らせたいのか”が重要。その答えが出た時に僕の正体もまた明らかになる。それに今は安らぐんです。昔みたいに“俺が俺が”とケンカ腰に作るのではなく、誰かに応えることが大事になってきた」と心境の変化を語った。

 今後の企画については、「実写やってる暇あったらアニメやれと言われるかもしれないが、実写が2本待機中です。今年の秋頃に立て続けに2本公開されると思う。1本は“できればお金払いたく無いな、教養として観たほうがいいかな”というような映画上級者向け(笑)。もう1本は冒険活劇。僕にしては珍しく、能書きゼロで、エロと暴力だけの作品」と説明し、場内は爆笑。

“能書き無しでいかに能書きを形にできるか”が今後のテーマと語る監督。膨大な引用から生まれる「押井節」を封印を意味するのだろうか
 「アニメの方はまだ話せませんが、ボチボチ始めてます。今まで僕がやってきた作業と大きく違う、ある意味で最大の冒険になるかと思っている。自分の演出力で追い付くのかどうかという部分もあるが、やれれば画期的な作品になるでしょう。順調にいけば再来年くらいに公開できればと。詳細はもう1年半ほどお待ちください」とコメント。中身については「能書きほとんど無いです。もう心改めましたので(笑)。僕の良くある“膨大な引用”をやめて、能書き無しでいかに能書きを形にできるか。言葉としてより寡黙になろうと思っています」と、“押井節”を封印した押井映画を目指す姿勢を強調。

 ちなみに、現在は「鋼鉄の猟犬」の原作小説を執筆中とのこと。「ラジオドラマのCDが出ないのは小説待ちになっていたから。すみません(笑)。今日もここに来る直前まで書いてました。もうじき出る予定です」と苦笑いの監督。

 川井氏も音楽を手掛けた「レイン・フォール/雨の牙」と「ひぐらしのなく頃に 誓」と、実写映画が4月に連続して公開。さらに、押井監督の愛弟子・神山健治氏による4月放送開始のテレビアニメ「東のエデン」でも音楽を担当している。

 「先日途中経過を見せてもらった」と語る押井監督は、「東のエデン」を「かなりイケる。神山健治の新聖典になるかもしれない。僕もちょっとビックリした。とても明るいけど、やろうとしてることは結構壮大で、“アニメでここまでやっていいのか”という感じ」と賞賛した。

 最後に監督は「スカイ・クロラ」について、「ぜひ10年後にもう一度観て欲しい作品。きっとその時は、今と違う感覚で観ていただけると思う。それは作った者にとってとても嬉しいこと」と語る。さらに、「これからまた新しい展開がもしかしたらあるのかな? という話もチラホラ」と、意味深な一言をこぼし、作品の今後の展開にも期待を抱かせるトークショーとなった。

トークショー後には監督自身からポスターを来場者にプレゼント。さらにコレクターズ・エディション購入者には、DVDジャケットの色校に直筆サインを入れて進呈。1人1人名前を聞き、丁寧にサインする監督にファンは感激した様子だった会場には関連グッズや書籍などの販売コーナーも設けられた


(2009年 3月 16日)

[AV Watch編集部 山崎健太郎]